第八話
「ご、合格! 僕が……ま、魔法使い……」
「そうだよ。しかし、どんなに魔力があっても訓練を経ねば魔法使いにはなれない。これからしっかり学ぶように」
「はい!」
やった! やった! 魔法使いだ! エリートコースだぞ!
前世で言えば一流大学に合格した感じか?
いやいや、もっとだろう!
この世界は封建制で貴族の力は大きく、身分が高い訳だよね。そしてここは貴族の学校で……学長先生曰く『魔法学科は全てに優先する』だよな……。
という事は……エリート中のエリートみたいな感じか?
ふうう……まだ興奮しているな……。
「さてと……。アルト君。君はここにいる者達と面識がないのだね?」
おじいちゃん先生が優しく話しかけて来た事で俺は意識を戻した。
「はい! みなさん初対面です!」
「ふむふむ。それでは紹介しておこうかの。わしはジャバ。爵位は伯爵。この魔法学科の主任教授をやっておる」
「は、伯爵様! はは~!」
主任教授で伯爵なのか……。
凄いな……。
おじいちゃん先生は次に試験を担当していた怖い人を紹介した。
「それから、こちらの女性がコード夫人。魔法学科の教授で、伯爵夫人だ。彼女自身も名誉子爵位をお持ちだ」
「は、伯爵夫人様で名誉子爵様! はは~!」
怖い人ことコード夫人は、水晶玉試験の時とは打って変わって優しい笑顔を見せてくれた。
「それから……パウル王子やアメリア嬢は良いの……。そのパウル王子の横に立っているのがマックスウェル君だ。君の一学年上で侯爵家跡継ぎ」
「こ……侯爵家の御曹司様で! はは~!」
す、凄い面子だな。
改めて思うけど凄い所に入ってしまった。
大丈夫なの俺? 騎士爵せがれで跡を継げない三男坊なんですけど?
「では、今日はここまでにしよう。アルト君の魔力を見て、みんな驚いたからね。冷静ではいられないでしょう。今日は解散とします」
おじいちゃん先生の言葉を聞き終わると俺はすぐに挨拶をして部屋を出た。
廊下を歩きながら考えた。
やはり無理なんじゃないだろうか?
伯爵だの侯爵だの王子だの……そんな中に混じって、これから生活をして行く事が俺に出来るだろうか?
王族や上級、貴族とコネを作るにしても、出来る事ならたまに会ってご挨拶する位の距離間でいたい。
これは俺が小心な小市民体質なのもあるな。
もし俺がもっと太々しい人間だったら、『ラッキー! 俺! マジ上級民入り! フォー!』とか言って、今の状況を喜び楽しむ事が出来たろう。
だけど俺はなあ……。晴れがましい舞台は苦手だし、派手なのも苦手だし……。
実は今の状況は俺にとって好ましくない状況なんじゃなかろうか?
元々日本人の俺には貴族同士のハイソなお付き合い何て……無理ゲだ。
「あ! いたいた! アルト! おい! アルト!」
「サンディ!」
校舎から外に出るとサンディがいた。
待っていてくれたのかな?
そうだ! サンディに相談しよう!
「アルト! どうだったんだ?」
「お、おお。合格だった……」
「マ! マジかよ! すげえ! おめでとう!」
「あ、ありがとう……」
「オマエ……何しょぼくれてんだよ! 魔法学科に合格したんだぞ! 選ばれたんだぞ! すげえ事なんだぞ!」
「い……いや……それなんだけどさ……ちょっと、相談にのってくれよ……」
「相談?」
サンディは自分が合格したみたいに大喜びしてくれた。良い奴だ。
俺に元気が無いのが不思議でしょうがないって顔をしている。
俺は寮に向かって歩きながらサンディに自分の心境を話した。
サンディは真剣に聞いてくれた。
「うーん。なるほど。王子様、侯爵家、伯爵先生、子爵先生か! それは確かにプレッシャーと言うか……落ち着かないよな」
サンディは俺と同じ騎士爵家の息子だ。俺の置かれている状況と不安な気持ちを話したら良く理解してくれた。
「だろう! いや、もうさ。俺なんか無理なんじゃないかと思ってさ……やめた方が良いのかなあ」
「やめる?」
「……魔法学科に入るのを」
「バカ! そんな事……! 何言ってるんだ! 超エリートコースなんだぞ! 入りたくても入れないんだぞ! 普通は!」
「そりゃわかっているけどさ……」
俺達は話しながら歩いていたので、ちょうど学生ホールの近くに来ていた。
学生ホールは木造の広いキャフェテリアで、貴族学園の敷地の中心にある。学生ホールの周りは綺麗に整備された芝生とあちこちに通じる石畳の道が交差していて、沢山の学生が歩いていた。
その石畳の道を猛スピードで何かが通過していった。
「ホラホラ! もっと走らんか! スピードを上げろ!」
