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代理母

若林結子の生い立ち

 (代理母……本当に……本当なんだろうか? 信じられるはすがない……母さんが……代理母だったなんて……ところで……代理母って何なんだ?)



自分の娘のために、母親が代理母になったニュースは聞いたことがある。



(つまり……自分の卵ではない。それだけのことか? 自分の遺伝子を持たない子供を……体外受精卵から出来た子供を……自分の胎児ではない命を子宮で預かり育てることか? 俺の母は……その代理母だと言うだろのか?)


俺はまだ信じられずに自問自答を繰り返す。





 (それじゃ……俺は本当に……本当に……氷室博士と小松成美の子供なのか? 母さんが見せてくれた映像……あの人が……小松成美……? 俺の本当の母さん……? いや違う! 俺の母さんはこの人だけだ! 俺を子宮で育ててくれた、この人だけだ! 俺を抱いてくれたこの人だけだ! 俺を愛してくれたこの人だけだ!)





 俺は母を見ていた。

母の表情を見ていた。



(母さん……何だか随分久しぶりのような気がする。こうやって、見つめるのは……何年ぶりだろうか? いや……多分初めてだ)



俺は今初めて……

まじまじと母の顔を見ていた。



(母さん……綺麗だよ。俺……自慢だったんだ。俺ずっと……母さん似だと思っていたんだよ)





 「愛してる……」

母はやっと……、言ってくれた。



「アナタを愛してる……」

母は言ってくれた。



それだけで俺は嬉しい。



その言葉を聞いて……

眞樹は静かに集中治療室を後にした。



(親子?水いらず……)



俺は……

隣で眠っている宇都宮まことを気にしながらも……

母だけを見つめていた。





 そして母は……

父の天才科学者との出逢いを語り始めた。



「私は……、博士を愛していたわ。だから代理母をかって出たの」


母は俺の手を軽く握った。



――ドキッ!


俺の心は早鐘のように鳴り響く。



(ああ! どんなにこの瞬間を待っていたことか……俺の……俺だけの母さん……でも本当は……手だけじゃイヤだ!)


俺はこの期に及んでも、まだ母の胸を求めていた。





 (抱いてほしいよ母さん……子供の頃のように抱きかかえてくれたら……抱っこして……! お願い抱っこして……! 頼むから抱っこしてくれー!!)



俺は泣いていた。

叶わない夢……



それはもう……


あの白い夢の中ではないと叶わない夢だった。



(お願いママーー!! 抱っこして〜ェ)


俺はどうしても母に甘えたくなって、思わず体をよじった。



――痛っ!



(遣らなけ良かった!)


浅はかな俺は……

母に気付いてほしくて、ただそれだけで……

痛む体を更に傷つけようとしていた。





 その時……

母の胸が……

俺に迫って来た。


手を伸ばしたかった。

でも俺の両腕は固定されていた。



「ごめんね少し痛いけど」

母はそう言いながら、俺の体位を変えてくれた。



母の手の甲が、俺の背中から出された時、夢のような一時も終了した。



「十七歳か……、もう大人よね?」

母は言う。



(違うよ母さん……、俺はまだ子供だよ。俺は子供のままで、母さんの子供のままで居たいんだ……)





 「子供だとばかり思っていたら、すっかり大きくなって」


母は少し躊躇いながら、固定されている俺の手を再び握った。



俺の腕はどうやら骨折したらしい。

ギブスに両手が被われていた。



母は泣いていた。

俺が泣かせたのだ。

母はやはり、俺を愛してくれていたのだった。



「私は捨て子だったの。産まれてすぐに施設の車の中に遺棄された」



「遺棄!?」

俺はその言葉に震えた。



死体遺棄は知っている。



殺したりして亡くなった人の遺体をゴミのように捨てる事だ。



母はもしかして殺されかけたのか?

