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『いねむりひめとおにいさま』シリーズ

わたしの素敵な王子様。

作者: つこさん。

王子様が現れたのだと思った。



まだ見ぬわたしの王子様。



こちらを振り返ったとき、目が合ったとき、どうしていいかわからなくて俯いてしまった。



じっと足元を見ていたら、きれいな黒い靴が見えて、俯いたわたしの目に合わせて王子様がかがんでくれたの。



燃える炎のような赤い髪に、森の奥の湖のように深い蒼の瞳。



王子様は微笑んで、わたしに手を差し出したの。



「踊っていただけますか、お嬢さん」、て。




****




「よかったわね」



特によかったとも思っていないような口ぶりで、親友のエルザは言った。



「どうしてそんなにそっけないの」

「何度聞くと思うのこの話」

「あなたに話すのは28回目よ」

「…たまげたわ、いろいろ」



ドレスの下で足を組み替えて(本当は足を組むのはお行儀が悪いわ)、エルザはため息を吐いた。



「そんだけご執心なのに、どこの誰だかわからないんでしょう」



「ええ、そうだけど」

わたしは答えた。

「わたしの王子様ですもの、必ずまた会えるわ」


「そりゃまぁ、会えはするでしょうけど」

エルザはとっても意地悪なの。

「あなたの王子様としてかはわからないわ」



「どうしてそんなことを言うの」

「だって本当のことでしょう」

エルザは眉根を寄せて言った。

「適齢期の素敵な男性が、他のお姫様を知らないなんてことはないわ」



わたしは立ち上がって言った。

「あの方はそんな不誠実な方ではないわ!」

エルザはまたため息を吐いた。

「あなたの不誠実は範囲が広いわね」



「ただ一度夜会で踊っただけ。

どこの誰かもわからない赤い髪のあなたの王子様は、あなたのことを憶えているかしら?」



なんてことを言うのかしら。

親友なら励まして欲しいわ。




****




「待っていても迎えになんて来ないわよ」って、エルザが言うの。

だからお父様にお訊ねしたわ。

赤い髪の素敵な方。


少し困った顔をして、「それだけじゃわからない」とお父様は言った。



「わたしよりも背が高くて、とても深い色の瞳の方。

黒い靴を履いていらして、同じ色のモーニング。

とても聴こえのいい素敵なお声で、わたしに合わせてステップを進めてくださるの」



「それだけじゃわからない」ともう一度お父様は言った。



「どうしてその時お名前を伺わなかった?」

「だって王子様とは必ず巡り合うものだもの」

エルザと同じようにお父様もため息を吐いた。




****




「自分で捜しておいで」とお父様が言うの。

だからたくさん夜会に出たわ。

でも手を差し伸べてくれるのは、素敵なだけの他の方なの。



「赤い髪の方を探して自分から声を掛ければいいじゃない」

エルザは天才だと思うわ。



「ねえ、なんて言えばいいの」

「そんなのその場のノリよ。

思ったことをお言いなさいな」

そうね、そうしてみることにするわ。



広い広い舞踏会場で、たったひとりの王子様。



ダンスよりも軽いステップで、わたしは赤い髪の方を捜した。



でも見つけた方はどなたも、赤い髪の素敵なだけの方なの。



わたしはとても疲れてしまった。



「きっと今日はいらしていないのだわ」

「そうね、先は長いわよ」

エルザは面白そうに笑った。




****




ある時エルザが言ったの。

「王宮舞踏会があるわよ」って。


「貴族位令息であれば、必ず参加するはずだわ」

エルザは本当に最高の親友だわ。



「ねえ、わたしはどうしていればいい?」

「いつも通り捜せばいいのよ、赤髪の王子様を」




一番かわいいわたしになるの。

衣裳部屋をひっくり返して、一番かわいいドレスを選んだ。

「そちらよりもこちらの方がお似合いですよ」

そうね、とっても素敵、そちらにするわ。




「新しくドレスを仕立てようか?」

お父様が言ってくれたけど、わたし、このドレスがいいわ。


あの方の瞳と同じ色なの。

深い深い湖の色。




****




たくさんの素敵な方が現れて、たくさんの手を差し伸べられた。


黒い靴が見える度に目を上げたけれど、ただ素敵なだけの方なの。



「ねえエルザ、あの方はもしかして天使だったのかしら?」

「なに言ってるのかしらこの子は。

ほら、あちらにも赤い髪の方がいらしてよ」

エルザが差した扇の先に、赤い髪の背中があった。



俯きながら近づいた。

この方は黒い靴ではない。

灰色のモーニングに艶を落とした鈍色の靴。

顔を上げるのが嫌になって、わたしはそのまま立ち尽くした。




「…もし、お嬢さん?」

降ってきた声に目を見開く。

「具合が悪いのですか?どうされました?」

とても聴こえのいい素敵なお声。

ええ、忘れたことなどないわ。




わたしは顔を上げて言った。




「あなたに会いに来ましたの。

わたしの王子様」




深い深い瞳が大きく見開かれた。




****




今度はちゃんとお訊ねしたわ。


ユリアン・フォン・シャファト様。


わたしの素敵な王子様。


きっとまたお会いしましょうって、今度はちゃんと約束したの。






「よかったわね、オティーリエ」

エルザが言った。

わたしの自慢の親友よ。

とっても賢くて、いつもわたしを助けてくれるの。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 『いねむりひめとおにいさま』シリーズの短編は、オティーリエが子どもたちに、若いときの写真を見せているような感じがします。 続きはお父さんに聞こう! ……とは言っても、ユリアンは話してく…
[良い点] すごくつこさん。様らしいテンポの良さで 息をするのを忘れるくらい引き込まれながら読み進めたら 息どころか心臓が止まりそうになったので 生きながらえてこの気持ちを伝えられるのが嬉しいです。 …
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