第二十九話 机上の空論じゃない! アニメの空論だ!
今日2回目の更新です
俺がボルグさんにしごかれている一月の間、軍議は毎日開催されていた。
だが進展はまったく無く、パウル王子派が積極的に野戦をしかける事を提案し、ポアソン王子派が籠城を主張する。
ずっと平行線が続いているそうだ。
敵のパルシア帝国軍にも動きはなく。
陣を固めてジッとしているそうだ。
パルシア帝国軍の動きは不気味だ。
軍議は大テントの中で行われ、今回は主だった将官、つまり参加している主だった貴族に出席が義務付けられた。
俺、アメリアお嬢様も一番端に席が用意された。
席順は前回出席した軍議と同じ、軍議会場正面の長いテーブルに四人が座る。
一番右端に俺のボスであるパウル王子。
右から二番目に援軍の総大将で白髪白髭初老のニブロン・ダラス将軍。
左から二番目にカルソンヌ城城主のアルル辺境伯。黒髪で威厳のある四十代。今日も髭を横にピンと伸ばしている。
一番左端にパウル王子の政敵であるポアソン王子が座る。
前回の軍議と違うのはパウル王子の横に大きな地図が立てかけられている事だ。
「静粛に! それでは軍議を始めます!」
ダラス将軍の言葉で会議が始まった。
ざわついていた会場が静かになる。
「まずここまでの状況を説明する。敵パルシア帝国軍は自陣に引きこもっておる。小競り合いは起こっているが、ここ一月大きな戦闘はない」
会場に弛緩した空気が流れた。
まあ、無理ないよね。
俺も戦闘は起きないと考えてずっとドラゴンに乗る訓練をしていたからな。
他の貴族達も戦闘が起きずににらみ合いが続くと考えているだろう。
気持ちが緩むよね。
だが次のダラス将軍の言葉に軍議会場の雰囲気が一変した。
「悪い報せだ……。パルシア帝国本国より援軍がこちらに向かっている!」
軍議会場がざわつく。
顔を見合わせる者、眉根を寄せる者、反応は様々だが、みんな多かれ少なかれ動揺している。
俺は結構冷静だ。
と言うのも……、ボルグさんの地獄の訓練を耐え抜いたからだ。
この一月毎日ボルグさんにしごかれ、空いた時間はランニングや筋トレで体力作り。
多少なりとも腕っ節が強くなったと思う。
不思議な物で腕っ節に自信が持てるようになったら、心が強くなったと言うか……。
何かあっても突破できそうな、心がややマッチョになっている。
言葉にすると『援軍? 俺が蹴散らしてやるよ!』くらいの気持ちなのだ。
ダラス将軍が状況説明を続ける。
「パルシア帝国の援軍は、三方向からこちらへ向かっている。参謀から説明をさせるので、地図に注目されたし」
ダラス将軍から参謀に説明が引き継がれた。
きっちりと軍服を着て髪を真ん中分けにした真面目そうな参謀が、右正面に置かれた地図を指しながら説明する。
パルシア帝国の本国は遥か南にあるらしい。
そこを進発した援軍は三軍に分かれて、南、南西、西の方角から、この地を目指している。
パルシア本国から真っ直ぐの南から進む援軍が一番早く、約十五日後に到着し、南西、西の援軍は、それぞれ十五日をあけて到着すると思われるそうだ。
「このパルシア本国からの援軍を、仮に南軍、南西軍、西軍と呼びます」
参謀は更に説明を続ける。
パルシア帝国の援軍は以下の通り。
南軍 三万 十五日後到着
南西軍 二万 三十日後到着
西軍 一万 四十五日後到着
援軍合計六万
「本日の軍議は、この援軍への対処と我が軍の行動方針が議題です」
参謀の説明が終わる軍議会場は一気に騒がしくなった。
「これなら早い段階で野戦を挑みパルシア帝国軍を駆逐した方が良かったではないか!」
パウル王子派と思われる会場右側に座る貴族が立ち上がり大声で主張した。
受けて立ったのは会場左側に座るポアソン王子派の貴族だ。
「何を言うか! 戦って勝てる保証はないのだぞ! むしろ戦力を損なわず援軍に対処出来る事こそがプラス材料であろう!」
この二人のやり取りをきっかけに両陣営が激しくののしり合いを始め、軍議は収集が付かなくなった。
俺はののしり合いを無視して、ジッと正面の地図を見ていた。
参謀が示した三方向からの援軍……。
これが気になっていた。
どこかで見たような……。
う、うーん?
