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7.狂怖

(side 名も無き襲撃者)


 見上げる三階建ての一軒家は遥かに大きい。

 一般住宅の中では比較的裕福な部類に入るであろうそれを見て、俺は興奮を抑えられないでいた。


 御堂晶。

 魔法理論の中でもとりわけ式に関する学問を専攻するコイツは、世間では無名だが一部の界隈ではその名を賑わせる有名人である。

 曰く、革命を齎した。曰く、麒麟児。曰く、悪魔崇拝者だ。

 尾ひれ背びれが付いて回る噂は笑止千万だが、火のないところに煙は立たない。

 それが証明するところは、御堂晶という人間は優秀な学者であるということであり、そして俺の獲物になり得るということだ。


 金銀財宝のような純粋な金目の物はなくとも、コイツが思考する知識の結晶は此処にあるに違いない。

 詳しい研究は国立の研究所に保管されているだろうが、落書きのように書き殴られた、それでも学者やその道の人間からすれば垂涎ものか天啓を得るであろう産物を俺は狙っている。

 別段恨みがあるわけでもない。単純に金という亡者に憑りつかれた男がみっともなく人様の研究成果を奪い取ろうとしているだけ。

 そもそもコイツの名前を聞くことが出来たのも偶然だった。場末の酒場に御堂晶を目の敵にする学者様が居て、興味が出た俺がソイツを徹底的に酔わせて情報を聞き出しただけである。


 俺は自分をそこそこの悪党だと自負している。

 強盗、強姦、傷害、殺人何でも御座れ。一応の犯罪は網羅しているが所詮はその程度の小悪党とも言える。

 世界的な規模で言えば英国マフィアが元祖のグレムリン、中華系犯罪者集団の四凶、中東の反政府組織であるセレモス、宗教狂集団のグノーシスとヤバさだけ見ればコイツらの足元にも俺は及ばないだろう。実際、数々の凶悪犯罪を重ねても国内では指名手配犯として紙面を賑わせるが世界では見向きもされていない。


「良いご自宅に住んでらっしゃるねェ、おい」


 ふん、と鼻息を荒く俺は家の裏手へと回り込む。

 家族構成は三人。夫と妻と子供。どこにでもいそうな平和で温かい家族だ。強いて言うならばその仕事故に夫が単身赴任に近い状況だけか。

 普段はこの家に妻と子供しか住んでいないというのだから恐れ入る。ここまで大きな家でなくてもよかったろうにとどうでもいい老婆心が俺を擽る。

 周りも住宅街が軒並み続いてはいるが今日は閑散としていて寂しげな印象を受けた。どうも今日は地域の会合があるらしく、ここら一体の世帯は別の場所に集まっているらしい。これは俺にとっても好都合で、目撃者を減らせる格好のエリアとなる。

 勿論ここの住人である御堂桜が外出したことも確認済みだ。

 その際に子供の御堂慧を視なかったが見落としたのだろうか。曰く神童やらと実しやかに囁かれているらしいが、如何せん三歳の餓鬼が一人で留守番しているはずもないだろう。


 俺はそう辺りを付け、そして手に持つ五十センチ程度のハンマーで容赦なく御堂家のベランダの窓を叩き割った。

 本来なら音を鳴らすなどご法度だが、今日は生憎と周りに人の気配も感じられないので時間を掛けずに実行できる強硬策で突破する。

 足を踏み入れると綺麗なリビングが姿を見せるが無視。本命の研究成果を探す。

 こういった研究者はそれ専用の一室を拵えるのが常だろう。或いは書斎かなにかあるに違いない。

 一階をくまなく探すが見当たらない。なら二階へと昇る。そうすると一つの部屋だけ僅かに開いている箇所があり、そこに何故か惹き付けられた。


 勢いよく扉を開ける。

 そして――衝撃。

 顔を思い切り水面に叩きつけたような痛みが走り思わず目を閉じてしまう。


「おぶぅっ!?」


 次いで感じたのは息苦しさとひんやりとした感覚だった。

 目を開けるとそこには水の塊らしきものが宙に浮かび、そこの中心に俺の顔が突っ込まれていた。

 訳が解らず、それでも脱出を試みようとするが水の塊はまるで粘着性を持っているかのように俺の顔から離れない。


「(拙い、息が……っ!)


