第一章四曲目 笑顔
「ねぇ、太ももくすぐったいんだけど」
「んなこと言ったってしゃねぇだろ、おんぶってこういうもんだし」
「とか言って今喜んでるんでしょ。女の子の太もも触れて喜んでるんでしょ」
図星を突かれた舞桜は言葉を失った。その様子に少女はため息をつく。
「まったく…なんで男の人ってこんな人ばっかりなんだろ。……まあでもキミならいいかな……」
舞桜は最後の小さくなった言葉に驚いて首だけ少女に向ける。
「だ、だってほらっ、キミがいなかったら私一人じゃどうしようもなかったわけだし……」
「いや、それ俺の台詞だと思うんだけど……?」
「そう……かな……うん、そうよね……!」
舞桜は不思議そうに言い返すと少女は突然強気になり肩にかけていた手を離して腰に当てた。
「そうよ!私が来なければあなたはそのまま使徒の攻撃にやられて塵と化していたのよ!その……か、感謝しなさい!」
少女は突然強気になりながらもどこか躊躇う様子もある。そこに舞桜は付け入った。
「おう、それはまじで感謝してる。ありがと」
え、と驚いた様子の少女は「なんでそんな強気なんだよ!」と突っ込まれたかったようだった。舞桜はそれを見透かしてあえて素直に感謝を告げた。困惑する少女は再び肩に手をかけて顔を舞桜の左肩に埋めた。
「わ、わかってくれたらいいんだけどね…いいんだけどちょーっとくらい反抗したって……よくってよ?」
「あーはいはい。構ってほしいんだよね。知ってる知ってる」
「は、はぁ!?別にそんなんじゃないし!構ってほしくなんかないんだしー!」
少女はそう言うと今度は舞桜の肩をぽかぽかと叩きまくった。さっきの戦闘で彼女の戦闘力を知っているからこそこの手加減が舞桜にとっては認められている気がして嬉しかった。
「そういやお互い名前まだ聞いてなかったよな。名前聞いていい?」
少女はああ、と舞桜の提案に納得して舞桜に叩く手を止めた。
「私の名前はメイナ・クライン。大天使ミカエル様一番の従者よ。メイナ様とでも呼ぶといいわ」
「いや、呼ばねぇから」
舞桜は直ぐ様メイナの希望をへし折る。舞桜はそのまま疑問をメイナにぶつけた。
「ミカエルってのはこっちの世界にもいんのか?」
「うん。キミのいた世界には神も天使も存在しない人間だけが支配する世界。でもこっちはあなたたち人間が仮想だと思ってる神や天使がいる世界。これは私の推測だけどそっちの世界の神学を学ぶ人はこっちの世界に来たことがあるんじゃないかな……?まあその辺は文字通り神のみぞ知るってとこだから何とも言えないけどね」
淡々と説明するメイナによるとこの世と舞桜たちの住む世は空間が違うだけで進んでいる時間は同じらしい。
「つーことはこっちで一時間進めば元の世界でも一時間進んでんのか?」
「まあそういうことになるかな。また詳しくは着いたら話す……ってキミの名前聞いてないんだけど……まそれはいいか。」
冗談やめろよ、とメイナに突っ込もうと思ったがあまりにもメイナの顔が真剣だったため言わないことにした。
「俺の名前は……」
「晴海舞桜」
舞桜が名乗る前にメイナは先に舞桜の名を当ててみせた。
「おまっ……なんでそれを……!」
「私は天使よ?これくらい当然だわ」
メイナは舞桜を黙らせると黙って前方を指差した。
「ん?あの白い建物がお前の家なのか?」
「家というかどっちかって言うと寮ね。」
舞桜ははぐらかされた気がしたがまたあとで訊くことにした。
舞桜たちは目の前に聳え立つ大きな白い建物を見上げた。その建物は所々欠けていたりつるが伸びていた。それなりに年季が入っている感じがいかにも秘密結社のアジトっぽい。
「これいきなり入ってもいいやつか?」
「そっちの世界のRPGと一緒にしないでくれる?」
舞桜の問いかけに対してメイナは舞桜の心を見透かすように注意した。その注意を受けて手を伸ばした舞桜はこけで汚れたインターホンのボタンを押した。
ピンポーン……
「おい、俺達の世界のインターホンの音パクんなよ」
「私に言われても知らないしこの音になったのはこっちのインターホンの方が早かったわ」
メイナはピシャリと言い切った。
舞桜はぐうの音も出ないままインターホンからの返答を待っていた。
「はい。どなたです?」
インターホンから返答が返ってきた。舞桜はどうしたらいい?とメイナに無言で振り返る。メイナはそれを察して頷くと口を開いた。
