第二十一話 敵の魔法使い
意識を集中する。
前方の空間に敵の魔法使いがいる。
「さて……魔力比べと行きますか……」
相手が撃つ特大ファイヤーボールに俺も特大のファヤーボールをぶつける。
連続で魔法を放ち、魔力量で押し切る。
初陣の俺には複雑な事は出来ない。
だから力押しだ!
「アルト! 魔力に飲まれるなよ!」
「わかっているよ。サンディ。大丈夫だよ」
サンディが心配そうに声を掛けて来た。
そうだ……冷静に……。
ここには敵味方合わせて数万の軍勢が集まっている。
俺が魔力に飲まれ、魔法を暴走させたら大惨事になる。
光った!
「撃ちます!」
「魔力障壁解除!」
マックスウェル先輩が魔力障壁を解除した。
魔力を前方に放り出し、火のエレメントと反応させる。
巨大な火の玉が前方の空間を高速で走る。
「魔力障壁展開!」
俺がファイヤーボールを撃ちだすと同時にマックスウェル先輩が魔力障壁を展開してくれた。
チラリと横目でマックスウェル先輩を見ると、いつもの落ち着いた声が返って来た。
「サポートします。やりたいようにやりなさい」
さすが先輩!
頼もしいね!
俺の放った火の玉は敵の放ったファイヤーボールに一直線に飛んで行く。
二つの巨大な火の玉が激突した。
ドウッ!
腹に響く鈍い音と共に火が飛び散った。
まずは敵の放ったファイヤーボールを迎撃した。
「次! 撃ちます!」
「魔力障壁解除!」
今の一発で発射地点がわかった。
敵陣中央の白い陣幕が張ってある所だ。
陣幕が邪魔して敵魔法使いの姿は見えないが、あそこからファイヤーボールが放たれたのは間違いない。
あそこに敵の魔法使いがいる。
勝負!
「押し込め!」
ファイヤーボールを放つ!
今度はこっちの方が早い。
目標は敵魔法使いがいる白い陣幕だ。
マックスウェル先輩とパウル王子の会話が聞こえる。
「間もなく着弾」
「反撃が来ない。いけるか?」
だが、巨大ファイヤーボールは敵陣に着弾する手前で爆散した。
敵は魔力障壁を展開して防御したな。
「防御に回りましたね」
冷静なマックスウェル先輩の声が聞こえる。
「よし! 次弾撃ちます!」
続けて今度は二発の巨大ファイヤーボールを放つ。
相手に休む暇を与えない。
俺は魔力量なら負けない。
巨大なファイヤーボールが二つ高速で敵の陣地に襲い掛かる。
また、着弾前に半透明な壁に阻まれるが、俺は気にしない。
魔力障壁は自らの魔力を膜状に展開して、魔力による攻撃を中和する防御魔法だ。
強烈な魔法を食らえば、魔力障壁で防御した分だけ魔力が減る。
魔法障壁で防御するなら防御すれば良い。
敵魔法使いの魔力をゴリゴリ削り取ってやる。
再び巨大ファイヤーボールを放つ。
今度は三連発だ。
敵は魔力障壁で防いでいるが、爆散したファイヤーボールの炎が辺りに飛び散り陣幕に火がついた。
布製の陣幕だから、良く燃える。
火はあっという間に燃え広がった。
「火災発生ですね」
「アルトよ。圧を弱めてはならん!」
「了解です! パウル王子!」
マックスウェル先輩、パウル王子の後押しを受けて、容赦なく巨大ファイヤーボールを放つ。
敵の魔力は尽きない。また魔力障壁で防がれた。
何度も何度も巨大ファイヤーボールを打ち込むが、魔力障壁は揺るがない。
俺は横目でマックスウェル先輩に話しかける。
「敵も魔力が豊富ですね。結構な魔力を込めて連続で撃ち込んでいますが……」
「まったくですね。規格外の魔力量です。アルト・セイバー、あなたの魔力は大丈夫ですか?」
「まだまだ余裕です。一日中撃ち続けても大丈夫です」
「……あなたの魔力量は常識外ですね」
ひどいな!
常識外かよ!
周りが引いている気がするが……攻撃続行するか……。
ん?
「あそこ! あれ敵の魔法使いじゃないですか?」
火災で陣幕が焼け落ち狙っているポイントが丸見えになった。
中東風の服を着たパルシア帝国兵士が外周を固め、内側には魔物に乗った士官が見える。
魔物は二足歩行のティラノザウルスを小型にしたタイプで、背中に鞍を取り付け士官が騎乗している。
士官たちは色鮮やかな赤いチョッキに白いターバンを巻き、手には槍や大ぶりな曲刀を持っている。
その中央に白く涼しげな衣装をまとった女性が見える。
両手を前にかざして魔力障壁を展開しているのがわかった。
「女魔法使いか!?」
パウル王子が驚いた声を上げ、マックスウェル先輩が続いてつぶやく。
「パルシア帝国にしては珍しい。あそこは魔法後進国の上に、女性は家に押し込めておく習慣があるのですが……」
「家に押し込める? どう言う事です?」
俺は巨大ファイヤーボールを放ちながらマックスウェル先輩に質問した。
パルシア帝国が魔法後進国と言うのはわかる。魔法使いがあまりいないのだろう。
女性を家に押し込めると言うのは?