「えっ!?」
「なんだ!?」
それは金モールの上級生だったのだが……。
異様なのは人の上に跨って、乗馬鞭を振り回していた事だ。
騎馬戦の騎馬の様に黒モールの学生三人が下になり、上に金モールの学生が跨っている。
そして乗馬鞭で下の学生を叩きながら、大声でわめいているのだ。
騎馬は学生ホールの周りをグルグルと回って、ホールの周りにいる生徒を威嚇している様だ。
俺とサンディは呆気に取られ足を止めた。
すると上級生らしき銀モールの二人組の学生が声を掛けて来た。制服を着崩して、前世で言う所の不良の臭いがする。
「よっ! 新入生かい? びっくりした? 驚かせてごめんよ!」
「……」
「……」
銀モールって事は二人とも中級貴族――子爵か男爵の息子って事だ。
話し方はフレンドリーだけれど、どことなく……そう俺達を見る目が……いかにも格下の弱いヤツを見る目だ。
俺達より背が高いし顔付きも大人びているから上級生だろう。
俺は警戒心で一杯になった。
サンディも同じ様で口をギュッと結んでいる。
銀モールはお構いなしに話し始めた。
「あの方は第二王子のポアソン様だ」
騎馬の上に乗っている人の事らしい。
第二王子って事は、さっき魔法学科であったパウル王子のお兄さん?
随分印象が違うな……。
パウル王子は、同い年と思えない程堂々としいていて立派な印象だった。
けど第二王子のポアソン様は……粗暴な感じだ。
騎馬になっている下の三人の学生に鞭を振り続けている。
「ひどいと思うかい?」
「……」
「……」
ひどいと思う!
あれでは騎馬になっている三人が可哀そうだ。それも三人は黒モール……。俺やサンディと同じ下級貴族――騎士爵の息子だ。
王子様が弱い者いじめなんて……。
だが、ここで『ひどい』と言えば王子様を批判した事になる。
不敬罪とか言われて罰せられては堪らない。
だから、俺とサンディは沈黙を貫いた。
「まあ、一年生にはショックかもな。けどな、下の馬になっている三人はもの凄~く得をしているんだぜ。わかる?」
「?」
「?」
得をしているだって!? この銀モールは何を言ってるんだ!?
みんなの前で鞭で叩かれて、痛い思いをして、恥をかいているだけじゃないか!
俺とサンディは顔を見合わせた。サンディも『訳が分からない』と顔に書いてある。
「あれがな。あの三人の役割なんだ。あの三人の役割は『馬』だ。ポアソン王子が移動する時の足であり、人間愛馬って訳だ。ああ、オマエらまだわかってないな?」
銀モールの話している事がわからなかった。
人間愛馬と言うのも相当ヒドイと思う。そんな事をしたいと思う気持ちがわからない。
それで三人が『得』をしていると言うのがもっとわからない。
「えっと先頭のヤツは、田舎の貧乏騎士爵のせがれなんだよ。で、馬をやっているご褒美にポアソン王子様が王様に掛け合ってくれてな。街道整備の予算が付いたんだ。アイツの親父さん泣いて喜んだらしいぜ」
「……」
「……」
そ……そう言う事か……。
俺は実家から旅立った日の事を思い出した。
人が歩くのがやっとの狭い街道だった。もしこの街道が広くなったら、珍しい商品を満載にした馬車に乗った商人がウチの領地に訪れるかもしれない。そんな事を考えていた。
街道整備の予算が付く……そりゃ、あの人のお父さんは喜んだだろうな……。
「それから……後ろの左側のヤツな。アイツの所は、王子の口利きで騎士団の遠征が決まった。なんでも王国のかなり南側に領地があって魔物が頻繁に出てキツイらしい。騎士団が遠征すれば、大分魔物を間引いて貰えるからな。領民も大助かりだろうし、騎士団が飲み食いするから地元にも金が落ちる」
「……」
「……」
「それで一番鞭で叩かれている後ろの右側の彼な。あいつが一番オイシイ。あいつの親父さんは、文官の法衣貴族なんだ。今度、外交使節団の団長補佐に抜擢された。騎士爵がだぜ! 普通は子爵か、男爵のやる仕事なんだけど、王子様が強引にねじ込んだ訳よ!」
今度は役職、ポストか……。
話しを聞いて俺もサンディもゲンナリしてしまった。
「まあ、そんな訳でさ。オマエら黒モールでも生きる道はあるって事だ。ポアソン王子からは、『今年は犬を探して来い!』って言われていてなあ。どうだ? オマエら犬にならないか?」
「……」
「……」
俺とサンディはひたすら耐えた。
沈黙を貫いた。
何か批判的な事を言えばポアソン王子の批判になるし、相手は上級生で銀モールだ。
下手な事は言えない。
かと言って『犬になるのか?』と言われれば御免被る!
