第一章二曲目 一矢
巨体のそれは目というべきかも怪しいものだが舞桜は目が合った、とそう錯覚した。舞桜はその錯覚に恐怖した。
少女は舞桜の体に突然力が入ったことに気が付き、それを和らげようと話し掛ける。
「大丈夫だから、怖がらないで。あんな低知能使徒の攻撃に私がやられるわけないんだから」
「…………」
舞桜は黙ったまま巨体を恐怖におののいた表情で見つめている。今の彼に言葉は届かない。そう察した少女は使徒に意識を傾ける。
巨体は暫く舞桜と目を合わせていると思い付いたように姿勢を正し、先程まで舞桜を見つめていた目から深紅の光線を放った。その光はず太く一瞬にして舞桜たちに辿り着く。しかし少女はその光が完全に辿り着く寸前に軽く身を翻し光線を回避する。
少女は舞桜を抱えたまま幾度となく放たれる光線を無表情で冷静に回避し続ける。それも舞桜を出来る限り光線から離した上で。
何度か光線が放たれてから舞桜は完全に我に帰り、自分のしている呼吸の荒さに気が付くと次は少女と目が合った。
「ようやく帰ってきたのね。おかえりなさい」
「あ、あぁ……ただいま……」
そしてその次に目に飛び込んで来たのは少女の身体だった。二の腕や太ももに幾つか傷が見える。恐らく光線がかすったものだろう。
「おい……血出てるぞ……大丈夫なのか?」
「なぁに、これくらい全っ然平気よ。……でも現状、打開策がないのは事実だわ。両手が塞がってる以上武器も使えないし、このまま消耗戦になっちゃうと私がもたない……」
視線を巨体に向けた少女は眉間に皺を寄せ、回避行動に集中する。
「俺が邪魔なら降ろせばいいだろ、これ以上君が傷つく理由は…!」
「ないわよ。ないけれど私は一度あなたを助けると決めた。だからそれは絶対に全うする」
舞桜は少女を見たまま固まった。少女はため息をつき真剣な顔つきで舞桜に提案を向けた。
「さっきも言った通りこのままじゃまずい。だからあなたにも戦ってもらいたいのだけれど……お願いできる?」
舞桜は一瞬何を言われたか分からずさらに固まった。すぐに思考回路は冷静を取り戻したがその異常な提案に舞桜は困惑する。
「いや、俺があんなのと戦えるわけないだろ!?武器なんてないし……絶対無理だ……!」
「じゃあそのイヤホンは何よ?」
また不意を突かれた舞桜は不可解な顔で少女の整った顔を見つめる。そして自分のポケットからぶら下がっているイヤホンに目を向けた。それを手に取ると、
「イヤホンが何だってんだよ……普通のイヤホンだぜ、これ……?」
「何が普通のイヤホンよ。今こうやってしっかり見て確認できて確信したわ。あなたならあの使徒と戦える。だから、お願い」
何度言われてもこのイヤホンが戦える理由に繋げられない舞桜は遂に言葉がなくなってしまった。
もしイヤホンが戦える理由になるとしたら……そう思い舞桜はイヤホンを両耳に付けた。曲は流れっぱなしで舞桜のお気に入りの曲は二番に入ったところだった。
少女は舞桜がイヤホンを装着したことを確認するとニコッと微笑んだ。舞桜は何となく微笑み返してみた。すると舞桜と少女の距離は突然遠のいた。
少女が手を離したのだ。少女は舞桜をお姫様抱っこする形で担いでいた両手を離し、舞桜を落としたのだ。
「ってうええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!???」
舞桜は浮かび上がった悲鳴と同じように落下する悲鳴をあげた。
これでもう終わりだ、と思って身を屈めた瞬間ーーーー
舞桜の体はその場で留まった。舞桜の知っている単語で言えばホバリングのように。舞桜は覚悟して詰むっていた目を開け、背後を確認すると舞桜の背中から翼が生えていることに気が付いた。鳥のような細かい羽が一枚一枚丁寧についた羽ではなく、美しい曲線を描いた大小の羽が片方に八枚、もう片方に八枚と左右対称に翼を形作るように浮遊している。
「なん、で……?」
その突然の異常自体に理解に苦しんでいると上空から大きな爆発音が聞こえた。
舞桜が見上げるとさっき手を離した少女と巨体が戦闘を繰り広げていた。巨体から放たれる光線を軽々かわしながら右手に持った槍で巨体を突いている。少し巨体から距離が離れたかと思えば槍から金に輝く光線を放ち巨体の体をえぐる。
巨体は少女の攻撃を受ける度に痛みにもがくような仕草を見せる。
(痛みは感じるのか……って感心してねぇで俺も何かしないと……)
そう思い辺りを見渡すが武器になりそうなものはない。せめて翼のように何もないところから発現するような武器があればと右手に力を込めた。
