第十八話 ワイバーンデッキにて
俺は飛行船『黄金のグリフォン号』の船室で目を覚ました。
俺たち魔法使いには狭いながらも個室が与えられた。
木箱の様な狭いベッドと小さなサイドテーブルだけの部屋だ。
天井近くには棚が設えてあり、着替えの入ったスーツケースが落下防止のネットで固定されている。
王立貴族学園から戦場までの移動は一泊のみ。
この狭さには慣れないが、プライバシーがあるのはありがたい。
飛行船は意外な程静かで、昨日は風切り音が多少聞こえるくらいだった。
お陰でゆっくりと休めた。
(何の音だろう?)
船の外、かなり遠くの方から音が聞こえる。
この音で目を覚ましたのかもしれない。
どこかで聞いたような音……。
記憶を手繰ると前世日本での記憶に辿り着いた。
(花火……?)
そうだ。
この音はお祭りの花火の音に似ている。
(ドーン……ドーン……かなり遠いな……お祭りでもやっているのか? )
船室の丸い小さな窓から外を覗くが、青い空以外何も見えない。
ボーっとした頭で考える。
(まさか……爆弾!? 爆発音!?)
その想像にゾッとしているとドアがノックされ、サンディが入って来た。
「おはよう! アルト! 早起きだな! これから朝食だから、支度を手伝うよ」
「あ……ああ。おはよう、サンディ。手伝いを頼むよ」
サンディに手伝って貰い身支度を整える。
タライに入ったお湯で顔を洗い、サンディにナイフで髭を剃って貰う。
「なあ、あの音は何だ? ドーンって聞こえるけど……」
「ああ、爆裂系火魔法の音だろう。戦場が近いのさ。ちょっと喋らないで……手元が狂う……」
「……」
飛行船の中は安定している。
船の様に揺れはしないが、俺が話してはサンディが俺の髭を剃りずらい。
髭剃りなんて十三歳の俺には、まだ早い気もする。
正直、産毛くらいしか生えてない。
けれども髭剃りは貴族としての嗜みで、士官のお付き役サンディの大事な仕事なのだ。
他人の仕事を奪ってはいけない。
俺は無言になり、サンディは髭剃りに集中する。
(爆裂系火魔法……中級の火魔法だったよな……。良かった! 爆弾じゃなかった!)
俺はホッとした。
魔法攻撃なら魔法障壁を展開して防御する事が出来る。
弓矢の攻撃も物理障壁を展開して防御可能だ。
だが、爆弾で攻撃された場合は……わからない。
物理障壁で防げるとは思うが……物理障壁がそこまでの強度を維持できるのかはわからない。
爆弾はこの世界にない方がありがたい。
少なくともこの世界に来てから爆弾や火薬を見たり、聞いたりした事はないので、爆弾はないと思って良いだろう。
着替えて食堂へ向かう。
食堂で、パウル王子、マックスウェル先輩、アメリアお嬢様、ジャバ先生、コード夫人、俺の六人で朝食をとる。
サンディとハインツ先輩たちお世話係が給仕に回る。
食事の後のお茶を頂きながら、マックスウェル先輩から状況説明が行われた。
「あと一時間程で戦場に到着予定です。到着後すぐ戦闘になる可能性もあります」
心臓がドキリとして、顔から血の気が引くのがわかった。
(怖い……)
すると俺の給仕をしていたサンディが、俺の紅茶にドバドバっといちごジャムを放り込み、グリグリとかき混ぜた。
ズイッ! とティーカップを俺の方に寄せる。
(これを飲めと?)
ティーカップを持ち上げ一口含むと紅茶を飲むと言うよりは、いちごジャムを飲んでいる気がした。
(うへえ! 甘い!)
甘々の紅茶を飲んで、気持ちが少し落ち着いた。
横目でサンディを見ると、こちらにウインクして来た。
サンディは落ち着いている。
そうだな。俺一人で戦う訳じゃない。
今からビビってどうする!
少し気持ちに余裕が出たので同席メンバーを見回す。
パウル王子は落ち着き払っている。
見た目はおっとりした王子だが、十才から何度も戦場に出ているらしい。
さすがだ!
アメリアお嬢様は、俺と同じ初陣だが堂々とした態度だ。
魔法の名門貴族出身だけあって、心構えが違うのだろう。
ジャバ先生とコード夫人は、黒い軍服を着ているせいか、魔法学園にいる時よりも気合が入って見える。
マックスウェル先輩は、相変わらずのポーカーフェイスで淡々と状況説明を続けている。
「先ほど竜騎兵がワイバーンで情報を持ち帰りました。パルシア帝国軍は、およそ十万です」
「むっ……数を揃えて来たな」
パウル王子の表情が硬くなった。
ジャバ先生、コード夫人もグッと口元に力が入る。
初陣の俺には十万の軍が多いのか少ないのか?
どの程度脅威なのか?
