1.魔王
5/21、あらすじ変更いたしました。
ひそひそと、腫物どころか畏怖が含まれた小さな怯え声が耳に届く。
平凡な青年こと俺――御堂慧へとぶつけられる悪意そのものだ。
中肉中背であり頭脳は中の下、運動神経は上の下とどこにでも居そうな確固たる凡人。他人との違いを強いて言えば眼光は聊か鋭すぎるくらいの筈で、普通ならそういった悪意とは無縁の生活を送るような人間である。
しかし現実は無常で儚く、悪意は間違いなく俺に向けられていた。
勿論その理由も理解している。だが、納得はしていない。
単純な話、勘違いされているのだ。
この殺し屋張りの眼光とある理由から生まれた荒んだ気配、そして誰にも説明できない俺の特殊体質。それらが相乗効果を生み出し、人は俺を――
「ま、魔王……っ!?」
「ヒィッ、コッチ見てるぅぅぅぅううううう!」
「おい、余り大きな声出すな! 殺されるぞ!?」
……そ、そう。魔王と呼ぶ。
最恐最悪。絶対覇者。傲岸不遜。唯我独尊。鬼畜外道。絶対零度。
これ以外にも呼ばれることもあるが、それだけ俺はこの世界の人間から恐れられていた。
中身は平平凡凡な好青年だというに、周りはそれを理解してくれない。実親たる両親すらの誤解も解けないのだから仕方のない事かも知れないが、それを納得できるほど俺も諦め切れはしない。
何故なら、魔王と呼ばれ目立ってしまえばそれだけ死亡フラグが俺を付き纏うからだ。
俺は死にたくない。"絶対に死ぬことがない体質"だとしても、死を経験するのは勘弁したいのだ。
俺はいわゆる転生者であり、前世の世界と今いる世界はパラレルワールドというくらいに類似している。しかし、明確に違った点が一つあり、それが"魔法"というファクターだ。
ファンタジーの代名詞であるそれがこの世界では跳梁跋扈しており、つまるところ前世ではあり得なかった魔法学園やら魔法犯罪を筆頭に、不良の喧嘩にすら魔法は登場することとなる。
考えてもみろ。バスケットボール大の火の玉やら人の腕よりも太い氷の槍、見えない風の刃やら視認できない雷など。明らかに近代兵器をぶっ放すよりも危険なそれが当たり前のように存在し、当たり前のように乱発されている世界だ。
死と隣り合わせの世界とはまさにそれのことであって、そして俺は目立つが故に巻き込まれる。それはもう呪いが如く。
「すいませんすいません殺さないで下さぃぃぃぃ」
「アハハハハハハッ、私は今日死んじゃうんだっ♪」
「おいしっかりしろ! 衛生兵、衛生兵ーーーーーっ」
「何であんな大物が学校に来るんだよ……。特待で軍にでも行けよぉ……」
そんな中で俺の他人からの評価と俺の実力は乖離してしまっている。
この世界の魔法使い――正式名称<魔巧士>はランクが制度付けされている。魔巧士自体は歴史を紐解けば一八〇六年、神聖ローマ帝国滅亡の原因と言われる未確認ウィルスが原因となって突如生まれた、謂わば新人類なのだとか。実際のところはどうなのか知らないが、この時期を境に魔法を操る人間が生まれたらしいので一概に否定も出来ないだろう。
ちなみに前世とこの世界の乖離しだしたのもこのウィルスの登場であり、このウィルスが瞬く間に全世界へと広がり、それが原因で全世界の人口が六分の一死滅したとされる。
後の学者の一説によると、このウィルスに適正があった人間が生き残り、そして魔法を扱うスキルが開花されただとか。
それから話は飛んで現在。技術的革新は前世と比べて余り際立った差は見受けられないが、それでもこの魔法という要素によって時代は多くの変革を齎した。
その一番の要素が戦争の在り方だ。従来ならば鉄の雨や爆風が戦場を支配していたのが一転、核のような破壊力を有する反面、地球を汚染しないクリーンで純粋な力。戦場へ一度投入されると鬼神の如く暴れる魔巧士が戦争の主役となり、国もそんな魔巧士の育成に金と時間をかけるようになるのも理解できない話ではない。
