第十話
マックスウェル先輩の後ろを俺とサンディが付いて行く。
俺もサンディも荷物は着替えだけ。貧乏騎士爵の息子だから、高価な身の回り品なんて持ってないからね。
俺達が住んでいたブラックドンキー寮――寮費が一番安い――は学園の門の側だったが、名門キングスホール寮は王立貴族学園の一番奥に立地していた。
立地からして一番良い所だね。
「さあ。あそこがキングスホール寮です」
「あれが!?」
「あれが!?」
マックスウェル先輩の案内に俺とサンディはポカンと口を開けてしまった。
そこは学園の中にぽっかりと王宮が浮かんでいる様だ。
広い石畳の一本道の先に立派な門があり、槍を持った兵士が警備している。門の左右に黒鉄製の背の高い柵が設置されていて、ずっと先の森の方まで柵は伸びていた。
一体どれだけ敷地が広いのだろう?
ここって学生寮ですよね?
マックスウェル先輩の後について門をくぐる時、警備の兵士が踵をカチンと合わせて手に持った槍を体の前にして敬礼をした。
「あ、ありがとうございます。失礼しゅましゅ……」
「警備の兵に頭を下げる必要はありません。それから噛んでいますよ」
マックスウェル先輩は、どこまでも冷静だ。
小市民気質の俺は落ち着かない事この上ない。サンディは偉くなった気分なのか、鼻高々だ。
キングスホール寮は、一つの建物ではなくて複数の建物からなっていた。
談話室、資料室、食堂が入り口すぐの貴族屋敷の様な建物――本館に設置されていて、食堂は専門の職員――つまりシェフがいて、最高の料理が食べられるそうだ。
マックスウェル先輩曰く――。
「料理に対する見識を高めるのも勉強の一つです。将来、国賓と会食する際に必要です」
――だそうだ。
極貧は知っていても、国賓なんて知らん。
そして俺が与えられたのは、なんと一戸建てだった!
本館から伸びる長い渡り廊下を歩いて数分の立地で、一階建て、居間、応接室、書斎、キッチン、ベッドルーム……。
「アルト・セーバーには個室を用意しました。この部屋は自由に使って構いません」
「個室って……」
マックスウェル先輩……これ個室じゃなくて、家ですよ。
どうもこのキングスホール寮で『個室』と言うのは、こういう『離れ』の事を指すらしい。
「では、アルト・セーバーはこの部屋で待機。後程迎えに来ます。サンディは私について来る様に」
マックスウェル先輩とサンディが行ってしまったので、俺は広い家、もとい部屋に一人になった。
暇なので部屋の中を探検してみる。
備え付けのクローゼットはバカでかい。貴族でも上級なんかだと、服の量もハンパないんだろうな。俺は制服の他は一着だけしか持ってきてないし他は下着だ。
こりゃ、クローゼットはしばらくガラガラだな。
それからここのドアは?
おお! トイレ! これ水洗だわ!
この世界に転生して水洗トイレなんて初めて見た。
あ! お風呂がある!
白い陶製のバスタブに金色の蛇口。随分上品な風呂場だ。これは風呂桶の中で体を洗うタイプか。シャワーも付いている。
転生してから風呂なんて入った事がない。川で水浴びをするとか、タライにお湯を入れタオルで体を拭く程度だった。
元日本人として風呂はありがたいね~♪
俺はちょっと新しい生活が嬉しくなって来た。
「ごめん下さい! ごめん下さいまし!」
「はーい!」
誰か来たらしい。大人の男性の声だ。
部屋――というか玄関の扉を開けると、痩せた商人風の男が立っていた。男の後ろには何か荷物を持った男性が三人と女性が二人続いている。
誰だろ? 何の用かな?
「アルト・セーバー様でいらっしゃいますか?」
「はい。そうです」
「わたくしは、オットマー商会の店主でオットマーと申します。マックスウェル様のお申し付けで、お召し物の採寸に伺いました」
「お召し物? お召し物……ああ! 服の事ね!」
「はい。アルト様は地方のご出身であまりお荷物を持たずに学園にいらっしゃったとか。ですので、わたくしどもの商会でご用意差し上げる様にとマックスウェル様がおっしゃいまして……失礼ですが、お召し物は何着ほどお持ちでしょうか?」
「制服ともう一着だけですが……」
「おー! いけません! いけません! それでは足りません! 絶対に! 圧倒的に! 不足しております! こーれはいけません! 貴族服、夜会服、乗馬服、制服の着替え分、お寝間着も必要ですし、すぐにお造りいたしましょう! さ! お針子さん! 採寸を始めて!」
「えっ!? ええっ!? ちょ、ちょっと!」
俺はお針子さんに囲まれてあっという間に服を脱がされてしまった。
お針子さん達は、顔色一つ変えずにあちこちのサイズを計っている。
「おーい! アルト! 俺の部屋も見て来たぞ! って! おい! どうなっている!?」
「サンディ!」
下着姿でお針子さんに囲まれる俺を見てサンディは爆笑し始めた。
「ぶははは! アルト! 何やってるんだよ!」
「マックスウェル先輩が、服を作る様にって……。それでこの商会の人達が……」
「ぶはははは! 良かったな!」
すると商人のオットマーさんがサンディに話しかけた。
「おんや~あなたは?」
「俺はアルトの世話係のサンディです」
「お召し物は何着ほどお持ちで?」
「お召し……服の事ですか? 制服と普段着の二着だけど?」
「はー! いけません! いけません! お世話係の方もそれにふさわしい服装と言うのがあるのですよー! ちょっとー! お針子さん! こちらの方も見てー!」
「え? ちょっとちょっと! うわー!」
サンディもアッと言う間に服を脱がされてしまった。
「僕たちお金がありませんよ!」
「全部パウル王子がお支払いくださいます! 心配ご無用!」
それから俺達はオットマーさんに、山ほど布やサンプルの服を見せられた。
この布はどこそこが産地だとか、ウールの原料がどうとか、さんざんウンチクを聞かされた。
「オットマーさんにお任せします!」
「んまー! やり甲斐のあるお言葉! 腕によりをかけて仕立てさせていただきますわ! さ! お針子さーん!」
「もう、いい!」
どうやら空っぽのクローゼットを埋める服を手に入れられそうだ。