まったくわからない。
「我が方の戦力は現在二万。まだ戦力が整っておらず各地から軍が集結中です。最終的には、五万ほどになる予定です」
「うーむ。数が足りぬか……パルシア帝国軍の戦力構成は?」
「歩兵、騎兵が中心で魔法部隊は数える程です」
「魔法戦力は我が方が圧倒しているな!」
パウル王子がニヤリと笑った。
敵に魔法使いは少ないらしい。
これは俺たちにとって好材料なのだろう。
「現地では既に戦闘が始まっており、味方は城に立て篭もり抵抗しています。敵の数が多く、我が方が不利です」
「では、現地についたら城に取りつく敵軍を蹴散らすか……」
「恐らくそうなるかと……この後、軍議です」
すると食堂のドアが開き艦長や軍服を着た偉い人たちが入って来た。
俺、サンディ、アメリアお嬢様、アメリアお嬢様のお世話係は退室した。
四人で向かったのはワイバーンデッキだ。
ワイバーンデッキは、馬小屋の様になっている。
藁くずが敷かれていて、四匹のワイバーンが休んでいた。
俺たちもワイバーンに乗る事があるかもしれないので、ワイバーンには慣れておくようにとパウル王子からのお達しだ。
昨日からワイバーンにエサを上げたり、ブラシをかけたりしているので、大分懐いてくれている。
アメリアお嬢様に一匹のワイバーンがじゃれつき、鼻づらを股間に埋めている。
「こらっ! そんな所の匂いを嗅ぐんじゃない!」
お嬢様はポカスカワイバーンを叩いているが、ワイバーンは嬉しそうにしている。
いたいけな十三才の少女がワイバーンにホニャララされている……。
お嬢様が履いているのキュロットスカートなんだが、何とも背徳的な絵面だ。
あとであのワイバーンには、肉をやろう。
ナイスだ! ワイバーン!
がんばれ! ワイバーン!
俺はサンディに気になっていた事を聞く。
「なあ、サンディ。パルシア帝国軍って魔法使いが少ないのか?」
「ああ。何でも魔法適性のある人が少ないらしい。だから、南の方は魔法後進国って言われているよ」
「へえ」
魔法使いの適性ね。
遺伝的な物でもあるのかな。
「その代わりパルシア帝国軍は、陸軍が精強だ。歩兵の数は多いし、馬の産地だから騎兵も多い。あとは……獣人と魔物には気を付けろよ」
「獣人と魔物……。魔物ってコイツらみたいな?」
俺はワイバーンの首筋をポンポンと叩く。
ワイバーンは長い首を俺にこすりつけて甘えてくる。
犬みたいで可愛い。
「いや。そいつらは人の手で改良された小型のワイバーンだ。産まれてから人の手で育てられているから、人に懐いてる。パルシア帝国軍は、野生の魔物を使うのさ。南の方は強い魔物が多いからな」
俺たちの国ラブラドル王国は、魔物が少ない国だ。
俺の故郷なんか、一匹も出た事がない。
「野生の魔物をどうやって戦争で使うんだ?」
「なんでも薬を使うらしい。薬で魔物を興奮させて、敵軍に突っ込ませるらしいぜ」
「……それは、魔物を使っていると言えるのか? 魔物をコントロールしていないだろう?」
「ああ。けどさ。バカでかくて力が強い魔物が、狂ったように突進してくるんだぜ! 魔物と戦う方は、たまったもんじゃないぜ」
「まあ、確かに」
一歩間違えれば魔物が味方に突っ込んで来て、同士討ちになりそうだが……。
その辺はノウハウがあるのだろう。
「獣人て言うのは? 俺は見た事がないぜ?」
「ああ。ラブラドル王国に獣人は住んでない。俺も見た事がなくて、親父から聞いた話しだけどな。動きが早くて力が強いらしいぜ。南の方の少数民族で、金で雇われるそうだ」
「傭兵って事か……。運動能力が高いのは厄介そうだな。魔法は?」
「魔法は使えないらしいぜ。それと獣人は、あまりオツムの方が良くないんだと」
サンディが言葉を切ったタイミングで、伝声管から鐘の音が響いた。
続いて艦長の声が聞こえた。
『こちらは艦長だ。通達! 間もなく当艦は戦闘空域に入る。これから高度を下げる。高度を下げ終わり水平飛行に入ったら、第一種戦闘態勢だ。以上!』
艦長の言葉が終わると飛行船『黄金のグリフォン号』は、降下を始めた。
「ちょっと! あなたたち! 手伝いなさいよ! これじゃあ、動けないじゃないの!」
アメリアお嬢様がワイバーンに圧し掛かられていた。
背徳感に加速がついたな。
ナイスだ! ワイバーン!
でも、ちょっとやり過ぎだぞ!
ワイバーンをお嬢様から引き剥がし、俺たちはブリッジに向かった。
2019/5/25 髭剃りの箇所に少し加筆をしました。