苺大福
雨の降る、土曜日の夜。
ほんの少し空の曇り具合を気にかけていれば、傘を持って出る事が出来た。
土曜の夜にはいつも、レンタルビデオを借りて映画鑑賞をするのが習慣だった。
巷で騒がれる話題作はもちろん鑑賞するが、それよりも何気なく目に留まった作品をぼんやり見ながら次第に時間を忘れる方が好きだった。
先週見た作品は特に心に残る。
今までで一番……
傘を持たない俺は、今日もレンタルショップの店先に立ち止まり、しばらくしてから方向を変えた。
数件隣にあるコンビニエンスストア。
ビデオを借りずにそこへ立ち寄り、適当な雑誌と適当な弁当をカゴに入れた。
いつもなら、既に持っているビデオの袋を脇に抱え、スナック菓子とチョコレート、そしてレジ横にある『苺大福』を一つ買う。
でも今日はビデオを持たず、スナックもチョコレートもカゴには入れない。
ただ、レジまで行き苺大福だけは一つ、カゴの中に放り込んだ。
普段は一度帰宅してから往復する道のりだが、今週は会社帰りにそのまま……。
傘がない事も理由の一つだ。
家までの距離が心なしか遠く感じるのは、雨に打たれている事も理由の一つ。
部屋に着いて一番先にしなければいけない事……
それは電気を付ける事だ。
チカチカと発光しながら次第に明るくなって行くのを確認して、すぐさまテレビを付けた。
テレビの音でもないと、雨の土曜は静か過ぎる。
小さめのダイニングテーブルに腰掛け、コンビニの袋をガサガサと広げた。
真っ先に苺大福を手に取り、がさつに袋を開くと大福の白い粉がテーブルにパラパラと溢れた。
膝の上にまで舞った粉を手で払い、一口かじりつく。
餅が歯の圧力でグニャリとへこんだと思ったら、そのまま堅い物体に歯が当たった。
……『苺』だ。
少し力を入れそのまま噛みきると、苺の果汁が口の中に溢れ、噛むにつれて餡子の存在に気付く。
唇に付いた粉が煩わしく、舐めるよりも手でパンパンと払い落とし、今度は少し薄めにかじり、あえて苺を避けてみる。
ただの大福だ……
苺大福として食べた時の食感や酸味はなく、取り立てて旨くもない普通の大福の味を味わっていると、“餅が苺に合うのか”“餡子が苺に合うのか”等という事を知らぬ間に考えていた。
仮に苺も餡子もないただの餅を差し出されたなら、間違いなく海苔で巻いて、砂糖醤油に付けて食べたいと思うだろう。
間違っても苺ジャムなんかは塗らない。
逆に苺を目の前にして、
「あぁ、餅があったら最高だな……」等とは呟かない。
もちろん苺に餡子を塗りながら食べるようなおかしな真似はしない。
バターナイフ等を使うと絵にはなりそうだが、考えただけで気持ちが悪い。
苺には練乳と相場は決まっており、シャンパンとも合うとは聞くが、そんなセレブな真似は試した事がない。
もう一口深めにかじり付く……
初めの一口と同じ味だが、苺がこぼれそうになり餡がはみだした。
一体苺大福と聞いて、その名前を知らない人ははたしてどの位いるのだろうか……?
来客の際……
仮に餅を皿に乗せ、小鉢に苺を盛り、餡子を添えてもてなすとする。
すると何の疑いもなく餅を手で広げ、バターナイフで餡子を塗り、その上に苺を乗せて包んで食べるのだろうか?
手巻き寿司のように……
いや、チシャ菜に味噌を塗り、焼肉を巻いて食べるような感じか。
何れにしても、多分随分と滑稽な絵になるんだろう。
残りを全て口に放り込み、それぞれの味を確認しながら噛んでいると、何となくではあるが、全ての個性が一つになる旨さという物も感じなくはない。
それぞれの良さとは別に、一つになる事で新たな違う可能性を造った成功例……
ふと、おかしな妄想をしながら一人で苺大福を食べている自分に気付く。
「俺が一番滑稽だな……」
テレビでは今まで見た事もない土曜の夜の番組が、無意味にたれ流されていた。
生まれて初めて食べた『苺大福』の感想は、やっぱりそんなに特別美味しいものではなかった……というのが正直なところ。
先週までは“二人”で映画を見ている時間。
俺の横で美味しそうに苺大福を頬張る彼女は、今週からはもう隣に居ない事を確認しながら、彼女の大好きだった食べ物の味を初めて知った……
俺達は一つにはなれなかった。
「先週見た映画と苺大福の味は、ずっと忘れないんだろうな……」
そう思いながら、テーブルに溢れた餅の粉をティッシュで拭き、包み紙と一緒に捨てた。
翌日、いつものコンビニのドアをくぐる俺の手には、もちろんビデオは無い。
苺大福も買ってはいない。
土曜の夜ではない事も理由の一つだ。
【完】
Try Again
『男と女のよくある恋愛事情』