喉元まで出ているのだけれど……。
思い出すきっかけを求めて隣のアメリアお嬢様に話しかけてみた。
「パルシア帝国軍は、なぜ三方向から進んで来るのですか? パルシア本国から来るなら一塊で来れば良いですよね?」
「おそらく補給ね」
「補給?」
「ええ。軍隊は人間の集団でしょう? 水や食料を毎日大量に消費するのよ。進軍先で水や食料を調達するには、適度にばらけた方が良いでしょ?」
そう言う事か……。
あれ? でも、パルシア帝国軍は補給部隊っていないのか?
ラブラドル王国軍は、飛行船と馬車で毎日物資が山ほど届いているけれどな。
「補給部隊がいますよね?」
「いるけれど現地調達できるなら現地調達の方が良いでしょう? 戦場に来てからが本番だから、それまでに物資をなるたけ消費したくないのよ」
「なるほど、それはそうですね」
「本で読んだ知識だけれどね!」
アメリアお嬢様はぺろりと舌を出して見せた。
「それでも凄いですよ! 良く勉強していらっしゃいますね」
「あなたも勉強しなさい! 上級生になったら軍略は授業でやるわよ!」
またアメリアお嬢様のお説教が始まりそうだ。
俺は会話を切り上げて正面の地図に視線を戻した。
おかしいな。
このシュチュエーションは、デジャブと言うか……、絶対どこかで見たのだけれど……。
混乱した軍議をダラス将軍が何とかまとめようとしている。
「過去の事を色々言っても仕方が無かろう。我々が取り得る手段は大きく二つだ。一つは敵援軍到着前に、パルシア帝国軍に野戦を仕掛けて退却に追い込む。上手くすれば敵の援軍も退くだろう」
ふむふむ、なるほど。
援軍が合流する前に、目の前の敵を叩くのね。
「もう一つは、守りを固める。敵の援軍が来る前に、カルソンヌ城と連携したより強固な陣地を構築する。もちろん我が方も更なる援軍を国王陛下に要請する」
つまり、攻めるか、守るか、の二択なのね。
あれ?
これって今までの軍議と同じ流れじゃない?
俺がそんな事を思った瞬間、議論の口火が切られた。
しかし、それは今までの軍議と代り映えしない物だった。
パウル王子派は、野戦、つまり援軍到着前に敵を叩く事を主張し、ポアソン王子派は、陣地構築、つまり守りを主張する。
両者譲らず、結論が出ない。
俺は結論の出ない議論から、正面の地図に意識を戻した。
三方向から敵が来る……。
間違いなく、どこかで見たよな……。
この世界に来てから……ではないよな……。
すると、前世日本で見たのか……。
日本は戦争のない国だったからな……。
じゃあ、アニメや漫画……。
「あー! 思い出した! 各個撃破戦術だ!」
そうだ! 銀河英雄伝説のアスターテ会戦だ! アニメで見た!
三方向から来る敵が集合する前に、敵を各個撃破する作戦。
この作戦で若き主人公が勝利するのだ。
「そうだ! そうだ! 思い出した! あースッキリした!」
「ちょっと! アルト! 何をやっているのよ!」
アメリアお嬢様が俺の服の裾を引っ張っている。
周りを見る……。
みんな俺の方を見ている……。
まずい。
思い出した時に、立ち上がって大声を出してしまった。
それも地図を指さす激しいアクション付きで……。
軍議会場がシンと静まり返った。
まずい! まずい! まずい!
どうしよう! どうしよう! どうしよう!
ダラス将軍が静かに話しかけて来た。
「コホン……。あー、お若いの。何か意見があれば、言ってみたまえ」
「いえ! あの……僕は……」
「見ての通り議論は平行線だからのう。若い人のフレッシュな意見も聞いてみたい」
「い……いえ……あの……」
「確か……各個撃破戦術と言うておったのう……。ふむ、それはどのような物かね?」
「えーと……」
まずい。
どうしよう。
ここにいるのは、ほとんどが貴族の当主だ。
俺は下級貴族の騎士爵家の息子で、まだ貴族学園の生徒だ。
魔法使いとは言え……、この場で軍の作戦に口を挟むのは生意気すぎるだろう……。
さすがに自重だ!
