2.存在が埒外
誰もが疑問に思うことだろうが、どうして俺がこんな死亡フラグ満載な学校に入学したのかには明確な理由がある。
というのも、学生にとって入学先はほぼ意思決定権が存在していない。
どういうことかというと、日本という国において魔巧士としての技能が開花する人口はおよそ全人口の三分の一。その中で優秀な人材となるのは数が絞られることは容易に想像つくことだろう。
そうなってくると、この優秀な人材というのは云わば国の財産とも言える。軍属として他国の脅威から守る盾ともなるし、研究機関に属して新たな魔法を開発することにより国の発展を促すことにも繋がる。
そんな人材を腐らせる余裕は幾ら日本といえどもなかった。大人の事情の一言により、進学先を捻じ曲げることくらい容易にするのが今の日本である。
ちなみに俺が無名の中学校に進学できたのは、まだ国から目を付けられていなかったからだ。今はがっつりと目を付けられているけどなっ。
そんなこんなで学校初日。
早く登校してしまうと怯えられたりするので始業ギリギリの時間に教室に滑り込むのが俺のポリシー。
俺の所属クラスは一組。一学年八クラス構成が三年まで続く至って普通なものだ。
こういった転生物だったり学園物だとクラス順に強かったりするのが定番だが、この学校ではそんなものはない。
学生一人一人の能力値をこと細かく分析し、それを各クラスが平均的な能力値へと至るように試行錯誤が繰り返されているらしい。これは俺を強制的にここに放り込んでくれた政府の黒ずくめのスキンヘッドに聞いた話だ。
そうまでして戦力を割り振るには理由があり、どうやらこの学校では夏休み前にクラス対抗戦と呼ばれる全学年が入り混じった戦争が行われるらしい。
戦争などと一笑に伏す輩も居るかもしれないが、それはまさに戦争に相応しいものだ。聞いたところによると毎年重傷者は多数現れるとか。
特別なルールなどなく、教師が維持する幻想世界と呼ばれる特殊空間でのサバイバルで、最後まで立っていた人間のクラスが勝利を得るらしい。
だからこそ戦力を均等に分け、その中で戦術や戦略、対人戦闘や疑似的な死への恐怖の体験、人を殺す疑似的体験などを行わせるのがこのクラス対抗戦の本質だ。
いや意味わからんマジで。
卒業と同時に軍に所属するならまだしも、研究機関や民間企業に就職する奴だっているだろ。なのに何でそんな世紀末みたいなことするのさ。
それを疑問に感じないこの学校の生徒たちはいい感じに洗脳されているに違いない。
てか、絶対俺死んでまうやん?
ぶつくさと文句を言いたくなるのを抑え、俺は滑り込んだ教室内の自分の席へとどっかりと腰を下ろす。
上手いこと窓際の最後尾を確保出来たのは行幸だった。余り前の方だと教師や生徒達が怯えすぎてまともに授業が行えないことが多々あるから、悲しいことに。
周りを見渡せばギクシャクしたクラスメート達の姿が映る。ただ俺が居るだけでこうなるとか、俺は局地的制圧兵器か何かかしら?
そうこうしている内にホームルームが開始される。
担任教師は若い女性で珍しく感じるが、実力主義が蔓延している日本において年齢など問題ではない。そしてここは日本トップの教育機関ということ顧みるに、眼前の女性も見た目に反して人外染みた能力の持ち主なのだろう。
そんな彼女の言葉は右から左へと聞き流していると、どうやらもう授業が始まるらしい。
「つまんねぇな……」
おっと、ぼそっと口から零れてしまった。
独り言とかキモォーイ、とか言われたらどうしよう。俺は少し怖くなって視線だけ動かして辺りを見渡すがさして変わった様子もない。
よかったよかった。
って、ゲッ! 昨日の美人局美女居るやんけ!
