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流れ星に願いを

作者: 霖子

「お母さん、ポチはどこにいったの?」

「ポチはね、お星さまになったのよ」

「じゃあ、おおきくなってうちゅうにいけるようになったら、またポチにあえる?」

「ええ、きっと会えるわ」

「こころ、おおきくなったらうちゅうにいくひとになる!」




 二〇五〇年、日本。

 車は未だ空を飛ばないし、過去や未来に行けるシステムもないけれど、宇宙旅行がずいぶん身近な言葉になりつつある。まだまだ富裕層の娯楽のような金額だが、それでも民間向けに開発が進んでいることは間違いがない。冷戦時代に行われた宇宙開発競争以来、現在までめざましい進化を遂げている。世界は車を飛ばすことよりも、人を宇宙に飛ばすことに情熱を注いだのだ。

 ―だからこそ、昔、母が言っていたことが嘘だと気付いてしまうのも早かった。子供の頃、飼っていた犬のポチが星になった。正しくは死んでしまったのだが、子供の頃は「死ぬ」ということがわからなかったし、死を納得させるための使い古された方便を疑いなく信じていたものだ。

 しかし徐々に生物の死を理解し始めると、当然それが嘘だと言うことに気付く。まして現代は宇宙に関する情報が四六時中どこにでも溢れているわけで、死んだ生物が星になるわけがない、という結論に行き着くのも早い。

 それでも、その事実に気付く頃にはポチがいなくなった寂しさはとうに薄らいでいたので、母の対応は間違っていなかったというわけだ。


 あれから一〇年。わたしはずいぶん大きくなって中学生になっていた。

 「心! おはよう!」

 息を弾ませて駆けてくるのは、幼馴染みの保科昴だ。

「おはよう、昴」

 家が近く親同士が仲の良かったわたしたちは、小さい頃から兄弟のように育てられた。家が近いので当然、毎朝それとなく一緒に登校するのが常になっている。

 ポチが死んだとき、一番悲しんだのは昴だった。それはすごい落ち込みようで、泣きじゃくって何日も家から出たくないと駄々をこねる日が続いたと聞いた。実際、ポチが死んでから何日かは昴は幼稚園にも来ず余計に寂しく悲しい気持ちになったのを覚えている。ポチを飼っていたはずのわたしよりも隣の幼馴染みが悲しむなんて、今考えると少し笑ってしまう。

「なぁ、さっきからなんで一人でにやにやしてるんだよ?」

 思い出しているうちに顔に出てしまっていたようで、昴が口をとがらせてこちらを見ている。

「昔のこと思い出したのよ、あなた、ポチが死んでしまってからしばらく幼稚園を休んだでしょ。わたしの家の犬だったのに昴の方が幼稚園を休んだなんていま考えるとおかしくって」

「そりゃお前の家の犬って言っても俺だって毎日一緒に遊んでたんだ、自分の家族みたいに悲しんで当然だろ! 俺は感受性豊かな子供だったんだよ!」

「感受性豊か、ねぇ?」

 確かに昴はわたしや他のクラスメイトよりも感情豊かで情にもろいところがある辺り、感受性豊かなのかもしれない。

「なんだその疑いの目は」

「さぁ?」

 納得いかない表情に、いじわるな視線を返す。ぷいと拗ねたように顔を背けられた。

「ところで最近クラスのやつらがさ~……」

 あっという間に話題が切り替わる。昴は表情をコロコロと変える、まるで犬みたいな男の子だ。憎まれ口を叩き合いつつも、わたしたちは毎日仲良くしていると思う。わたしは昴のことが嫌いではない、むしろ好きだし、きっと昴もそう思ってくれているからこうして毎日顔を合わせに来てくれると信じている。お互い友達にからかわれたりもするけれど、それも話題のひとつになるほどだ。

 「じゃあまた後でな!」

 そう言って手を振ると勢いよく飛び出していった。わたしたちはクラスがバラバラなので校内で一緒に過ごすことはあまりない。


「おはよー」

「おはよー心」

「一時間目から体育とかだるいねーサボりたーい」

 他愛のない話をしながら席に着く。アキの言う通り、ホームルームが終わってすぐ朝から体育はかなりだるい。

「きりーつ、れーい、ちゃくせーき」

 日直の間の抜けた号令にのろのろと立ち上がり、また席に着く。先生の変わり映えしない連絡が終わって、だるい気持ちでいっぱいになりながら体操着に着替えて校庭に出る。こんな暑い日に外で運動させようなんて学校は頭がおかしいとしか思えない。この気温の中、日焼けを気にするクラスの女子が長袖を着ているのは、学校以上に気が狂っているけど……。

 こんな日にはプールに入りたい、いやプールは水着に着替えるのが嫌だ、などと言い合いつつ先生に怒られないくらいにだらだらと走る。この時だけは、伸びた髪を切ってしまいたい衝動に駆られる。わたしは運動が得意ではないので、友達と一緒に適当に体育の時間をやり過ごすようになっていた。時々ある実技テストみたいな授業にちゃんと参加して普段の授業でも怒られないようにしていれば、普通に普通の成績を取れるのでそれでいい。


 授業中に時々窓から見える昴は、いつも目立っている。昴はわたしと違って運動神経が良く、サッカー部という、いかにも花形な部活に所属している。サッカーに限らず運動自体が好きなようで、なんの競技でもうまくこなす姿は幼馴染みから見てもかっこいいものだ。同級生はもちろん、後輩の女子からも注目の的になっている。その上、誰にでも分け隔てない人懐こい性格なので、人気者になるのも当然だ。

