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020.サキュバスさんに叱られた!

 

「──どうして僕はあなたの恋人じゃないんですか?」

「決まっているじゃないですか。──私はオークが嫌いなんですよ」

「それはいけませんよ。人種差別はいけません。ダメ、絶対に」


 いや、そもそもオークとサキュバスって同じ魔物じゃないですか!

 なのにどうして嫌うのですか?

 意味が分かりません!


「──あなたって人でも何でもないじゃないですか。ただの豚でしょ? 本当に気持ち悪いのでくっつくのはやめてくれませんか?」

「これは失礼」


 いつの間にか彼女を抱きしめてしまいました。

 言っておきますが、セクハラするつもりはなかったんです!

 だから許してください!


 ──え、俺たちは許さない?

 ──俺たちもサキュバスさんを抱きしめたい?


 ふふふっ。彼女の許可なしには抱きしめられないのですよ。


 普通、抱き着かれたらビンタをするところなのに、何もしてこず、「やめてください」というのみ。

 彼女は案外、僕を無碍むげにするつもりはないのかもしれませんね。


「本当に失礼だと思ったのなら、普通抱き着きませんよ」


 ──あれ? これって説教されているんでしょうか。なんとなく正座をしたくなりました。


「──なぜですか? サキュバスに抱き着くのは至極当然のことでしょう?」

「サキュバスに関わらず、それは犯罪ですよ。犯罪。それにサキュバスも嫌なものは嫌なんですよ」


 彼女は何を言っているんでしょうか? 


 犯罪?


 知りませんね、そんなもの。


 前世は法律がたくさんあって一つ一つ確認して慎重に生きてきましたが、今は違います!


 僕を縛る国、王様、法律なんてものはありません!

 だから、僕は自由なのです! 誰も僕に指図できないのです!


「フフッ。魔物の僕を裁く法律なんてな「ありますよ。法律なら」──はい?」

「だから、あなたを裁く法律ですよ」


 ──え?


「──どういうことでしょうか?」

「魔王軍では魔物を裁く法律があります。どの魔物もその法令に従わなければなりません。──例えば、セクハラをしないとか」


 まぁ、最近はセクハラも大事ですが、殺人とかそういうのを普通例にあげません?

 なんでセクハラを強調しているんですか?


 ひょっとして、僕がしていることがセクハラになっているんですか!

 こ、これはスキンシップのつもりでやっていたのですが……。残念です。


「け、けれど、ぼっちの僕にはまったく関係ありませんよ」

「下手な口笛を吹いても無駄ですよ」

「な、なんだって!」


 僕の口笛はそんなに下手だったんですか?

 今まで気まずい時によく吹いていましたが、そんなバカな!


「正直に言って魔王様とあなたではあなたは確実に負けますよ。そうなったら、あなたはその法律に従わなければなりません」

「そんなこと言って魔王様が来るなんてあるはずがないですよ」


 そんな~。大隊長でもあるまいし、わざわざ魔王様が直々に成敗しに来るなんてあるわけないじゃないですか。


 それに、あの大隊長(笑)なんて、「助けて~! 魔王様~!!」なんて言っても誰も来なかったんですよね。

 本当に、魔王様がたかが抱き着いただけで来るなんてありえない。ありえない。


「なら、呼び出しましょうか? ──今すぐにでも」

「結構です」


 彼女が妙に自信満々な顔をしているので、魔王様を呼び出すのはやめてもらうことにました。

 これでは彼女にちょっかいをかけられません。残念。


 ──それはセクハラじゃないのか?


 これはあくまでスキンシップですよ。

 ほら、好きな人にはついついいたずらをしたくなることありません?


 ──そういうのは子供の頃だけだって?


 すみませんね! 恋愛経験が微塵もないもので!