 苦しくて喉を引っ掻くような仕草を取るが空気が得られる訳もなく。

 それでも気力を振り絞り命が助かる道を模索しようとして――俺は見てしまう。


 あれは……何だ?

 子供? そんな馬鹿な。薄汚れたわけでもない。蔑みがあるわけでない。勿論恐怖もない。

 そこにあるのは徹底的な死だ。究極的に感情という感情を削ぎ落とし、死を凝縮した仮面。その深淵よりもなお禍々しい二つの瞳が俺を射殺している。


「さっさと逝けよ」


 神童? そんな生易しいもんじゃない。

 コイツは――悪魔だ。人の皮を被った悪魔。それも最上級で最悪な悪魔。

 グレムリンも四凶もセレモスもグノーシスも足元すら及ばない。

 本当の悪意。世界全ての悪。絶対悪。負の感情の集大成。

 そんな名前を付けられるほどの学もない俺だが、これだけは言える。


 コイツは――死だ。


 ✝


 あの騒動の後はまさに狂乱というべき様相を呈していた。

 連絡して駆けつけた警察もそうだし、両親だって涙目の半狂乱状態で俺を抱き締めていた。

 顛末はほぼ真実を話し、唯一ループ現象のことだけは終ぞ口にはしない。いやだってほら、明らかにキチガイか襲われたトラウマから気が狂ったかと思われるやん?

 その代わりに魔法を使えることだけ伝えたから許してお。おかげで神童の評価が大いに深まってしまったんだからさ。

 これで中学校からは確実に魔巧士マナリスト育成学校に入学する羽目になってしまった。せめて目立たないようにしたが、予測ではあるがそれは叶うことはないだろう。

 こういう状況に陥った主人公は大抵面倒事に絡まれる運命なのだから。


 時間の針は急速に進む。

 遡る記憶の形式は霞んでは消えていく。

 死を経験したが故に訪れた変化。纏う雰囲気、鋭すぎる眼光、死を忌避しながらも自分を躊躇なく犠牲にする精神。どれもこれもあの日が境となって姿を変えた。

 小学校はその雰囲気のせいで周りに人が集まらない。勿論精神年齢的に集まられても困るし、勉強の出来具合も比べることが烏滸がましいもので友達などできる筈もない。話が合わない人間とどうして一緒の空間に居られるだろうか。

 友達が出来ない俺を心配する両親ではあるが、賢すぎるが故の弊害は理解してはくれた。彼ら自身、どうやら俺が思っていた以上に優秀な人間だったようで、似たような経験者だったらしい。


「子は親に似るとは言うけど、こう嫌だった部分まで神様も似せなくたっていいのにな……」


 そう呟いた父さんの背中をよく覚えている。

 また、小学校に通っているからと言って平凡な暮らしを送れていたわけではない。中には魔法を制御できない子供も居てその暴走に巻き込まれて死んだり、はたまた銀行強盗に遭遇して死亡。上空から鉄骨が落ちてきて圧死。バスジャック、ハイジャック、喧嘩、闇討ち。色々な死に方を経験したよ。


 中学は両親がこのままでは宝の持ち腐れだからといって強制的に魔巧士マナリスト育成学校進むことになる。

 最後の抵抗とばかり、近場の無名校に進学先をごり押ししたものの、今まで以上に死亡フラグが乱立したのは言うまでもない。

 その中で俺が"魔王"と呼ばれるようになってしまった事件について語ろうと思う。

 あれはそう、中学校に進学して初めての夏休みを過ごし、新学期に突入した頃だった。


 ✝


「隣町の学校と縄張り争い、ねぇ……?」


 耳に届くクラスの喧騒はそのような内容について持ちきりだった。

 内容は昭和初期にでもありそうな喧嘩番長が登場し、表番やら裏番だと腹が捩れるような言葉が飛び交っている。

 そんな化石のような天然記念物がこのご時世に存在するのか、マジで? なに、リーゼントにボンタンでも穿いての? あれって明らかに歩きにくそうだよね。

 窓辺に頬付きながら、俺は取り留めもない事を考えていた。


 クラスに溶け込めない。馴染めないというべきか。

 一線を敷かれ、薄皮どころか目に見えてわかる壁が俺とクラスメート達の間を隔てている。

 いやまぁ理由は痛いほど解るよ? 今の俺は明らかに危険人物だもん。

 寝起きで鏡を見れば自分でも悲鳴を時たま上げそうになるような殺し屋のような目付きと、生物が纏ってはいけない死の香りを撒き散らす雰囲気。歴戦の勇士や凄腕の暗殺者でもこんな空気は造れないようなものを俺は平気で作ってりゃ、クラスメートだって距離を置きたくなるだろう。俺なら置くもん。

