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序章 2 ハラドは思い出す

ハラドの遠い記憶です

僕は事象の地平線を超え、時空を超越した世界をたゆたう。


ここはあらゆる場所であり何処でも無い。時間と言う概念は存在せず、時のイデアがただ在るだけだ。


ここは全てなのである。


僕は大好きだったお姉ちゃんを再び現世に具現化させる為にここへ至った。

そう、もうこの世に居なくなってしまった彼女を造り出すんだ。


僕が狂っているのはわかる。僕の心はあの時壊れてしまったのだ。





「おお〜い、待ってくれよ〜! 」


孤児院に向かってかけて行くハラドとシレーアに追いついて声を掛ける者がいる。

シレーアのパーティである白魔術師のブランシェトと斥候のティム・ティン・トットである。

シレーアは「っあ!」と言って目を見開く。


「シレーア置いてくなんて酷いじゃあないか。」


「ごめんなさい! 忘れてた訳じゃなくて、あの、その... 」


「いいのよ、シレーアちゃんハラドの事となると周りが見えなくなっちゃうものね。」


「本当にごめんなさい! 」


シレーアが深々と頭を下げると、ハラドが慌てて前に出て来る。


「お姉ちゃんは悪くないんだ! 僕がわがまま言ったから... 」


必死でシレーアを庇おうとするハラドにブランシェトは優しく微笑む。


「いいのよハラド、なんせ一年振りですものね。早くシレーアお姉ちゃんとお家に帰りたいわよね。」


そう言ってブランシェトは白く美しい手でハラドの頭を撫ぜる。

エルフであるブランシェトは齢千六百歳を超える長命種であるが、見た目はシレーアと変わらない。

闊達としたシレーアと違い、淑やかな美しさを持つブランシェトに頭を撫ぜられハラドは頰を赤くする。


「シレーアちゃん、私達はいつもの宿屋に滞在するから何かあったらそこに連絡してね。それを伝えに来ただけだから。」


「え!? ブランシェトさんお食事ご一緒しませんか? 」


「いいえ気を使わないで、私も久しぶりの家族水入らずを邪魔するほど野暮じゃないわよ。」


「そんな... 」


「そうだよブランシェトのお姉ちゃんも来れば良いよ! ティン・トットは別に来なくていいケド。」


「何で俺だけ仲間外れなんだよ! 俺はお前がこんな小さな時から知ってんだぞ! おしめを変えてやった事もあるし、風呂にだって入れてやった事があんだぞ! 」


「うん、だからもう見飽きた。」


「マジか!? 俺って見飽きるもんなのか! 」


「ハイハイ、もういいでしょ。行くわよティム。

じゃあね、シレーアにハラド。私達の事は気にしないで。」


そう言ってブランシェトはティムを引きずって去っていく。

二人を見送ったハラドとシレーアは踵を返し、手を繋いで仲良く孤児院へ向かうのであった。



カフカスの北西に位置する古く小さな孤児院。孤児院と言っても今は院長のピングビンとハラドとシレーアしか居ない。


「院長先生ただいま!」


シレーアが孤児院の扉を勢いよく開けるとそこには皺くちゃの顔をさらに皺くちゃにして微笑み、椅子に腰掛けたピングビン院長がいた。


「シレーア、無事で帰って来てくれて嬉しいよ。もっとこっちへ来て顔を見せておくれ。」


そう言って手招きすると、シレーアはピングビンの下に駆け寄り抱きしめる。


「ただいま。」


「おかえりシレーア。長旅ご苦労だったねぇ。お腹空いているだろう? すぐ用意してあげるからね。」


そう言って立ち上がろうとするピングビンをハラドが素早く支える。


「じゃあ僕は院長先生とご飯の仕度をしてくるから、お姉ちゃんは食堂で待ってて! 」


そう言って二人して厨房に引っ込む。



ハラドはとても幸せだった。大好きなシレーアが帰って来たからだ。


ハラドこの一年は気が気じゃなかった。何故ならこの度の討伐はコレまでの魔物の討伐とは訳が違う。今回の敵はこれまで幾多の冒険者や騎士達が戦いを挑み破れていった、厄災と呼ばれる邪竜ベルミルスラクスだったからだ。


