018.大隊長からの伝言
「はじめまして。──オークさん、でいいのでしょうか? いつも、うちの上司がお世話になっています。つまらないものですが、これをどうぞ」
これは一体どういうことなのでしょうか?
僕の目の前に綺麗な長い黒髪の少し釣り目のスーツをびしっと着た美人OLさんが菓子折りを持ってやってきました。
あれれ? ひょっとして、前世に戻ったとか?
いえいえ、いたって普通の森です。
エアコンのゴーという音は一切聞こえず、代わりに小鳥のさえずる声が響き渡っています。
それに今、僕はゴールデンうさぎちゃんを手にしています。
あぁ、僕は今日も一つ罪を犯したんですね。──許してください。
ふー。うっかり僕はここが前世ではないかと疑ってしまうところでした。
──うさぎちゃんを手にしている時点で気づけよ?
それは違いますね。ひょっとすると、僕が脱サラして猟友会に入ったかもしれないじゃないですか。ちなみに異世界風で言うとハントクラブですね。
その風貌で人間なんて言えるのか?
そんなの慣れてしまったら分からないじゃないですか!
僕は人間です。心の中ではそう思っていますよ。
ところで、話は急に変わりますが、僕は今、猛烈に感動しています。
なぜなら、今までの客人(ほとんどストーカーさんですが……。──シクシク)の中で彼女が一番まともだったのです。
そう一番まともなのです。
大事だから二度言いました。
僕はこの日、初めてまともな異世界人と出会ったのです。
とは言っても、罠の一つもない贈り物を受け取ったことのない僕は見た目はただの菓子折でももう信じることはできません。だから、彼女が差し出している菓子折りを慎重に受け取ります。
「あぁ、ありがたく頂戴します」
手榴弾が無いはずなのですが、受け取っただけで爆発することが多々あるこの世界の贈り物ですが、これは安全そうですね。
菓子折りは後で慎重に木陰に置きましょうか。ひょっとすると、時限爆弾かもしれませんからね。
あれ? これってもしかして。
若干透けている文字を見た僕は慌てて包装紙をビリビリに引き裂いて箱に書かれている文字を見て驚きました。
『魔王軍温泉まんじゅう』
ひょっとして、この人って……。
──いや、そんなことあるはずない。こんなに親切な方があの魔王軍の人であるはずが……。
「自己紹介が遅れてすまない。わたしは魔王軍第7大隊特殊諜報部隊“アゲハ”所属メリアと申します。種族はサキュバスです。これまであなたの動向の監視をしていました」
……。
「──これはいったいなんていうことでしょうか! 僕の目の前にサキュバスがいます! ──ところで、サキュバスって角があるはずじゃなかったのでしょうか?」
今、彼女の発言の中で何やら物騒な単語が聞こえたような気がしますが、──うん、気のせいでしょう。
それよりも彼女の引きつった顔が気になります。
「角は魔法で隠しています。──それに会って早々涎を垂らされても困りますよ……」
たしかに彼女はかなり引いた顔をしていますね。
──いや、ドン引きですね。
ちょっと欲望が出てしまったようです。ちゃんと顔を整えて。
──ゴキ、ゴキ。
「これは失礼」
なんとなく顔を細くしてみました。
これでスマートな男になったでしょ。
「なんか顔が気持ち悪いです。消えてください」
「会って早々辛辣~! けれど、これもまたいいですよね」
──ぼよよ~ん!
僕の顔はあっという間に元通りです。
良かったです。このままだと見た目は栄養失調の豚になるところでした。
──いや、僕には足りない栄養がありました。
それは愛です。人は愛がないと孤独のあまり死んじゃうことがありますからね。だから、適度に愛を補給する必要があります。まぁ、前世の頃から僕は愛が足りていないのかもしれませんが、──気にしない。気にしない。
──女騎士様の愛は?