 そんな学校の人気者とこうして仲良くしているのは不思議な気持ちもあるし、小さい頃の昴の姿と今の人気者の姿とを比べてまた不思議な気持ちになったりもした。


 「また明日ねーバイバーイ!」

 一日の授業が終わって、各々帰路についたり部活に向かったりする時間。わたしは決まって図書館に行く。周りは部活に入っている子が多いし、中学校ともなれば家が近く一緒に帰れるようなところに住んでいる友達はレアだ。わたしは特別部活に入っていないので、毎日昴の部活が終わるまで図書室で時間を潰すのが日課になっていた。大会前とかの朝も夜も部活漬けな期間はさすがにバラバラに通学するものの、それ以外の期間は基本的に昴と一緒に行き帰りしている。夏場は特に帰りが遅くなりがちだが、帰りが遅い理由を知っている両親は特に心配していないようだった。


 今日もわたしは図書室に向かっていた。勉強が好きなわけでも成績優秀なわけでもないが、静かなので最近はもっぱら図書室で時間を潰すようになっている。勉強したい人用に区切られた自習テーブルもあり快適だが、いつも席が埋まっていてぼーっとするにはあまり向いていない。

 わたしも来年になったら受験のためにこんな風に勉強するのだろうか、とか少しブルーな気分になりながらいつもの席に着く。

 図書室の奥の方の、本棚で少し隠れた席。奥の方の本棚には図鑑とか専門書とかのマニアックな本ばかりなせいか、あまり人の行き来が激しくないのでお気に入りだ。

「あら心ちゃん、今日も彼氏待ちかしら?」

「先生。だからわたしたちそんなんじゃないですって、ただ家が近い幼馴染みなだけで……」

「またまた~、毎日こんなに健気に待ってるのにただの幼馴染みなんて照れちゃって」

「先生は本当にそういう話好きですね……」

 大人だというのに、人の色恋沙汰の話題に関してはまるで同級生の女子のような反応だ。

「まっ、今日もゆっくりしていってね~」

 いたずらっぽいウィンクを残して去っていく。彼女はここの司書の先生だ。比較的若いのと、さっきみたいな話題にも意気揚々と混ざってくるので生徒にも人気がある。もちろん司書の先生らしく図書室で騒がないとかそういう基本的なことは徹底しているみたいだけれど、わたしが放課後に来る度にあんな感じで話しかけてくる。

 

 昴を待つ間、どこで時間を潰そうかと校内のあちこちで時間潰しを試みていた頃、何日目かにこの図書室にたどり着いた。あの頃は図書室なんて本好きか勉強好きが行くところだろうと思っていたので、まさかこんなに毎日通うことになろうとは思ってもいなかった。通い始めた頃、最後まで残っているわたしに気を遣ってくれたのか、先生の方から話しかけてきた。今ではすっかり打ち解けた、と言っていいのだろうか。

 ため息を吐きながら窓の外に目をやると、サッカー部の掛け声が遠くから聞こえてくる。座り慣れた席からは、すぐに昴の姿を見つけることができるので、時々ぼーっとサッカー部の練習を眺め続けている。

 

「彼氏、ねぇ……」

 先生に言われた言葉を反芻してみるが、いまいちピンとこない。そもそも男子と付き合ったことすらないわたしにはまったくピンとこない話だ。

 周りには誰々と誰々が付き合ってるとか、この間彼氏と初めてキスしたとかそんな話題に溢れているものの、いざ自分が恋愛と考えるとうまく結び付かない。そりゃあもちろん、小学生の頃にクラスの男子のことを好きになったりしたこともあったけれど、子供の頃の好きと今周りで巻き起こっている恋愛事とは違うようだ。昴のことは確かに好きだけど、幼馴染みとして一緒にいて楽しい好きであって、これも恋愛とはまた違うような気がする。

 

 友達の好きと恋の好きはなにがどう違うんだろう。小学生の恋以来、好きな男子がいないわたしにはとても難しい問題だった。


「ねえ、昴は好きな人とかいないの?」

「なんだよ、突然だな」

「ちょっと気になっただけよ、学校でもよく女の子に声かけられててモテるみたいだし、そういう人とか、いるのかなって」

「好きな人ねえ……特にいないかな。俺ずっとサッカーばっかりやってるし、自分が誰かと恋愛ってなるとあんまり考えられないなー」

「ふうん」

 昴もわたしと同じようだ。恋愛事にも男子にも興味がないわけではないし、友達のその手の話を聞くとすごいなあとか思うけれど、自分が、と考えるとあまり現実味がなくどこか異世界の出来事のように感じてしまう。

「あっもしかして心、今の告白? 俺無意識に振っちゃった?」

 にやにやと、わかっていながらいじわるな表情でこちらを見てくる。

「そんなんじゃなくて! あ、いや、昴のことは好きだけれど……友達とか、昴に対して思う好きとそうじゃない好きと、なにがどう違うのかいまいちピンと来なくて。昴はよく女子に声を掛けられたり話したりしているから、そういうの、わかるかなって思ったのよ」


 いくら幼馴染みと言えど、面と向かって好きと言葉にすると妙に照れ臭い気持ちになって、少し視線を逸らす。

「なーるほどな。確かに女子に話し掛けられることはよくあるけど、俺もそういうのよくわかんないんだよなー」

 意外だ。今まで放課後も休日もほとんどサッカーをしている姿しか見たことがなかったが、あれだけ周りに女子が集まっていれば一度くらい誰かを好きになったりしているものだとばかり思っていた。

「俺も心といると楽しいし好きだし、友達として好きな奴はいるけど、誰と付き合ったーとか別れたーとかって話は周囲で起こってることって感じで、自分とは次元が違う話みたいなんだよね」

