第十五話 怪我の回復
俺はどうやら医務室に運び込まれたらしい。
ベッドに寝かされて、さっきからスミス医師と言う人があちこち触って質問している。
「まったく! ジャバ先生! 重症も重症! ひどい怪我です!」
「ふむふむ……魔力に飲まれ、魔法を暴走させると重篤な怪我を負うと言う事が証明されました」
「そういう問題ではありません!」
スミス医師がジャバ先生に怒っているが、ジャバ先生は『暖簾に腕押し』『糠に釘』『ジャバにふむふむ』でスミス先生の怒鳴り声は聞こえてはいるだろうけど全く効いていない。
ドアを開ける音がして、沢山の足音が聞こえた。
「お待たせしました! キャッ! これは!」
女性の声だ。
俺の怪我を見たのだろう。驚いた声や怯えた声が聞こえる。
スミス医師が淡々と状況を伝える。
「シスター方ご足労いただきありがとうございます。クランケは魔法学科の一年生アルト・セーバー。魔法の学習中に強力な雷、風魔法により負傷。負傷箇所は、全身の火傷。特にひどいのが顔面。眼球も焼けております。それから全身の打撲、おそらく体内にもダメージがあるでしょう。それから右足の開放骨折……」
「これは一体どうした事でしょう! 魔法学科は何をやっているのですか!」
若い女性の声だ。
聞き覚えのない声なので、さっき入って来たシスターの一人だろう。
「生徒がこんな大けがをするなんて! 騎士学科の実技でもここまでひどい怪我はありませんよ! 一体どう言う指導・監督体制をとっていたのですか! これは問題ですよ! 大問題です!」
ですよね。
日本の学校で生徒がここまで大怪我をしたら、校長先生のクビが飛ぶんじゃないかな。そりゃ問題だよね。
けれどシスターの声の感じは怒っていると言うよりは、パニックになってわめき散らしている感じだ。
どういう訳か、俺は随分冷静だ。
痛みは相当ひどいけれど、どこかに冷静に対応しようとしている俺がいる。
シスターはわめき続けていたが、コード夫人がピシャリと抑えた。
「お黙りなさい! 我々は魔法使いですよ! この程度の怪我は、怪我の内に入りません。私などフェンリルに内臓を引きずり出された事がありますよ!」
待って下さい!
比較対象がおかしい!
というか、その状況からどうやって生還したのか?
コード夫人最強伝説かよ!
「良いですか! 今回は彼の魔法で魔法練習場が爆散しました! ただ! それだけです! 大した事ではありません!」
コード夫人、お願いです。
僕の失敗を言いふらさないで下さい。
「し……しかし! 現に生徒がこうして怪我を!」
「この程度の怪我は問題になりません! 我々魔法使いは戦争になれば最前線に! 魔物と戦う時は、もっとも強い魔物と相対するのですよ! この程度の怪我で泣き言を言う様な軟弱な生徒は、魔法学科にはおりません!」
すいません。
可愛い女の子の膝にかじりついて、一晩中泣き言を言いたい気分です。
セ〇ラさんに『軟弱モノ!』とか言われて、張り倒されたいです。
「それに! 彼の監督をしていたのは、あのマックスウェルですよ!」
「マ……マックスウェル君が見ていたのですか!?」
「ええ、そうです。それでも、こうなってしまいました」
「それは……仕方がありませんね……」
「ご理解いただけたら聖魔法による治療をお願いいたします」
パウル王子も話し始めた。
「第三王子のパウルである。事情はコード夫人の話した通りで、これは魔法の訓練中のやむを得ない事故である。魔法使いの育成は王国にとっても急務であり、この訓練は王国に資する物である。教会には治療への協力を、速やかにお願いする」
「……かしこまりました」
どうやらシスター達は納得してくれたらしい。
周りの声の感じからするとスミス医師とシスター達が、誰がどこを治療するか打ち合わせている様だ。
「そばに誰かいる?」
俺が呟くとすぐにサンディの声が返って来た。
「いるぞ! サンディだ!」
「なあ、サンディ。『マックスウェル先輩が俺を監督していて、怪我をしたのなら仕方がない』みたいな話をしていたけど、どう言う事かわかる?」
「ああ。マックスウェル先輩は有名人なんだよ」
「有名人?」
「うん。カミソリマックスウェルとか。パーフェクトマックスとか」
「なにその二つ名!?」
サンディが言うには……。
マックスウェル先輩は二年生で成績トップの優等生であり、魔法使いとしても名が売れているそうだ。魔法だけでなく剣術も相当の腕前らしい。
マックスウェル先輩が一年生の時に、インネンを付けて来た三年生がいたが返り討ちにしたのだとか。
三年生は剣でズタズタに切り裂かれ、ついたあだ名が『カミソリマックスウェル』。
つーか、インネン付けられたら剣でやり返すのかよ!
恐ろしい!
「三年生は死んだの?」
「いや、急所は外して切り刻まれたらしいので、魔法で回復したらしいよ」
逆に怖いな。
殺さずに嬲るのか!
