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救世主と本当の第二のマリア

携帯ゲーム・アンビエンスエフェクトの顛末記です。

 赤坂奈津美は眞樹の苦しみが判っていた。


自分も同じように実験材料として扱われて来たから、その痛みも体験している。

でももう、終わりにさせたかった。


有事対策頭脳集団の、改革は進んではいる。

でも何時又同じような思考を持つ者が現れないとも限らない。


眞樹にこれ以上の苦しみを背負わせたくなかった。



だから……



『眞樹落ちて』

アンビエンス・エフェクトの中に、そうコメントした。



俺と宇都宮まことがその言葉で落ちたのを知りながら……



自暴自棄になっていた眞樹はその要求をのんだ。



「ちょっと待て。此処は屋上だよ。あの部屋とは違う。二人共死ぬぞ」


俺は二人の前に立ち塞がった。



それは卒業式の始まる直前だった。

生徒達は全員講堂に集められていた。

望月一馬もその中にいた。



一馬は眞樹と俺のいないのに気付き、アチコチ探し回っていた。





 その頃眞樹と赤坂奈津美は屋上の柵へと向かい、微笑み合いながら其所から身を投げようとしていた。



それは、苦しみからやっと解放されると思ったから出たのだろう。

安らぎに満ちた顔をしていた。


でも俺はどうしても助かった。



だから俺は其処へ駆け付けて手を伸ばした。



目の前を赤坂奈津美が落ちて行く。

でも……

眞樹だけは何とか受け止めた。



俺は後ろに人影を感じた。


見ると望月一馬が俺の体を支えてくれていた。

俺を落とさなくするためじゃない。

眞樹を救おうとしたのだ。



でも眞樹は首を振って、自らの手で俺の手をほどいていた。


俺は必死に止めようとしたんだ。

でも、そんな俺をあざ笑うかのように眞樹は冷静だった。



結局俺の手をすり抜け、眞樹も落ちて行ったのだった。



でも俺は見たんだ。

眞樹が微笑んだのを……

それはきっと、先に堕ちた赤坂奈津美への愛を成就させるただったのだろう。


下を見ると、眞樹の手が赤坂奈津美へと伸びていくのが解ったから。



俺ははてっきり、自暴自棄になったから眞樹は死を選んだのだと思っていた。

だから眞樹の行為と、あの笑顔に納得出来ずにただ呆然としていた。





 俺はやり場のない虚しさを補ってほしくて望月一馬を見つめた。


自分のことは棚に上げて、何故もっと早く来てくれなかったのか聞きたくなったからだ。

それと、眞樹や教団の他の生徒が受けた実験の場を与えた本当の目的を知りたかったからだ。



でもその前に、俺は一馬に抱き締められた。

一体何なのか?

何がどうなっているのかも解らない。


ただ一馬は俺を抱き締めて泣いていた。





 「良かった無事で……」

やっと一馬は言った。



(何処が無事なんだ? 一体何を考えているんだ?)


俺はだんだんと腹立たしくなって来た。



(もしかして、俺と眞樹を間違えているのか?)

