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宇都宮まことの母

宇都宮へまことの祖母に会いに行きます。

 宇都宮まことはあの家で暮らしたいと言った。


佐伯真実が交換してくれた鍵が、身を守ってくれると思っていたのだ。



それと……

宇都宮まことが母と慕う人物。

若林結子と離れたくなかったのだった。



でも本当の理由は他にあった。

俺の孤独を埋めるためだったのだ。



あの白い部屋が本当の意味でアトリエになれることを願っていたのだった。



二人の愛の暮らしをそのまま描く俺。

その後押しだったのだ。


何時も一緒で……

愛を感じて……

と言っても俺達はまだチェリーとバージンのままだったのだが。





 宇都宮まことは本当に優しい人だった。


虐められても、追い詰められても変わらない信念。



俺はあの時感じた大天使ミカエルを思い出した。



宇都宮まことこそ、その方の生まれ変わりに違いないと改めて思った。



(狙われる時は何処に居ても同じか?)


俺もそう思うようになった。


例え逃げても眞樹は追って来る。

オカルト教団から身を守る術など俺達は持ち合わせいなかったのだから。



それならいっそ……

母と佐伯真実と一緒に……

それが一番安心出来る居場所なのかも知れない。



佐伯真実は宇都宮まことの育ての親だ。

自殺した母親の死後宇都宮まことを救い出したのだから。



そして何より、宇都宮まことが喜んでくれることならこんなに嬉しいことはない。





 俺は宇都宮まことの本当の母親を探してみようと思った。

宇都宮市内で自殺したと言う、本当の母親を。



でも、俺は殆ど外出したことがない。

勿論彼女もだ。



宇都宮は何処だ?


駅は……

宇都宮駅に決まってる。

電車は何線?

此処から遠いのか?



遠くないから、きっと俺は彼処で産まれたはずだ。



地図で見たかぎりは、上野から出ているらしい。



でもその上野にどうやって行ったら良いのだろう?





佐伯真実に相談してみようと思った。





 その結果。

佐伯真実も同行することになった。


事情を知っているのは佐伯真実だけなのだから。


そして、車も出してもらえることになった。



(ラッキー!!)


俺は思わずガッツポーズを取った。





 「宇都宮で一番有名なのは何だ?」

運転席で、宇都宮まことを気遣いながら佐伯真実が尋ねる。



「多分、餃子……」

俺は答える。



「あっ、それと駅弁発祥だったかな?」



「じゃあ、宇都宮駅の東口にあった物は?」



「うん、それ知ってる。多分餃子像。あれって確か真っ二つに割れたとか?」



「移転の為の移動中に割れたとか聞いたけど」

宇都宮まこともやっと言った。

教団の幹部と一緒で緊張しているんだと俺は感じた。



「あれは昔、テレビ局のイベント企画だったんだ」



「確かタレントがアルバイトをするとか言うヤツだと聞いたけど」



「ああそうだよ。でもそのお陰で宇都宮が有名になれたんだ。私が何故彼処の病院を訪ねたかと言うと……宇都宮の宇は宇宙の宇。何だとか一馬が言っててな」





 (宇都宮は宇宙の宇!? らしいな……)


自分は宇宙人だと言っていた望月一馬。



(俺達二人も宇宙人にしたかったのかな? 俺と眞樹だけじゃなかった。宇都宮まことともつながっていたんだ)



俺は宇都宮まことの手を握り締めた。

やっと指先に力の戻ったこの掌で。



宇都宮の宇は宇宙で宇都宮は以前は関東の中心地だったと言う。

都だったのだ。

だから……

望月一馬に選ばれたのだった。



宇都宮の凄いところはそれだけじゃなかった。


宇都宮まことの言うように駅弁発祥の地でもあったのだ。


オニギリ二個と、沢庵二切れ。

そんなシンプルな物だったらしい。



俺は宇都宮は新しい文化を積極的に取り入れる素晴らしい街だと思った。





 「全て私の一存でした事です」

佐伯真実は宇都宮まことの母親の両親に手を着いて謝った。



「いいえ、こうして又逢えたのですから」

祖母の並木治子は言った。



(又逢えた? 一体どういう事だ)



