032.アンドルセン家別邸の洗礼
二章スタートです。
お久しぶりです。オークです。
——そんなにお久しぶりじゃない?
これは申し訳ありません。
僕としてはそんなくらい時間が経っていたような気がしちゃったのですが、案外そうじゃないのですね。
ところで、今、僕はどこにいるでしょうか?
ヒントその1! 少し熱いですねぇ。
ヒントその2! メイドさんがたくさんいます。
ヒントその3! 僕は今、すっぽんぽんです。
さて、分かったでしょうか?
答えが見えてクイズになっていない?
1回あったのに分かんないかな? 僕は最初からクイズにする気が無いんですよ。
正解はお風呂場にいます。
——今、混浴しているんじゃないか? って風呂桶を投げつけた方がいるかもしれませんが、誤解です。誤解。
あと、投げつけた人。後で僕がとっちめてやりますからね。覚悟しておいてください。
混浴のこの字もないんですからね。
ほら、誰一人、僕といっしょにお湯に浸かってくれようとしていませんよ。
みんなバケツ一杯にお湯を持ってきてひたすら僕の背中にかけているのです。
そして、明らかに床を磨くのに使われていたように見えるデッキブラシで擦っていきます。——僕は床じゃないんですよ。
そのとき、みなさんお風呂の中が熱いのか薄手の服を着ていらっしゃいますが、お風呂場で必ず発生するはずのイベントは一切発生しません。
残念!
「湯加減はハウですか?」
「——そこは普通にどうですかと言ってくださいよ」
いい加減、この人のその喋り方をやめてほしいのです。分かりにくくていちいち少し考えてから返さなくちゃいけないんですよ。
「そんなことはどうでもいいでしょう」
「そこが気になるんですよ! ぼくは」
「そんなことより体に異変とか感じますか?」
眼鏡のお姉さんがやさしく問いかけてくれました。
青髪さんと比べてほんと優しいんだから。
「まったくありませんよ。——そんなことよりも一緒に入りません?」
「「「嫌です」」」
全員に言われた! ショックです……。このまま寝込んじゃいそうです。
——いや、このまま寝たら死んじゃいますよ! まずいまずい。危うく茹で豚にされるところでした。
「おいおいおいおい。本当に異変感じないのか? 粋がってないでさっさと言いな!」
「痛い! 痛い! そもそもぼくをデッキブラシで洗うことが間違っていますよ!」
赤髪のメイドさんは執拗に僕の体をこすっています。
本当に痛いからやめて!
ところで、本当にこの人、メイドさんなんですか?
どこかの“ピーピー”の女王様とかなんかしているんじゃないでしょうか?
「しかし、本当にこの子は苦しんでいないのよねー。普通のオークなら、十杯目でノックアウトしてなかったかしら」
そう若作りのお姉さんが口にします。
待て! もう、三十杯ぐらいかけられていますよ。
さっきから気になっていたんですが、僕に何をかけているんですか?
透明だから気にしていませんでしたが、まさか、塩酸じゃないでしょうね。
さすがの僕の皮膚もただれる自信がありますよ。
「それはここではマストノットセイ。ピッグに聞かれているでしょう」
「それもここで言うことでしょうか!」
「これはノンケアフル」
その無表情でしまった! って言ってもそんなこと言っていたら分かりにくいですよ。
「このお湯はいったい何ですか? それにさっきから僕の傷口を中心にそれをすり込もうとしているのはなぜですか? 痛い! 痛い!」
「黙れ! 豚に教えてやることなんてなんもねぇよ!」
「いいわよ。お姉さんが教えてあげる」
あっ、また若作りのお姉さんだ! ——それにしても、小皺が気になりますね。こういうことを思ってしまうのは大変失礼でしょうが、若く見積もっても4、「これ以上言ったら、ヒールかけるわよ」
「すみません」
「いいわ。さて、あなたにかけているものだけど、これは聖水だわ」
?!