つまりランク付けをすることにより他国への抑止力となるのだ。核のような原始的なものなどではなく、もっとスマートな力こそが正義となる時代。
そんなランクは位階と表現され、第十位が最低で第一位が最高となる。ちなみに第十位が各国が設立している魔巧士育成学校――名前は色々あるがつまりはよくある魔法学校だ――を卒業した者に与えれる。それ以上は色々な条件により位階が上昇するのだが、それは追々話そうと思う。ちなみに魔巧士育成学校は中学から大学まであるのだが、位階が与えられるの中学の魔巧士育成学校を卒業した者に与えらえる。学校自体は国立と私立の両方が存在し、国立の魔巧士育成学校は中高大いずれにしても五校しかない。
「あれが魔王……」
「高校入学時で九位以上持ってるらしいな?」
「ああ。高校在学中に認められるのは多いけど、高校入学前じゃ一握りの天才達だけだ」
実際の実力は精々秀才そこらだというに、周りは化物扱い。
確かに位階を持ってはいるが、それも俺の特殊な体質のせいであって本来ならば持てるはずもない実力しかないのだ。
「はぁ……」
溜息一つ。
「くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」」
「しにたくないしにたくないしにたくないしにたくない」
「あああああああああああああああああああああああああああああ」
なんかごめん。
荘厳であった天聖学園の入学式終了後。
いつまでもこんな居心地の悪い空間からおさらばしようと体育館から出たはいいが、それでも周囲の阿鼻叫喚は収まらない。
こんな生活を送って早十五年。友達と言えるような存在は未だ巡り会えず。ボッチの記録更新を着々と進める俺である。
「――待って」
そんな憂鬱なことを考えていると、後方から鈴の音のような声が聞こえた。
小さな声量だが、周りの喧騒に掻き消されることない凛とした声。しかしそんな声に思い当りがある筈もない俺は気にすることはない。どうせ他の友達にでも声をかけているのだろう。
ポケットに手を突っ込み、また溜息を吐きながら歩を進めようとしたその瞬間。
「待って――魔王」
「あ?」
えらく低くて渋い声が出てしまったぁぁぁぁああああああ!?
久しぶりの対人っていうのとまさか俺に声かけてくる人間なんて居ないと油断して焦って変な声出ちゃったじゃん!
恐る恐る振り返ると、そこには絶世の美女が存在していた。
烏の濡れ羽と呼んで間違いない漆黒の髪が腰まで届き、それは風と共に踊るように宙を舞っている。肌は陶磁器のようにきめ細かく、その体躯は触れれば折れてしまいそうなほど華奢だ。しかし女性的な肉感が損なわれているというわけではなく、黄金比と言って過言でない均整のとれたプロポーション。
鼻筋は高く、俺を貫く切れ長の瞳。残念なのはその顔に表情らしきものが浮かんでいないことだが、それを差し引いても俺が前世含めて生きてきた中で一番の美女だと断言できる。
「……誰?」
そう、そんな美女ならば一度見れば顔を間違いなく俺は覚えている。
けど見たこともない人間だ。何だ? 闇討ちか? 美人局的に後ろからバッサリか? ヤられたことから警戒は怠らないぜ。
「私は紫雲澪」
あ、これは間違いなく美人局ですわ(確信)
だって怖いもん。雰囲気が取って食うみたいだもん。目が笑ってないもん。
完全捕食者です、本当にありがとうございました。
こうした時は逃げるに限る。この場から逃れるだけで問題の先送りでしかなくとも、今を逃げられるなら俺はどうせならそれを選ぶぜっ。
「聞いた覚えはないけど。なに、俺に何か用事?」
「っ……、その、用事はないんですけ「それなら俺、帰るわ」」
二言すら言わせない俺の完璧でスマートな即答術。
ごめんね、名も知らぬ美人さん(紫雲澪)。俺は自分の身が一番可愛いんだ。
君は可愛いけど自分の身の方が可愛いんだよ、わかっておくれ。
そんなこんなで俺は彼女に別れを告げ、二度と振り返ることもなく自宅へと足を進めた。
ぶっちゃけ周りの視線のせいで胃が痛いんだよ、ボケェ!