助かったと思ったら地獄に叩き落とすとは神様も残酷な仕打ちをしてくれるなおい……
まぁ気を取り直して。さぁて、高校最初の授業は何かなーっと――
「記念すべき最初の授業は魔法訓練の実習です」
オーマイガ―。
✝
(side 赤原修吾)
化物だ。
教室の窓際で佇む人間を、俺はそう感じてしまう。
人の上に立つべくして生まれた俺は数多くの人間と出会ってきた。
他の五色の人間や御三家といった人を超越したかのような連中。こうした人種はそれが当たり前なのだ。上に立つことが決定づけられた人間。能力が後押しするのもそうだし、何よりそれが社会を円滑に回すために必要な歯車だってことだ。
だからこそ、俺はそれを反発する子供の用に少しやさぐれて育ってしまったと自分では思っている。
あの澄ました紫雲の女はチャラ男だの呼ぶが、それを否定出来ないのが実情なのだ。別段、権力や能力を笠に誰かに無理やり何かしたことはないぞ? 単に偉丈夫に威張っているだけだ。
そんな俺が初めて死を感じた存在がアイツ――魔王、御堂慧だった。
入学式の光景もそうだし、今も情けないことだが昨日のことを思い出して無意識に体が震えてしまう。
今日は禍々しい雰囲気は鳴りを潜め、ただ静かに窓の外を見ているだけだ。昨日は舐められないように実力の数パーセント程度を解放して満足したのか、今日は物理的な空間の圧力は感じない。云わばただの青年がそこにいるだけ。
そうだというのに、クラスの中には一種の緊張状態が蠢いている。
紫雲の女も動きを見せることなく、別クラスの蒼森と北条も動きを見せる様子はない。というか、俺のクラスは聊か過剰戦力すぎやしないか? 五色の内二色と化物が一人とか、どう考えても可笑しい。いや、逆なのか。俺と紫雲があの魔王をどうにか止める為に揃えられたのだろう。それだけ魔王はイレギュラーな存在なのか。天聖学園の風習であった戦力の均等という不文律を壊すほどに。
だが、俺と紫雲が揃ったところで、もっと言えば蒼森と北条が居たところで抑えられる気がしないんだけどなぁ……
「おい、紫雲」
「……何でしょう、赤原?」
「俺らが揃えられた意味理解してるか?」
「愚問です。彼を抑える楔、なのでしょう。私達二人で抑えられると毛頭思いませんがね」
「同感だ」
どうやら紫雲も俺と同じ結論に至っていたようだ。
悔しいが魔法戦闘の技術ならばともかく、頭の回転でコイツに勝てる気はしない。澄まして気に入らない女だが、こんな女でも御神の当主が息子と同格と表現した唯一の人間だからな。
「ちなみに、ですが――」
俺が一人で若干の苦悩をしている中、紫雲が思考の隙間を付くような音色で俺に忠告する。
「私は彼を止める気も毛頭ありませんからね? 死にたくありませんし、何より私はあの人のことを好きになってしまいましたから」
「……は?」
「ですから、私は御堂慧という男性を愛してしまったのですよ」
おい、コイツも頭の螺子が飛んだピーキーな奴なのか?
まぁ敵対したくないというのは理解できる。俺も出来ることならしたくねぇし。紫雲は勘違いしてそうだが、俺は自分の分は弁えているつもりだ。
そりゃ信念を曲げたくなくて御神の倅に喧嘩を売ったこともあるが、あれはあくまで喧嘩を売られたからだ。
目の前の化物に遊び半分で手を出すつもりなんてさらさらない。
そんな中でコイツは何て寝言を言った?
