第三十七話 アメリアの匂い
「待て! アルトよ! 正気か!?」
俺が今夜再出撃してパルシア帝国西軍を叩くと言うと、パウル王子が血相を変えた。
「はい。早い方が良いですよね?」
「いや! その方は大火傷をして回復したばかりではないか!」
「はい。回復しました。ですから、今夜再出撃します」
パウル王子が俺を心配してくれるのは、本当にありがたい。
けれど、あの初見殺しの火炎放射器……。
あれはシャレにならない。
この世界に火炎放射器はない。
あるのは魔法使いが発動させる火属性魔法だ。
予備知識がなく、見た事もない火炎放射器で攻撃をされたらこの世界の人はどうなるだろう?
火属性魔法だと思って、魔法障壁を張る。
しかし、火炎放射器の炎に魔法障壁は効かない。炎は魔法障壁をすり抜けてしまう。
そうなったら、パニックだ。
俺も訳が分からなくなった。
そして大火傷を負ったのだ。
あれがカルソンヌ城へ行ったらどうなるか?
どのくらい数を揃えているかにもよるが……。
全軍総崩れになるだろう。
だったら、俺が行って早めに潰さなきゃ。
俺は俺なりにこんな考えがあるのだが、パウル王子は真っ青になっている。
俺の怪我、大火傷に責任を感じ過ぎだ。
俺は勤めて明るくパウル王子に心配無用と伝える。
「パウル王子! 大丈夫です! 炎の正体は火炎放射器で間違いないと思います。物理障壁を張っていれば、防げるはずです。心配はいりません」
「アルトよ! それはあくまでも予想に過ぎぬではないか! もし、また、大火傷をしたらどうするのだ! マックスウェル! そちも何かアルトに言え!」
「アルト・セーバーを行かせましょう」
「マックスウェル!」
マックスウェル先輩は俺が再出撃するのに賛成のようだ。
ずっと黙っていたが、決意のこもった目でパウル王子を説得し始めた。
「王子。アルトが見たパルシア軍の新兵器、火炎放射器は驚異です。何より精鋭のイェニチェリ一万がカルソンヌ城攻めに加わるのはまずいです」
「それはわかるが! 危険も大きかろう!」
「ええ。ですので、今回は私とアメリアが支援します」
「マックスウェルとアメリアが支援か……」
「出撃のご許可を願います」
「む……」
話しの成り行きが変わって来たな。
マックスウェル先輩とアメリアが同行するのか……。
「マックスウェル先輩。アメリアには来て欲しくないです。彼女を危険な所に連れて行くのは――」
「私は行くわよ!」
俺がアメリアを残留させようと、マックスウェル先輩に話し始めたら、後ろからアメリアが会話に入って来た。
いつの間に?
「アメリア! いなかったのに、どうして?」
「さっき偵察から帰って来たのよ。話は聞いていたわ。私も一緒に行くわよ」
「危険だよ!」
「危険ですって! ええ、そうでしょうとも。そんな危険な所に、あなた一人でいかせられないでしょう?」
アメリアは俺に顔を近づけて来た。
俺はドキリとした。
「だ……、大丈夫だよ!」
「大丈夫じゃないわよ! 昨日の夜は、死にかけていたじゃない。酷い火傷で助からないと思ったわ。とにかく! あなた一人では出撃させません!」
「いや……」
アメリアは腰に手を当てて仁王立ちだ。
参ったな……どうしても一緒に来るつもりだ。
パウル王子とマックスウェル先輩に止めて貰おうと、二人に目で合図をしたが……。
「アルトよ。アメリアを連れて行け」
「アルト・セーバー。アメリアも同行させましょう」
なんでそうなる!
「いや……しかしですね!」
俺が言い返そうとしたら、側に控えていたサンディが服の裾を引っ張った。
小声で俺に教えてくれた。
「アルト! アメリアお嬢様は、大火傷をして戻って来たオマエを見て気絶したんだよ」
「えっ……」
「心配なんだろ。連れて行けよ」
「えっと……」
「何を二人でコソコソ話しているのよ!」
アメリアが俺とサンディの間に顔を突っ込んで来た。
アメリアの良い匂いがした。
不意に……昨夜の事を思い出した。
パルシア軍に囲まれてもうダメだと思った時に、アメリアに会いたいと思った。
アメリアの良い匂いを感じて、ああ、生きているのだと……俺は実感した。
怖いな……再出撃するのが……。
「どうしたのよ? 私を連れて行くの? 行かないの?」
アメリアは俺の気持ちなどお構いなしだ。
俺はアメリアをじっと見つめる。
「な……何よ……」
「会いたかった」
「えっ……! なっ……変な事言わないでよ!」
「ごめん」
「謝らなくったって良いのよ……」
アメリアは顔を赤らめて俺を見ている。
アメリアのうるんだ瞳の中に俺が映っている。
このまま――。
「あー、アルトよ……。取り込み中に済まぬが、話を続けても良いだろうか?」
忘れていた!
パウル王子とマックスウェル先輩と再出撃について話していたんだ!
パウル王子は気まずそうにして、マックスウェル先輩は頭を抱えている。
あー、すいません……。本当にすいませんでした。
「えっと……マックスウェル先輩とアメリアと一緒に再出撃します……」
「……うむ。出撃を許可する」
パウル王子はボソリとつぶやいた。
「その方……、小心なのか、大胆なのか、良く分からぬ……」