謝ってしまおう!
「あの……申し訳……」
「アルトよ。申してみよ。余が許可する!」
あう!
パウル王子から命令が!
逃げ道を潰されてしまった!
しゃあない。
アニメの知識とは言え、そう的外れでもないだろう。
参考意見として話してみよう。
俺は姿勢を正して腹から声を出し、話し始めた。
「それでは申し上げます! 敵は三方向から我が軍に近づいておりますが、まだ合流しておりません。これは危機ではなく! 各個撃破の好機と見るべきです!」
アニメで主人公が話していた事をアレンジして続ける。
周りの貴族はあっけにとられた顔をしている。
たぶん、理解が追い付いていない。
ざっと見た感じ、ダラス将軍と数人は俺の言わんとすることを理解しているようだ。
「ふむ。お若いの。続けて」
「はい! 我が軍を守備軍と攻撃軍の二隊に分けます。守備軍はカルソンヌ城前に展開するパルシア帝国軍の牽制と防御を行います」
「なるほど。それから?」
「攻撃軍は高速で移動し、まず南軍を撃破。続いて南西軍を撃破。最後に西軍を撃破します。そして余力があれば、カルソンヌ城前に展開するパルシア帝国軍の背後を突きます」
「ふうむ……」
「時間差をつけての各個撃破戦術です。僕の考えは以上です!」
どうだ!
アニメの中では天才と言われたキャラクターの戦術やぞ!
最強やぞ!
俺が思っていたよりは好感触だ。
ダラス将軍は地図に目をやりながら、指を動かして真剣に検討している。
パウル王子は、目を細め笑顔で肯いている。
他の貴族達も俺の言った事が理解できたみたいで、反論が飛んで来た。
「バカバカしい! 机上の空論だ! どうやって三つの敵援軍まで移動するのだ!」
机上の空論じゃない!
アニメの空論だ!
そこんとこ間違えんなよ!
俺は反論に答えた。
今の俺はアルト・セーバーじゃなく、気分はアニメ主人公なんだよ!
「飛行船を使えば可能では? この宿営地には沢山飛行船が集まっていますよね? 到着まで二週間なら、十分間に合うと思いますが?」
「それは……そうだが……」
反論した貴族は、俺がまともに答えたので驚き沈黙した。
別の貴族から反論が飛んで来た。
「しかし、飛行船で運べる兵力には限りがある。その辺りはどうお考えかな?」
「少数精鋭でいかがでしょうか? 魔法使い、ドラゴン、ワイバーン、精鋭の歩兵と騎兵を飛行船に載せて高速移動。一撃離脱を行う」
「むっ!? 確かに! それなら実行可能か……」
思い付きで話している部分もあるのだけれど、俺自身話しながらやれそうな気がして来た。
隣でアメリアお嬢様が小声で『やるじゃない!』と褒めてくれた。
そう!
やる時はやるのですよ!
ダラス将軍は俺の提案がお気に召したようだ。
「かなり積極的……、攻撃的な作戦だが面白い。アルト・セーバー君だったね? パウル王子の所の魔法使い?」
「はい! そうです!」
「貴官の献策を検討しよう。では、諸君! 攻めるか? 守るか? 時間差をつけて各個撃破か? この三案で議論をしてくれ!」
この後の議論は白熱した。
まだ学生で子供の俺が作戦案を出したので、貴族たちも真剣な議論を行った。
結局、カルソンヌ城城主アルル辺境伯の意見が重視された。
「諸君らは知らぬが、私個人は後がないのだ。ここは私の領地なのだ。失う訳には行かぬ。だから、基本的にしっかり守ってもらいたい。しかし、援軍の戦力を削れるなら、削って欲しい」
そして折衷案が採用された。
全軍の方針は陣地構築を行い守りに徹する。
パウル王子の飛行船『黄金のグリフォン号』は、別動隊として敵援軍を各個撃破する事になった。




