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イヤホン戦争  作者: しえる
第一章 両世界編
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第一章五曲目 馬車

 「それで?こっちの世界での俺の身柄はどうなんの?」

 「それは舞桜くんが決めてくれればいいさ。私たちは君の望むことを叶えようと言っているのだから。」


 舞桜は肘をついて考えた。ある程度軍資金を貰ってひとりで生きていくというのも手だとは思ったがただの高校生がまともな仕事を見つけられるとも思わないし第一この世界のことが何一つわからない。出るならばここで色々と知ってからの方がいいだろう。


 「ここで居候させてもらうってことはできたりします?」


 アリスは大きく頷くと他の三人も舞桜を笑顔で見つめた。


 「よし、じゃあ改めて。異世界から来たってことになるのかな、春海舞桜です。よろしく!」

 「よろしく」


 舞桜が元気に自己紹介をすると背後から掠れたおぞましい声が聞こえた。


 「うぅわ!なんだぁ!?」


 舞桜は驚きのあまり椅子から飛び退いて膝を机にぶつけた。

 舞桜が振り返るとそこには舞桜と同じくらいの背丈の使徒に似た黒い体があった。目も使徒と似て丸い赤色をしていた。そのルックスに舞桜は背筋が凍ったがすぐにそれは解消された。


 「やあ、イフリート。もう起きて大丈夫なのか?」


 アリスが当然の事のように使徒に話しかけた。それに使徒も当然のように答える。


 「ああ。お客さんが来たのなら尚更だろう。いや、もうこいつはお客さんではなく家族だな」


 使徒はそう言いながら舞桜に視線を向けた。


 「え、え……お前って使徒……なの?」

 「潰されたいのか小僧が。私は使徒を統率していたもの。つまり死神だ。あんな奴等と一緒にしてもらいたくないものだな。」


 使徒かと思っていたのは死神らしくその反論は少し口調に怒りを含んでいた。舞桜はあの使徒のトップが目の前にいると思うと再びぞっとする感覚に襲われた。


 「大丈夫よ、舞桜。彼はもともとはこんな見た目じゃないし彼は作られた死神だから死神としての力を持ち合わせてはいない。むしろ他の死神を忌み嫌ってるわ。」


 舞桜はメイナの発言にも不思議そうに首を傾げた。


 「一から説明した方がいいんじゃないか。こいつ相当脳内わちゃわちゃになってるぞ」


 リリィの提案にアリスはそうねと頷く。


 「何か訊きたいことがあれば聞くわ」

 「訊きたいことまみれなんだが……えとじゃあ……こいつが作られたってのは?」

 「そのまんまの意味よ。私が死神について研究してるからそのために彼、イフリートを作ったの」


 アリスが言うにはイフリートは以前王国防衛戦という戦いで命を落としたらしい。その遺伝子やらをアリスが独自で持ち帰り複製したのが今のイフリートだ。


 「死神って人間の敵じゃねぇの?いや、偏見だけどさ」

 「死神の中にも人間派と反人間派がいるのだ」


 アリスが答えるより早くイフリートが話に割って入った。


 「王国防衛戦では俺は王国側で戦っていた。俺以外の死神勢はイヴとシヴァとイザベルだ。敵の死神はヘラとハデスとルシフェルだった。そこで王国側の死神は全滅。敵の死神はルシフェルしか倒せなかったのだ。」


 イフリートは辛辣そうに語った。結果だけを端的に述べてくれたがまだ言い尽くせない経過が山ほどあるのだろう。舞桜は全部聞いてやりたいところだったが今は死神に訊くべきことがあった。