イマイチ良く分からないぞ。
「パルシア帝国では女性の地位が極端に低いのです。成長した女性、概ね十才から十二才になると家長によって外出を禁じられ室内で過ごすのです」
「……それ一生ですか?」
「ええ。家長の許しがあれば外出は出来ますが、あのようにヴェールが義務付けられています」
「ヴェール?」
改めて敵の女魔法使いを見ると頭から白く薄い布をすっぽりかぶっている。
髪が黒いのが透けてわかる。
だが、表情は見えない。
「あっ!」
魔力障壁が消えた!
敵の魔力切れた!
敵陣で女魔法使いが膝をついた。
どうする?
このまま……彼女を……攻撃するのか?
一瞬魔法を放つのを躊躇った。
大きなドラを叩く音が響いた。
ジャン! ジャン! ジャン! ジャン! ジャン! ジャン!
すると敵は退却を始めた。
城に取りついていた兵士たちは、パルシア軍陣地に引き返し出した。
敵の女魔法使いも魔物に乗り後退していった。
目で追ってみたが、すぐに退却する兵士の波に消えた。
「敵は退却ですね」
「マックスウェル先輩、これで戦は終わりですか?」
「いえ。恐らく一時的な退却でしょう。自陣に戻って態勢を立て直すだけです」
「そうですか」
彼女は、いくつ位なんだろう?
俺は敵の女魔法使いの姿を思い出し、ふとそんな事を考えた。
背はあまり高くなかった。
身に纏っていた服は上等そうな白い服で所々金色の刺繍が施されていた。
パルシア帝国の貴族の娘とか?
嫌だな。
あまり彼女と戦いたくないな。
人に言えば綺麗事と笑われるかもしれないが、女性と戦うのは気が進まないよ。
出来ればこのままパルシア帝国に帰ってくれないかな……。
「アルト! お疲れ!」
サンディがタオルを差し出した。
今気がついたけれど、かなり汗をかいている。
タオルを受け取り顔や首元を拭う。
「サンディ! ありがとう! どうだった?」
俺の戦いぶりは、他の人から見てどうだったのだろう?
ちょっと気になる。
「初陣にしちゃ上出来だと思うぜ。敵の魔法使いを抑え込んで、撤退させたんだから立派に仕事したよ。あーあ、汗びっしょりだな。部屋に戻ったら、すぐに風呂の準備をするよ」
「頼むよ。ありがとう」
飛行船黄金のグリフォン号の船室には小さいながらもお風呂がついている。
魔力がこもった魔石を使った魔道具が、お湯を出してくれるのだ。
疲れたな。
部屋に戻って休みたい。
サンディと話していたら、アメリアお嬢様がカルソンヌ城の方を見て大声を上げた。
続けてパウル王子も怒りの声を上げる。
「あー! ちょっと! 何よ! あれ!」
「ぬっ! ポアソンの奴! 最後に手柄をさらうつもりか!」
俺とサンディも慌ててカルソンヌ城を見る。
カルソンヌ城の真上にポアソン王子の飛行船『黒い双竜号』が巨体を浮かべている。
黒い双竜号からロープが数本垂れ下がり、ロープをつたって兵士がカルソンヌ城に降下中だ。
革鎧に身を包み背中に剣を背負った兵士たちが、次から次へとカルソンヌ城へ降り立ち場内に吸い込まれて行く。
続いて黒い双竜号の後部が開いた。
大きな木箱がロープで降ろされ始めた。
カルソンヌ城への補給品かな?
黒い双竜号はポアソン王子の座乗艦で、俺のボスであるパウル王子とは王位継承権をめぐって対立している。
けれども素人目にもよく訓練されているのがわかるお見事な降下作戦に俺は見とれてしまった。
カルソンヌ城の兵士や住民も歓声を上げ、黒い双竜号から降り立つ兵士を大歓迎している。
パウル王子が爪を噛みながら、悔しそうにうめいた。
「ポアソンめ! 戦闘には参加せず、カルソンヌ城へ援軍を送り込んだ実績だけ手にするのか……。卑怯者めが……」
「王子。皆を休ませませんと」
「う、うむ、マックスウェルの言う通りだな。みなご苦労であった。我が方の勝利! パルシア帝国は、自陣に退却した! 追って命令あるまで部屋で休み待機せよ」
「「「「はい!」」」」
こうしてカルソンヌ城の攻防戦、俺の初陣は終わった。