そんなことも思いつつ、俺は続けた。





 「アンタは眞樹の親なんだろう? だったらもっと親らしくしたらどうなんだ」

俺はとうとう言っていた。



「眞樹やまことがあの幹部候補生達の餌食になったと知りながら……」

俺がそう言った途端一馬の顔色が変わった。



一馬は、眞樹が実験で動物の血を輸血されていた事実を一斎知らなかったのだ。


俺はそれが事実だと一馬の意識の中で知った。



「君は今、私の心を見ているね。その力を生かしてみないか?」


又訳の分からないことを一馬は言い出した。

そして俺に跪いて、右手を差し出した。





 俺は驚いて、反対の手を見た。

其処には古文書のような物が見てとれた。

それはあの大天使の持ち物だった。



俺はそっと一馬の額を見た。



もし一馬が大天使ガブリエルだったら、目と目の間に太陽が埋め込まれているはずだから……



其処には確かにそれがあった。

俺の目はしっかりそれを確認した。



「えっー、大天使ガブリエル!?」


俺は慌てて左脇腹に手を持って行った。



痛みは無くなっていた。

それだけではない。傷口さえも跡形も無く消え去っていたのだった。



「母に受胎告知をしたのは本物のガブリエル? だったら俺は……」



「はい、貴方様こそ、救世主です」


大天使ガブリエルは確かにそう言った。


俄には信じられないことを言った。





 (んな馬鹿な? 俺が救世主だったなんて……信じられるはずがないじゃないか。第一……俺は結婚してる。救世主がそんなんで良いのか?)


でも一馬はマジだった。



「証拠はあるのか?

だったら見せてみろよ。第一、俺が救世主だったなんて信じられる訳ないだろう!?」

俺はまだそんなことを言っていた。



「俺はヴァンパイアかも知れないんだ」

俺は泣いていた。

ヴァンパイアの血がまことを殺したと思っていたからだった。


「それはきっと眞樹の執念が君に乗り移ったのではないのかな?」



「執念?」

俺は聞いた。



「眞樹は、成績でトップになることを目指していた。でも本当は君に敵わないことが解っていたんだ」



「だから俺を憎んだ?」



「そうかも知れないし、違うかも知れない」

一馬は煮えきれなかった。



「それで良く救世主だなんて言えるね。証拠もないくせに」


本当は大天使ガブリエルだと知りながら、失礼なことばかり言っていた。



解ってるんだよ。

言葉遣いが悪いことぐらい。

でも俺は本当に何が何だか判らないんだ。





 「証拠? 私にはこれ位しか……」

一馬……

いや、大天使ガブリエルはそう言うと、俺をさっきまで二人でいたカンバスに連れて行った。



「えっ!?」

それを見せられて、俺は思わず息を飲んだ。


其処には、大天使ミカエルの剣で脇腹を刺された俺が描かれていた。

それも、大きな十字架を背負わされて。





 俺は慌てて、手を見た。

其処には釘痕がはっきり付いていた。

それは両方の手と足にも存在した。


俺は確かに救世主の生まれ変わりだったのだ。

そう言わざるを得ない。



輪廻転生。

それらを幾度も繰り返して、今俺に降臨したのだった。



十字架に貼り付けにされて殺されても尚生き返ったとされるイエス。

誰かが、聖母マリアを天使が犯して出来た子供だから不老不死の力を得たためだと言っていた。



「私は眞樹が第二の救世主だと思っていた。だから、いやそれだけでもなく愛していた。でも、サタンに変えられてしまった」

一馬は辛そうに話した。



(サタン? 悪魔のことか?)

でも本当のサタンは違っていた。

堕天使だったのだ。



堕天使とは、堕落した天使のことだった。



サタンとは天使界を追放されて人間界に送り込まれた堕天使だったのだ。





 俺は急に望月眞樹が気になった。


サタンに心を奪われた眞樹。

きっと、輸血の苦しみから救ってもらいたくて悪魔と契約したのではないだろうか?


だから眞樹は七転八倒する苦しみから解放されたのではないだろうか?



でも眞樹は死んだ。

その苦しみに耐えられなくなって死んだ。



何が俺達の運命を変えたのだろうか?

氷室博士教授が俺達をチェンジしていたら、俺が眞樹になっていたのだろうか?

答えは出ない。

出るはずがない。



屋上から見下ろすと、眞樹と赤坂奈津美の遺体はブルーシートに隠されて、卒業する生徒達にも伏せられた。



(俺は助かったのか? でも俺の血はヴァンパイアのままではないのか? それで本当に助かったと言えるのか? 一馬の言う通り俺が本当に救世主だったとしても、ヴァンパイアの血はぬぐえるのだろうか? どんな方法でこの体を浄化させようとするのだろうか?)