「そうなんだ……じゃあ告白とかは、されたことないの?」

「一応何回かあるけど、突然知らない子に好きですって言われても、俺は全然知らないんだけど!? って感じじゃない? 一緒にいる人に対しても恋愛とかピンとこないのに、初めて声かけられる人に告白されてじゃあ付き合いましょうとか無理があるよなー」

「それもそうね……たまには参考になること言うのね」

 本当になるほど確かに、と思ったのだが、なんとなく照れ臭さが抜けないので茶化してしまう。

「たまにはってなんだよ! 失礼だな!」

「参考になるって褒めてるんだからいいでしょ」

 不服そうに抗議しつつも、お互い笑い合う。わたしはこの時間が好きだ。もし、昴に好きな人や恋人ができたら。こんな風に一緒に帰ることも、今までみたいに一緒に遊ぶこともきっとできなくなってしまう。そうならないであろうことに内心安堵して、その日は昴とわかれた。


 七月に入ってからは日に日に暑さが増して日差しが強くなっていた。もうすぐ夏休みということもあって、校内には浮かれた空気が漂っている。暑さも相まって、ここしばらくの間は先生の話があまり耳に入ってこなかった。

「心ー! 明日学校終わったら買い物行かない? 夏休みに海行くときの水着見に行こうよ!」

「みっちゃん、明日は部活休みだっけ??」

「明日終業式だからね~! たまに放課後遊びに行けると思うとうれし~!」

「あはは、部活忙しそうだしなかなか遊べないもんね。わたしは去年買ってもらった水着あるし、みっちゃんの水着見に行こうよ」

「せっかくだし心も新しいの買えばいいのに~」

「わたしはいいよー、去年買ったのも結局一緒に海に行った一回しか着てないしさ」

「そっかあ、じゃあお言葉に甘えて自分の買い物付き合ってもらおっかな。お昼もどっかで食べよ! じゃ、明日の帰りにね!」

 返事をする間もなくパタパタと駆けていった。つまり明日は昴も部活が休みなのかもしれない。明日の帰りはバラバラでと、今日の帰りに伝えておこう。

 部活のある友達ばかりでなかなか遊ぶ機会もないので、明日の帰りも、海も、とても楽しみだ。なにより夏休みがもう目前に迫っていることが楽しみで仕方なかった。


 「明日? そっか明日部活休みか! すっかり忘れてたなー、了解! 俺もたまには遊んでこよっかな」

 明日は部活がないことを忘れていたようで、思い出すなりずいぶんウキウキした様子だ。毎日朝も夜も休みの日も部活となれば、たまに誰かと遊べる日があるとわたしのような帰宅部よりも何十倍も嬉しいのだろう。

「それより明後日から夏休みじゃん! 心、あれ覚えてるだろ? 行くよな?」

「もちろん。昴こそ部活の予定とか大丈夫だったの?」

「当然だろ! どっちもバッチリだ!」

 得意気に鼻を鳴らす。夏休みには、郊外の開発センターから民間人が宇宙旅行に出掛けるシャトル発射イベントと、流星群を見に行く約束がある。ポチが星になった話―はもう信じていないけれど、あの頃本当に夢見ていた宇宙旅行は、今でもわたしと昴に大きな影響を与えている。


 ポチが星になった日から、わたしたちはたくさんの本を読んで、本気で宇宙にいるポチに会いに行こうと必死になっていた。今でこそ宇宙旅行がだいぶ身近になり始めているものの、小さな頃は大変な訓練をして飛行士にならなければ行けないものとばかり思い込んでいたので、昴と筋トレごっこみたいなことをしたりもしていた。今はさすがに宇宙飛行士になろうなんて思ってはいないけれど、宇宙にはいつか行こうと約束している。

「夏休み、楽しみだね」

 満面の笑顔を浮かべて応える昴がとても眩しかった。


 旅行客の人たちが宇宙旅行へ旅立つのは、夏休みに入って間もなく。夏休みだからと、お金持ちな家族が海外旅行をするように宇宙旅行に行くようになっているそうだ。わたしたちの家は特別裕福ではないので、発射イベントを見に行くくらいしかできないが、発射する瞬間を間近で見られるだけで十分ロマンがある。

 今日は発射日和とでも言うのだろうか、風もなく快晴だ。白のワンピースとサンダルに麦わら帽子のいかにも夏っぽい服装。発射の風圧で帽子が飛ばされてしまわないか若干不安だが、この日差しを直に受けるのも辛いので被っていくことにする。

「心ー、準備できたかー?」

「今行くー!」

 窓の外から聞こえる声に慌てて階段を降りる。

「いってきまーす!」

 お母さんの返事を待たず家を飛び出す。

「今日もあっちいなー」

「でも天気いいし。シャトルが発射するにはいい日だよね」

「それもそうだな、よし行くか!」


 開発センターは少し離れたところにあるので、電車とバスを乗り継いで行く必要がある。時間がかかる分、夏休みなのに学校の日と同じくらい早起きだが、楽しいこととなるとまったく苦にならないから不思議だ。

 今までも何度か見に行ったことがあるので、移動も慣れたものだ。センターに向かうまでの長い道のりの中、他愛のない話をしたり時々景色を見て、ちょっと遠出してる気分を噛み締めたりするのが好きだ。この瞬間だけは、ジリジリと照りつける日差しも、アスファルトから上がるむっとした熱気も、まるで気にならないようだった。


