第七話
「まず! その水晶玉が故障していないか確認するべきよ!」
みんなアメリアを見た。
おじいちゃん先生は面白そうに、試験を担当した怖そうな人は迷惑そうな顔をして、パウル王子はさもありなんと肯いている。
「ふむ! アメリア嬢の言う事はもっともだ。実験する機器が正常かどうか確認をする。学究の徒として正しい姿勢だ」
俺は実験対象なのかよ!
おじいちゃん先生も容赦ないな。
「最初に私が水晶玉に触れます! それで正常かどうか判断出来ます!」
「ふむふむ。事前に動作確認をすると言う事か。良いでしょう」
と言う訳で俺より先にアメリアお嬢様が巨大水晶玉に触れて、ちゃんと動くかどうかチェックする事になった。
アメリアお嬢様は巨大な水晶玉に近づき手を当てた。
「光れ!」
水晶玉の中心辺りが光った! と言っても、光の大きさはピンポン玉位の大きさだ。この巨大な水晶玉のほんの一部がちょびっと光っている
光の色が緑と青に交互に変化している。それに時々茶色が混じる。たぶんこの色がさっき話していた属性なのだろう。
「先生! 正常に動作していると思います。ご確認をお願いします」
「ふむふむ。間違いなく正常に動作しています」
「では、念の為に余も試してみよう」
今度はパウル王子が進み出てアメリア嬢と交代した。
「光れ!」
水晶玉の中心辺りのごくごくほんの一部が光った。指先よりも小さい弱い光だ。光の色は赤と青にチカチカと点滅する様に切り替わっている。
なるほどアメリア嬢の光り方と比べると確かに光が小さいし弱い。
これが魔力の違い。中級レベルの魔法を扱える才能と初歩レベルの魔法を扱える才能の違いか。
「うむ。問題ない。これならアルトに魔力が有るのか無いのかはっきりするであろう」
その時俺は複雑な気持ちでいた。
水晶玉が光って欲しい。光れば俺には魔法の才能がある。エリートコースに乗れる! と言う成功を望む気持ちがあった。
その一方で……水晶玉が光ってしまえば、パウル王子やアメリアお嬢様達とお付き合いをしていかなければならない。それはかなりの精神的な負担だ。もし、俺が何かやらかしたら、不敬罪とかで罰が下されるなんて事もあり得るんじゃ……。
そんな不安から水晶玉が光らないで欲しいと言う気持ちもあった。
だが――父上が借金をして俺をこの王立貴族学園へ送り出してくれた。その事を考えると水晶玉を光らせて、パウル王子やアメリアお嬢様と仲良くなる。
つまり! コネを作らなければならない!
俺の心の中で様々な気持ちがグルグルと周り、やがてそれはプレッシャーに変わった。
おじいちゃん先生が心配して声を掛けて来た。
「うん? アルト君、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「あ、はい……。いや、ちょっと、緊張と言うか……。その……色々考えてしまって……」
「あー、それはいかんな。悪い精神状態は魔法の発動に悪影響を与える。魔法使いは心を強く保てる様に、心身を鍛えねばならん」
「あ……いえ……その……」
何か……俺……向いてないんじゃいかな……。
ちきしょう! 泣きたくなって来た!
クッ! 俺は転生者だからアルトの実年齢よりも色々と経験があるはずなのに!
「ちょっと! あなた! しっかりしなさいよ!」
アメリアお嬢様が、俺の肩を掴んで揺すった。
近くに来ていたのか! 気が付かなかった!
それ位ガチガチになっているのか……。
ダメだなこりゃ。
「息を吸って!」
アメリアお嬢様の突然の指示。
な、なんだ、なんだ?
「えっ?」
「息を! 吸って!」
「ああ、はい……スー」
アメリアお嬢様の勢いに負けて思わず息を吸ってしまった。
「息を吐いて!」
「ハー」
「息を吸って! 深く!」
「スゥー」
「息を吐いて! 深く!」
「ハァー」
「さあ。これで大丈夫! いい事! あなたは出来るわ! 自信を持ちなさい!」
「……はい!」
アメリアお嬢様は良い人だな。励まされてしまった。
深呼吸もしてさっきより少し落ち着いた気がする。
うん! 何か……出来そうな気がする!
俺は一歩踏み出し巨大な水晶玉の前に立った。
水晶玉に手を当てる。
うっ!
みんなの視線を感じる。
みんなが俺を見ている。だが、気にするな。気にしたら負けだ。
何か違う事を考えるんだ!
ここは……宇宙……宇宙に漂う俺一人……俺の目の前に漂って来た水晶玉……。
ああ、時が見える!
俺はカッと目を開いた。
目の前の巨大な水晶玉に引き込まれる様な感覚。
水晶玉にあてた右手が水晶玉に同化した様な感覚。
俺の五感が果てしなく広がり水晶玉に神経回路が繋がる様な感覚。
俺は力強く命じた。
「光れ!」
命じた瞬間水晶玉が激しく光り出した。
その光は七色で強く。
強く光り輝き部屋の中を容赦なく照らした。
「うわっ!」
「キャア!」
「な……これは……」
「王子危険です! 御身を……」
「おおお! この光の強さは!」
星が天から舞い降りた様だ。
美しい!
俺は我を忘れて水晶玉に命令した。
「いいぞ! 光れ! もっと光れ!」
体の中から何かが水晶玉に流れ込んでいく感覚。
今まで生きてきた中でこれほどの快感を俺は知らない。
全ての血管が開き、心臓が早打ち喜びの声を上げている。
「もっと! もっとだ!」
「い……いかん! 魔力に飲まれておる! 状態回復――キュア!」
おじいちゃん先生が俺に何かした気がする。
気が付くとおじいちゃん先生が俺の手を掴んで水晶玉から引き離していた。
光っていた水晶玉もいつの間にか光は消え元の状態に戻っている。
あ、やばい。俺は何をしていた?
夢中で回りが見えなくなっていた。
「あ……あの……」
「ああ。気にする事はない。どうかな? 魔力を開放して気持ちが良かったかな?」
魔力の……開放……。
あれが?
「は、初めての経験で……良く分かりませんが……。でも、何か体の中から出て行って、すごく気持ち良くて! あれは……一体……なんなのですか?」
「ふむふむ。強い興奮状態に陥っていた訳だね。若い魔法使いが魔力のコントロールが出来ずに、その様な症状になるのを何度か見ている。『魔力に飲まれる』と我々は言っている」
「我々?」
「魔法使いの事だよ」
トクン!
心臓の鳴る音が聞こえた気がした。
「ま、魔法使い……」
「そう。ここは王立貴族学園の魔法学科。魔法使いの養成所だよ。ここにいる人は、みんな魔法使いだ。もちろん君もね」
トクン!
心臓が強く鳴り、心が高鳴った。
「ぼ……僕もですか!?」
「ああ。テストは合格だ。アルト・セーバー君。ようこそ! 王立貴族学園魔法学科へ!」