第二十七話 ドラゴンと飛ぶ日
「さて! 次は鞍をドラゴンにつけるぞ!」
ボルグさんの指導は続く。
ドラゴンにも馬と同じ鞍を付けて騎乗、いや、ドラゴン乗をする。
ドラゴン用の鞍も馬用の鞍と同じ構造で、足をのせる鐙が付いている。
馬用と違う所は木の棒、ハンドルが付いている所だ。
手綱の代わりにこの木製のハンドルを握るらしい。
「よーし! ドラゴンに乗ってみろ! 乗ったら膝でドラゴンの胴体を挟む感じで……。そう! ニーグリップだ!」
ボルグさんの指導は丁寧だ。
ボルグさん自身が見本を見せて、次に俺とがやる。
大事なポイントを言葉で説明して、ダメな部分はすぐに指摘する。
こういっちゃ何だけど意外だ!
もっと『オマエらヤレ!』的な、理不尽な体育会系を想像していたけれど、教え方が上手い。
俺もすぐに覚えた。
「アルト! 身体強化の魔法は使えるか?」
「はい! 学校で教わりました!」
「よーし! じゃあ、身体強化して、そこの樽を持ち上げてみせろ!」
「はい!」
身体強化は魔力を体内に循環させて、身体能力を強化する魔法だ。
筋力はもちろんの事、視力、嗅覚など、あらゆる身体能力が向上する。
俺は体内に魔力を循環させ身体強化を行う。
ボルグさんに指示された大きな樽は、大人が数人がかりで持ち上げる代物だ。
だが、身体強化した俺にとっては、ちょっと重たい荷物程度にしか感じないだろう。
樽に近づき軽々と持ち上げてみせた。
「よし! それじゃ空を飛んでみるか。良いか! 絶対に身体強化を切らすなよ! 死ぬからな……」
「えっ……? あっ、はい! わかりました!」
死ぬ?
どう言う事だろう?
そう言えば『ドラゴンは魔法使いしか乗れない』と聞いている。
その事と関係があるのかな。
「じゃあ、自分のドラゴンに乗って、俺について来い。ドラゴンは乗り手の意思に応じて動いてくれる。『あのドラゴンを追え』と言えば大丈夫だ!」
そう言うとボルグさんは自分のドラゴンにひらりと飛び乗った。
ボルグさんの体から魔力を感じる。
結構強めに身体強化をかけているみたいだ。
俺も身体強化を強めにして、自分のドラゴン、アオに声を掛ける。
「アオ! 空を飛ぶって! 俺を乗せてくれるかな?」
「キュイ!」
アオが伏せの姿勢を取って、背中に乗りやすくしてくれた。
俺はアオの機嫌を損ねないように、そっとよじ登った。
鞍に跨り一本棒のハンドルを両手で握る。
馬と言うよりもバイクに乗る姿勢だな。
ワイバーンは手綱もついていて、騎士たちの姿勢は馬に乗る姿勢に近かった。
ドラゴンは大分勝手が違うみたいだ。
「出発するぞ! ついて来い!」
言うが早いかボルグさんはドラゴンを空に飛ばした。
「アオ! あのドラゴンを追って!」
「キュイ!」
アオは嬉しそうに一声鳴くと翼を広げて空に飛び上がった。
不思議な事に翼は羽ばたかせていないのに空を飛んでいる。
「アオは魔力で飛んでいるのか? 魔法の一種?」
「キュイ!」
アオの全身から、特に翼から魔力を感じる。
ドラゴンは、物理的に羽ばたいて空を飛ぶのではなく、魔法の一種で空を飛ぶらしい。
先行するボルグさんが後ろを振り返った。
ボルグさんは、ハンドルは掴まないで、馬に乗るよう真っ直ぐな姿勢のままだ。
風の抵抗とか大丈夫なのかな?
「体の周りに物理障壁を張れ!」
ボルグさんの指示に従う。
体の周りに薄く物理障壁を張り巡らせる。
体に打ち付けていた風を感じなくなった。
「むっ! 物理障壁を張れたか! 上手いぞ! じゃあ、速度を上げるぞ!」
ボルグさんの塩辛声が良く聞こえる。
身体強化をしているからか、元から声がデカいからか……たぶん、両方だろう。
ボルグさんのドラゴンが水平飛行から急上昇した。
アオもボルグさんのドラゴンに続く。
「ちょっ! マジかよ!」
ほとんど垂直上昇じゃないか!
俺はハンドルをしっかり握り、膝に力を入れてアオからおちないように必死だ。
鐙にかかった足は踏ん張っていて、時間経過と共にふくらはぎがプルプルと震え出した。
「し……身体強化がなきゃ……、落ちているな……」
目の前には真っ青な空だけが広がっている。
空に向かって真っすぐに上昇しているのだ。
上昇速度も速い!