 センター前行きのバスには小さな子や親子連れがたくさん乗っていて、実際に宇宙に旅立つ人以外も心待ちにしていたイベントなのだと実感する。こうして二人でバスに並んで座っていると、傍から見たら学生のデートのように見えるのではないかとふと思う。

 

 最近、誰かと誰かが付き合うだとかそんな話題をたくさん耳にしていたせいで、自分までそんなことを考えるようになってしまっている気がする。

 

 一瞬デートなんて言葉が浮かんだせいでなんだか恥ずかしくなってしまう。ちらと昴の方を見上げるが特に気にする様子はなく、自分ばかりそんなことを考えてしまったのが余計に気恥ずかしさを加速させた。わたしと昴はただの幼馴染みで、一緒にいると楽しい友達みたいなものだと、言い聞かせるようにしながら少し赤くなった顔を隠すように俯いた。

 

 結局、デートという単語が離れないまま目的地に着いてしまった。わたしだけ微妙な空気のまま、なにも気付かない昴は無邪気にはしゃいでいた。

 センターではもう発射の準備が進んでいて、たくさんの人が行き交っている。シャトル発射の準備をする人、整備をする人、旅行に出掛けるであろう人々……この雰囲気を目の前にすると、やっぱりワクワクするし圧倒される。これだけたくさんの人の力が集まってやっと行ける宇宙には、どれほどのものが待っているのか。この場所を訪れる度に期待は大きくなって、わたしたちをときめかせてくれる。

 

 午前九時。発射は定刻通り行われるとのアナウンスが響き渡る。着いてすぐ陣取っていた観客用の前の方のスペースで発射時刻が来るのを待つ。

「心の帽子、発射の勢いで飛ばないようにちゃんと押さえておけよ」

「さすがに邪魔だし発射の瞬間は手で持つわよ、飛ぶのも怖いし、上に飛んでいくのを見るのにも不便だしね」

「そしたら、俺荷物ないし持っててやるよ、ほら」

「ありがと……」

 いつもと同じなのになぜかドキドキするのは、さっき考えてしまった余計なことと発射前の緊張のせいだ。ぶんぶんと頭を軽く振って、目の前の出来事に集中する。無言の時間がやけに長く感じた。

 発射間近になるとわたしも昴も無言でシャトルの方を見つめていたが、言葉を交わさない時間がこんなに長いと感じたのは初めてだったかもしれなかった。

 

 長い長い無言の時間を破ったのは、発射のカウントダウンのアナウンスだった。

あと一分……三十秒、二十九、二十八、二十七…………十、九、八、七、六、五、四、三、二、一!


 ものすごい音と共にシャトルが発射して、スカートの裾がバサバサとはためく。舞い上がる砂埃に目を細めつつも、決定的瞬間を見逃さないよう必死に目に焼きつける。何度見ても、間近で飛び立つシャトルの迫力はすごい。

「あれに乗れば、宇宙に行けるんだもんな……」

 自分が考えていたこととまったく同じ言葉が聞こえて、遂に心の声が漏れてしまっていたのかと焦ってしまった。声の主の方を振り向くと、感動とも憧れとも、なんともつかない真剣な表情で空を見つめていた。いつも笑っている彼が見せる、珍しい表情だった。

 

「いやー今年もすごかったな! ほぼ満席状態だったし、数年後には俺たちみたいな一般人も気軽に宇宙に行けるようになってたりするのかもなー」

 さっきの真剣な表情はどこへやら、昴はすっかり子供のようにはしゃいでいた。確かに今年は去年より人が多かった気がするし、それだけ旅行か浸透して客が増えているということなのだろう。

「数年後っていうと、もう高校生とか大学生かあ。近いようで、まだいまいちイメージつかないね」

「大学生って考えるとまだちょっと遠い気がするな……俺たちまだ中学生だし」

「でも学生でも行けるくらいの身近さになってたら素敵よね」

「そうだな! お金持ちじゃなくても気軽に宇宙に行けるようになったら、夏休みとか冬休みとかの度に行くのになー」

「そんなに頻繁に行けるくらい安くなるのに数年で足りるのかしらね」

 気に入った場所には何回でも行きたいその子供みたいな発想に、ふふっと笑いがこぼれる。夢中になると子供みたいになるところも、昴のいいところだ。今日この後もこんな話に夢中になって語り合うのだろうと思うととても嬉しい気持ちになった。

 

 バスで駅に戻って、ファーストフード店に入る。センターまで出掛けた日は、ここでお昼を食べながら語り合うのが流れになっていた。中学生がちょっとお出かけしたときに食べるにもいい値段だし、長居もできる。夏休みということもあって学生でごった返しているが、なんとか二人掛けの席に着くことができた。

 周りをぐるりと見渡すと、あっちもこっちも学生カップルだらけだ。今まで気にしたこともなかったのに、今日に限

ってこの状況が気になってしまって仕方がない。きっと周りがそういう年頃になってきたから、そういうことを気にするようになってしまっているのだ。気にしないように、お昼を食べることに集中することにした。


 あっという間に時間は過ぎ、気付けば辺りはすっかりオレンジ色に染まっている。

「今日は楽しかった! 毎年同じイベントとはいえ欠かせないなー。来年もまた行くとして、再来週の約束も忘れんなよ!」

「わかってるわよ、ちゃんとカレンダーに書いてあるんだから」

「ならいいんだけどさ! じゃ、またな!」

 ニッと笑って踵を返して少しずつ遠くなっていく背中を、ぼーっと見つめ続けていた。結局あれから余計なことばかり気になって、昴の話は半分も頭に入ってこなかった。話が楽しくなかったわけではないのに、なぜか上の空になってしまっていた。

