第五話
「アルト・セーバー。よろしい。では次の部屋で待機を。右に出て一番奥の部屋ですよ!」
「わかりました!」
部屋から出ると大きく息を吐いた。
「ふう。どうなってるんだか……。えっと右の一番奥の部屋だよな……」
一人で廊下を進むと何か心細い。
廊下の左側はガラス窓で、王立貴族学園の美しい庭が見える。
「あっ! 桜……」
この異世界に来て初めて見た。
庭に一本だけ大きな桜の木が立っていて、桜の花びらが舞っている。
どの位歩いただろう?
長い廊下の突き当りにやっと着いた。
「しかし……この扉は……」
思わず声に出る。
扉は立派な金色の飾りの付いた扉だ。
竜や獅子、見た事の無い様な動物も彫られている。
扉に手を触れると扉はひとりでに両サイドに開いた。
扉の中は談話室の様な造りになっていた。
いくつかのソファーと品の良いローテーブル。
採光が良い部屋でとても明るい。
その一番奥のソファーに少しぽっちゃりした金モールの男子生徒が座っていた。
あれっ? この人は? どこかで見た……?
俺は記憶を手繰った。
そうだ! 最初に部屋から出て行った王族の……パウル王子!
俺は大慌てで膝をついて、王族への礼をとった。
「こ……これは……パウル王子……し、失礼しました……」
やばい! やらかしたか?
あれ? でも一番奥の部屋で待って居ろって言ったよな?
何で王子がここに?
パウル王子はゆったりと同い年とは思えない威厳のある声で話し出した。
「よい。楽にいたせ。王立貴族学園において余は一学生である。そちの名は?」
「は、はい。あ、ありゅと申しましゅ」
やばい! 緊張してカミカミだ!
しょうがないだろう。前世もあわせて王族に会ったのは初めてなんだから。
「ナニ? ありゅと?」
「アルト・セーバーでございます。セーバー騎士爵家の三男でございます」
「余は第四王子のパウルである。ふむ。騎士爵家であるか」
「左様でございます」
「楽にいたせ」
「ははっ」
パウル王子のお許しが出たので立ち上がって改めて部屋の中を見る。
部屋の中は俺を含めて四人だけで、男子生徒三人に女子生徒が一人だ。
一人はパウル王子。
柔らかそうな金髪にふっくらした頬をしている。
お腹の大きな王子様と言う歌があったけど、あの歌の様に少しぽっちゃりしている。
王族だから栄養が行き届いているのかな。
もう一人の男子生徒はパウル王子のすぐ横にビシッと立っている。
ちょっと長めの銀髪を後ろに流し、鋭い目つきで俺を観察している。
スラっとした長身で顔付きも大人びているので上級生かな?
制服のモールは金色……つまりこの人も上級貴族だ。
そして最後の一人、女子生徒も金モール――どこかの上級貴族のお嬢様って事だ。
はちみつ色の髪はつやが良いし、ぬける様な白い肌も美しい。
同じ十三才のハズだけれど上品なせいか、もうちょっと年が上に見える。
ティーカップをソーサーごと持ち上げて上品にお茶を飲んでいる。
なかなか可愛い。
「ねえ。あなた。そんな所に突っ立てないで座りなさいよ」
お嬢様が俺に声を掛けて来た。
だけど……座る? 座っていいの?
王子様や上級貴族の居るここで、下級貴族の騎士爵子息の俺が座る?
俺がオロオロしているとハウル王子がソファーを指さして俺に命じた。
「うむ。アルト! そこに座るがよい」
「ははー!」
これは、王子様の、命令!
そう。王子様の命令だから、俺がソファーに座るのは何も悪くない。
悪くないよな。
ガッチガチに緊張してソファーに腰かける。
やばい。この部屋は一体なによ。俺にどうしろと!
早く終わんないかな……。
外に出てサンディと気楽に話したいな……。
するとお嬢様がまたも話しかけて来た。
いない物と思って無視してくれても良いけどなあ。
上級貴族のご令嬢と会話なんてした事ないから、緊張しまくるよ。
そっとしておいて欲しいなあ。
「ねえ。あなたの属性は何だったの?」
え? 属性?
いきなり話がわからない。
「あの……申し訳ございません。おっしゃっている事がわからないのですが……属性と言うのは?」
お嬢様は呆れた顔をした。
いや、呆れられてもさ。本当にわからないから。
「属性は属性よ。水晶玉に手を当てて光らせたでしょう? その時、水晶玉に現れた色を聞いているの」
「水晶玉に現れた色ですか?」
「そうよ。何色かおっしゃいなさい」
「割れてしまいました」
「割れ……どう言う事かしら?」
「あの……水晶玉に手を当てたらですね……」
俺は水晶玉が何度も割れてしまった事をお嬢様に話した。
するとお嬢様の表情がみるみるうちに曇ってしまった。
「そんなバカな事があるかしら……故障……いや、でも、水晶玉を取り換えたという話だし……」
「はあ。私も事情がまったくわからないのです。ただ、廊下を右に進んで一番奥の部屋に行くように指示を受けまして……」
「そう……そうなの……ならこの部屋で間違いないわ……」
それっきりお嬢様は黙ってしまった。
何か気まずい沈黙だ。
パウル王子の方はもう怖くて見る事も出来ない。
早く終わって欲しい!
早く俺を自由にしてくれ!
心の中で強く祈っていると、扉が開いて人が入って来た。