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春秋冬

作者: 黒尾 夏

今回はネットの三題噺のお題を出してくれるサイトからお題を持ってきました。

お題は、『雪』『ストーブ』『女』でございます。

 夏は嫌いだ。


 茹だるような暑さが嫌いだし、クーラーと扇風機を動かすために係る電気代も馬鹿に出来ない。冷やし中華だって、そこまで好きではないのだ。

 夏という単語を聞いただけでも寒気立つ。


 対照的に冬は好きだ。

 クリスマスの華やかな雰囲気が好きだし、何よりチラチラと降る雪には、年甲斐もなく心を躍らせることが出来る。

 大晦日に鳴り響く百八つの鐘の音を聴きに行ったこともあったし、年が明ければ、おせち料理を食べながら見る箱根駅伝だって、数少ない娯楽の内の一つである。


 だというのに。


 蝉の鳴き声が引っ切り無しに聞こえてくる。

 もう少しでいいから、冬の妄想に浸らせてくれ。

 そんな私の細やかな願いですら、七日しか生きていけない蝉にとっては“くだらない”願いなのだろう。

 ジィジィと叫び声をあげて、精一杯鳴いている。自分の短命さに泣いているのかもしれないけど。


 暑い、暑い。

 堪らず右手を使って扇ぐ。僅かばかりの風しか来ないけれど、こういうのは気休めなのだと知っている。

 クーラーはつけない。なんだか、夏に負けた気がしてならないからだ。


 そう言えばあれはいつだったっけ。

 当時高校生だった私には、付き合っていた男子がいた。付き合っていると言っても遊びのようなもので、たまにするデートと言えば、高校生の小遣いで行けるような水族館であったり、安っぽいファミリーレストランが限界であった。

 それでも私たち二人はそれなりに楽しめていたし、決して詰らなくは無かったと、思う。少なくとも私は。


 ただ、彼の方が詰らなかったらしい。


 私たちは別れた。交際期間、実に七か月という長い期間のもと、二人でよく考えた末の結果であった。


 最後に彼が渡してくれたものは、今もベッドの脇の机の上に乗っかっている。

 小さなスノードーム。雪を模したパウダーが、真ん中にちょこんと立っているサンタクロースの上に降り積もる。

 おじいさん、寒くないの?

 語り掛けても答えは返ってこない。当たり前だ。


 ああ、そうだ。はたと思い出す。


 あれは、夏の日の出来事で、だから私はこんなにも夏が嫌いなのかと。


 夏にスノードームって、と笑った記憶がある。思えば彼は、夏でもストーブを出しっぱなしにするくらい季節に無頓着な人だった。

 私はこんなにも、季節一つにイライラしているというのに。

 そんな彼が無性に恋しくなって、そんな彼がとても羨ましかった。


 夏は嫌いだ。

 大好きだった彼と別れた季節だし、何より、蝉がうるさくて敵わない。熱さで脳もアイスも溶けてしまいそうだし、外で遊んでいる子供たちの声すら煩わしい。


 白いベッドのシーツに、一点の黒い染みが出来る。


 これだから夏は嫌いなんだ。


 私はよいと声を掛けて起き上がる。そして寝ぼけ眼で辺りを見回すと、机の引き出しを漁った。中から取り出したのはカレンダーだった。

 そのまま八月のページを開いて、三十一日の枠に斜線を引く。


 私の中から、夏が消えた。


 ざまぁみろ。


 小さく笑ったその声は、きっと震えていたんだと思う。


 外では、短い寿命を終えた蝉が、暑さで熱されたコンクリートの上に落ちていた。


 秋、冬、春。次はきっと、秋が嫌いになる。


 ああ、夏が嫌いだ。来なければいいのに。


 来てほしく、無かったのに。

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