 昴はこんなわたしの反応を見てがっかりしなかっただろうか。つまらないと思いはしなかっただろうか。不安な気持ちと、次の約束が待ち遠しい気持ちとが混ざりあって、布団に入ってもずっと落ち着かなかった。

「寝て起きたら、再来週になっていたらいいのに」

 口にして、恥ずかしくなって布団に潜った。


 今日が夏休みで本当によかったと思った。あの後寝ようと試みたものの、寝よう寝ようと思うほどに眠れなくなってしまい、相当な夜更かしをしてしまった。今日は一日予定もないし、家でごろごろしていよう。昴は今日は部活だろうか……

 ハッと我に帰る。なぜ会う予定もない日に昴のことを気にしているのか。昨日からこんな調子で、自分が自分でないようでおかしな感じだ。眠いのかもしれない、はしゃぎすぎて疲れたのかもしれない。目が覚めたら再来週になっているように、と祈りながらもう一眠りすることにした。


 それから毎日、昴のことを考えて寝て起きて、時々宿題をして、なんとなく毎日を過ごしているうちに約束の日がやってきた。毎日学校で会っていたからなのか、次に会えるまでの二週間という時間がとてもとても長く感じられた。

 今日はペルセウス流星群が見られる日なので、夜になったら山の方に流星群を見に行く約束だ。約束の日だと思い無駄に早起きしてしまったが、実際に会うのは夕方からだ。時間までなにをしようと部屋の中をうろうろしていると、外から聞きなれた声で呼び掛けられた。

「おーい! 起きてるなら準備して出掛けようぜー!」

 窓から身を乗り出すと、既に自転車に乗った昴がこちらを見ていた。出掛ける準備などなにもしていなかったので、寝癖がついていないかとかそんなことを気にしてしまう。

「まだお昼前なのに、今から行ってどうするの!?」

「まあまあ、早く行く分には問題ないし! どうせ今から準備するんだろ? のんびり出掛けるにはちょうどいいだろ」

 持ち前のお気楽さ、もとい適当さを遺憾なく発揮している。これから準備するつもりだったのは事実だが。そこにいるということはもう昴の方は準備は終わっているのだろうし、急いで準備することにした。なにを着るかは前の晩にしっかり考えておいたので問題ない。急いで身支度を整えて家を出る。変なところがないか気になるけれど、待たせている人がいる以上は早く家を出る方が大事だ。

 

「ごめん、お待たせ!」

「全然待ってないし大丈夫! 俺が待ちきれなくて飛び出してきちゃっただけだしな」

「ならいいんだけど。一言連絡くれたらよかったのに」

「すぐ隣だし、この距離だと連絡するより来た方が早いだろ」

 それもそうだ、と笑い合って自転車を漕ぎ出す。今から山に直行しても一時間くらいで着いてしまうので、一旦駅に寄ってファーストフード店でお昼ご飯を買っていくことにする。

「お昼ご飯持って山に行くって、なんかピクニックっぽくて小学生に戻ったみたい」

「自転車でハンバーガー持ってピクニックに行く小学生がいるか」


 山に向かう途中、ベンチがある公園で休憩がてらお昼ご飯を食べる。本当は山についてから一息といきたかったのだが、一時間も経つとポテトがべちゃべちゃになってしまうという昴の意見で、途中で食べてしまうことにした。この時点でも既に水分を含み始めているが、一緒に外で食べるご飯というだけで格別においしい気がした。

 もくもくと食べて、また移動再開する。時計は十四時を指そうとしているところだった。

「今から向かえば十五時前には山に着きそうだな」

 寄り道した割には早い到着予定だが、ギリギリになってから急いで向かうよりはいいだろう。

 

 そこからわたしたちは目的地まで無言で、時々お互いの安全を確認しつつ自転車を漕ぎ進める。普段運動しないわたしが昴のペースに追い付くのはかなり大変だが、本人もそれを理解してくれているのか時々止まったりゆっくり走るようにしてくれている。昔はどんどん先に飛ばして行ってしまっていたのに、いつの間にかわたしに合わせて移動してくれるようになっていたのだと、今更になって気付いたのだった。

 

 運動が苦手なりになんとか目的地にたどり着いたときには、十五時を少し過ぎていた。

「予定よりちょっとかかっちゃったね、わたし、漕ぐの遅くて」

「そんなことないって。そもそもこの時間でも全然早いんだし、急ぐこともなかったよ」

「確かにまだ早いと言えば早いわね、どうする?」

「ひとまず自転車置いて、登るだけ登っちゃおうか」

 山と言っても小高い丘のようになっていて、公園のようにある程度整備されている。ただ駅や住宅街からは少し遠いことと、公園というほど遊ぶスペースもなく緑が生い茂っているのであまり訪れる人は多くない。中学に上がって自転車を手に入れてから一緒に来るようになった場所で、秘密基地みたいだとときめいたのも記憶に新しい。

 特に奥の方に行くと人が本当に滅多に来ないスポットがあって、何度来ても二人だけの秘密の空間のような特別感がたまらなく良い。シートを敷いて虫除けスプレーを振り撒いて、座るスペースを整える。

 

 「よいしょっと」

 シートに二人並んで横になって空を見上げてみる。夕方と言えどまだ明るいので、目がちょっとチカチカする。二人だけしかいない空間を意識したら、突然緊張してきた。何を話そうか話題を探していると、昴の方から話しかけてきた。

