第十一話
「アルト・セーバー君いるかなー?」
オットマー商会が帰ったと思ったら、また来客だ。
「はーい! どちら様?」
ドアを開けると金髪の学生が立っていた。モールの色は黒。俺やサンディと同じ騎士爵家の子弟だ。
「やあ! 俺はハインツだ! 二年生でマックスウェル様のお世話係をやっている。お邪魔して良いかな?」
ハインツ先輩は、小柄だけどがっしりとした体格をしている。
ハキハキとした喋り方で、第一印象は『健全』だ。
「アルト・セーバー君は、これからパウル王子と面会だ。その前に打ち合わせをしておけとマックスウェル様から言われて来たんだ」
「それは助かります!」
至りつくせりだな。
マックスウェル先輩は気が回ると言うか……一つしか年が違わないのに凄いな。
ハインツ先輩は色々とアドバイスをしてくれた。
パウル王子にお会いしたら、まずお礼を言う事。
お互い学生だから細かい礼法は気にしないで大丈夫。
自分だけでなく世話係も受け入れてくれた事にも礼を言う。
それからサンディには厳しいダメ出しが……。
「君がお世話係のサンディだな? 来客があったら君が出て、アルト君に取り継ぐんだ。それも俺たちお世話係の仕事だぞ」
口調も厳し目で、ちょっと体育会系のノリだ。
「それから来客時に君は座ってはイカン。お茶を出し終えたら、アルト君の横に立って控えていなければ。やってみたまえ。そうだ。もう一歩下がった位置で立つんだ。アルト君より前に出てはイカン」
サンディは俺の横に執事の様に直立した。
うわっ!
なんか慣れないなあ。
「よし! それからこの部屋の片付けはサンディがやる様に。掃除は職員がやってくれるけど、書き物や手紙なんかを間違って捨てられては困るだろ? だからある程度の片付けはサンディがやるんだ」
「あの、ハインツ先輩……片付けは自分でやりますから……」
「アルト君。それではサンディの仕事がなくなってしまう。仕事がなくなればサンディはこの寮にはいられなくなってしまう。他人の仕事を奪ってはいけないよ」
ああ!
そう言う事になるのか!
そうかサンディは俺の世話係として入寮したからだ。
「俺もアルト君と同じ騎士爵だから気持ちはわかる。他人に何かしてもらう経験が少ないからな」
「はい。その通りです。ウチの領地なんて田舎でしたから、それこそなんでも自分でやっていました」
「うむ。だが慣れてくれ。君は魔法学科に合格した。何でも魔力量が多くて将来有望というじゃないか! 魔法使いになれば、色々な所に顔を出し、他人にかしずかれる事が増える。だから今から他人に世話してもらう事に慣れておくんだ」
そう言うものだろうか。俺の斜め後ろに控えるサンディをチラリと見ると無言で深く頷いた。
「わかりました。慣れる様にします」
「よし。この件はそれで良いな。あっ! それから……パウル王子に何か献上する物はないか?」
「献上ですか?」
「うん。面倒をみて貰う訳だから、何か感謝の気持ちを形にした方が良いな」
「なるほど」
うん。日本でもお世話になったお礼にお中元やお歳暮を送ったりするよな。
「どんな物が良いでしょうか?」
「高価なものである必要はない。そうだな……。アルト君の場合は領地貴族の子弟だから、領地から産出する物が良いな」
「……なるほど」
地元の名産品って事か……。
弱ったな。ウチの領地は何もない。
ワインとか何か洒落た物を作っていれば良いけど、あるのは畑と山と森だけだからな。
「何か地元から持って来てないかい? ハンカチみたいな布製品とか、木工細工とか?」
うーん。そんな洒落た物は無いよな。
そもそも下着と着替えだけで、体一つで王都に出て来たからな……。
「うーん。献上品……。ウチの領地……。あっ! そうだ!」
あった!
俺が地元から持ってきた物。
これで良いかどうか……。
「ハインツ先輩。これはどうでしょう?」
「これは? へえ! 面白いね。うん。これで良いよ」
良かった!
なんとかなりそうだ!
