Track 1 トリコロールパイ参上 の巻
ひっそりと寝静まった夜の街をひとりの若い女性が歩いている。勤め帰りのOLさんだ。スマホの光りに浮かび上がる顔は無心で画面を見つめている。そのとき、とつぜん何かが女性の手からスマホを奪い取った。
「ひっひっひ、こんなものを使っているとはけしからん。没収だオン」
OLさんの目の前に現れたのは着ぐるみを纏ったゆるキャラのような物体。口から伸びた長い舌の先にはスマホがぶら下がっている。きゃあ。夜の街を切り裂く叫び声。
「ト、トカゲのばけもの。いやあ、だれか助けてぇ」
「トカゲだと⁉ 失礼だオン。吾輩は怪人カメレオン卿だオン。どうやらおまえには躾が必要みたいだオン」
カメレオン卿は左右の目をばらばらにぎょろぎょろとさせながら、OLさんに一歩、また一歩とにじり寄っていく。
「やめろ、そこまでだっ!」そのとき可愛らしくも威厳のある声が飛んできた。「この変態め、その人から離れろっ」
「なんだあ、だれだオン? 吾輩を変態呼ばわりする不届きものは。すがたを現せオン」
三つの影がだだだっと駆け寄り怪人とOLさんの間に割って入る。すかさず上空のどこからか降り注ぐスポットライトの明かりに照らされて浮かび上がったその姿はそれぞれ赤、青、白のタイトなジャンプスーツに身を包んだ三人の美少女であった。
「チェリーパイッ!」
「……ブルーベリーパイ」
「にゃは、クリームパイ」
「イカ墨より真っ黒な夜の闇に紛れっ!」
「……みんなを困らす悪い奴らを」
「にゃはは、退治するため三人そろって」
「今日も翔びますトリコロールパイ!」
ジャジャーン♪。決めのポーズに合わせるようにどこからか流れるファンファーレ。
「なんだあ、お前たちはオン。こんな夜更けにコスプレしやがってオン。よし、お前たちにもまとめて躾してやるオン」
「にゃ、コスプレいうな」
「そっちこそゆるキャラだろうが、この変態っ!」
「……きもい、ですわ」
「なにおうオン。きゅるるるる、もう許さんオン」
夜の街角で対峙するカメレオン卿とトリコロールパイ。どこからか犬の遠吠えと焼き芋屋の声が響く。トリコロールパイの活躍、今宵はここまで。
つづく