愛している? いやいやいや、ツッコミ所多すぎだろうが。
仮にも五色の跡取りが言う言葉でもないし、ほぼ初対面の男にかける女の言葉でもないだろ。
「あー、気でも狂ったか?」
「失礼な。殺しますよ?」
「色々とドン引きだよ、俺は。お花畑な脳味噌はいいが、俺らは一応格式ある家柄なんだぞ? そこんとこ分かってんのか?」
「……別に私達の家柄なんて所詮力があっただけにすぎません。それで家の格を考えるなら、誰よりもあの人が高みにいるべきです」
「恋は盲目というか何というか……。別に俺にゃ関係ねーからいいけどさ」
こりゃ駄目なパターンだ。
幾ら俺が口を出しても意味はないだろ。まぁ悪い事でもないだろうしな。
なまじ力と格式が強いせいでまともな恋愛にありつけることの方が珍しいのが俺らの立場だ。
そんな中で好きになれることは良いことなのだろう。俺も人のことを言えないしな。
もう何も言うまいと呆れ顔になったところでチャイムが教室の中に響き渡る。
それと同時に俺達の担任であろう女性が教室に姿を現し――って、灰原弥生かよ。
これまた大物が出てきたもんだ。史上最年少で院を卒業した稀代の天才女じゃねーか。年齢こそ俺らより六つほど離れてはいるが、能力はずば抜けているはずだ。
確か国の中枢にいるとか聞いたことがあったんだが……。周りも呆然とした表情で見てやがる。
そんな彼女の登場を持ってすらもアイツの表情は崩れない。
まるで一はどれだけ集まっても一に過ぎないとでも言うかのようだ。俺の杓子定規とアイツの杓子定規は物差しと大型メジャーとでも言うかのように、俺達にとっては大物であってもアイツにとっては俺達とさして変わらない有象無象なのか。
それを証明するかのようにぼそっと小さな声の筈なのに、どうしてか教室内に声が木霊する。
「つまんねぇな……」
静寂。
身動ぎすら誰一人出来ない。
壇上の灰原弥生は四位に近い五位の位階持ちの筈だ。得意分野は魔法理論ではあるが、それでも中々の力量を持っている彼女すら額には汗を浮かべ表情が硬かった。
それでも狐や狸が蠢く伏魔殿で研究をしていた彼女は一早く立ち直り、何事もなかったかのようにホームルームを続けていく。
しかしその瞳は若干涙目になっており、俺や紫雲に縋り付くような眼差しを向けていたのは同情を禁じ得なかった。
✝
(side 紫雲澪)
入学早々、初めての授業が実技の授業となりました。
魔巧士の実技とは勿論のこと魔法です。
実習内容は日毎に違うだろうが今回は初回ということで、模擬戦をするのではないだろうかと思います。やはり教師が教える生徒の実力を把握しなければ教えることなど出来やしないでしょう。
流石に現実世界で魔法を使用しての模擬戦などをした日は死傷者が多数出てしまうでしょうが、幻想世界を使用すれば問題ない。
幻想世界とは空間系の魔法の一種で、その空間内では精神体にのみが干渉することができ、肉体には一切の負傷が負うことはない。時たま精神体の負傷によって肉体に影響を及ぼす人間もいることは居るが、それはごく少数であるし、それが原因で死亡した人間は確認されていない為、ほぼ安全でいて実戦を経験できる魔法として重宝されていた。
まぁ、肉体に干渉できないと言っても触れないわけではないので近接戦闘も出来ることは出来るがダメージは与えられないのが玉に傷ですかね?