「メイナです。ただいま戻りました」
「あら、おかえりなさい。ネーナに開けに行かせるわね」
インターホンから聞こえる声は大人の女性のようで終始落ち着いた話し方だった。
「今のは?」
舞桜は堪えきれずメイナに問い掛けたがくすっと笑うだけで答えようとはしない。これから嫌でもわかると言いたげな表情だ。
建物の奥から走ってこちらの扉に向かう足音が聞こえた。扉の鍵をひとつずつ解錠していくと扉を勢いよく開け放った。そこにはメイナよりも小さい少女がいた。
「おっかえりなさーい、メイナー!遅かったねー!」
少女は元気にメイナに話しかけたものの目の前の光景に表情だけでなく体ごと固まった。今の彼女の目の前には全く面識のない薄汚れた男。その背後にはルームメイトが担がれている。それはそれは奇妙で怪奇な光景だったろう。
「な、何してんのよあんたぁ!今すぐメイナを降ろしなさいよぉ!」
状況をある程度掴んだ少女は舞桜を指差しながら大声で怒鳴った。それにメイナは慌てて弁明する。
「落ち着いて、ネーナ。この人は私を助けてくれてここまで運んでくれたの。だから悪い人じゃないわ」
メイナが力強く頷くとネーナと呼ばれた少女はあっさりと納得したようだった。
「そう……なのか。それならそうと早く言えよな。ほら、中に入りなよ」
さっきまでとは裏腹な態度で少女は舞桜を屋内に招き入れた。舞桜は玄関に入って靴を脱ぐ。ネーナはいつの間にかメイナの靴を脱がしていて舞桜の靴も含めて脇に備え付けられたいた下駄箱に入れた。
玄関の奥にも扉があり舞桜は片手でメイナを支えてもう片方の手でその扉を開けた。そこには大きなテーブルがひとつど真ん中に設置されており端にはテレビやキッチンなども設置されている。かなり大きめのリビングといったところだろうか。
大きめのリビングにも舞桜はネーナと同じ顔をした人を見た。ひとりは米寿の長い髪を降ろしたまま固まり、ひとりは青髪をポニーテールにして固まっていた。
「あー……こんちは」
「なるほど、ざっくりは掴めたわ。つまりあなたが使徒に襲われたところをメイナが助けて二人で逃げてきた、というところかしら」
状況解釈を述べるのは米寿の髪と汚れひとつない白衣を着た女性、アリス・レガルサスだ。
「しかし、君がここまでメイナを連れてきてくれたことへは礼がしたい。何か望みがあれば可能な範囲で実現してあげたいと思っている」
アリスは笑みを浮かべ舞桜を見つめる。その相貌は完璧なまでの美しさで頭の先から足元まで魅力的な女性だった。
「礼の前に聞いておきたいことがあるのだが……二人は前々からの知り合いではないよな?」
アリスの隣に座る青髪の女性はつり上がった目で本人に意図はないのだろうが睨み付けるように舞桜を見つめて問い掛ける。感情の読み取れない顔つきで腕と足を組み何とも言えない神秘的なオーラを放つのがリリィ・アーサーだ。
「いや、使徒との戦闘が始めましてだ。なんで?」
舞桜は質問の意図がわからずリリィに問い返す。
「二人があまりにも仲が良いように見えるのでな。相性がいいのだろうな」
リリィの顔に始めて笑みが浮かんだ。その笑みは可愛さというより可憐さを含んでいた。
「ねーねー、それでおにーちゃんは何がほしいの?お金?食べ物?それともメイナ?」
くくくと煽るように笑うこの少女は先程舞桜を出迎えたネーナ・ヴァンガルだ。茶色のショートカットヘアの中学生くらいの少女で純粋さの中に時折ダークサイドを見せる小悪魔系女子だ。
「ちょ、ちょっとネーナ!私たち別にそんなんじゃないんだからね!?」
それはある意味での肯定だろうと舞桜は黙ってメイナの反論を眺める。ネーナも煽ってはメイナを怒らせる。なんとも微笑ましい光景だった。
舞桜は四人の楽しそうな雰囲気を眺めながらこんな生活を一緒にしてみたいと思っていた。使徒に襲われて逃れてきたこの世界でもう一度別の人生を歩んでみるのもいいんじゃないかと。元の世界で怠惰な日々を過ごすよりこっちの方が絶対に楽しいだろうと。
舞桜はこの四人に会ったばかりだ。それでも舞桜はこの四人の笑顔を守りたいと、そう思った。
初めて戦闘シーンがない回となりました、いやあ平和
こっから人増えていきます。
テスト期間に入るので暫く更新できないだろうから今のうちにいっぱい書いとこ(笑)