何か息が苦しい気がする。
耳がキンとしだした。
気圧の変化が急激すぎて、耳がおかしい。
慌てて鼻をつまんで耳抜きをする。
「まだか……。まだ上るのか……」
アオにしがみつくのも、そろそろ限界だ。
目の前に白い何かが見える。
「雲?」
白いのは雲だった。
ボルグさんのドラゴン、続いてアオが雲を突き抜ける。
そしてやっと水平飛行に戻った。
ホッとしてハンドルを掴んだままアオに倒れ込む。
息遣いが荒い。
息苦しさにプラスして寒さも感じる。
やばい……このまま眠りたい……。
「アルトー! 身体強化を強めろー! 物理障壁も強めろー! 凍え死ぬぞー!」
ハッとして目が覚めた。
いつの間にか寝てしまったらしい。
ボルグさんがいつの間にか俺の横を飛んでいて、片手に持った槍の石突で俺の頭を小突いてくれた。
慌てて身体強化と物理障壁を強く発動する。
寒さと息苦しさが無くなり、ボーっとした感覚が解消されて行く。
徐々に意識がはっきりしだした。
「俺……寝ていましたか? どれ位?」
「一瞬だ! 危なかったぞ! ドラゴンに乗ったら強く意識を保ち、身体強化と物理障壁を常に調整しろ!」
「はい!」
「空の上は寒いのだ! 気を抜いた瞬間凍死するぞ! これを飲め!」
ボルグさんが大きく左手を伸ばして、鉄製の小さな水筒を差し出した。
俺も右手を精一杯伸ばして水筒を受け取る。
一口飲むと……酒……ウイスキーのように強い酒で、思わずむせた。
「グホッ! ゲホッ!」
「ハハハ! まだ酒は早かったか? 体が温まるから、少し飲んでおけ!」
もう一口、酒を口に含むと甘ったるい味とチェリーのような良い香りがした。
飲み込むと喉から胃に酒が下りて行くのがわかる。
徐々に体が熱くなって来た。
「ありがとうございます! 甘くて香りの良い酒ですね! お返しします!」
「ハッハー! 生意気に酒の味を語るか! 体も温まっただろ? じゃあ、行くぞ!」
ボルグさんが槍を鞍に固定してハンドルを両手で握る。
前傾姿勢を取った。
飛ばすつもりだ!
俺も慌ててハンドルを握る。
「行くぞ!」
ドン! と言う音と同時にボルグさんのドラゴンが猛烈な急加速を行った。
「アオ! 追って!」
「キュ!」
アオも急加速した。
体に伝わる衝撃が凄まじい。
「クッ……持って行かれそうだ!」
ハンドルを握って前傾姿勢を取っているが、それでも体が後方に持って行かれそうな程の急加速。
これ身体強化が効いているのか?
一瞬自分の魔法を疑ってしまう。
それ位の加速だった。
ボルグさんのドラゴンが見えた。
徐々に近づいている。
チラリと地上に目をやると、山や川が恐ろしい速度で後ろへ後ろへと流れて行く。
これ……音速超えているのか?
『ドラゴンは魔法使いしか乗れない』
この言葉の意味がようやく分かった。
普通の人間ではドラゴンの加速性能、高度高速飛翔について行けないのだ。
すぐに振り落とされて墜落死コースか、凍死コースだろう。
身体強化や物理障壁を張り巡らせる魔法使いだからこそ、こうして体一つでドラゴンの背中に跨っていられる。
それでも気を抜けば死ぬ。
間違いなく死ぬ。
なんて危険な乗り物だ!
俺は意識を強く持つ。
ボルグさんのドラゴンが近づいて来た。
「アオ! あのドラゴンの真後ろにピッタリつけろ!」
「キュ!」
スリップストリーム。
先行するバイクの後ろに張り付き、風の抵抗を減らすテクニックだ。
アオは俺の指示通りボルグさんのドラゴンの後ろへ、尻尾と顔が接触するくらいの距離にピタリとつけた。
これでアオの体力も俺の体力も少しは温存されるだろう。
しかし、この高速飛行はいつまで続く?
必死でアオにしがみついているので、時間の感覚がまったくわからない。
早く終われと祈り続けるだけだ。
地上からは大地が消え、青い海が見え始めた。
するとボルグさんが左手で何かサインを送って来た。
「左下? 降下するのか? アオ! 左下に降下するかもしれない! ついて行って!」
「キュ!」
ボルグさんのドラゴンが左に傾き急降下を始めた。
少し離されてアオが続く。
「マジかよ! 怖えええ!」
物凄い速度で降下している。
耳元でビリビリと音が聞こえる。
摩擦?
物理障壁と空気の摩擦なのか!?
慌てて物理障壁を強化する。
海面が近づく!
このままじゃぶつかる!
そう思った瞬間ボルグさんのドラゴンが、上昇に転じた。
間に合うか?
「アオッ!」
「キュッ! キュッ!」
アオは翼を大きく広げて急減速すると右へ大きく回り込む上昇コースをとった。
物凄い減速Gと横Gが俺の体に圧し掛かった。
身体強化をしている俺の体でも強烈なGには耐えられず、アオの動きについて行けなかった。
アオから振り落とされた俺の体は背中から海面に叩きつけられた。
一瞬、美しく澄んだ青い空が見えた。