「物分かりがいいですね。うちの上司よりは上です。──では、話の続きをしましょう」

「いや、そんな褒め方まったくうれしくありませんし、何の続きなんですか?!」

「決まっているじゃないですか。──あなたのその凝り固まったサキュバスへのイメージを払拭するんですよ」

「そんな! 僕が勘違いしているとでもいうのですか?」

「じゃあ、わたしたちが好きなものは何でしょうか?」

「サキュバスって、男の精気が好みじゃないんですか?」

「違います!」

「“アッハーン”な妄想が好みじゃ」

「ありません!」

「エ、エロい服を着ているイメージじゃ……」

「──それくらい見て分かるでしょ」

「──すみません。よく分かります……」


 僕がしょんぼりしていると彼女は更に語気を強めてこう言いました。


「とにかくそんなことが好きなのはごく一部のサキュバスだけです! わたしたちはあくまで生き物のエネルギーを吸って生きているだけなんですよ! それを勝手に勇者教会がサキュバスは変態だって触れ回っていたんです!」

「な、なんだって!」


 僕が前世で学んだサキュバスについての知識はすべてあの勇者教会がばら撒いていた嘘だったのですか?!


 そんなわけありません!


 僕はつい最近まで勇者教会なんていう宗教なんか聞いたことがありませんでしたよ!

 そんな宗教、前世にはどこにもありませんでしたよ!


「というわけで私はあなたにいやらしいことなんて一切しませんよ!」

「そ、そんな……」

「そこで砂いじりをしないでください。──そういえば、もう一つあなたに言いたいことがありました」

「なんでしょうか? 僕は今、失恋をしたのです。──そう前世から数えても初めての恋です」

「──さすがにそれは大げさじゃありませんか?」

「大げさなんて言わないでください!」


 僕が彼女に近づくと、彼女は後ずさりします。


 そして、いつの間にか彼女を大きな木の幹にまで追いつめました。


 これは壁ドンならぬ大木ドンですか。まぁ、聞いた感じ大木に体当たりしているような感じに聞こえてしまうのはなぜでしょうか?


「実は、──僕には前世の記憶があるんです」

「すみません。冗談もほどほどにしてください。うちの上司なんて四六時中『吾輩は初代“傲慢”の生まれ変わりなのだ!』と二、三百年ほど前からずっと言われているので」

「うそ! あなたはそんなに年を取っていたのですか?」

「女性にそんなことを言わないでください。──それに、早く退いてください」


 たしかに年のことを聞くのは野暮でしたね。

 もっと慎重に話さないといけませんね。


「とにかく僕は前世から恋というものを知りませんでした。──しかし、今日、僕は初めてあなたに出会って、恋に落ちたんです。確かにこれまでなぜかオークであるはずの僕に言い寄ってくる女性も一定数いました。しかし、彼女たちは僕をオークとしか見ていないのです。けれど、あなたは違う!」