こんなに嬉しい事はない、大好きなシレーアが無事帰って来ただけでなく英雄として凱旋してきたのだ。

ハラドは誇らしい気持ちでピングビンの作る食事の用意を手伝った。


それからその日はハラドはずっとシレーアと一緒にいた。

シレーアの邪竜退治を始めとする一年に及ぶ大冒険譚を食い入るように聴き、ハラドはこの一年の自分の事や、ピングビンの事、街の事などいつもと変わらぬ日常をシレーアに語りに語った。


他愛も無い事だがハラドはシレーアと話したくてしようがなかった。シレーアは楽しそうに話すハラドに優しく頷きながら笑顔で聴いていた。


その後シレーアは恥ずかしがるハラドをひっ捕まえて風呂に入った。シレーアが一年の間見ない間にハラドは背も伸び身体つきもほんの少ししっかりしてきた。シレーアにはハラドの成長が嬉しかった。


ハラドはシレーアの身体を見て驚いた。鎧を脱がねばわからない鍛え上げられたしなやかな肢体は、一年前と違い生々しい傷だらけだった。全身に竜の牙や爪痕があり、ブレスの痕だろうか引き攣れ瘢痕となっている部位もあった。


「怖い?」


傷だらけの身体を前に固まるハラドを見て、シレーアは少しの後悔を浮かべた笑みを見せる。

ハラドはハッとしてシレーアを抱きしめる。

シレーアの肩にも満たない身長のハラドは自然と胸に顔を埋める形になるが、左の乳房は潰れて硬くなっている。背中に回した手は、背中を縦横に走る硬く引き攣れた爪痕をなぞる。

そこには一年前のハラドの知っている柔らかくしなやかな身体は無かった。


「ごめんね。こんな醜い身体を見せて。...お姉ちゃんのこと嫌いになった? 」


ハラド大きくかぶりを振る。


「大好きだよ! 怖くないよ、醜くないよ! みんなの為にドラゴンと戦ったお姉ちゃんはとっても綺麗だよ! ...醜いなんて言う奴がいたら僕がやっつけてやる! 」


そう言ってハラドはより強くシレーアを抱きしめる。


「良かった。この身体をみてハラドが怖がったり、嫌いになったりしたらどうしようか心配してたんだ。...でも、こんなに傷だらけになったらお嫁に行けないなぁ。」


「嫌いになんかならないよ! そ、それに、ぼ、ぼ、僕がお姉ちゃんを... お、お嫁に貰う! 」


真剣な顔で自分の顔を見つめるハラドをみて、シレーアは自分は悪い女だな、と思う。シレーアは自分がこう言えば、ハラドはこう答えを返すとわかっていた。それでも今だけはハラドに好きだと言って欲しかった。シレーアもハラドの事を愛してやまないのであるから。

ハラドにとってシレーアは母であり姉であり恋い焦がれる存在だった。


それはシレーアにとっても同じで、ハラドは子供であり弟であり恋人だった。


自分でもおかしい事はわかっている。


ハラドとは八歳も年が離れていて、しかも自分が年上だ。

それに今は大好きだと言ってくれているが、彼が年頃になれば自然と自分から離れていくだろう。


なぜなら自分はハラドにとって姉であり、母であるのだから。


だが邪竜との戦いで傷だらけになってしまった醜い身体を、ハラドは力一杯抱きしめ、綺麗だと言ってくれた。こんな自分をお嫁に貰ってくれるそうだ。


今は、今だけは恋人でいてくれるのだ。


シレーアは大粒の涙をいくつもその大きな瞳から零れさせた。


「お姉ちゃんは僕が守ってあげるからね。」


シレーアはハラドを抱きしめ静かに嗚咽する。

ハラドの優しさに、自分の不器用な生き方に、もどかしい思いを感じながら。



この夜二人は一つにベットでお互いを強く抱く締めながら一年振りにぐっすりと安眠をしたのだった。

お読み頂きありがとうございます。

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