あれはオークなら、誰でもありなのですよ。
たまに彼女、僕以外のオークに見惚れているところを見たことがありましたしね。
これは以前、話したと思いますがあのときの言い訳は実に見苦しいものでした。──いえいえ、僕は別に嫉妬しているわけではありませんよ。むしろ、僕から離れて欲しいくらいです。
しかし、目の前にいる彼女は今までで一番まともな反応をしてくれますね。
ほら、村娘のほとんどのみなさんはいつも『オーク退散!』しか言いませんから。
本当にそれでオークが退散するわけじゃないのにねぇ。
だから、僕は彼女に感動していたのです。
猛烈に感動していたのです。
──別に僕はマゾヒストでも何でもありませんよ。
「あなたの頭は壊れているのですか? ──それとも、やはりあなたはエロ豚ですか?」
「それは誤解です。僕はあくまで紳士なエロ豚です」
「──エロ豚って言っているじゃないですか。それに、紳士の使い方が間違っている気がするのですが?」
「間違っていません。紳士にも変態性は必要なのです」
ほら、堅っ苦しい紳士よりもちょっとエロスのある紳士の方がいいでしょ?
──お前にはエロスも紳士らしさもまったく感じねぇよ!
それは残念です。
てっきり、あなたたちには伝わるとは思ったのですがね。ちょっと向こうで……。
「何をおっしゃっているのか承服しかねます」
どちらに対しておっしゃられたのでしょうか?
とりあえず、『紳士にも変態性は必要だ』というくだりから入りますか?
「安心してください。僕はあなたに手を出すつもりはありません」
あれ、こんなこと言うつもりなかったんだけどな。
──ひょっとして、彼女が僕にそう言わせたのかも?
「わたしも出すつもりなんてないですよ!」
「嘘!」
「──サキュバスのすべてが変態だと思ったら大間違いですよ」
嘘だろ! サキュバスさんってとてもエロいお姉ちゃんじゃなかったの?
ほら、人間の“バチコーン”を吸いとって生きているんでしょう?
──人間限定?
そんなの不公平です。
僕の“バチコーン”も吸ってください! よろしくお願いします。
「──嘘だ。こんなの嘘に決まっている!! ──そう、これは夢なんだ。サキュバスはエロいお姉さまなんだ! 僕みたいな純情オークなんて大好物なんだ!」
「言っておきますが、わたしはオークが死ぬほど嫌いなんです!」
「じゃあ、どうして僕をつけていたのですか?」
「大隊長命令に決まっているじゃないですか。それが無ければ、あなたみたいな低俗なオークの尾行なんてしていませんよ」
「低俗だなんてひどいじゃないですか? 少なくともあなたの上司と比べればマシだと思うのですがね」
「どっちもどっちです!!!」
それはそれでちょっと彼がかわいそうな気がしますがね。
しかし、彼女はオークに拒否感があるようですね。
なんかショックです。
てっきり、6号さんは僕が好きで尾行しているんじゃないかと思っていたんですよ。
──少し前にあの大隊長(笑)がなんか言っていなかったか?
気のせいです。僕の耳には聞こえていません。
僕は耳がいい方なのですが、このときばかりはたまたま聞こえなかったのです。──本当ですよ。
「では、どうして僕のような低俗なオークに会いに来たのですかね?」
「──話が急ですね。ひょっとすると、あの変態殺戮機械さんと相性が合うんじゃないでしょうか?」
「あれと同じにしないでください!!」
いきなり何言うんですか! あの人と僕は違いますよ! ほら、あなたに過度なスキンシップなんて取っていないでしょう?
「──似ている気がするのですがねぇ……」
「やっぱり僕と“ドドドーン”を「嫌です!」──すみませんでした」
「土下座しても無理ですよ。とにかく私はあの人からの伝言しか言いませんよ」
「あの人?」
誰のことでしょう?
大変申し訳ないのですが、記憶にございません。
「クオーツェル様ですよ!」
うん? なんか聞いたことがある気がする名前だなぁ。
言っておきますが、知り合いの顔を思い出せないからと言って、汚物を見るような目で僕を見ないで待ってくださいね。人には思い出したくないものがあるのですよ。
はっ!
「──あぁ、あの中二病患者ですか?」
「──チュウニビョウ? 何ですかその病気? そこはかとなくバカにしているような聞こえますが」
「漢たるものカッコつけたくなる年ごろがあるのですよ。彼はそれが長引いているちょっと手遅れな方なのですよ」
「──あぁ、それならあなたと会ってから治ったと思いますよ」
「嘘! あれで治ったの?」
「たしかにあなたと会うときは虚勢を張っているのか分かりませんが、そのなんか偉そうな態度を取っていますね。──しかし、最近は魔王軍の中ではおとなしくしていますよ」
あれで治っていたら、以前は相当ひどかったのですね。心中お察しします。
「──目つきが本当に気持ち悪い」
すごいひかれました。
とてもショックです。起き上がれません。
「そんなに駄々こねてもオークの精気なんて吸いとりませんよ」
「さっき、なんかエロいこと言いませんでしたか?」
この話はエロそうな言葉が出たら、問答無用で雑音が入る仕様であるはずなのにこれはどういうことでしょうか?
