第二十八話 猛訓練
俺はドラゴンから振り落とされ、海面に激突した。
身体強化を行い、物理障壁を強めに張っていたおかげで痛みはないし、気も失わなかった。
だが、激突のショックで物理障壁を解除してしまいずぶ濡れになってしまった。
海中に沈んで上下の感覚が分からなくなった。
身体強化のお陰で息はまだ続きそうだが、早く海面に出ないと……。
顔を振って光の射す方向を探る。
あ! 海面だ!
思ったより深い所まで沈んでしまったらしい。
俺は海面を目指した。
「プワッ!」
海面から顔を出し大きく息を吸う。
幸い海は凪いでいた。
海が荒れていたら波にのまれて大ピンチだった。
「キュイ!」
アオが俺を見つけて海面に降りて来た。
水鳥のように海面にプカプカと浮いている。
ドラゴンは水に浮くのか。
意外だな。重そうだから沈むと思っていた。
いや、海辺が縄張りのバッカニアドラゴンだからか?
「ああ、ありがとう。アオ」
側に来たアオによじ登る。
全身ずぶ濡れだ。
これからは何があっても、物理障壁は解除しないようにしよう。
常時発動、パッシブにしても俺の魔力量なら何ら問題はない。
「ハハハ! いや~、こりゃまた派手に落水したな!」
ボルトさんも空から降りて来て着水した。
「すいません……」
「ドラゴンが旋回する時は、こう……外側に体が引っ張られる。だから体を傾けてバランスを取らないと、ドラゴンから振り落とされる訳だ」
「なるほど」
この世界の人も横Gや遠心力を感覚的にわかっているようだ。
ボルグさんは、バイクに乗るみたいに体を傾けて見せた。
「アルトはドライの魔法は使えるか?」
「いえ。まだ習っていません」
「じゃあ、俺がかけてやる。そのままじっとしていろ。ドライ!」
ボルグさんがドライの魔法をかけると俺の周りに暖かい風が発生した。
濡れた髪、服からすぐに水気が飛んだ。
「これ便利ですね! ありがとうございます!」
「後で教えてやる。海軍に来るならドライの魔法は必須だからな」
ええっ!?
海軍に来るならってサラっとスカウトして来たよ。
海軍に行くとずっとボルグさんと一緒なんですかね?
それはそれで考え物だな。
「よーし! じゃあ、訓練を続けるぞ! ついて来い!」
「はい!」
こうして俺の訓練は初日から大変ハードな訓練になった。
この後、俺は二回海に落ち、三回意識を失い、五回嘔吐した。
辺りが薄っすらと暗くなる頃、俺とボルグさんはやっと飛行船『黄金のグリフォン号』に戻って来た。
黄金のグリフォン号の上部甲板、葉巻型の天井部分に着艦した。
さすがにアオも疲れたみたいで、上部甲板に着艦した途端動かなくなった。
「よーし! ドラゴンに魔力をやれ! 今日は流石にアオも疲れたと思うぞ! 甲板員! アルトの世話係を呼べ!」
ボルグさんはピンピンしていて、甲板の兵士と元気に会話している。
タフだな……。
「次のドラゴンが着艦します! 場所を空けて下さい!」
「オーウ! わかった! アルトー! 場所を空けろ!」
このまま眠ってしまいたいが、他のドラゴンと衝突するのは避けたい。
気力を振り絞り返事をする。
「わ、わかりました! アオ、もうちょっと頑張って!」
「キュウ……」
アオがしんどそうにノタノタと歩き出した。
甲板の後方に俺とアオが移動するとマックスウェル先輩と先輩のバルザックドラゴンが下りて来た。
真っ黒な巨体に似合わぬ軽々とした動きで静かに上部甲板に降り立つ。
続いてアメリアお嬢様と彼女のアビアシオンドラゴンが着艦した。
コーラルレッドの美しい流線形のドラゴンは、華麗に舞い降りる。
けれど背中に跨るアメリアお嬢様はゲッソリとしている。
アメリアお嬢様も相当しごかれたらしい。
甲板の後方が大きく開いて、艦内に続くスロープが見えた。
ボルグさんのドラゴンがスロープを下って行く。
「アルト! ドラゴンはドラゴンデッキだ!」
「了解です!」
あの先にドラゴンデッキがあるらしい。
甲板員が手信号で『来い! 来い!』と、こちらに合図を送っている。
甲板員に従ってスロープを降りる。
ドラゴンデッキは、天井の高い空間で馬房のように区切られた区画になっていた。