俺たちはハインツ先輩の案内でパウル王子の部屋へ向かった。
パウル王子の部屋は、長い渡り廊下の先にあった。
もうね。部屋じゃなくて屋敷だから!
二階建ての貴族屋敷が立っていたから!
俺たちは一階の広い部屋でパウル王子に面会した。
赤いふかふかの絨毯が敷かれた部屋で真ん中の立派な椅子にパウル王子は腰掛けていた。
横にはマックスウェル先輩が立っている。
部屋に入るとハインツ先輩とサンディは隅に控えた。
俺は一人で部屋の中央に進むと跪いて王家への礼をとった。
「この度は多大なご支援を賜りまことにありがとうございます。世話係もありがとうごじゃいましゅ」
やばい。噛んだ!
だけどパウル王子はスルーしてくれた。
「うむ。部屋はどうだ? 気に入ったか?」
「はい。広い部屋に風呂も付いていて夢の様です」
「アルトは風呂が好きなのか?」
「はい!」
「そうか。楽しく過ごすと良い」
「ありがとうございます。それからこれはほんの気持ちばかりの品ですが、王子に献上いたします」
俺は後ろに控えているサンディに目配せをする。
サンディは両手で小さな袋を捧げ持って前へ進んだ。
「私の実家で採れたナッツです。お口に合うかわかりませんが、是非お納め下さい」
「ほほう。ナッツか。アルトの騎士爵領はナッツが採れるのか?」
「はい。森の恵みで、子供の頃から食べておりました」
実家を出る時に農民の子が渡してくれたナッツだ。
ハインツ先輩に見せてオーケーを貰っているから大丈夫だと思う。袋はサンディがダッシュでオットマー商会に追いついて綺麗な袋を譲って貰った。
粗相はないはずだ。
「うむ。領地からの献上品、まことに大義である」
マックスウェル先輩がサンディからナッツの入った袋を受け取り、パウル王子に渡す。
パウル王子は手にガサッとまとめて取りだした。
「王子! お待ち下さい!」
俺は慌ててパウル王子が、食べようとするのを止めた。
そのナッツは食べ過ぎると、鼻血が出るのだ。
「そのナッツは非常に精がつくのです。ですので食べて良いのは一日一粒、多くても二粒までです。食べ過ぎると精がつきすぎて鼻血を出してしまうのです」
「なんと! そんなに精がつくのか?」
「はい。ですので食べる量にご注意をお願いします」
「わかった。では一粒だけ食してみよう」
パウル王子は一粒つまみ上げ口に運んだ。コリコリとナッツを、噛み砕く音が聞こえる。
「おお! なかなかに美味いな!」
「お口にあって良かったです」
「このナッツは何と言う名だ?」
「特に名前はございません。地元ではただナッツと呼んでいます」
「ふむ。そうであるか。マックスウェル。これをヨハン兄上に届ける様に手配してくれ。うむ。アルトよ、献上品確かに受け取った。大義である。では、これをつかわす」
マックスウェル先輩が袋を両手に捧げ持って来た。
「パウル王子からです」
何だろう?
これさっきの打ち合わせにないな。
とりあえず両手で丁寧に受け取っておこう。
「ありがたき幸せ」
「うむ。ご苦労であった」
パウル王子とマックスウェル先輩は、退出した。
振り向くとハインツ先輩がニヤリと笑っていた。
どうやら上手くいったらしい。
その夜、俺は父上に手紙を書いた。
魔法学科に合格して、これから魔法の勉強をする事。
パウル王子のご厚意で、名門の寮に住む事。
サンディと言う良い友人ができた事。
パウル王子との面会は成功で、頂いた袋の中身は小金貨だった。
ハインツ先輩によると、この金貨は俺の小遣いにして良いそうだ。
サンディに半分あげようとしたら、固辞された。
しかしハインツ先輩曰く、こう言う時は世話される者が世話係にいくらか渡すものらしい。
それを聞いてサンディは小金貨一枚を受け取ってくれた。
まるで学芸会みたいだと俺は思ったのだけれど、あれは将来王宮に行った時の予行練習になっているらしい。
肩が凝ったな。
さあ風呂に入ってゆっくりと休もう!
王立貴族学園の生活は始まったばかりだ!