すると、強く握った右手に一線の光が差しその光は剣を形成するように伸びた。光は西洋風の剣のシルエットを完成させると強く輝いた。その輝きが落ち着くと舞桜の右手には剣が入っていた。
「まじかよ……」
もう舞桜は笑うことしかできずその剣の重みに疑うことすらしなかった。
舞桜はひとつ深呼吸をして視線を巨体に向けた。未だに少女と巨体は戦闘を繰り広げていた。少女は手伝ってくれと言っていたからニ対一になることに屈辱は覚えないタイプの騎士だろうと舞桜は予測した。
体の一部ではないはずの翼に力を込め、巨体に狙いを定めて舞桜は真っ直ぐに飛び立った。自らのスピードに怯えつつも舞桜は目を開いたまま、近づく巨体に全神経を集中させた。
巨体が接近する舞桜に気付く。少女にはそっぽを向きそのどす黒い手を振りかぶり舞桜の接近に合わせて振り落とす。舞桜は巨体が振りかぶった瞬間に手の軌道を予測し、振り落とされるその瞬間に急ブレーキをかける。舞桜の目の前で通りすぎた大きな手はそのまま地面を叩き割り、田んぼはクレーターと化した。
想像以上の威力に舞桜は背筋が凍る感じがしたがすぐさま右手の剣の柄に左手を添えて巨体に向かって直進する。剣の攻撃範囲に巨体の体を捉えたところで構えていた剣で巨体を切りつける。切った部位からは黒い光が幾つも空気中に放たれて消える。
「次の攻撃が来るわ!左!」
少女の呼び掛けに舞桜は反応し頷くと左方向から迫り来る手を上に飛んで回避する。
「てやあぁーーーーーー!」
少女は巨体の攻撃によってできた隙を見逃さず渾身の一突きを巨体の横腹に加える。巨体は大きくのけぞり声とも言えない叫びをあげた。
「やったか!?」
「それフラグなのわかんないの、キミ!?」
巨体はのけぞった体を元の位置に戻し脱力するように肩を落とした。そして目を舞桜に向ける。
「まずい!さっきのビームが来るわ、備えて!」
巨体の目から最初に舞桜を襲った光線が放たれる。さっきまでのず太い一線の光とは違い、太さこそ劣るものの光線は二本に増え、しかもその威力は変わらないように見える。
舞桜と少女はその光線を身軽に回避しながら少しずつ距離を詰め、一太刀入れては距離を置くこの動作を繰り返す。
「このままじゃまた消耗戦だぞ……なんか弱点みたいなのねぇのかよ、あいつ!」
舞桜の発言に少女は声を低くして答える。
「あるにはあるわ。けれどリスクが高過ぎる…!」
肯定するにはあまりにも暗い少女の声が言わずとも弱点を突く難易度の高さを示している。
「一応教えてくれないか、その弱点を……!」
舞桜の中で様々な想像が巡る。しかし答えを見出だせそうにない舞桜は少女に問いかけた。
「あれ、見える?巨体の額にある緑の宝石みたいなの」
少女は巨体の額に輝く緑の部位を指差した。太陽を反射しキラキラと輝いて見えるそれはまさに宝石のようだった。
「あれがどの使徒にも共通する弱点よ。使徒は他の使徒と額を合わせて情報交換とかのコミュニケーションを取るの。言わばはみ出ちゃった脳ミソって感じね。」
なんとなく気分が悪くなりそうな例えをした少女の目は真剣だ。舞桜はその説明を聞くと巨体の弱点に焦点を当てた。
「でも、彼らは自分達の弱点はしっかり把握してる。だから狙いに行こうもんなら今までにないスピードで手が伸びてバッチンされて終わりよ。だから変なことは考えないで地道に……」
「なんだ、そんなことかよ」
少女の言葉を途中で遮った舞桜は悪巧みをするような笑みを浮かべながら巨体を見つめた。
「なんかあいつの中に入って心臓直で刺さないといけないのかとか考えたけど……その程度なら全然楽勝だろ」
少女は舞桜の笑みを不安げに見つめた。舞桜はその視線を気にすることなく思考を巡らせる。
「なぁ、ちょっと頼みがあるんだ」
回避行動を続けながら話していた舞桜は少女に提案を持ち掛けた。
「君がさっきみたいに攻撃してあいつの注意を引いてくれ、そしたら俺はその間にあいつのデコに一突き入れてやる」
「な、何言ってるの!?引き付けることはできてもあいつにはビームがあるのよ!?」
舞桜は笑顔を保ったまま少女の方に向き、ウィンクをしてみせた。少女は苦い顔をして、
「っ……!もう、どうなっても知らないんだからね!」
「どうにかなんのはあいつの方だよ、任せろ」
さっきまでビビっていたことが嘘のように舞桜は強気になり、声をあげた。
「さぁ、一矢報いてその一矢で終わりにしてやんぜ、使徒さんよぉ」
不敵に笑う舞桜は次の一撃で巨体との戦いを終わらせる。その決意を剣に込めた。
全部戦闘シーンになってしまった……次からのお話はのんびりした感じにしたいと思ってますのでどうかよろしくお願いしますm(__)m