「次、桐原清吾と志藤涼。入れ」
やはりというべきか、初めての実習内容は模擬戦となり、今は四つ展開されている幻想空間に順番で対戦をしていた。
対戦相手は教師が指定し、ほぼ同等になるように調整されていることが、幻想世界の中を映しだす魔法により見て取れる。
こうなると私の相手になるのはここでは赤だけ。魔王様は格上過ぎて相手にもならないだろう。
しかし、そうなると彼の相手をするのは誰になるのでしょうか。このクラスでは彼を除いて最上位なのは間違いなく私か赤の二人。それに色家のどこかが続く形になるとは思います。しかし、それでも彼の足もとには届きはしない。
それとも変則的に一対二とか? もしくは教師自らが担当するとか。
「紫雲と赤原、少しいいか?」
「なんでしょうか?」
「あん?」
模擬戦の順番を待っていた私と赤を呼ぶのは実技の担当教師である桐生夏彦だった。
彼は色家などとは違う一般家庭の魔巧士でありながら、軍に属し全線で活躍した叩き上げの軍人だ。今は軍の作戦途中で追った負傷を理由に後進を育成することに精を出し、今もこうして天聖学園の実技担当となっている。
「呼ばれた理由は解るだろうが、お前達のどちらかに御堂の相手をして貰いたい」
やはりそうなってきますか。
「……私達では彼の足元に確実に及びません。それなら桐生先生自ら相手をした方が彼も満足してくれると思いますが」
「それでは依怙贔屓になってしまう。それに、実力が不相応だからといってクラスメートが相手をしなければ御堂はクラスで孤立してしまうだろう?」
「今でも孤立に近い状況だとは思うがね」
「それを解消するのが教師の役目だ。だからお前達二人には嫌とは言わせん」
「職権乱用じゃねーか。それに俺達だって可愛い可愛い生徒だぜ?」
「お前達は色家の一角だ。権利に付随する義務を履行しなくてはならんさ。それとも何か? お前達五色は名も無き魔巧士に臆するとでも?」
「言ってくれるねぇ、先生」
暴論ではありますが、桐生先生の言葉には理があります。
どうせいつかは彼の相手を誰かが務めなくてはならないでしょう。否応なく誰かが彼とぶつかるのですし、そのぶつかる人間は私達五色や御三家が一番早いに違いない。
「なら、その相手は私が務めましょう」
「……紫雲、お前本気で言ってるのか?」
「当たり前です。桐生先生の言う通り、これはいつかは通る道で、遅いか早いの違いでしかありません。ならば私が先陣を切ってあの人の力の一端に触れましょう。まぁどこまで喰らいつけるかは解りませんが、足掻けるだけ足掻くという経験もいいものでしょう、きっと」
そうです。
言い換えれば彼の視線を一時的といえど独り占めできると考えればこれほど幸せなことはないでしょう。
それを意識すると私の表情は崩れてしまいそう。ぐふふ、と乙女にあるまじき声を内心で上げてしまう。
それに遥か高みで見下ろす彼に挑戦することによって私もより高みへと至れる、そんな予感もする。
「……はいはい、今回はお前に任せるわ。俺は今日の戦闘を見届けて精々粘れるように戦術を研究しましょうかね」
「何だかんだ言ってお前も戦う心算なんだな、赤原?」
「アンタが焚き付けるからだろうが」
「それくらいふてぶてしい方がお前らしいと私はそう思うよ。それなら今回は紫雲に御堂の相手は任せる。いいな?」
「はい」
そういって桐生先生は決着の着いた組合せの生徒達と交代の生徒達を呼び上げていく。
次々と消化されていく組合せ。
「精々足掻いてこいよ? 相手が規格外だからっていって俺らは五色だ。それなりの誇りはあるだろ?」
「当たり前です。愛するあの人の隣に立てる資格があることをぶつけますよ」
「……俺はそういうことを言ってるわけじゃねーんだけどなぁ」
「次、赤原と藍川。交代だ!」
「呼ばれてますよ」
「聞こえてるっつーの」
愚痴ぐちと言いながら肩を揺らしていく彼を尻目に、私はどうやって彼――御堂慧と相対するか思考する。
深く深く潜る思考は周りの声は次第に聞こえなくなっていく。景色は白く霞み始め、それと反比例するように思考は加速して感覚は鋭敏化する。
一秒が二秒となり、その中で幾重もの戦術をシュミレートしていき、幾つかの戦術を対魔王用として構築した。
それが完了とすると同時に交代の声が私の耳へと届き、変わるように赤原が余裕の顔をして幻想世界から帰還する。
「ま、頑張りな」
「貴方も精々血眼になって私達の戦いを見学しておいて下さいね?」
「言ってろ、脳内御花畑女」
「黙って貰えますか、チャラ男」
悪態を付きながら私は幻想世界の入り口に佇む彼の横に並ぶ。
昨日感じたあの禍々しさは感じない。しかし、人を射殺す眼光は相も変わらず虚空を睨んでいた。
基本的に週一更新を目標に頑張ってみようかな?
感想が欲しい。何が面白くてどこを治せばいいかを知りたいでゲス。
紫:ドMでド変態
赤:容姿はチャラ男だけど常識人