……あれ? でも紫雲ってどっかで聞いたことあったような?
✝
(side 紫雲澪)
雲一つない蒼穹の空は、まるで今日という日を迎えた私達を祝福するかのように辺りを照らしています。
四月一日。日本という国において始まりの日とされることが多いこの日であるが、私にとってもそれは例に漏れず今日は入学式でした。
天聖学園。
魔巧士育成学校での高等教育を施す場所であると同時に、国が設立した魔巧士育成学校が五校ある内で、入試や教育内容、そして卒業難度が頂点に君臨する学校です。
日本という国には数多もの魔巧士が住まい、その能力は各国よりも半歩先を行くとされていた。それほど、日本の魔巧士となる人材の素質と教育内容が高い表れでもあるのです。人口こそ他国に後れを取るも、一人一人の質は群を抜く日本はまさに一騎当千。
その中でも有名なのが旧家とされる御神、北条、桐生院の御三家。そして色家と呼ばれる苗字に色が入る出自。その中でも旧家に並ぶと言われる能力を持つのが五色と呼ばれる蒼森、赤原、黒堂、白宮、そして紫雲――つまり私の家系です。
その位階は現当主達全員が三位以上という破格ぶり。殆どが二位か一位という化物集団。
その中で私もその血を色濃く受け継ぎ、同年代ではトップクラスの実力を有していると思っています。
これは驕りでもなんでもない。単なる事実です。
日本最強の称号を脈々と受け継いでいる御神の神童には劣るものの、旧家の連中や他の五色にも勝るとも劣らない実力であるのは確認済み。
この学校には旧家と五色に連ねる人間が入学、または在籍しており、私達の代が史上最強と呼ばれるほど才覚に恵まれた世代らしい。
まさに日本の次代を担う人材が集まる場所が此処と言っても過言ではないでしょう。
そんな学校の入学式。
本来ならば荘厳な雰囲気が場を支配しているはずなのに、現実は非情にも荒れていました。
いや、荒れているなどという生易しいものではなく、この場には恐怖が渦巻いている。
まるで戦場にいるかのように錯覚してしまう重苦しい空気。それはただ一人の人間から発せられる畏怖であると誰が思うでしょうか。
日本最強どころか世界最強とさえ呼ばれる御神家現当主、御神玲が魔力を練り上げた時に感じた恐怖と同類のそれ。しかし、このおどろおどろしい空気を作る彼は魔力を練り上げているわけではない。ただその場で立っているだけ。居るだけで他者を圧倒する本当の意味での覇者がそこには存在しました。
私は一つの噂を聞いたことがありました。
私と同年代に魔王と呼ばれる人間が居ることを。その人物の噂を色々と聞いたことがありましたが、どれもこれも脚色されたフィクションだと思っていました。
けど、理解させされる。その噂は寸分違わぬものであると否応なく理解させられた。
彼こそが魔王、御堂慧。
入学式が終了を告げると同時に彼は体育館から退出する。
彼が居なくなると同時に空気は弛緩し、ようやく本来の清浄たる雰囲気が戻ってきたようです。
死を前にしていたかのように周りの人間は身体を強張らせ、彼の姿が消えると同時に腰が抜ける生徒が居るほどその影響力は計り知れない。
私ですら身体は固まり、多分北条や蒼、赤も同じような目に陥っているに違いないでしょう。
注目さえしてなかった鬼札が盤上に登場したような錯覚を私は受けました。
父さんや他の当主達は彼の異常性を理解しているのだろうか、いやしているのだろう。その情報収集力も絶対的なのが私達の家なのだから。
ならばどうして今まで彼の情報が私たちの耳に入ってこなかったのか。それを考え、すぐに頭を振る。
もしもそんな情報が入ってくればちょっかいを出すのが人の性。私や他はともかくとして赤のチャラ男は間違いなく手を出す。