「まあ、シスター達からすればだ! そのマックスウェル先輩が見ていて事故を防げなかったのなら、他の誰にも防げなかっただろうと言う事さ」
「なるほど……。ところでさ。俺は治るのかな?」
「大丈夫だと思うぞ。シスターが五人に医師が一人いる。回復用のポーションも棚に沢山あるから、いけるだろ」
「そうか……」
良かった! 聖魔法……回復魔法ってやつかな。魔法で怪我や火傷が治るのはありがたい。
スミス医師が話しかけて来た。
「アルト君、良いかな?」
「はい」
「治療方針を説明する。まず、右足の開放骨折の治療を行う。後に聖魔法を使えるシスター達が君の体内のダメージを回復する。最期に全身の火傷や切り傷をポーションで回復させる。良いね?」
「わかりました。お願いします」
「じゃあ、開放骨折から行くよ。痛いけど我慢してね」
「えっ!?」
何? 痛いの?
ちょっと待って!
「じゃあ、君はここを抑えて。そう! じゃあ、治療を始めるよ!」
バキッ! グリグリグリ!
耳からではなくて、体を通して音が聞こえて来た!
「痛い! 痛い! 何をやっているんですか!」
「外に飛び出した骨を元の位置に戻している。開放骨折の場合は、骨を元の位置にもどしてから回復魔法をかけるなり、ポーションをかけるなりして回復させる。そうしないと、骨が飛び出したまま傷口が塞がるからね」
「り……理屈は分かったけど……痛い!」
「そこ! 足をしっかり引いて! そう! もっと! 強く!」
「ががががが! いだい! いらい! いらい!」
最後に痛みと言うよりは、尾てい骨から脳天に突き抜ける様な衝撃を感じた。
ひ……ひどい……麻酔は無いのか!
「よし! 入った! では、シスターお願いします!」
「かしこまりました。大いなる神よ!」
「「「「大いなる神よ!」」」」
なんかシスター達が祝詞を唱和しているのが聞こえるぞ。
長いなあ……もっと、こう、『ヒール!』みたいにパパっと行かない物なのかな……。
「……この者の傷を癒し給う! ハイヒール!」
「「「「ハイヒール!」」」」
ああ……暖かい……痛みが引いて行く……。
ビチャ! ビチャビチャ!
「うわっ! 今度は何?」
「全身の火傷にポーションをかけています。顔にもドンドンかけるから息を止めていて!」
「ええと……ぶわっ!」
「そこ! もっとポーションかけて!」
「い、痛みが引いていますが……鼻にポーションを流し込むのは……止めて……」
「鼻の中や喉も火傷をしているかもしれないからね。鼻に注いだポーションはそのまま飲み込んで!」
「ぐえー!」
じ、地獄だ!
地獄がここにある!
やはり現代日本の医療は最高だったな。
患者の人権だとか、患者の痛みだとか、そういうケアが素晴らしく出来ていたと思う。
この世界の医療は……確かに凄いけれど、何と言うか……雑だな!
「よし! 一通り終わった! 目を開けてみて!」
スミス医師に促されてゆっくりと目を開ける。
良かった! 見える!
「ああ! 見えます!」
「よーし! この指を見て! 右……左……うん! 眼球の動きも正常だ。回復したね。痛みはどう?」
「痛みはないですが……こう体が重い様な……」
「ああ、それは仕方ないね。出血はたいした事はなかったけれど、重症と瀕死の間だったからね。今日は早く寝て回復に努めて下さい」
「わかりました」
ふう。どうやら俺が思っていたよりも、よほど酷い怪我だったらしい。
ドアが開いてマックスウェル先輩が入って来た。
「スミス医師。王の間寮からハイポーションを持って来ました」
「ああ、それは良い! すぐ飲ませて下さい」
マックスウェル先輩が青色の液体の入った高そうなガラスの瓶を差し出した。青色の液体を一気に飲み干す。
食道から胃へとハイポーションが流れ込んでいくのがわかる。全身にエネルギーが満ちて行く感じがする。
うん、大分元気が出て来た!
マックスウェル先輩に謝りたいな。
監督して貰っていて迷惑をかけてしまったし、マックスウェル先輩の評価が下がったりしやしないか心配だ。
「マックスウェル先輩。すいません」
「何でしょう?」
「いや……その……監督して頂いていたのに……こんな事故を起こしてしまって……」
マックスウェル先輩は顔色一つ変えない。
「気にする必要はありません。魔法の訓練に失敗はつきものです。それに最後の竜巻から雷は良かった」
「本当ですか!?」
「ええ! なかなか見られないシロモノでしたよ! あれをきちんとコントロールして、敵軍にぶつければ壊滅間違いなし! フフ……フフフ……ハハハ!」
マックスウェル先輩が悪役か魔王の様な笑い声を上げた。
怖いよ。
「あのマックスウェル先輩……敵軍壊滅って……僕はまだ十三才ですが……」
「ええ、私は十四才ですが、何か?」
「いえ、何でもありません……」
現代日本なら『子供を戦場へ連れ出すのか!』とか顔を真っ赤にして怒り出す人たちがいるだろうが、あいにくとここは異世界だ。
さらに俺は下級とは言え貴族の子弟だ。
いざという時は……戦わなければならないんだろうな……。
俺がちょっとセンチメンタルな気分になっているとアメリア嬢がニュウっと目の前に顔を突き出して来た。
「アルト! あなたねえ!」
アメリア嬢のお説教が始まってしまった。
これは長くなりそうだな……。