「心はさ」

 いつになく真剣なトーンで、鼓動が一層速くなる。もしかしたら聞こえてしまっているのではないかとさえ思った。

「進路とか、どうするの? まだ二年生だーとか思ってたけど、夏休み終わったら本格的に考えなきゃいけないんだよな」

「進路……」

 まだ先のことだと、なにも考えていなかった。ただぼんやりと、ずっと変わらず昴と通学できたらいいなと、そんなくらいしか考えていない。

「そ、進路。俺そんな勉強できないしさ、スポーツ推薦とか狙うのがいいのかなって先生と話してたんだけど、心はどうするのかなーって」

「わたしはまだなにも……ただ、昴と同じ高校に行けたらいいかなって、本当にそのくらいしか」

「俺もそう思ってたんだけどさ、スポーツ推薦だと学校限られちゃうから心の行きたい学校がなかったらどうしようって思ったんだよね」

「どこに行きたいとか行きたくないとか、全然考えてなかったし、自分が無理なく行けるレベルでいいかなって思ってた。スポーツ推薦あるところ、先生に聞いてみようかな。その中から選べば同じ学校行けるもんね」

「おう! よかったー、どこか決まってて全然違う学校だったらどうするかと思ったわー」

「どうしてそんな女子みたいなこと言うかね君は」

「俺は人見知りだから一緒に通学できる人がいないと馴染めなくて死んじゃうんだな~」

 泣き真似をしながらチラチラとこちらを見てくる。まったくどの口がそんなことを言うのやら。でも、今までみたいにずっとこの生活が続いていくとばかり思っていたから、バラバラの学校に進学する可能性もあることは一切想像していなかった。

 ともあれ一緒の学校に行けそうでひと安心だ。もしかしたら、バラバラの学校に行ってバラバラに登校して、それぞれの友達ができて恋をして……別々の人生を歩んでいくことになっていたかもしれない。胸の奥がチクリと痛んだ気がした。

 

 すっかり辺りは暗くなって、予報時刻も間近に近付いていた。今か今かとそわそわしながら少しずつ点っていく星の光を目で追った。流星群予報時刻の午後八時。スッと光る線が走った気がした。

「今光った!?」

「えっどこ!?」

「あっちあっち! ほらまた!」

「ほんとだ! また光った! 始まったんだな!」


 どんどん増えていく光と、流れていく星たち。流星群のときでも、流れ星は願いを叶えてくれるのだろうか。空一面を覆うほどの流れ星に、わたしはそっと願いを三回唱えた。

 

「心は願い事なにかした?」

「流星群のときでも有効なのかな、あれって」

「有効なんじゃない? ずっと流れ星が光ってるから願い事唱えやすいし、ボーナスステージみたいなもんだよきっと」

「なんかありがたみないなぁ。逆に昴はなにお願いしたのよ?」

「俺が行ける学校の中に、心が行きたい学校があるようにって! あと高校受験受かりますようにって今からお願いしといた!」

「欲張りだし今からお願いするには早くない?」

「ちゃんとどっちも三回唱えられたからいいんだよ。で、お前は?」

「わたしは、昴とこれからも一緒にいられますようにって」

「なんだ、そんなことならお願いしなくたっていいじゃん。同じ高校に行って家も隣なら、変わらず一緒にいられるだろ」

「うん……そうだね」

「また次の流星群も、その先もずっと、一緒に見に来ような」

 自分でお願いしておきながら、一緒にいたいと本人に面と向かって告げてしまっている状況はとても恥ずかしい。本人はそれほど気にしていないどころか当たり前のような顔でいるので、わたしも気にすることはないのだろうが、一度気になってしまうとそうもいかないのだった。

 これで夏休みの大イベントが終わってしまった寂しさと、朝から一日中出掛けていた疲れとが相まって、帰路はほぼ無言だった。純粋に夜遅いとかそういう理由だったのだろうが、恥ずかしさで微妙な空気を作り出してしまったために勝手に気まずさを感じていた。

 今までは二人きりでも無言でもなんとも思わなかったのに、最近どうにも変な感じだ。家に着いてからも、二、三言交わしてそそくさと部屋に戻ってしまった。また今日も眠れないような気がした。

 

 夏休みの残りはもう予定もなく、前半に遊び呆けすぎたせいで溜まりに溜まった宿題を片付けるのに必死だった。期間が長い分、量も多くて、もっと早く手を着けておくべきだったとひどく後悔した。みっちゃんもアキも部活が忙しくて宿題が進んでいないようで、時々家に集まってひたすら宿題を教え合ったりもした。進み具合は微妙だったけど、愚痴をこぼしてジュースを飲みながら友達とやる宿題は、少し楽しい気持ちになれた。

 昴はちゃんと宿題やれてるだろうか、部活が忙しくてまたわたしに泣きついてくるんじゃないだろうかと、時々幼馴染みの宿題の進捗に思いを馳せたりもした。彼の宿題が終わらないのはいつものことなので、今回も特別に見せてあげようと張り切って宿題を片付けておいた。

 

 夏休み明け、ほんのり秋っぽい空気が漂うようになった頃だった。無事終わらせた宿題を見せてあげようと準備までして学校に行ったのに、結局一日昴と会えなかったのでちょっとブルーな気持ちになった。

 流星群の日からずっと昴に会っていない。もう予定もなかったし、昴も部活で忙しいだろうとは思っていたが、ここまでまったく音沙汰がない日が続くとさすがにさみしいものだ。

 仕方なく踵を返して家に帰ると、お母さんが妙に真剣な表情をしていた。

 

 

 昴が、死んだ。

 

 あまりに唐突過ぎる出来事を、理解することができなかった。確かに今朝は一緒に登校しなかったけれど、休み明けで寝坊したのかとばかり思っていた。そもそも、つい二週間くらい前まであんなに元気だったのに、突然死ぬなんて、理解できるわけがなかった。