「エネルギーですよ! エネルギー。生体エネルギーのことです。 わたしたちは人間の“ジリジリジリ”を糧に生きているわけじゃないんですよ。そういうサキュバスはこの世界では圧倒的少数派ですよ!」
「な、何たる不幸。──僕はたった今、夢を失いました」
「白くなっても無駄です。そんなことよりも上司から伝言です」
「えぇ、あの人の伝言ってどうせあのカルト宗教の勧誘とかそんなのでしょう? 僕はそういうの嫌なんですよね~。──あぁ、あなたがもし僕の部下になってくれるなら「結構です」──ですよね……」
ちょっと残念ですね。
けれど、僕はへこみません。なんとなく分かっていました。
ほら、少し前にとある中二病の大隊長様が吹き矢で撃たれたことがあるじゃないですか。きっとあれは彼女の仕業です。
しょうがないです。──しかし、僕は決して諦めません。だって初めてまともな人に会ったもの!
「──魔王軍は勇者教会とかアナスタシア教のような変な宗教じゃありませんよ。──それにどうせ勧誘しても来ない人をいちいち勧誘するなんてバカらしいです。魔王軍の総意としてはあなたを無理に魔王軍に入れるつもりはありません。──あれはあの人の勝手です」
「なら、止めてよー」
上司をあれって言えるんでしょ?
なら、止めれるでしょ?
あれれ? なんか複雑そうな顔してますね。これはどういうことでしょうか?
「実のところ魔王様はあなたの力を欲しているので、止めようにも止められないんです」
「──それなら、魔王軍の総意じゃないですか!」
魔王様が欲しがっている時点で十分総意じゃないか!
「──失礼しました。つい願望が出てしまって」
「本当に辛辣! けれど、これが良いんですよね~」
「さて、伝言を言いますよ」
「──もう、僕の話は聞き流されるようになったのね」
なんかちょっとさみしいです。
「早く言わないとまずいことになりそうなので」
「──まずいことって?」
「実は魔王軍が危機なのです」
「危機? 別に大隊長が全員いなくても大丈夫な魔王軍が? 魔王様以外ほとんど雑魚と言われている魔王軍が? ひょっとして、千年も死んでいないというあの魔王様がいよいよ寿命で「そんなわけないでしょう」──失礼しました」
「実を言うと、これを危機と言っていいのかと思うのですがね……。──とにかく、大隊長の命令なので伝えます」
そう聞くと、危機のようには思えませんね。
むしろ、危機と称して僕を釣ろうとしているのでは?
それなら、彼女を僕の部下にしてください。
たったこれだけですべてが解決しますよ。
彼女が嫌がってる?
そんなの絶対演技に決まっていますよ。
本当はオーク大好き変態サキュバスなんですよ。
「実は我が大隊長クオーツェルは勇者クズノキの襲撃に会い「おぉ、師匠じゃないですか? そこでなにしているんですか?」」
聞き覚えのある声が聞こえてきたので、振り返ってみると、──うん。案の定、僕の弟子を名乗る例の彼でした。
──はぁ、こんなときに何ですか? クズノコさんでしたっけ? 僕がせっかく彼女との逢瀬を「誤解を招くのでやめてください」──いよいよ心の方まで読みに来ましたか?
なら、僕の思いも受け入れてくれる「嫌です」──ですよねー。そう思っていました。
とにかく貴様、待望のサキュバスさんとの逢瀬の邪魔だ。──シッシ。
僕に出て行けというサインを送られた彼はショックを受けたような表情をしました。
「なんと! 師匠に汚らわしいサキュバスが憑りついているだと……!即刻取り払わねば」
あれ? 僕はあなたの方が取り払うべきだと思うのですが……。──どこをどう見たら、そう思えるのでしょうか?
──そういえば、あの大隊長(笑)はどうなったの?
ひょっとして本当に死んじゃったの?!
途中まで話が聞けていないのでよくわからないんですけど、本当だったらちょっとうれしいんですけど!
次回、019.おバカな勇者の騙し方




