第十七話 飛行船『黄金のグリフォン号』
――五日が過ぎた。
パルシア帝国との戦争が始まり、王立貴族学園の生徒にも国王陛下から従軍命令が下った。
みんな出征の準備で忙しい。
騎士学科、文官学科、魔道具学科、そして俺の所属する魔法学科の生徒は国軍所属で出征する。
それ以外の学科所属の生徒も自領の領主軍や親戚の貴族軍に所属して自主的に出征するので、ほとんどの生徒が戦争参加だ。
みんな張り切っている。
この辺りの感覚は、元日本人の俺には良く理解できない。
どうやら『騎士道』的な感覚で、『貴族としての名誉を賭けて戦う』らしい。
今日は国軍から偉い将官が来校し、広い教室で任官式が行われいてる。
次は俺の番だ。
「王立貴族学園! 魔法学科所属! アルト・セーバー! 大尉に任命する!」
「ハイッ!」
俺は、いきなり大尉だ。
国軍の階級は地球の軍階級と似ている。
下から順に紹介すると……。
兵卒(階級ナシ)
軍曹(下士官にあたる、兵卒のまとめ役)
----貴族と平民の壁----
准尉(士官見習い、下級貴族はここから)
少尉
中尉
大尉
少佐(中級貴族はここから)
中佐
大佐(上級貴族はここから)
少将
中将
大将
……こんな階級になっている。
サンディに聞いた話によれば、階級なんてあるようで無い物らしい。
階級よりも、貴族としての力関係とか発言力やらで人事が決まる。
「セーバー大尉! 以後お見捨て無きようお願い申し上げます!」
席に戻って来るとサンディがワザと堅苦しい声音で、俺に敬礼した。
この国の敬礼は右手を拳にして、左胸を拳で軽く叩く。
「よせよ! サンディ! 俺だっていきなり大尉で困ってるよ」
「アルトは魔法使いなんだから、ドーンと構えて威張っていれば良いよ! 細かい事は俺がやるからさ」
「ああ、頼むよ。頼りにしているよ」
俺は下級貴族の子弟だけれど『魔法使い』かつ、パウル王子の側近扱いで優遇されていきなり『大尉』だ。
嬉しい反面、落ち着かない。
大尉なんて立派な階級を頂いても、大尉に相応しい働きが出来るだろうか?
いや、それ以前に大尉として立派に振舞えるかな?
その辺は本当に自信がない。
だってさ、平民で何度も戦争に行っているベテラン軍曹相手に命令する立場な訳でしょ?
ゴツくてモシャモシャ髭のおじさん軍曹に『○○せよ!』とか、絶対に言えない!
俺が気弱に『あのお~すいませんがあ~○○してもらえますかあ?』とか、軍曹さんにペコペコ頭を下げながらお願いしている姿しか思い浮かばない。
その点サンディは下級貴族の息子とは言え、お父さんは騎士団に所属している。
騎士団も国軍の一部隊だ。
サンディなら軍での立ち居振る舞いをある程度わかっていそうだ。
アテにさせて貰おう。
ちなみにサンディも優遇されて、少尉に任官された。
普通なら下級貴族子弟のサンディは、准尉スタートらしい。
こう言う人事って誰が考えているんだろうね?
軍人事部は、余程気が回る人じゃないと務まらないだろうな。
「では! 各自! 出発せよ!」
全員の任官が終り、派遣された将官から号令がかかった。
俺とサンディは、パウル王子の指揮する魔法部隊所属だ。
「では、参ろう」
パウル王子が教室を出て行く後をついて行く。
パウル王子は、いきなり中将だ。
「ちょっと! アルト! あなたは士官なのよ! もっと堂々と歩きなさいよ!」
いつも通りにアメリアお嬢様に叱られる。
アメリアお嬢様は、いきなり中佐。
パウル王子の部隊所属だ。
魔法学科に在籍する生徒と先生は、まとめてパウル王子の部隊に配置された。
これから戦地へ移動だ。
パウル王子の『船』が迎えに来ているらしい。
パウル王子を先頭に、アメリアお嬢様、俺、サンディの順で歩き『船』が停泊する運動場へ向かう。
学生ホールの脇を抜け敷地の奥に運動場はある。
木立の間を抜けるように敷設された石畳の道を通り抜け運動場に出た。
「うおおおお!」
「スゲエ!」
俺とサンディが声を上げる。
広い運動場には大型の飛行船が沢山停泊していた。
その中の一隻にパウル王子は歩いて行く。
「見よ! あれが余の船『黄金のグリフォン号』だ!」
「カッコイイ!」
パウル王子が指さした先には、純白の大型飛行船があった。
ラグビーボールを引き延ばしたような楕円形の船体は白く塗装され、所々金色で装飾されている。
あのラグビーボール状の部分に空に浮くためのガスが詰まっているのだろう。
船体はとにかく巨大だ。
高層ビルを横倒しにしているようだ。
何百メートルあるんだ!?