「そうでしたかやはり、あなたでしたか?」


佐伯真実は、祖母の手を握り締めた。



「ありがとうございます。こんなに立派に育てていただきまして……」


並木治子は泣いていた。



「あんな、あんな……、握り拳位しかなかった赤ん坊が……」


そう言いながら、宇都宮まことの手を取った祖母。



「自殺だと聞かされて気が動転していたんです。彼処の先生に頼んでしまった……」


宇都宮まことに誤るためなのだろう。

祖母はそのまま……

ただ宇都宮まことを見つめていた。





 「確かに遺書は持っていました。でも最期に生きようとしたのです。この子を生かそうと思ったのです。そうでなければこの子を守らないと思います。庇ったのです我が子を」


佐伯真実は泣いていた。



「だからこの子を助けてやりたかった……。独りよがりだと解っています。でも放っておけなかった」



それが、佐伯真実の本心だった。


超未熟児が保育器から卒業し、普通に生活出来るまでになる為には長い時間と相当の金額がかかる。


まして、宇都宮まことの母親は既に死亡していた。

その費用を佐伯真実が工面していたのだった。



「私は、あの子が妊娠したことにも気付かずにいたのです。母親失格です」


並木治子は宇都宮まことの手を握り締めながら、泣いていた。





 「私はどうしてもこの子に初乳を飲ませどあげたくて、帝王切開で双子を産んだ人に頼んだのです。この子の母親になってくれと」



(母だ……俺達は乳兄弟だったのか?)



初乳……出産した後で初めて出る母乳――。

それは赤ん坊の抵抗力を付けると何かで読んだ覚えがある。

きっと超未熟児の宇都宮まことは、保育器から出られた頃は俺達位しかなかったの知れない。


だから……

大きく成長させるために……


母は胸に抱いたのか?


一番初めに宇都宮まことが飲んだ母乳。



(そうか……俺達の原点か? 俺が孤独と戦っていた頃。宇都宮まことは幸せだったのか?)





 俺は宇都宮まことを幸せにさせる権利を母から受け継ぎたいと思っていた。



自殺を図った宇都宮まことの母は、我が子を庇い死んでいった。


助かった命を救おうと懸命だった佐伯真実。



だから預けたのだ。

だから育てられたのだ。



そんな大切な命を簡単に扱った若き幹部候補生達。


俺はこの人達を絶対許してはいけないと思った。





 生きていた胎児は、非常に弱い乳児にだった。


低体重未熟児の多くは手厚い看護の元で育てられる。

でも、教団に隠れて育てられた宇都宮まことには……


だから病気療養を名目にして、若葉結子が世話をしたのだった。



そんな母の思いを知り、俺は決意した。



宇都宮まことを幸せにしたい。


宇都宮まことが幸せになれば、俺も幸せなんだ。

そう思った。



俺は今まで、自分の幸せばかり考えて来た。



孤独を埋めてほしくて母の面影ばかり追っていた。



でも吹っ切れた!