 これでもコントロールしているつもりだが、些細なことが切っ掛けとなって漏れ出すコレはどうにかしたいよ真面目に。

 ただでさえ頭がいいってことはこの近隣区域じゃ広まっていて、さらには魔法も入学前に使えることを知られていたら距離を取りたくなるわな。もう少し見目麗しいかったり雰囲気が柔らかかったら話は変わるけど、その対象が今の俺じゃなぁ……?


 昼休みの真っただ中。

 放送部の生徒が流行りのヒップホップを垂れ流し、喧噪をBGMとして俺は小説に目を落とそうとした――瞬間。


「な、ん……っ!?」


 白く染まる視界。

 明暗の変化ではなく、物理的に空気に着色がされていく。これは……煙玉?

 これに似た効果を及ぼす魔法も知ってはいるが、魔力の気配は感じられない。

 先程まで賑わっていた喧噪は阿鼻叫喚のパニックへと変貌を遂げ、俺は一目散に窓に手を掛けた。


「空気の通り道を作れば――」


 そうやって声を発したのが拙かったのだろうか。

 撃鉄が数度穿たれ、サプレッサー特有の空気が抜ける音が五月蠅いはずの教室内で何故か俺の耳には届いた。


「口を閉じて頭を地面に付けろッ! 抵抗する奴は子供だろうと皆殺しだ!」

「我らは人間主義者! 悪魔狩りの審判者である!」


 おうふ。

 テロリストで御座るか。


 こひゅー。こひゅーと息を漏らしながら、俺の胸を御大層に打ち抜いてくれやがった輩の正体に目星をつけ、視界は暗転した。


 ✝


 人間主義者。

 俗にいうテロリストであり、彼らが掲げる思想は単純明快で魔法排斥、これに尽きる。

 人員は全て魔法が使えない一般人で構成されており、規模は不明。というのも、名前こそ違えど同じ主義主張を掲げる集団は世界各国に少数ながら存在しているからだ。

 一括りにしてしまえば犯罪者集団の中でも過激派に属する彼らが俺の中学校を襲撃する理由は解らない。魔巧士マナリストへ本当に大打撃を与えたいのならば、御三家や五色の総本山やその子供が通う学び舎を襲撃した方がよほど良い効果を期待できるだろう。

 それをしないのは、大方その強大な力による報復を恐れているが故か。そもそも彼らを襲うには並大抵の人間では無理だ。

 言い方は悪いが、彼らは魔法が使えないことに不満を抱いており、その捌け口として数ある無名校の中でここを襲撃したのだろう。ご立派な正義を拵え、それを免罪符として自分の欲求を鎮火する。

 別にそれを正義だとか悪だとか俺は断じない。


「ただ死にたくないもんでな――」


 凡そ五分前に世界へと回帰を果たした俺は即座に準備を整える。

 規模の詳細は不明瞭なものの、この教室が単独で狙われたというわけでもないだろう。幾つか襲撃ポイントがあり、それで少ない数で混乱を最大限広めようとしているはずだ。

 教員は子供さえ人質に取ってしまえば無力化できる踏んでいるだろうし、狙いは生徒が居る場所。教室、体育館、グラウンド、食堂。後は情報を拡散という意味も込めて放送室などもターゲットに成り得るか。


 目下の行動は迎撃に尽きるけど、それ以降の行動はどうすべきか。

 規模が解らないために下手な行動は命取りだが、虎穴に入らずんば虎子を得ず。まぁ、情報なんて聞きだせば幾らでも手に入るかな?

 この教室の襲撃人数は最低二人。これ以上の数が居るかもしれないが、とりあえず二人と仮定して対処してみよう。それより多かったらリスポーンするわ。死と引き換えになッ!