その先に待っているものは破滅以外の何物でもない。
私ですら相対してしまえば惨殺される未来しか見えないというに、赤がどうにか出来るはずもなく。だから父さんたちは彼の情報を意図的に遮断したのでしょう。
けど、奇しくも彼と私たちは巡り会った。
そして、私はそんな彼に惹かれてしまった。今まで勝てないと思った相手は居ない。御堂玲を相手にしてもいつかは超える壁と認識していました。
しかし、彼にはそんな考えを持つことすら烏滸がましいと思えるほどの絶望感が私を襲ったのです。
あれには勝てない。あれは人間が勝てる相手ではない。そもそも同じ土俵に立つことすらできない。
そんな絶対覇者である彼の姿を神々しいとすら思ったのです。
彼こそが頂点に座する存在。
彼の傍に居たい。彼の匂いを嗅ぎたい。彼の温もりを知りたい。彼の考えを共有したい。彼の想いが向けられたい。彼の身体を食べたい(性的な意味で)。彼が――欲しい。いや、いっそ私を滅茶苦茶にして欲しい。
「――待って」
だからでしょう。
気付けば彼の姿を目で追い、そのまま身体は誘われ、そして声をかけていた。
けれでも彼は此方を見向きもしない。
確固たる意志を持って投げかけた言葉は彼には届かず、あまつさえ表情は見えなくとも侮蔑の色を覗かせているのは吐かれた息で察せられた。
あぁ、そんな彼の行動すら愛おしい。というか、その虫けらをみるような視線で私を嬲って欲しい。
けど、私は諦めない。振り向いてくれるまで何度だって声をかけてみせる。
だから次の瞬間――私は死を覚悟した。
「待って――魔王」
「あ?」
その一声で、まるで心臓を握りつぶされたかのような圧迫感が私を襲う。
あ、死んだ。と錯覚してしまうくらい、私の身体から自由はなくなっていた。指一本たりとも動かせず、無表情と揶揄される私の顔は輪をかけて無表情を加速させる。
動けない動けない動けない。
何らかのリアクションをしなくては本当に命の危険性があるというに、私の意思を身体は受け付けないでいる。
「……誰?」
駄目だ、彼は間違いなく苛立っている。
声のトーンもそうだし、何よりあの鋭すぎる眼光が酷い。
射殺すという言葉は彼のためにあるかのように、その視線は私を貫いた。ヤバい、ゾクゾクする。
しかし、これ以上無様を晒すのは御免被りたいし、何より彼からの評価下がるのは本意ではない。
何とか、せめて名前だけでもと思い水分が失われたカラカラの口からそれでも声を振り絞って捻りだした。
「私は紫雲澪」
さぁ、反応はどうだ?
これでも紫雲家として有名だし、巷でも評判になるくらいの美少女だと自負している。
「聞いた覚えはないけど。なに、俺に何か用事?」
そんな私を嘲笑うかのように彼は表情を変えない。
五色や旧家に下手な態度を取れば将来が閉ざされると専らの噂だというに、彼はそんな様子を微塵も見せることもない。
内心唖然としつつも、私はよりいっそうに彼に陶酔してしまう。
権力にも当たり前のように屈しない。あぁ、素敵すぎて鼻血でそう。
「っ……、その、用事はないんですけ「それなら俺、帰るわ」」
冷たくあしらう彼の姿を尻目に、私はこの場を動けないでいた。
何事もなかったかのように、彼は校門へと姿を消す。
どっと脱力感と疲労が私を襲い、ようやく死の圧力から解放された気分だ。
彼こそ間違いなく最強であり至高の存在。もっと近付きたい。
少しつまらないと思ってた学校生活は、思った以上に楽しいものになりそうだ。明日から楽しみだなぁ……
「魔王様……」
そっと下着に手を伸ばしてみると、湿っていた。
久しぶりに新作を挙げてみる。
評判が良ければ更新速度は頑張るつもりだけど、感想とかなかったらゆっくり書いていくつもりです。
5/5
紫雲澪の一人称を全体的に変更