「──いや、わたしもオークとしてしか見ていませんよ」

「そ、そんな……」

「とにかく、あなたに伝えていた上司の伝言でクズノキに邪魔されたところがあるのでそれを伝えさせてくれませんか?」


 そういえばそうでした。


 たしか前の前の機会に話した際に伝言を伝える伝えるって言っていたはずですが、結局邪魔が入ってうやむやになった伝言を今さら聞かされるんですか? なんかいやですね。


「なんでしょうか? あの人のことなら、僕たちにはまったく関係ないのですが」

「関係なくはありませんし、それに私たちは恋人でも夫婦でもありませんから」

「なんてこった!」

「──もう、ツッコむ気力もありません。とにかく、そこにある魔石を見てください」

「これはあの人の魔石じゃないですか? ほら、とあるクズの勇者様もそう言っていたじゃないですか」

「そうだ。不肖ながら私の上司をしている吸血鬼の()()()の魔石だ」

「堂々と格下呼ばわりに、替え玉ですか? ラーメンでも、命を狙われるような立場でもあるまいし。──いや、彼は命を狙われる立場でしたか」

「ぶっちゃけ言いますと、あれは魔王軍の中隊長クラスでも十分対処できます」

「中隊長がどのくらいなのか分かりません! それとあなたは上司をあれと呼んでいるのですね!!」


 上司をあれ呼ばわりした時点で首になるはずなのですが、魔王軍がホワイトだっていうのは強ち間違いではなさそうです。


 まったく、あの死体の言い分が正しいなんてこの世は間違っていますよ。


「とにかく課長でも十分専務をコテンパンにできるという意味です。──それに、あんな上司は嫌なので、何度も転属願を魔王様に出しているのですが、通っていないんですよ」

「なんでその喩えなんですか? そんなことしたら、課長はクビですよ! それと魔王様は転属願をどうして受け取らないの!」

「いいでしょう? 分かりやすいので」

「まぁ、分かりやすいですけど、転属願について何か言わないんですか?」

「あと、あの人はなぜかあの男をかわいがっていまして、わたしにいつも『あの子はいつかきっとすごい魔物になるからそれまで待って頂戴』と言われるんですよ。それも四百年ほど前から!」

「あなたはいったい何歳ですか!」

「言いません。それよりさっさとそこの石を渡してください。──あの男が寝室から一度も出ないんですよ!」

「いいじゃないですか。僕はストーカー被害から解放されますし、あなたもあんな上司から解放されますよ」

「たしかに、良いことしかありませんが、魔王様の命令である以上しょうがありません。こっちに渡してください!」

「嫌です。これはクインブル氏に高く売りつけるんです。これは僕のあの男への最初で最後にして最大の嫌がらせなのです!」

「随分小さい心ですね。オークにしてはまともだから、ひょっとしたら愚痴を聞く相手にはなってくれるかなぁと思っていたのですが、残念です」

「待ってください! 話は聞きますから。──けれど、魔石はタダではあげません。あの男から受けた被害は計り知れないのですから」

「とにかくこの魔石を渡してください。何でもしますから」


 ………………。


「──何でも?」

「そこに反応しないでください!」

「どんなことをしてもらいましょうかね?」

「言っておくが一つだけですからね。そんなに悲しそうな顔をしても無駄です」


 そうですか。それなら、願いを無限に叶えてくださいっていうお願いは無しですか。しょうがありません。しっかり考えたことを彼女に伝えましょう。


「じゃあ、ごにょごにょごにょ」

「な、なんですって! そんなことできるわけないじゃないですか!」

「──できないんですか? できないなら、この魔石を粉々にしてもいいんですよ?」

「ぐぐぐっ。──しょうがないですね。いいでしょう。少し離れてください」


 彼女がいよいよ僕に対して本気になってくれましたね。

 やっぱり今までのことはただのツンデレだったのですね。


「やったー! いよいよ僕の夢の“ドッガーン!”なことが待って……。カクン! グー! スピュー! グー!」


 ******


 オークが鼻提灯を膨らませている頃。


 サキュバスさんは彼をまるでゴキブリを見るような目で彼をじっと見つめていました。


「そんなの妄想の範囲に決まっているでしょうが。どうしてまともに受けるのでしょうか? ──それとあなたに一番近い女性との淫夢にしておきましたから。──わたしの姿であんなことやこんなことを考えられても困りますしね」


 彼女はオークのそばにあったうさぎをカバンの中にしまい込んでから、大きな魔石を持ち上げました。


「──よっこいしょ! ──替え玉の魔石の癖に無駄に大きいんですよね、この魔石。所詮、ゴーレムをクオーツェルそっくりにするだけなのにどうしてこんなに大きくする必要があるのでしょうか? それに、どうしてわたしがこんなことをしなくちゃいけないんですか……。──あぁ、早くまともな上司が欲しい」


 彼女は沈みゆく夕日の下、ふらつきながら大きな魔石を運ぶのでした。


次回、021.突撃! 恐怖のバカップル

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