造りはワイバーンデッキと同じだが、サイズが大きい。
なるほどワイバーンとドラゴンは、体のサイズが違うから居住スペースを分けているのね。
甲板員に誘導されたスペースにアオが収まった。
木製の頑丈そうな床に、厚めの仕切り壁が設えられている。
「さあ、魔力だよ」
「キュイ!」
アオの逆鱗に触れてゆっくりと魔力を流し込む。
すると隣のスペースにアメリアお嬢様とアビアシオンドラゴンが入って来た。
「ああ……、アルト……、お疲れ様……」
「お疲れ……」
アメリアお嬢様もいつもの元気はない。
ふらふらしながらドラゴンに魔力をあげている。
「アルトの訓練はどうだったのよ?」
「俺の方はですね……」
そこからお互いの訓練内容を話したのだけれど、アメリアお嬢様はひたすら高度高速飛行を繰り返したそうだ。
「そりゃね。ラファールはアビアシオン種だから、飛行速度は速いわよ。ラファールもご機嫌だったわよ。けれど乗っている私の身にもなってよ。身体強化していても体力がガリガリ削られて行くのよ!」
珍しく愚痴っぽいアメリアお嬢様に相槌を打つ。
ボルグさんとマックスウェル先輩の話し声が聞こえて来た。
「おー! マックスウェル! 久しぶりだな! さっきは挨拶も出来ずに悪いな!」
「いえ。こちらこそ挨拶もせず失礼をいたしました。ボルグ先輩。夕食をご一緒にいかがでしょうか? 訓練計画の打ち合わせもしたいので」
「おう! メシにするか! ワインをつけろよ!」
「シャトー・モンソンの赤、十五年物でいかがでしょうか?」
「良いね! 肉をたらふく食いながら赤ワインか! 海の上では出来ない贅沢だな!」
すげえな。
俺は今肉を食ったら100%リバースするよ。
アメリアお嬢様がボソリとつぶやいた。
「食事……面倒ね……」
「ええ……でも、食べないと……」
「そうね……体力回復させないと……明日も訓練でしょう……」
俺とアメリアお嬢様はお世話係に引きずられるようにしてドラゴンデッキから自室へ戻った。
翌日からも訓練は続く。
ボルグさんは嬉々として俺を鍛えた。
「良いか! 坊や。バッカニアは海が縄張りのドラゴンだ。海猫よりも良く動くぜ。ついて来な!」
海岸沿いの岩場をボルグさんは猛スピードで飛んで行く。
アオがボルグさんの後を追うが、岩場の気流は複雑でスピードが出ない。
俺だけでなくアオも苦戦した。
「もっと人竜一体にならなきゃダメだ! ほれほれ!」
「槍の先で突くのは止めて下さい!」
この調子である。
ある晩は寝ている所を叩き起こされた。
「起きろ! 敵襲だ! 出撃するぞ!」
もちろん訓練なのであるが、ボルグさんは手加減をしてくれない。
「ほれ! ほれ! ドラゴンデッキまでダッシュだ! 敵は待ってくれないぞ!」
俺だけでなく甲板員の兵士も夜間訓練に付き合わされるので良い迷惑だ。
深夜月明かりの中、上部甲板からドラゴンで飛び立つ。
「そりゃ! 一回捻り! それから宙返りだ!」
黄金のグリフォン号から発艦すると同時に、この一回捻りと宙返りを行う。
この『捻り』と『宙返り』で敵の攻撃を躱し、かつ攻撃して来る敵を視認するのだ。
「出来るか! そんな事!」
「出来る! 出来る! オマエなら出来る! むしろヤレ!」
この無茶ぶりである。
わずかな月明かりの中、ドラゴンに跨り急旋回、急降下を繰り返す。
恐怖感が半端ではない。
「殺せ! いっそ殺して!」
あまりのハードトレーニングに俺は何度も音を上げた。
魔力的には問題ないのだが、体力と精神力がガリガリと削られるのだ。
ボルグさんは言う。
「俺の仕事はアルトを立派なバッカニア乗りに育てる事だ!」
ボルグさんとしては、自分のドラゴンと同じバッカニア種に乗る俺に思い入れがあるらしい。
「ボルグさん。バッカニア乗りって何人位いるのでしょうか?」
「俺とオマエだけだ!」
何それ!
逃れられない師弟関係……。
こうして一月の間、ボルグさんは俺を鍛えまくった。
「まあ、とりあえず良いだろう! 後は実戦で鍛えろ! じゃあな!」
こう言い残してボルグさんはあっさりと海軍に帰った。
ボルグさんが帰った翌日、全員招集の軍議が開かれた。