又苦しいだけの……

眞樹が体験した恐怖が俺の心を支配しようとしていた。





 (一体何故、ヴァンパイアの血が俺の中に?仮に本物のヴァンパイアの血を飲まされとしても、本当にヴァンパイアになれるのだろうか? それでも、救世主だと言うのか? ヴァンパイアにされた俺にそんな資格があるのか?)


俺は何が何だか解らなくなっていた。


でも、頭の片隅にまことの姿が見え隠れしていた。



(ヴァンパイア!? そうだまことは……まことは何処にいる!?)


俺はやっと自分を取り戻していた。





 (そうだった。まことのことをすっかり忘れていた。ごめんまこと……)



それはやっと、自分の置かれた状況を判断出来るようになったためだ。

落ち着いて来た証拠だと思った。



(まことが此処にいるはずがないのに……そうだよ、まことはあの家で……)



そう思いながらも俺は探していた。

俺が傷つけたかも知れないまことの体を。


俺は確かにまことを襲った。

ヴァンパイアになって、まことの血を求めていた。


それが夢であってほしいと思いながら大カンバスの脇に戻り、救世主の証かも知れない十字架の絵を見つめた。





 さっきまで其処で醜態を晒していた俺。


でもそれは、本当の自分を見つける過程だった。



(まことと巡り逢えたのは、アンビエンスエフェクトのゲームの中だった。俺はあのゲームによってまことの居る場所へ飛ばされたんだ。あのゲームにはそんな威力があったんだった)


そう思い回りを見渡す。




(そうだ。確かあの時も……)


それは施錠お袋の部屋だった。

下に収納の付いたベッドの横に、俺の部屋とは違う物……ベッドの跡を見つけたんだ。



(きっと二段ベッドの片割れが置いてあったんだ。きっと其処に宇都宮まことが眠っていたんだ)


そう思った。



だから今……辺りを見回すことにした。





 (いる訳がない)


そんな諦めの中に俺は身をおいていたのだった。



でも、遂に見つけた。

まことを見つけた。

愛する妻を見つけることが出来た。



正直、いる訳ないと思っていた。

でも実際に其処にいた。



何が何だか解らない。

それでも嬉しかった。

俺はまことの元へ駆けていこうとした。



まことは屋上の柵に頭を付けて、眞樹と赤坂奈津美のために手を組んでいた。


その姿はまさに聖人そのものだった。

俺は思わず息を飲んだ。

邪魔をしてはいけないとも思った。

まことはそれほど気高かった。



(何故!?)