「……御堂、君?」


 突然席を立つ俺に不信感を抱いたのか、横に座っていたクラスメートが怪訝な表情で此方を見る。

 そんな様子に何も説明するはずもなく、俺は口ずさんだ。


「囲うは物を――」

「え、ちょっ!? 詠唱!?」


 投げ込まれる煙玉と同時に突入してくる二つの影。


「守るは人を<外土壁>」


 煙が噴出前に全てを覆って密閉してしまえばこっちのもんだ。

 漏れ出す心配もなく、視界は良好。襲撃される側がカウンターを喰らうと本当に笑えるくらいに無防備になるのはいつの時代も変わらないなぁ。

 刹那の隙。空隙を縫うように俺は詠唱破棄により魔法を発動させる。水糸と呼ばれる、名前通りのそれを両手の指から十本飛ばし、五本ずつで硬直状態のテロリスト二名を捕縛して地面へと引き摺り倒した。

 蛙が潰れたような悲鳴が防塵マスクから漏れるが、俺は気にするそぶりを見せることなく二人の傍へと歩みを進める。

 呆然とするクラスメートと同じく何が何やらの状態のテロリスト。傑作ですわ。


「こんな天気の良い日にテロってちょっと杜撰過ぎやしない?」

「て、テロリストっ!?」

「その人たちテロリストなのっ!? ねぇ、御堂君!」

「煙玉投げて御大層に防塵マスク被ってサプレッサー付きの拳銃所持してる連中が愛を説く親善大使なら俺は宗教家にでもなるよ」


 べりっと糊を剥がすようにマスクを剥ぎ取ると、そこには二十代後半程度の男性二人が姿を現す。

 これといって特徴のない、町ですれ違っても数秒後には記憶から消えるだろう、そんな一般人がそこには居た。


「何人か教室の鍵を占めて外を見ててくれない? 襲撃者はこの二人だけじゃないだろうしさ」


 おっかなびっくりという風に幾人かのクラスメート達が俺の指示通りに行動を移してくれた。

 気掛かりなのがもの凄く怯えられているような…?


「貴様ァ! この様なことが罷り通ると思うなよ!?」

「我々こそが絶対正義。貴様らのような人間もどきが同じ空気を吸っていると思うと反吐が出る!」

「……アンタらの主義主張なんかどうでもいいんだわ。俺が知りたい情報はアンタらの目的と規模、後は襲撃ポイントに選んだ場所と所持武器とかだね」

「我らが潔く話すと思ったか? 馬鹿めッ、すぐに仲間が来て貴様を八つ裂きにしてくれるだろうよ!」


 嘲り笑う瞳が此方を向く。

 そっか。喋られないなら実力行使だよ。

 十本の内の二本を起点として、そこから四本ずつ枝分かれさせて新たに生まれた計十本の水糸で二人を縛り直す。

 何をしているんだ? というクラスメートの声は無視し、手が空いた残る八本の水糸を俺は容赦なくテロリストの肉体に突き刺した。


「「ギ、ガァッ!?」」


 一本一本は細く薄いために大げさに血などは滴り落ちないが、それでも肉を裂き骨まで到達しているためその痛みは計り知れない。

 俺の凶行に悲鳴を上げる女子も居るが、生き残るためには情報は是が非でも欲しい。拷問しようが何しようが無理矢理吐かせて魅せようではないか。


「アンタらの耳は飾り物かな? 俺は情報を渡せって言ったんだ。アンタらの妄言に付き合うとは言ってない」


 クイッと蹲る片方の男の顔を無理矢理上げさせる。

 そこには痛みに呻き、そして怯えの色を隠せない瞳が揺れていた。

 人を殺しておいて、自分は殺される覚悟無いとは何とも情けない。

 俺の感情のリミッターは既に振り切っている。魔法の模擬戦で死ぬならばまだいい。だけどこれはなんだ? コイツらの欲望のおかげで俺は死ぬ目に合っている。それを許せと?

 巫山戯るなよ。


「二度は言わない。俺も人殺しに進んでなろうと思わないからこれが最後通告だ。情報を渡せ」


やっぱり一話で纏まり切らなかった。

次で過去編を〆て、また学校編に戻りたいと思います。

若干主人公の性格が変わっているように感じられるかもしれませんが、そりゃ何度も死んでたら殺す殺されることに忌避感はなくなると個人的には思います。

あと、理不尽に殺されればそりゃぁ、ねぇ?(笑)


6/7 22:23

10,001pv達成(笑)

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[一言] 結構これ好きですよ?
2021/03/06 15:51 にゃんにゃん
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