「聖水ってあの教会の聖水ですか?」
——聖水を普通に飲んでいたじゃねぇか? って言われるかもしれませんが、それも誤解です。
間違っています。ほら、下の用語解説を見てください。
――――――――――――――――――――――――
聖水(名)魔を祓う水のこと。高濃度であればあるほど魔物にかけると効果抜群。魔物は苦しみながら、体が消えていくのを待たなければならない。[勇者教会用語辞典参照]
――――――――――――――――――――――――
ここからも分かるように高濃度の聖水は魔物を痛めつけるのです。
ほら、ミリア様の聖エネルギーは恐ろしいものでしたよね。
体が消えていく経験なんて初めてですよ。あんなことは二度と経験したくありません。
え? どうしてそんな辞書を持っているかって?
決まっているじゃないですか。親切な黒髪の坊や、お嬢ちゃんたちからいただいのですよ。別に脅してなんかいませんからね。
「あなたも持っているでしょう? 普通の水を聖水にする特別な水筒と同じ原理で井戸にその装置をつけるとあら不思議。聖水が湧き出るのよ」
「それは聖水ではなくて、浄水じゃないですか! そもそも、僕の持っていた水筒は5%浄化されるものですよ!」
「違うわ。これは聖水よ。これからポーションが作られるんだから」
「——へぇ、これが聖水ねぇ」
どっからどう考えても、浄水にしか聞こえないんですけどね。ほら、ちゃんとした聖水ならなんか森の奥深くにある聖地のような場所で湧き出ている泉から掬い取るんじゃないんですかね?
「なんか変な妄想でもしたか?」
赤髪メイドさんがにやにやしています。
「いいえ。しておりませんよ」
誤解だよ。誤解。
そんな汚らわしいことをこのジェントルオークが考えるはずがありません。
「ところで、あと何分ぐらいここに浸かっておけばいいんですか?」
「六時間だ!」
赤髪メイドさんが高らかにそう言いました。
「うげぇ!」
これじゃ、聖水で死ぬより先にのぼせて死ぬじゃないですか!
******
結局、六時間聖水風呂に浸かった僕はのぼせきった体でそのまま荷台に鎖でぐるぐる巻きにされてどこかに運ばれています。のぼせてしまって、抵抗する気力もなかったんですよ。
「ねぇ、これからどこに行くんですか?」
「ヘル」
青髪さんはぴしゃりと言い放ちました。
「それって僕死んでるじゃないですか!」
「ジョーク。イッツジョーク」
「そんな無表情で言われてもジョークとは思いませんよ!」
「ヒア」
そこは藁がたくさん敷き詰められていて、木製の柵が設けられていました。
屋根はあるのですが、少し心もとないです。
「これって豚小屋じゃないですか」
「豚小屋に決まってんだろ? ここでお嬢様の指示があるまでお前は待機だ!」
なぜかついてきた赤髪さんは大剣を持ちながらそう言いました。——いや、その大剣をここに持ってくる意味が分からないのですが。
ほら、僕なんて鎖でぐるぐる巻きにされていて身動き取れないじゃないですか。
——ギュルギュルギュル!
そういえば、忘れていました。かれこれずっとご飯を食べていないのでした。あの苦行があって少し忘れていました。
「ところで、ご飯は?」
「んなものあるかよ」
「実はある」
「そこは聖言語使わないのね!」
「ディス」
彼女の指さす方向にあるのは藁。
「ひょっとして、これを食べろと?」
頷く青髪さん。マジかよ!
「豚の癖に人間様の食べ物が食べたい? けっ! そんなもんよりお前にはこれが似合っているよ!」
——あなたの態度には腹が立ちますね。無性に腹が立ちます。この鎖が外れたら真っ先にあなたを捕まえてお尻ぺんぺんしますからね。
「さて、わたしたちはこれで失礼する。バイバイ」
「ほらよ。さっさと死にやがれゴミ豚!」
僕は荷台からきれいな弧を描きながら、豚小屋へ放り投げられました。
「ねぇ、この鎖外してよ! そのまま行っちゃうの? 鎖外されないと藁が食べられないんだけど!」
ねぇ、そのまま行かないでよー! 誰か、助けて~!
次回、033.ぼく(豚)と赤髪ドSメイドの調教記




