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下人オブドゥーム

作者: ありゃりゃ

ーそう遠くない未来の話ー


 

 一人の男が小さくうずくまっていた。その場所や次元はわからぬ。ただ、その場所は男が普段自室として利用しており、男にとっては馴染みの深い場所だ。その部屋の隅で、男はただただ小さくうずくまり、震えている。

 このようなことは男にとっては珍しいことではない。これはこの男に限った話ではなく、この男が住んでいる国全体に言えることだ。選民主義体制の中では愚神に選ばれた少数の者のみが甘き蜜を吸い、その甘き蜜をこの男のような選民主義的正義の選別によって弾かれた大多数の人間が生成する。これがこの国のルールであり、これに反する人間には愚神による容赦なき死が待っている。よって弾かれた人間は死を受け入れるか、奴隷となるかの二択を例外なく迫られるのだ。そして後者を選んだ人間は程なくして精神を病み、医者が蜜を吸うために適当な名を付けた精神病に分類され、薬漬けとなる。

 男もその例に漏れず、医者の欲に基づいた悪行によって処方された致死量を遥かに超える量の錠剤無しでは生きていけぬ精神と肉体に変わってしまったのだ。彼も子供のころは質実剛健の少年であったというのに…

 男はいつも通り薬を脇に置きながら、己の悲しき運命を呪っていた。これが心理学的には自己防衛の一環であることを理解していても、止めることは不可能であった。ただただ相対的不幸度を悲しみ、涙を流し、叫ぶ。これをやめてしまうと男は精神的に廃人と化してしまうのだ。

 そして男はふと目線をあげる。するとそこには裸の女性がぽつんと立っていた。しかしその様は異様そのものである。肌は苔と黴に覆われ、頭髪は地面にまで伸び、この世のものとは思えぬ腐臭を放ち、目と鼻は顔に存在しなかった、おおよそ人間とは似ても似つかぬ様相である。

 しかし男はこの突如現れた異形の生物を「女」と認識した。そして彼はその「女」を抱いてみたい、とすら考えたのだ。

 実のところ彼は一般的な女性には全く興味が無く、かといって男性にも興味は無く、詰まる所彼は肉欲というものを抱いた経験が無かったのだ。まだ彼が少年だった時分、女性を対象に抱く肉欲について熱心に語る友人は多かったが、彼にはその心情を理解することができなかった。そして青年となり、女性以外の対象についても話を聞いた。しかしそれでも彼には肉欲が理解不能であった。彼は肉欲を感じてみたかった。そしてあわよくば己の身が朽ち果てる前に我が肉欲を満たしたい、というのが彼の大きな望みの一つであったのだ。

 そして彼は今この時、話に聞いていた肉欲が体の奥から湧いてくるのを感じている。欲の認識方法は座学で学ぶものではない。己の感情で感じるものなのだ。彼はこの肉欲を満たそうと、重い体を引きずって「女」に近づいていった。

 すると彼は気が付いた。「女」が何か言葉を発している。その内容は

 「なぜ私に欲情するのだ」

 というようなものであった。

 なぜ?なぜかと問われれば、私はこう問いたい

 「あなたに欲情してはいけないのか」

 と。

 人間は十人十色。これは誰しもが知る常識であり真理だ。故に肉欲の形も千差万別であろう。だが彼の住む国は画一化社会であり、個性はすなわち死に直結する。肉欲の形も統一され、肉欲が裏社会の一大マーケットを築くほどだ。

 だがそのような社会的常識は彼には通用しない。彼は真理が人を自由にするという聖書の教えを信じており、己のみを信頼する非常に古い人間性の持ち主であったのだ。そのせいで社会的に彼は死んでしまったが、人間としての彼は心の底で静かに魂を燃やしていたのだ。

 そして今彼はその魂を解放しようとしている。彼の抑圧された魂が表に出ようとしてるのだ。これによって彼が救われるか?答えは彼ののみぞ知る。いずれにせよこれは彼の世界での出来事であり、他の人間が知る由は絶無なのだ。

 「女」はそのような彼を見つめると、静かに微笑んだ。そして、その体を彼に預けるのだった。

     

                                            -終ー

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