第一章六曲目 深紅
研究所から中心街までは一時間ほど着くということで舞桜はメモ用紙に書かれていた内容をリリィに教えてもらっていた。その間メイナとネーナはトランプをしたり指遊びをしたりしていた。
「まあ、こんなとこだろうか。理解してもらえたか?」
「ああ、助かったよ。サンキュな」
「それにしてもどうして訊くのが私でなくてはならなかったのだ?メイナの方が仲が良いだろうに。い、いや、別に嫌だったわけじゃないんだがな……?」
リリィの最後の言葉は小さめの声で少し照れたようすだった。舞桜は照れている原因がわからないのでそのまま話を進める。
「いや、単にメイナもネーナもお子さまなところがあるからリリィが一番確実だろうと」
「ちょっと、舞桜!?聞こえてるんだからね!?」
メイナが怒り顔で舞桜を怒鳴った。舞桜は悪い悪いと平謝りすると頬を膨らませたメイナから貨車の後方に視線を移す。
馬はかなりのスピードで足音を立てながら一定のペースで走っている。貨車の乗り込み口から見える大地は手前から奥へと流れているように見える。その流れの早さが移動速度を物語る。
アリスに頼まれて出てきたはいいものの中心街がどんなところかもわからないし日本と同じようなシステムで買い物できるかもわからない。そう思うと尚更天使たちの存在は心強い。
「ん、そろそろのようだな。よしみんな、降りる準備をするぞ」
「ふぁーい!」
リリィの号令でネーナが無垢に笑い手を挙げた。舞桜もその号令に反応し荷物をまとめ始めた。
馬の速度がどんどん落ちていく。大地の流れが穏やかになっていく。やがて、石すらもはっきりと黙視できるようになり、ゆっくりゆっくり静止する。
四人は貨車から降りて辺りを見回して自分達の位置を確認する。
降り立った場所はかなり大きめの門の前だった。舞桜はその大きさと衛兵の多さからここが正門なのだと確信した。門は既に開いており中心街の賑わいが外までしっかりと聞こえてくる。
四人は馬車を小屋に停めると正門をくぐって賑わう日曜の中心街に溶けた。
「えと……電化石ってありますか……?」
「おう、あるよ!こいつだろ!」
がたいの良い店主は右手で黄色に輝く石をひとつ手に取り舞桜に差し出した。
舞桜はそれを受け取ると石の熱と輝きに心を奪われていた。
「すげぇ、綺麗……」
「そりゃそうだ。うちの石は市場に出回ってる中の最高級のもんを仕入れてんだ!兄ちゃん見るめあんなぁ、ちょっとまけてやるとすっか!」
「ほ、ほんとか!?」
舞桜は店主の気前の良さに更に目を輝かせて石を握りしめた。
「そんじゃあまけて二万四千ラークでどうだ」
舞桜はラークという貨幣の単位がわからないが数字をそのまま日本円にしてしまうと洒落にならなさそうなので念のためリリィにアイコンタクトを送る。
「いいんじゃないか。これだけの石だ。さぞ長持ちするだろうし二万四千ラークなら普通に買うより安いはずだ。」
リリィの後押しを貰えたので舞桜は安心して店主にお金を手渡した。
「まいどありぃ!」
舞桜はアリスに頼まれていた品を全て買い終えるとじゃれ合うメイナとネーナに目をやった。
「この街は遊ぶとことかないのかよ。ほら、ボウリングとかカラオケとかさ」
「うーん、ボウリングとかなんとかというのはよくわからんが全くないことはないぞ」
どうやらこの世界にはボールを投げてピンを倒したり個室で歌ったりする習慣がないらしい。何とも寂しい世界だ。
「例えばそうだな……眼投、というものがあるぞ」
「ガントウ……それどんな字かくの?」