 これから通夜に行くというお母さんを見送って、部屋でただ呆然とするしかなかった。これはきっと悪い夢で、目が覚めるとまだ夏休みは終わっていないのかもしれない。そう思い、祈るように、すがるように目を閉じて眠りに就いた。

 

「……ろ、こころ、起きて」

「ん……」

自分を呼ぶ声で目を覚ますと、そこには黒い服に身を包んだお母さんがいた。

「心、ちゃんと聞いてね。明日、昴君の告別式があるから、朝から参列するのよ。学校はお休みするって、お母さん連絡しておくから。服は学校の制服でいいから、ちゃんと起きて着替えるのよ? 突然のことだし、仲良くしていたあなたはとても辛いと思うけど……ちゃんと式でお別れしましょう……」


 最初、何を言っているのかよくわからなかった。わたしが寝ぼけているのか、お母さんが悪い冗談を言っているのか。しかしそれはどちらでもなく、寝る前の現実が継続しているだけなのだった。

 昴はやっぱり、死んでしまった。まだ信じられないけれど、これはもう紛れもない事実なのだと突き付けられているようだった。

 

 お母さんに言われるままにもう一眠りして、翌日は学校を休んで告別式に参列した。久しぶりに見た昴は、いつも通りの笑顔の写真なのに、本物は冷たくて、もうわたしの知ってる笑顔じゃなくて、これももしかしたら偽物なのかもしれないと、そんなことを思った。

 昴のお母さんも、お父さんも、弟の翼君も、クラスメイトもみんな泣いていた。けれどわたしは、なぜか涙が出なかった。だって、昴が死んだなんて、昴の姿を見てもまだ、信じられなかった。

 

 式の終わり頃に、今日は火葬は執り行わず、別の日にまたお葬式をする旨がアナウンスされた。そのあと昴のお母さんが一人ひとり個別に回ってお葬式の話をしているようだった。

「心ちゃん」

 お母さんも昴の家族と話しているしどうしようかとキョロキョロしていたら、突然呼び止められた。

「昴のお母さん……」

 痛々しく泣き腫らした目で、でも精一杯微笑んで話しかけてくれる姿が余計に痛々しさを増していた。

「今まで昴と仲良くしてくれてありがとうね。お葬式ね、来週の水曜日にあるの。よかったら心ちゃんも来てあげて……きっとあの子も喜ぶわ」

「はい、わかりました……」

「ありがとう……じゃあ、お母さんに詳しいことお話ししておくわね。じゃあおばさんまだやることがあるから、戻るわね」

 そう言ってまた別の人に話しかけては、お葬式の説明をしているようだった。わざわざ告別式と分けるなんてどんな意味があるんだろう。なにか特別な事情があるのだろうか?

 

「心! 待たせてごめんね、終わったから、お家に帰りましょうか」

 こうして家に帰ったわたしは、特別に次の水曜日まで学校を休むことを許可された。お母さんが、昴君とお別れするまでゆっくり休みなさい、と言ってくれた。

 最初こそわたしは、そんなに気を遣わなくても大丈夫なのに、と思っていたけれど、一日一日時間を重ねるごとに辛い気持ちが押し寄せてきた。毎日寝て起きる度に、昴がいないことの実感がわいてくる。最初は流れなかった涙も、どんどんどんどん溢れてくるようになっていた。一日部屋から出ない日もあったし、一生分泣いて涙が枯れてしまうんじゃないかと思うほど泣き続けた日もあった。

 流れ星が流れてる間に三回願いを唱えれば叶うなんて、そんなの嘘だったのだ。本当に願いが叶うなら、昴は今日も元気に窓の外からわたしのことを呼んでくれるはずなのに。昴の死は、まるで鈍器で後頭部を殴られたかのように、理解できない一瞬の出来事がじわじわ波紋を作って鈍い痛みを広げていった。

 

 

 ―あれからあっという間に一週間が過ぎようとしていた。突然すぎる死を少しずつ受け入れるごとに辛くなってくる思いは留まることを知らず、結局泣き腫らした目でお葬式に参列することになってしまった。



 昴はもう、余命の長くない病気だったのだそうだ。二年生に進級してから程なくして見つかったそうで、進行が早い割に症状が薄く、見つけた頃には手遅れなことが多い病気だという。

 既に進行している病気をギリギリまで隠してわたしと会っていたのだと、昴のお母さんは言っていた。体の内側で急速に進行する病気なので、傍から見ても気付かれることは本当に少ないらしかった。

 事実、わたしは昴が死の淵に立たされていることなど微塵も気付くことができなかった。わたしと流星群を流星群を見に行った次の日からは家で養生していたようだが、夏休み明けを目前に控えて病状が急激に悪化し、緊急入院の末に亡くなったのだそうだ。

 

 あの日、余命が長くないことを知りながらあんな話をしたのだとしたら、とんだ意地悪だ。これからもずっと一緒にいられると思っていたのに、もう一緒にいられなくなることすら教えてくれなかったなんて。また溢れてくる涙を必死にこらえつつ、お母さんとお葬式の会場に向かった。

 

 

 お葬式の会場に着いて、わたしはひどく驚いた。夏休みに昴と一緒に来た開発センター。お葬式で、ここに連れてこられるとは思ってもみなかった。

 あの日の発射台と、観客席と、同じような場所の区切り方。呆気に取られていると、昴のお父さんがマイクで喋り出した。

「皆様、本日は息子、昴のためにお集まり頂いてありがとうございます。告別式とは別の、平日の日程にも関わらずこれだけたくさんの方に参列頂けて、きっと息子も喜んでいると思います。今日ここにお集まり頂いたのは他でもなく息子の葬式ですが、息子の生前の強い希望で火葬ではなく宇宙葬という形で執り行わせて頂くために、この場にお集まり頂いた次第です」