嬉しさよりも恐怖がよみがえる。

俺は震えていた。

まことを瞬間移動で連れて来てしまったと思ったからだった。



俺は忘れていたんだ。

本当は信じてもいなかったんだアンビエンスエフェクトの力を……





 「マリーは、本当に優しいね。そう思わないか?」

一馬が言った。



「マリー!?」



「フランス語のマリアだよ」



「えっ、ええっー!?」

俺は突拍子のない声を出していた。



「マリア・マグダレナ……それが彼女の洗礼名だ」



「マリア・マグダレナ?」



「解らないか? マクダラのマリアだよ」



「えっ!? あのもう一人のマリア?」



「私は彼女と会った途端に感じた。だから眞樹を救世主だと思ったのだ。マクダラのマリアが救世主を見守ってくれていると感じた訳だ。でもそれは、どうやら君だったようだ」

望月一馬はそう言っていた。





 マリア・マグダレナ……

所謂マクダラのマリアと呼ばれている人だった。

まことも第二のマリアだったのだ。


いや……

望月一馬の言った救世主が本当のことだったら、宇都宮まことは俺の運命の人だ。


まことが本当の第二のマリアだったのだ。



マクダラのマリアは様々な説のある人だった。

キリストの奥さんだと解釈する人もいる位、身近な女性だった。



最後の晩餐で、キリストとマクダラのマリアの間に子供の姿が隠されていたらしい。

だから、二人の間には子供がいる。

そう結論付けた研究者もいた。



受胎告知で稲妻を受けてキリストを宿した聖処女マリア。

そんな神の子が、女性との間に子供を作る。

信じられない話だった。

その女性がマリア・マグダレナ、所謂マクダラのマリアだったのだ。



まことはマクダラのマリアだったのだ。



証拠は沢山あると一馬は言った。

マクダラのマリアは悪魔に魅入られ身を持ち崩していたところでキリストに助けられた。

だから、それを恩に感じ同行したのだ。



有事対策頭脳集団の幹部候補生達の実験材料として灰人にされたまこと。

そのまことを必死に助けた俺。


それはまさに奇跡の出逢いだったのだ。


マリア・マグダレナはキリストの処刑が決まっても決して傍を離れなかった。

だから復活したキリストから声を掛けられるまで泣きあかしていたのだった。



「それじゃあ、俺とまことは?」



「私が認めた夫婦だ。こう見えても私は牧師の資格を持っている。誰が何を言おうが、二人は正式な夫婦だ」


一馬はきっぱりと言い切った。





 「だから、マリーは君をずっと見守っていたんだ。君達は、前世から苦労を共にしてきた同士だったんだ」


そう言った後、一馬はもう一度跪いた。



「眞樹のために教団のトップになってくれないか」



(眞樹のため!?)

信じがたい言葉だった。



俺は一馬の真意を知りたくて、無意識のうちに一馬にインしていた。



眞樹は一馬に時期主席として俺を推薦していたのだった。



目の前で跪いている望月一馬。


その時俺は見た。

再度、一馬のオーラを。



それは荘厳で、雄大で、何時か見た大天使のそれに似ていた。





 「やはり、大天使ガブリエルだったのですね」

俺は思わず呟いた。



第二のマリア・マリアローズに受胎告知したのは、大天使ガブリエルだったのだ。



「つまり俺は?」



「あなたこそ、第二の救世主です。先ほどもそう言ったはずですが……」


何故もう一度尋ねたのか俺には解っていた。

そう……

俺はその言葉を確かめたかっただけなのかも知れない。



一馬はそんな俺に、優しそうな笑顔を向けていた。

それはあの白い部屋での結婚式で見た姿そのものだった。



「前世や歴史がどうでも良いではないですか。お二人は紆余曲折の後結ばれた。それだけで良いと思いますが」


一馬のその言葉を噛み締めながら、まことの後ろ姿を見つめた。



此処からだと見えない、まことの視線の先。

望月眞樹と赤坂奈津美の遺体をまことを通して見つめていた。

俺はまことの中に入っていたのだ。





 まことは本当に慈愛に溢れた娘だった。

それは聖母マリアを凌ぐほどの……



まことは赤坂奈津美と望月眞樹の幸せを祈っていた。

今となっては叶わない、二人の結婚を望んでいたのだ。



(出来るならそうさせてやりたかったな)


まことには聞こえないかも知れないけど、それは俺の精一杯の罪滅ぼしの言葉だった。



あのアンビエンスエフェクトの中で俺が宇都宮まことを選んだことを知り、眞樹はきっとホッとしたことだろう。

愛する赤坂奈津美をゲームのキャラクターに使ってしまったことを悔やんでいたはずだから……



だから宇都宮まことをあの部屋に連れて行けたのだろう。



でも宇都宮まことも小さい頃からずっと一緒に過ごした仲間ではなかったのか?



(何故だ? もしかしたら俺と墜ちると解っていながら、どうして彼処にまことを連れて行ったのだ? それも催眠術まで掛けて……」


それにふと気付いて、やはり眞樹を許せなくなっていた。





 それでも宇都宮まことは清らかな心で下に横たわる二人があの世で結ばれることだけを祈り続けていた。



もっとまことを見ていたかった。

でも俺はふと一馬が気になり、視線をそちらに向けた。



(いいのか、こんな場所に居て……。眞樹の所に行ってやれよ)


そう言ってやりたい。

でも、俺が心配だから此処にいることを本当は理解していた。





宇都宮まことはマリーだった。


まことこそ本当の第二のマリアだったのだ。

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