俺は許される限り彼女に甘えよう。


なんて嘘。

許される限り……


宇都宮まことを愛し……

その母を愛し……

その祖父母を愛そう。



俺達の力で……


みんなが幸せになれば、こんな嬉しい事はない。





 俺は、母が氷室博士教授を愛していることは承知している。

それでも勇気を出して欲しかった。

愛していると言ってほしいかった。

佐伯真実に。



だから帰りの車の中で思い切った行動に出ようと思っていた。



「佐伯さん……。俺は十八歳になったら、結婚したいんだ。その時、二人の見届け役になってほしいと思ってます」



「だから……」

そう言いだしたのは宇都宮まことだった。



「だから勇気を出して、お母さんにプロポーズして」


俺は……

宇都宮まことを見つめた。



同じ……

同じ思いだった……



その時、佐伯真実は慌てたらしく、急ブレーキを踏んだ。


その勢いで俺と宇都宮まことの体が重なった。

後部座席のシートベルトが穴に入りづらくて、結局諦めて外したためだった。



俺は驚いて体を元の位置に戻した。

見ると宇都宮まことが必死に笑いを堪えていた。

それは宇都宮まことにやっと平穏な日々が戻った証拠だった。



「ありがとう……」

そう言ったのは佐伯真実だった。

その時俺はルームミラー越しに佐伯真実が泣いているのを目撃した。



頬を温かい物が流れた。

俺も泣いていたのだ。


宇都宮まことの優しさに二人は泣いていたのだ。




「ありがとう二人共……」


佐伯真実はそう言いながら、又エンジンを掛けた。





 そのことがきっかけになって、俺達は母と佐伯真実幹部の結婚式を密かに画策していた。



俺達の結婚式は十二月二十五日。

俺の十八歳の誕生日だ。


その為師走に入るとすぐに結納が交わされる事になった。


十二月八日。

それは師走の事始めの日だった。


事納めだとも言われ、豆腐に折れた針を刺す針供養はこの日に行われる。



十二月十三日を事始めとしている地方もあるが、俺達は八日を選んだのだった。



形式は祖父母を立てて、古式ゆかしく。

でも式は……

病院を抜け出して行ったあの協会で、と言うことにした。



一度……

結婚の契りを神に誓ったあの協会を選んだ理由は、本当は其処では挙式しなくても良いからだった。


俺達はあの白い部屋で、若林結子と佐伯真実だけに見届けてもらえれば良かったのだ。



そこで、悪知恵を働かせた。



でもその日はクリスマス。

幾ら何でも行事を辞めて結婚式にしてくれなんて言えない。


って言うことにしたのだった。


俺達はそれを言い出すタイミングをはかっていた。





 「今日は真珠湾攻撃の日だったわ」

十二月八日の結納終了後、突然祖母が言った。



「パールハーバー?」

宇都宮まことが呟いた。



「えっ? 事始めの日に、戦争も始まったのか……」


俺は知らなかったんだ。

東京大空襲や、広島長崎の原爆。

日本を恐怖の渦に巻き込んでいった大東亜戦争の開戦が今日だったと言うことを。



(今日はパールハーバーの開戦日か。でもこの仕事始めの日に何とかしたいか)


そう、俺は又きっかけを模索し始めていた。



そこで……

又無い知恵を働かせる。



リハーサルを挙げて貰う事にしたんだ。


その場に見届け人として出席して欲しいと頼んだのだった。

勿論祖母にも。

それは祖母にウェディングドレス姿を見てもらいたいと言う、宇都宮まことの希望でもあったのだ。


俺達が本当に挙式する予定の、あの白い部屋を見せたくなかったのだ。



祖母は有事対策頭脳集団の若い幹部候補生達が起こしたら事件の全容を知らないでいたからだ。


宇都宮まことも俺も事件が全て解決されたとは思っていなかったのだ。





 十二月二十二日。

冬至の日だった。


実はクリスマスの由来はこの冬至で、ヨーロッパの太陽の復活祭が起源だと言われているからだった。





当日用意したのは、タキシードとウエディングドレスだった。

でもそれを着るのは俺達じゃない。



佐伯真実と若林結子だったのだ。



試着と言う形だった。


勿論俺達も形だけは一緒だった。



「太陽の復活祭に、愛の復活をどうしても賭けてみたくなって……」


俺の言葉を聞いて、佐伯真実は苦笑いを浮かべた。



それでも若林結子の元へ歩み寄って行った。



若林結子の前に跪いた佐伯真実。



「私は勇気がなかった。あなたに愛を告げる勇気がなかった。だから、この二人の後押しを本当は待っていたのかも知れない。今日が太陽の復活祭なら、この思いも……このアナタを愛する心も太陽のように熱くたぎらせたい!」



「私も、勇気がなかった。あなたは初恋の人だった。あなたを愛しているのに、反対されるのが怖くて逃げていた。氷室博士さんに逃げていた。無理やり好きだと思い込ませて……」



母も遂に告白した。



母は……

本当は愛していたんだ、佐伯真実を……


でも、佐伯真実の家族の反対を知ってしまった。


だから母は佐伯真実を愛する心を封印してしまったのだった。





 あの日……

受胎告知の日に真実を追いかけたのは、本当は愛しい人に辛い思いをさせたくなかったからだった。


その事実を今真実は知る。



それは今だからこそ結ばれる、本当の愛の姿だった。



俺は泣いていた。

宇都宮まことも泣いていた。

祖母も、宇都宮まことの手を取り泣いていた。



「私達の式は良いの。だって私はこの祭壇の前で誓いの言葉を捧げたから」



「俺達は施設で、この二人にそだてられたんだ。だから、本当の夫婦になってもらいたかった……」



「お祖母ちゃん、騙してごめんなさい」

宇都宮まことは祖母を見つめて泣いていた。





 若林結子と佐伯真実。

二人は夫婦となった。



部屋は……


施錠していた母の……



其処で良いと言う。



勿論。

望月一馬と眞樹も納得してくれた。



でもそのことによって、望月一馬が俺の存在に知ったようだった。



俺と宇都宮まことは又一緒に暮らすことになった。


下階の母と上階の俺の部屋。

それぞれに、あの二段ベッドの片割れが運び込まれる。



俺の部屋から孤独が消えてなくなるはずだ。


そう……

そのための結婚式を後は待つだけとなった。






宇都宮まことと俺の画策したことは……


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