 宇宙葬。遺骨を宇宙に飛ばすここ数年で徐々に人気が出ているお葬式。一言に飛ばすと言ってもいろいろ種類があるらしいが、詳しいことは知らない。

「目の前の発射台の衛星部分に息子の遺骨を積んで頂きました。この衛星は地球上の軌道を何年か回り続けた後で、最後に流れ星になって帰ってくるのだそうです。これから息子の昴は宇宙に旅立つことになりますので、生前懇意にしてくださった皆様にはぜひ、無事帰ってくることを祈って旅立つ息子を送り出して頂けたらと思います」

 声が震えていたが、昴を送り出すという強い意思をもった力強い喋りだった。その決心に対してか、周りから控え目ながらも拍手が巻き起こった。

「それでは、旅立ちのカウントダウンが始まりますので、どうぞよろしくお願い致します」

 お父さんが喋り終わると、最近聞いたばかりのカウントダウンの音声が響いてきた。


発射一分前……三十秒前……十、九、八、七、六、五、四、三、二、一!


 ものすごい音と共に、昴を乗せた衛星が飛び立っていった。巻き上がる砂埃に負けないように、飛び立っていく様子を必死に目に焼き付けた。これで本当に昴とお別れなのだと思うととても悲しいはずなのに、二人で夢見続けてきた宇宙に先に旅立たれてしまったことがとても悔しかった。


 「心ちゃん、来てくれてありがとうね。本当は二人でよく遊びに来ていたところだと聞いていたし、呼んでいいものかどうか迷ったんだけれど……あ、これね、昴に万が一のことがあったら、心ちゃんに渡してくれって頼まれたの。心ちゃん宛の手紙よ。中身は見てないから、お家に帰ったら見てあげてね」

「ありがとうございます……大事にします。昴……どうして教えてくれなかったんだろう……」


 心の奥底からの疑問が、ぽつりとこぼれてしまっていた。

「あの子ね、心ちゃんに悲しい顔させたり心配かけたくないって、最後まで笑って楽しく過ごしたいって、だから黙っててくれってわたしたちも頼まれてね。ごめんなさい、隠すつもりはなかったんだけど……勝手かもしれないけど、あの子の気持ち、わかってあげてくれたら嬉しいわ……」

「はい……わたしもきっと、逆の立場だったらそうすると思います。ただ、わかってたらもっとたくさん、遊んだりできたのにって、ちょっと悔しいです……」

「そんな風に思ってもらえるだけで十分よ、本当に今までありがとうね心ちゃん。昴はもう旅立ってしまったけれど、また時々遊びに来てね」

「おばさん……ありがとうございます、また遊びにいきますね」


 わたしは手紙を握り締め、母の運転する車に揺られながら手紙を開いた。



 ―心へ

 突然いなくなってごめんな。ずっと一緒にいるって言ったのに。

 最初に病気が見つかったときはパニックだったし、なにより心にどうやって接したらいいか本気で悩んだよ。

 でも悲しい顔させちゃうのは嫌だし、俺といるときはずっと笑っててほしいって思ったから……結果的に隠すことになっちゃって申し訳ないと思ってる。

 もしかしたらこれを読んでいる心は、黙っていたことを恨んでいるかもしれないし俺のこと嫌いになってるかもしれないけど、俺はずっと心のことが好きだし、気持ちはずっと一緒にいると思ってるよ。

 母さんから打ち上げのこと、聞いたか? リアル「空からいつでも見守ってる」って状態だよな、すごいよ。

 あとほら、ポチ。死んだら星になるなんて嘘だって言ってたけど、衛星が落ちるときに流れ星になれるんだって。

 俺が流れ星になって落ちるとき、また同じお願い、三回唱えてくれたら嬉しいな。真面目に書くと恥ずかしいな。

 あー、せっかくだし生きてる間に宇宙に行きたかったな。死んでから長年の夢が叶うなんて皮肉だよ。

 でもお先!ってことで、心もちゃんと宇宙に行く夢叶えてくれよな!

 昴より―

 

 

 最後の方はもう、視界も手紙も涙で滲んでぐちゃくちゃになっていた。

 

「どうして……先に行っちゃったの……うぅっ……」

 涙は止まることを忘れてしまったかのように、いつまでもいつまでも流れ続けた。

 

 わたしのこの気持ちが恋だと気付く頃には、なにもかもすべて、手遅れだった。

 

 

 あれからまたしばらく学校を休んでみんなにはかなり心配されたが、それなりに過ごしている。どこにいても軌道上のどこかを昴が漂っていると思うとまだ近くにいるよう気がしたし、昴が言っていた通り、リアル空から見守ってる状態だって思ったら、少しおかしくて笑ってしまうくらいには元気になった。

 昴らしい、精一杯の表現だったのだろう。これから先、もっと技術が発達したら、宇宙を漂う昴に会いに行けるかもしれない。

 この先の人生は、昴にもう一度会うために費やしていくと決めた。ただ待っているだけじゃない、曖昧だった進路も決めて、開発センターに就職するために勉強するつもりだ。いつか自分の手で宇宙に行ける道を切り開いて胸を張って昴に会いに行こうと思う。

 

 憧れた宇宙でもう一度再会するために、この手で星を捕まえるために、今日も昴の輝きを追い掛けて生きている。

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