 「お前は……俺のいた世界の死神とは無関係なんだよな?」

 「それはもちろんだ。誰があの使徒たちを統べているのかは知らんがな」


 使徒はころっと表情を変えてきっぱりと答えた。アリスは二人の会話に区切りがついたのを見計らうと口を開いた。


 「それで……君を正式にうちの家族にしたいと思う。いいかな?」

 「あぁ……!」


 舞桜は力を、決意を込めて頷いた。


 「それじゃ、改めて我がラボへようこそ。私たちは君を歓迎するよ。春海舞桜君。」

 「はい、よろしくお願いします」


 舞桜はかしこまって頭を下げた。これは敬意を表しての一礼ではなく覚悟を決めるためのものだった。


 そう、この異世界で生きていくこと、戦っていくことを決めた覚悟だった。





 「とにかく疲れたろう。今日はゆっくり休め。リリィ、舞桜を部屋に案内してくれないか?空いてる部屋があったはずだ」

 「承知した。それでは行こうか、舞桜」


 名前を呼ばれて舞桜は立ち上がって階段に向かうリリィに着いていった。


 「なぁ、いっこ訊いていい?」


 舞桜の前に階段を上がるリリィのミニスカートから伸びる脚に目を奪われる。舞桜はそれを隠すように問いかけた。


 「どうした?何でも遠慮なく訊いてくれ」

 「メイナがな、ミカエルの使いだって言ってたからリリィ……さんも誰かの使いなのか?」


 呼び捨てにしていいかわからず思わずキョドってしまった。普段から人と話さない舞桜なのに突然こんな美少女と話すなんて焦りしかない。


 「私は大天使ラファエル様の使いだ。それに私のことはリリィと呼んでくれて構わない」


 舞桜は呼び捨てが認められて嬉しさを感じるとともに気恥ずかしくて頭を掻いた。


 「ちなみにネーナは大天使ガブリエル様の使いだ。三人の大天使様たちはもとから仲が良くいらしたものだから私たちもすぐ打ち解けあえたさ。」


 舞桜は三人の仲の良さにそれで合点がいった。しかし三人ともこうして初対面の舞桜にもここまで親しく接することが出来るのだからもともとのコミュ力は高いのだろう。


 「さあ、今日からここがお前の部屋だ。好きに使うといい……ちなみにメイナの隣の部屋だぞ」

 「最後の情報要りましたかねぇ!?まあでもありがとよ!」


 リリィは今までにない悪戯っぽい笑顔をしてみせると部屋に舞桜を招き入れた。


 部屋は六畳程度の大きくも小さくもない部屋といった感じで照明もそれなりに明るかったし空調も設置されていた。


 「これくらいだと家賃六万は軽く越えるな……」

 「六万、とは何の数字かわからんが家賃はいらないぞ?その代わり家事とかの手伝いをしなければならないがな」

 「え、そんなことするだけでタダ住みさせてもらえるの!?」


 舞桜は驚いてリリィを見るとリリィは「ああ」と軽く返事をすると勝ち誇ったように腕を組んだ。


 舞桜は部屋をざっくり見終えるとリリィが運んできてくれた布団を北向きに敷いてみたり南向きに敷いてみたりした。

 結局北向きで落ち着いた舞桜は階下へ下りてそのままアリスの家事を手伝っていた。


 「舞桜は食器洗いが好きなの?」

 「好きっつーかお袋があかぎれとかしやすい体質だから食器洗いだけはよくやってたんだよ」


 へーとメイナは舞桜の洗い裁きを意外そうに眺める。

 舞桜の家は基本的に母子家庭で舞桜の父は単身赴任などが多くほとんど家にいない。舞桜自身は父のことが好きだったから父が帰ってくる日をいつも心待ちにしていた。にも関わらずこの日に限って舞桜は家にいない。今日が父の帰宅日だったというのに。


 舞桜は今頃両親が心配してるんだろうなと不安に思いながら異世界での時間を過ごしていた。しかし、もう決めたことだ。あとには引かない。そう決めたのは舞桜自身だ。


 もとの世界でのことを思い出していた舞桜の注意をアリスが手を叩いて引いた。


 「四人とも中心街に行って買い出しを頼みたいんだがいいか?」


 アリスが大きめの声で四人に呼び掛けた。舞桜は流しっぱなしにしていた水を止め、メイナは手をブンブン振って水気を飛ばし、リリィとネーナは丁度畳み終わった衣服を一ヶ所に固めた。

 アリスは四人の行動に言外の承認を確認すると小さなメモ用紙を持って舞桜のもとに歩いてきた。


 「これが買ってきてほしいものだ。これから舞桜だけで行ってもらうこともあるかもしれないからサポートはつけるが基本は君メインで頑張ってくれ」

 「お、おう!」


 舞桜はメモ用紙に書かれた今まで見たことのない単語を目にした。まだ「牛乳」や「砂糖」はわかるのだが「調整魔法瓶」や「電動結晶石」などの見慣れない単語があった。


 「よし、とりあえずどんなもんかわかんねぇけど移動中とかにでも訊いとくか……」


 舞桜はメイナに連れられて研究所を出ると二頭の馬にロープで四輪の大きな貨車が繋げられていた。


 「おお、なんだこれ!これに乗ってくのか?」

 「そうだ。我がアーサー家で育てた馬だ。手前の金色の毛並みのやつがクイーン種のエリザベス。奥の黒いやつがジョーカー種のナイトメアだ。」


 舞桜は名前を聞き更にその目を輝かせた。親には悪いが暫くはここで楽しませてもらう。そう心で呟いた舞桜は三人の天使に続いて貨車に乗り込んだ。

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