第十三話 火属性魔法とエレメント
「さて、授業の続きは外の魔法練習場でやりましょう。この部屋をパンツで埋め尽くされたら困りますからね」
おじいちゃん先生ことジャバ先生の冗談で場が和んだ。
外に出るとサッカー場の様な建物に入った。
長方形のフィールドの周りに観客席があり、フィールドの端には頑丈そうな石壁が設えられている。
石壁の前には木製の人型ターゲットが見える。
「ここは魔法学科専用の魔法訓練場です。魔道具によって周囲に魔法障壁が張られています。強力な魔法を発動しても、周囲に被害が及ぶ事はありません」
なるほど。ここなら思う存分魔法を放っても安心って事ね。
ジャバ先生は話を続ける。
「では、私はパウル王子の指導をしましょう。アメリア嬢の指導はコード夫人にお願いします。アルト君の指導はマックスウェル君にお願いしたいのですが……。パウル王子、マックスウェル君をお借りしてもよろしいですかな?」
「うむ。許す」
こうして三組に分かれて魔法の練習をする事になった。
パウル王子とアメリアお嬢様は、さっきの続きで指先から魔力を放出する訓練だ。
そして俺の方は……。
「では、アルト・セーバー。私が指導します」
「よ、よろひく、おしぇがいしゅます」
「落ち着きなさい。また、噛んでいますよ」
マックスウェル先輩に魔法の指導をしてもらう事になったのだが……。
マックスウェル先輩怖えー!
その無表情、冷たい目、何とかしてくれよ!
落ち着かないよ!
魔法練習場の隅に控えているお世話係のサンディとハインツ先輩に目線で助けを求めたが華麗にスルーされてしまった。
クソッ! どうせなら美人の先輩に教わりたかった!
「アルト・セーバー。聞いていますか?」
「ひゃ! ひゃい!」
よそ見しているのを見咎められマックスウェル先輩から冷たい突っ込みが入った。
「最初に学習すべき魔法は火属性魔法です」
「はあ」
と言われても魔法について予備知識があまりないから、わからん。
俺の気の無い返事に悟ってくれたのか、マックスウェル先輩が解説を始めた。
「火属性魔法は、最もポピュラーな属性魔法です。日常生活では薪に火をつけるのに重宝しますし、戦闘においても高ダメージを敵に与えます」
「なるほど!」
「特に戦争では圧倒的ですね。人間は本能的に火を恐れますし、人間の皮膚は火に弱い。火属性魔法が使える魔法使いが一人いるだけで、自軍が有利になります。敵を黒焦げの消し炭にする事が、火の魔法使いの仕事と心得て下さい」
「……は、はい」
今、サラっと恐ろしい事を言ったよね!
敵を黒焦げとか、消し炭とか……。
顔色一つ変えずに……。
マックスウェル先輩は恐ろしいな!
「では、先に見本を見せます。あの人型の的を見る様に!」
マックスウェル先輩は、フィールドの遥か先にある人型の的を指さした。
遠いな……サッカー場で言うと、味方ゴール付近から敵ゴール位の距離がある。
「では、行きます! ファイヤーボール!」
ヒューン! ボン!
マックスウェル先輩が右手を人型の的に向けると手の先から野球ボール大の火の玉が現れた。
火の玉は一直線に高速で飛び人型の的に命中し、木製の的は炎上した。
「スゲエ……」
あんな遠くの的に当てられるのか……。
なるほど、弓矢が届かない距離を攻撃出来て、さらに確実に命中させられる。火属性魔法は強力だな。
焼け焦げた臭いが、ここまで伝わって来る。
あれが魔物や人だったらダメージは深刻だろう。
俺は強い衝撃を受けたが、マックスウェル先輩は何事も無かった様に淡々としていた。
「では、やってみて下さい。アルト・セーバーは魔力の放出がすぐ出来たので、ファイヤーボールもすぐに出来るでしょう」
「わかりました! やってみます!」
マックスウェル先輩のマネをして右手を的に向かって突き出し、魔力を手の先から放出する。
「ファイヤーボール!」
何も起こらない。
「ファイヤーボール!」
何も起こらない。
「ファイヤーボール!」
何も起こらない。
「ファイヤーボール!」
以下略。
「うーん。アルト・セーバーは、良く分からないですね。魔力の放出を簡単にやって見せたかと思うと、火属性魔法の初級で足踏みしてしまうとは……」
マックスウェル先輩が首をひねっている。
あれから二時間は経っただろう。
俺は火属性魔法『ファイヤーボール』を発動させられないでいる。
一方、隣で練習をしていたパウル王子は、魔力の放出をクリアして、ごく小さいピンポン玉大ではあるけれど火属性魔法『ファイヤーボール』の発動に成功していた。
アメリアお嬢様は水属性魔法『ウォーターボール』の発動に成功している。
俺は二人にあっさり追い付かれ、抜き去られた訳です。
はい……。
何故だろう?
色々と工夫はしている。
魔力をボール状にしてみたり。
魔力を前方に飛ばす事を意識してみたり。
火をイメージしたり。
空気中の酸素を燃焼する事を意識してみたり。
とにかく考えられる事はありとあらゆる事を試してみた。
だが、火属性魔法『ファイヤーボール』が発動しない!