リリィはメモ用紙の裏側にささっと字を書くと舞桜に見せた。
「って眼ぇ投げんのかよ!?」
「ああそうだ。意外と面白いぞ、やるか?」
舞桜はぞっとして首を横にぶんぶん振る。リリィは悲しそうにそうか、と眉をハの時にした。
リリィはすぐに表情をもとに戻してメイナとネーナのじゃれ合いを声で止めた。
「よし、日が落ちる前にそろそろ帰ろうか」
メイナとネーナははーいと昼と変わらない元気っぷりで返事をすると走って正門に向かった。
今日は舞桜メインというのはしっかり守れたがサポートについてくれたのはリリィだけだった。メイナとネーナはずっと舞桜たちの後を追いながら遊んでいた。
「なぁ、お前らサポートしに来てくれたんじゃなかったのかよ。ずっと遊んでたじゃないか」
「そうかな?私たちはちゃんと舞桜が変なことしないように見張ってたのよ?」
「とても見張ってるようには見えなかったが?そこんとこどう説明するんだ?」
「決まってるわ。あからさまに監視してたんじゃ舞桜も買い物しにくいでしょ?だから遊んでる風に見せてたのよ♪」
メイナは得意気に堂々と言ってみせた。横でネーナもうんうんと頷く。
「納得いかねぇ」
「まあまあ、二人とも可愛いからいいじゃないか」
「それ関係ないよねぇ!?」
リリィさえもメイナの味方をし始めて舞桜はいよいよ諦めてしまった。
四人は馬小屋に戻ると、自分達の馬を連れ出して貨車に乗り込んだ。
「今日も任務達成だな。じゃあ研究所まで頼むぞ、エリザベス、ナイトメア」
二頭の馬はリリィの呼び掛けに答えるようにゆっくりと動き出した。
帰りは行きと同じような速さではなかったから舞桜も異世界の景色を十分に楽しめた。
相変わらずメイナとネーナはじゃれ合っていた。しかしその動きがピタッと止まった。そして表情も楽しげだったはずが真剣な顔つきになっている。
「ん?どうした?」
「何だろう……何か……来る?」
ネーナは低い声で呟いた。舞桜は立ち上がって貨車の窓から外を見渡す。異変はない。
「何もないけど……」
そう言って後ろを振り返った瞬間貨車が大きく揺れて転倒した。四人は悲鳴を上げながら貨車の中を転がった。そして大きな衝撃が貨車を襲い遂に貨車は粉々に砕け散った。
貨車から放り出された四人は草原に体を打ち付けて数メートル転がり続けた。
「いってぇ……なんだってんだよ……」
舞桜は草原に倒れた体を起こして辺りを見回す。天使たちもなんとか生きているようで少しずつ立ち上がっているのが見えた。
「みんな大丈夫か!?」
リリィは怒鳴るような大声で三人に呼び掛けた。
「大丈夫よ!でもどうして……!」
メイナは返事をすると粉々になった貨車の方を見た。煙が立ち込めていてしっかりとは見えないが二頭の馬もその近くに横たわっているようだ。
「ふふふ……いい様ね。天使」
どこからか四人を嘲笑う声が響く。四人は完全に立ち上がると武器を手にして全方位を警戒した。
「そんなに警戒しなくてもいいのよ。私はこーこ」
煙が少しずつ晴れていく。そこに一人の人影があった。
その影は歩いて舞桜たちに向かってきていた。煙からその姿を現すと綺麗に整った口角を上げた。
「私の名はパルメ・インドロン。あなたたち天使を殺すべくゼウスコーポレーションから派遣された者よ」
パルメと名乗った女は深紅の唇を舌で舐めると細くつり上がった目で四人を眺めて嘲笑う。
「さて、天使ちゃんたちにはここで死んでもらうわ……覚悟なさい」
語尾に殺意を込めて腰に帯びていた二本の和刀を抜刀した。
その刀は天使の姿を反射していた。しかし反射した刀に舞桜の姿はなかった。