第十六話 名誉と戦争
王立貴族学園に入学して一月が過ぎ五月になった。
この世界の一月は三十日、一年は十二か月で三百六十日。
転生前の世界と似ている。
貴族学園での生活は結構大変で、授業は思っていたよりも高度だ。
例えば数学。
みんな四則演算は当たり前にこなす。
中級以上の貴族家では家庭教師がつき入学前に四則演算は教わるそうだ。
下級貴族家では両親や兄弟から教わるとサンディが言っていた。
現在数学の授業は、分数と小数点の計算を学んでいる。
どうやら数学は卒業までに日本の中学三年生レベルまで勉強するらしい。
実家のセーバー家にいた時は、四則演算が出来ただけで俺は神童扱いされた。
けれど貴族学園ではごくごく普通だ。
田舎で天才、都会で凡人ってね。
それから歴史の授業が難しい。
ラブラドル王国の歴史とか、予備知識がまったくないからゼロから覚えなくちゃならない。
あとは、詩とか……。
貴族の嗜みらしいが……。
愛の詩とか……。
正直、恥ずかしい。
それから一番悩ましいのが……。
「おーい! イモメイジ! 今はダンスの授業で、芋ほりの授業じゃないぞ」
これだよ。
一番苦手なのは、宮廷ダンスや宮廷作法の授業だ。
転生前もダンスなんてやった事がないし、作法もわからん。
俺は余程ドン臭いらしいく、ついたあだ名が『イモメイジ』。
メイジは魔法使いの別の呼び方だ。
イモ臭い魔法使いで、イモメイジ……。
下級貴族騎士爵家の俺がエリートコースの魔法学科に在籍しているのが面白くないのだろう。
同学年での風当たりは結構強いし、何かにつけバカにされたり、ケチをつけられている。
「ちょっと! あなたねえ! 少しは見返してやろうって思いなさいよ! もっと勉強しなさい!」
優等生のアメリアお嬢様に今日も説教をされている。
俺の学年ではパウル王子とアメリアお嬢様が優等生だ。
さすが王族と侯爵令嬢だ。
だが、こうしてアメリアお嬢様が俺に話しかけるのはよろしくない。
学年全体の授業では、上級貴族、中級貴族、下級貴族と序列が定まっている。
そこで下級貴族の俺が上級貴族のアメリアお嬢様と親し気に口を聞いているのは……。
わかるだろう……。
今日も今日とてアメリアお嬢様にガミガミと説教をされ、周りの冷たい視線に耐えている。
すると教室の扉が開いて立派な服を着た騎士が入室して来た。
「サンディ、なんだろう?」
「さあ?」
「次は歴史の授業なのにおかしいわね……」
サンディもアメリアお嬢様も知らない。
教室がざわつく。
入室して来た騎士が教室の前方で話し始めた。
「静粛に! 通達事項がある! 静粛に!」
みんながお喋りを止め静かになったところで騎士がいきなり本題を切り出して来た。
「戦争が始まった!」
えっ!
俺は耳を疑った。
戦争が始まった?
騎士は話を続ける。
「我がラブラドル王国の西のパルシア帝国が、西の国境で戦端を開いた!」
俺の横で説教をしていたアメリアお嬢様が慌てて自分の席へ戻って行った。
「なあ、サンディ、パルシア帝国って?」
「南の方、かなり遠くの大国だな」
「南? 今、西の国境で戦争が始まったって言ってなかったか?」
「ああ。西もパルシア帝国なんだ。本国が南の遠い所にあるって意味だよ。西は元は違う国だけど戦争で負けて占領されたんだ」
「随分好戦的な国なんだな……パルシア帝国って……」
「そうだな。親父から聞いた話じゃ、パルシア帝国はこの国を狙っているらしくて、西の国境では小競り合いが絶えないらしいぜ」
アンディの親父さんは騎士団に所属している。
さすがに詳しいな。
「生徒諸君! 君たちは誇り高き貴族である! 君たちは高貴な義務を負っている! これから呼ぶ学科に所属している生徒には、国王陛下から従軍命令が下される。従軍命令が下されるのは……。騎士学科! 文官学科! 魔道具学科! 魔法学科! 以上だ!」
何てこった!
俺もサンディも従軍命令が出るよ!
自分の顔から血の気が引いて行くのがわかる。
両手を握ると手が冷たくなっていた。
だが教室の中は……。
不安がる俺とは真逆の反応だ。
「やった! 戦争だ!」
「よーし! 初陣だ!」
「手柄を立てるぞ!」
いや……ちょっと……。
何でみんなそんなにウキウキしてるの?
横に座るサンディも頬を紅潮させ気合十分だ。
「おい! サンディ! 戦争が嬉しいのか?」
「当たり前だろう! 戦うのは俺たち貴族の高貴な義務だ。この為に俺たちは生まれて来たんだ。戦場に出てはじめて貴族として一人前だ! 名誉をかけて戦うぞ!」
そうなのか?
あれれ?
何だろう……このギャップは……。
現代日本人感覚が残っている俺は、戦争と聞けばアレルギー反応、即拒絶だ。
けれどもサンディやみんなは……名誉をかけた戦い……なのか……。
うーん……騎士道とか……それと似た感覚なのかな。
ギャップが辛い。