「国軍の中でも大型の飛行戦艦である。気球部分は外殻をミスリル鋼で覆い非常に頑丈であると同時に魔法障壁を常時発動可能だ」
パウル王子は珍しく多弁だ。
この船『黄金のグリフォン号』が気に入っているのかな?
この船は、おそらく硬式飛行船ってヤツだな。
防御力が高いのは安心だ。
「気球下のゴンドラ部分に、魔導砲を搭載している」
魔導砲は初めて聞く言葉だ。
「魔導砲?」
「うむ。魔力を打ち出す長距離攻撃用武器だ。魔法陣を刻んだ杖と魔力のこもった魔石を連動させ火属性魔法を発射するのだ」
なるほど。
船体下に金属製の棒が何本も突き出ている。
あそこから魔法攻撃を行うのか。
「火魔法使いの代わりになる魔道具ですか……」
「そうだ。威力は初級レベルだが、魔石が尽きぬ限り打ち続けられるのが長所だ」
これは強いな!
上空から地上の敵に魔法攻撃を行えば、やられた方は堪らないだろう。
「前方、後方に各二門。左右に各四門の魔導砲を搭載している。加えて護衛の小型ワイバーンに乗った竜騎兵が六だ。二匹を一組とし三交代で空中常時警護を行う」
「小型ワイバーン?」
「あそこだ」
なるほど、いるね!
白い船体の下に緑色のドラゴンがいる。
竜種は初めて見た。
あれで小型なのか……尻尾と首が長いからかなり大きく感じる。
ワイバーンの隣に立っている騎士と比較してみると……。
なるほど胴体は大型の馬くらいか。
人が二人乗れる程度のサイズだな。
その後もパウル王子の船自慢を聞きながら、俺たちは『黄金のグリフォン号』に乗船した。
ゴンドラ部分中央の扉から入り、当直の兵士に船体前方にあるブリッジに案内された。
ブリッジでは艦長がパウル王子を迎えた。
艦長は四十才位、がっしりとした体を白い海軍服に押し込んだナイスミドルだ。
「パウル王子! お待ちしておりました!」
「うむ。世話になる。準備はどうか?」
「万端であります。発進順は次です」
「艦の運用は艦長にお任せする」
「はっ!」
ブリッジは船みたいだ。
中央に操舵、その後方一段高い席が艦長席だろう。
ブリッジの正面、右、左は、厚みのあるガラス窓になっていて視界が広い。
右側から黒い大型の飛行船が発進した。
地上で手旗を持った誘導員がこちらへ向けて手旗信号を送っている。
窓際に立つ船員が信号を声にして伝える。
「黒い双竜号発進を確認。続いて黄金のグリフォン号発進どうぞ!」
「了解!」
船員の気合の入ったやり取りに圧倒される。
ブリッジには、先生方とパウル王子のお世話係マックスウェル先輩、そしてマックスウェル先輩のお世話係のハインツ先輩がいた。
これで魔法学科のいつものメンバーが揃った。
俺たちは貴族学園の学生服のままだが、先生方は黒い軍服姿だ。
襟章をみるとジャバ先生は中将、コード夫人は少将!
魔法使いって偉いんだな。
「魔力伝達よーし!」
「もやいを解け! アンカー巻き上げ!」
「アンカー巻き上げ完了! 船体浮上開始どうぞ!」
「了解! 魔力伝達オールグリーン! 船体浮上開始!」
ブリッジ内の船員は伝声管を使って船内各所とやり取りをしている。
伝声管の声は気合が入っていて、伝声管から離れていても声が聞こえる。
「あっ! 浮いた!」
サンディが小さく声をあげた。
本当だ。
ふわりと体が浮き上がる感覚があり、正面の窓の景色が下へ下へと流れて行く。
遠くで誘導員が敬礼をしたのが見えた。
ブリッジの全員が一斉に敬礼を返す。
黄金のグリフォン号の上昇速度は早い。
ガスだけでなく風魔法も使っているのだろう。
急激な上昇に耳がキンと変な感じになる。
慌てて唾を飲み込み耳を正常に戻す。
ちらりと横を見るとアメリアお嬢様が口を大きく開いたり閉じたりして耳内の気圧調整をしていた。
パウル王子は艦長席の隣の席で、マックスウェル先輩が淹れたお茶を飲んでいる。
もう、雲と同じ高さまで上昇している。
早い!
地球の飛行船とは似て異なる船だ。
「水平飛行高度に到達!」
「水平飛行を開始! トルネード・フラッペン始動! 微速前進!」
ゆっくりと黄金のグリフォン号が前進を始めた。
「進路修正! 西に五度!」
「進路修正! 西に五度! ようそろー!」
こうして俺たちは戦場へ向かった。
西の国境で待つパルシア帝国軍へ向けて!