ハッピーバースデー
「誕生日、おめでとう。」
ほら、今日も新しい君だ。
白いシーツに白いカーテン、白い壁。
そこで彼女の1日は始まる。
いや、生まれるというべきか。
自嘲気味に少年は笑う。
やがて彼女は目をうっすらと開け、不思議そうに周りを見渡した。
そんな彼女に優しく少年は「いつもの事」をする。
すると戸惑いながらも彼女は笑い、ご飯にしよう、と告げると目を嬉しそうに輝かせた。
小さい体で彼女は皿を食器棚から出し、食事の用意をする。とはいえ自分も小さいので、踏み台を用意して調理を始めた。
彼女の大好きなフレンチトーストを皿の上に載せ、適当に野菜を千切って大きな皿の上に載せた。
彼女は満足げに微笑み、牛乳をコップに注いで頂きます、と呟くと彼女もそれに倣った。
食べている時の彼女は幸福そうな顔をする。
それを見ると自分もしあわせな気持ちが膨らみ、心がぽかぽかとした。
午前の眩しい光が窓から差し込み、彼女は外へ行こう、と呟いた。
彼女に連れられて扉を開けて外へ出ると、彼女はにこりと笑った。
丁度よい光が自分達を包み、少年は良かった、と安堵する。
良かった、まだ彼女には光が似合う。
川辺へ来ると彼女は川の流れに足を突っ込もうとする。
慌ててそれを止め、靴を脱がせてから自分も川の流れに足を突っ込んだ。
ひやり、と気持ちの良い冷たさがして、足の周囲に水の渦が出来る。
きらきらと光る川に魚が群れをなして泳いでいた。
少年は魚を一匹、手に取る。
魚は最初は少年の小さな手の平の上で暴れまわっていたが、やがて動かなくなった。
やはり、無力だな。と少年は顔を歪め、魚を川に戻すと彼女に昼食の為の魚を取ろう、と告げると顔を歪めた。
少年は苦笑し、じゃあ木の実をとってこようか、と告げると彼女はうん、と元気よく返事をして森の中へ走り出す。
全て、生命であり、動いているか動いていないかの違いなのだけどな、と少年は思う。
だが無邪気な彼女にはきっと分からない。
彼女に追いつくと、既に彼女はカゴいっぱいに植物を集めていた。
ふと彼女が折ったであろう草に目を向けると、そこには無惨な切り口をさらした茎が悲壮感一杯に佇んでいた。
やがて夜になり、彼女が折った植物達を調理し、お腹いっぱいだと彼女が満足げに笑った。
少年も笑う。
彼女はベッドに入り、きのみさん、くささん、ありがとう、おさかなさん、また明日ねと呟いて目を閉じた。
彼女が完全に眠りに落ちた頃、少年は酷く矛盾した言葉だ、と笑う。
夜が明ければまた彼女は全てを忘れているだろう。
そして自分はまたこの世界の事を優しく教えてあげるのだ。
白衣の悪魔は難しい言葉を口にしていた。
親からの暴力で頭を打ち、彼女はこうなったのだという。
その親は自分達が殺した。
彼女は殺されないように、自分は彼女が殺されないように、二人で刺した。
幼かった自分達の訴えを聞く大人など居なくて、結果彼女の両親の暴力はエスカレートして彼女を殺そうとした。
もういい、と少年は心の中で呟いて刺したのを覚えている。
そしてまた彼女は忘れた。
もっと言うと自分を拾い、名前をつけてくれた彼女も消えた。
酷い人だ、と心の中で呟き、代わりにおやすみ、と言って彼女の部屋を出た。
また明日、彼女が目を開けたら一番におはよう、と言おう。
それから、誕生日、おめでとう。