マックスウェル先輩も困り顔だ。
「困りましたね。私が指導しているにも関わらず魔法の発動が成功しないとは……」
「あいすみません」
「属性魔法の原理は理解していますよね? 自身で放出した魔力とエレメントを反応させるのです。火属性魔法の場合は火のエレメントと魔力を反応させるのです」
そこだ!
それがイマイチわからない!
「あの……マックスウェル先輩……そのエレメントが良く分からないのですが……分子や原子の様な物でしょうか?」
「ブーンシ? ゲーンシ?」
だめだ、通じない。
現代日本の科学知識は通じない。
「えっと……エレメントは目には見えないモノですよね? その目に見えない物と魔力を反応させると言うのがわからないのですが?」
「は? いや、『わかる』、『わからない』ではなく、火のエレメントに反応せよと語りかければ……心の内で念じれば良いだけですが……」
「は?」
「は?」
なんだよ! その謎理論は!
つーか『燃えろ! エレメント!』とか試してみろって事かよ!
「燃えろ! エレメント! ファイヤーボール!」
何も起こらない。
「燃えろ! エレメント! ファイヤーボール!」
何も起こらない。
「燃えろ! エレメント! ファイヤーボール!」
何も起こらない。
いや、ダメじゃん!
そもそもエレメントなんて実在するのだろうか?
この世界の人達が存在すると信じているだけの物じゃないか?
マックスウェル先輩は腕を組んで考え込みだした。
「うーん。何がダメなのか……魔力のコントロールは出来ている……火属性に適性がない……いや、それは考えづらい……エレメント……エレメントか?」
また、エレメントですか!
分子とか原子ではないのか?
地球には存在していなかった原子や分子がこの異世界にあるって事なのか?
それがエレメントなのか?
「アルト・セーバー。あなたはエレメントを信じていますか?」
はい? 何を言っているのか?
マックスウェル先輩は真顔でどこかの宗教の勧誘員が言いそうなセリフを口にした。
エレメントを信じるか?
そんな非科学的な物を信じる訳がないだろう!
「いや……正直あまり信じていません。その……なんと言うか……非科学的と言うか……」
「ヒーカガク?」
うーん。科学と言う概念や言葉が無いのか……。
何と言って説明しよう。
「その……エレメントは実在するのか疑わしいと思っています。技術的にと言うか……。実在が証明されていない物を信じろと言われても……」
「ああ! なるほど! アルト・セーバーは、エレメントを迷信の類だと思っているのですね?」
「そう! そうです!」
「わかりました。では……」
マックスウェル先輩は俺の背後に回り込み、後ろからこめかみに手を当てた。
「目を瞑って深呼吸を……今からアルト・セーバーの目に微量の魔力を流し込みます」
「そ! そんな事をして大丈夫なんですか!?」
「大丈夫です。身体強化魔法の一種ですから。さあ楽にして……深呼吸をして……私の魔力を受け入れて……」
ちょっと怖いな。
でも、魔法の訓練に行き詰っているから、ここはマックスウェル先輩の言う事を聞いておこう。
「スーハー……。スーハー……。スー……。ハー……」
何か暖かい物がこめかみから目に流れ込んでくる。
目が暖かい。ホットタオルをのせて貰っているみたいな暖かさで気持ちが良い。
俺が暖かさと気持ち良さに身を任せているとマックスウェル先輩がゆったりとした口調で話しかけて来た。
「良いですよ。ゆっくり目を開けて下さい。目に見える物にビックリしない様に……」
「……はい。ハッ!? これは!?」
目を開けると別世界が広がっていた。
場所は先ほどと同じ魔法練習場のフィールドの中だ。
だが、これは……。
「見えますか? それがエレメントですよ」
目の前の空間がキラキラと七色に輝いている。
そして……多種多様な形をした物が沢山浮かんでいる。
「あれが……エレメント……」
「綺麗でしょう?」
「……はい」
赤、緑、青……色とりどりの宝石の様な……透明な物体……。
あれがエレメント……。
ゴツゴツと角張ったエレメントもあれば、つるりと丸いエレメントもある。
雪の結晶の様に複数のエレメントが仲良く手をつないでいるのもある。
「見え……ます……エレメント……存在するんだ……」
「ええ。ホコリよりも小さな存在ですから、普通は見えません。しかし、魔力を目に流し込み身体強化をすればご覧の通りです」
「凄い……こんなに美しい……」
「ようこそ魔法の世界へ。アルト・セーバー」
そうか……そうか!
魔法!
現代科学とは別系統の物だ!
違う世界だから違う系統の存在や法則があっても不思議じゃない!
マックスウェル先輩が俺のこめかみから手を放した。
暫くすると視界が普通になった。
「さあ、火属性魔法を試してみなさい。今見たエレメントと魔力を反応させるのです」
「はい!」
俺は右手を伸ばして魔力を手の先に集束する。
何故だろう? 手の先にエレメントの存在を感じる。
この感覚は初めてだ!
いるんだ! そこに!
「ファイヤーボール!」
魔力を放出し火のエレメントに『反応せよ!』と心で念じた。
その瞬間に火球が出現し、的に向かって一直線に高速飛翔した。
ドパーン!
俺が放った火属性魔法『ファイヤーボール』は、的に命中した。
マックスウェル先輩がニヤリと笑い髪をかき上げた。
「フッ……出来ましたね」
「はい! ありがとうございます!」