しかし、ハッキリと断れば『生意気だ!』とか言われ、ややこしい事になるかもしれない。
だから黙って耐えた。
「まあ、『犬』は早い者勝ちだからな。興味があるなら早めに手を上げろよ」
「おいっ! そろそろ次へ行こうぜ! オマエら考えとけよ!」
銀モールの二人組は去った。
だが、俺とサンディは鉛を無理矢理飲み込まされた様な……胃の辺りがズンと重くなる嫌な気分だった。
俺とサンディは無言でブラックドンキー寮の自室に帰った。
六畳ほどの部屋は二段ベットとタンスが置かれていて、それだけで部屋は一杯一杯だ。
俺は下のベットに腰かけ手を握ったり開いたりした。
サンディは窓際の壁に寄りかかり、視線を外に彷徨わせていた。
「サンディ、俺さ」
「ああ」
「馬になっている人を笑えなかったよ」
「俺もだ」
「うちもド田舎貧乏騎士爵家だからさ。街道なんて獣道みたいなもんで……予算か……」
「ああ。ウチもしがない騎士団勤めの法衣貴族の騎士爵だからな。外交使節団……って話は、他人事じゃなかったよ」
「なあ……」
「ああ……」
俺とサンディは打ちのめされていた。
貴族学園の初日に受けた身分制度の洗礼だ。
あの馬になっていた人たちも俺達と同じような境遇だ。
きっと実家から有力者とコネを作れと言われてきたのだろう。そして選んだのは王族とのコネ……。
いや、コネと言うより子分か? ペットか?
だがその代わり彼らの実家にはデカイ見返りがもたらされた。
プライドや人間性と引き換えに……だけれど。
「なあ。アルト。これでわかっただろ? オマエは魔法学科に入って魔法使いになるしかないんだよ」
「……」
「それとも『犬』やるか?」
「――っ! それはっ……!」
「だろ? 俺だって真っ平ご免だよ。それでもさ。俺はワンチャンあるからな」
サンディの目がギラリと光った。
俺の方を真っ直ぐ見て言葉を続ける。
「俺は騎士団希望だから。もし、戦争が起これば真っ先に行かなきゃならない。魔物が出れば突撃だよ。死ぬかもしれない。その代わり手柄を立てるチャンスがある!」
「あ……なるほど……」
確かにそうだ。
この世界だと領地争いが頻繁に起こるらしい。魔物と言われるモンスターもいる。
だから武力がある人間は重宝される。
サンディが騎士団に入れば、大怪我や最悪死ぬリスクがある。
だが、大手柄を上げれば……それこそ一発で男爵や子爵になるのも夢じゃない。
「だけどな。アルトは文官タイプだろ? 荒っぽい事は苦手じゃないのか?」
「う……うん」
「騎士爵家の出身で文官なんて出世は望めないぞ」
「無理なの?」
「当たり前だろう! 大臣なんて伯爵様や侯爵様じゃなきゃなれないんだよ! その下だって子爵や男爵だ」
うううん……この世界は封建制度だから予想はしていたけれど……。
誰でも政治家になれ、勉強すれば公務員になれる日本とは違うよな。
「だけど、魔法使いならな。魔法使い『様』ってだけで国から大事にしてもらえるぞ」
「そ、そうなのか?」
「最低レベルの人材でも千人に一人とかなんだぞ。そりゃ大事にされるだろ? 『犬』や『馬』なんてやらなくても済むぞ」
「確かに……そうだな。わかった。俺は魔法学科に入って魔法使いになるよ!」
「おう! それで良いんだよ! がんばれ!」
サンディに励まされ……と言うよりケツを叩かれて、俺はようやくヤル気になった。
魔法学科でどんな事をするのかわからないが……少なくとも『犬』や『馬』になって、王族のご機嫌を取るよりはマシだろう。
すると誰かがドアをノックした。
誰だろう?