守って貰うべき自分の母親によって……





 「その施設では育てて貰えなくて、乳児院に行ったらしいの。私はその後転々として、最後に辿り着いた施設で望月一馬さんの出会ったの」



「望月一馬? もしかして眞樹の……?」


母は頷いた。



「一馬さん良く言っていたわ。私達孤児は宇宙人なんだって」



「宇宙人!?」


俺は驚きの声を上げながらも、眞樹の父親ならそれ位の事は言うだろうとも思っていた。



「一馬さんの考えでは、孤児……。つまり、親に棄てられたら子供はみんな宇宙人なんだって。だって名前も住所もこの地球上には存在していないからだって」


俺は、泣いていた。


眞樹の父親にも産んでくれた親はいるだろう。


本当は……

会いたくて仕方なかったのではないだろうか?

そう思いながら。





 「この地球上には、もう大勢の宇宙人が来ているそうよ。ガリバー旅行記を書いたスイフト。それから、かぐや姫……、みんなみんな、宇宙人だって」


母はそう言いながら、俺の背中に当てておいたタオルを外した。



「スイフト? うん、そうだね。あの世界観は、確かに宇宙人っぽい」

俺は小人や巨人、飛び島や馬の国などの挿し絵を頭に描いていた。



(確か日本にも来たんだよな?)


俺は望月一馬と言う、眞樹の育ての親の言葉が少しだけ解ったような気にきなっていた。



俺はゆっくり目を開けた。



その時、再び母の胸が俺に迫っていた。





 「少しずつ体をズラせば床擦れは出来づらくなるからね。痛いと思うけど我慢してね」



俺の目の前に……

幸運が迫る。


俺は思い切って、母の胸に顔を近付けた。



その時……

母は俺の背中に手を入れて抱き寄せてくれた。



(ありがとう母さん。ありがとう!!)



「あっ……、う、うーー」


夢が叶ったせいか……

俺は不覚にも、嗚咽を漏らしていた。



あの白い夢の中で……

何度もさまよい求め続けていた母の胸が、今俺の顔を覆った。



「やはりまだ赤ちゃん?」


母の笑い声が聞こえる。


嬉しくて嬉しくて堪らなくなる。



「当たり前だよ。俺はずーっと、ママの赤ちゃんだ」


思い切って言ってみた。


俺の声は震えていた。


泣き声と……

母の胸に当たる唇で……



母の表情は解らない。でも泣いているように思えた。


俺の首筋に冷たくて暖かいモノが当たる。

母の涙だった……





 (ああ母さん……、俺だけの母さん!!)


俺はあまりの嬉しさに興奮していた。





 博士を愛し……



博士のためだけに生きる……



若林結子……



彼女も孤児だった。



仙台市若林区……



そこの海岸で産み落とされる。



岩の多い磯は隠れて産むのに好都合だったのだ。



偶々其処に遊びに来ていた施設の車の中に、へその尾が付いたまま遺棄される。



役員が気付いた時は、トイレ休憩中だった。



施設に戻り、病院へと配送された。


そしてお決まりの、乳児院を経て次に孤児院へと廻される。



結子は其処で、望月一馬と出会ったのだった。



 其処で……



後の有事対策頭脳集団の仲間と知り合い……



望月一馬の信者、第一号となった人だった。



そんな彼女が博士と出会い彼を愛した。



でもその事実を一馬は知らなかった。



あくまでも、信者として眞樹を育ててさせていたのだった。





 望月一馬や佐伯真実と顔見知りだった結子。


正体を張れなくするためにある工夫がなされた。



目にはカラーコンタクトレンズ。


髪はカラーリング。



そして肌を黒く塗る。



博士の教え子。

アメリカからの留学生。


そう紹介したのだった。


既に……

体外受精による代理母が認められていたアメリカ。


だからこそ……


一馬と真実はこの話に乗ったのだった。



博士にはそうなることは解っていた。

だから結子を選んだのだった。



それは……

博士を愛し、彼のためなら苦労も厭わない彼女の本質を博士が見抜いていたからだった。



結子に定着した卵が分裂を繰り返し双子となったことを知ると、博士にある考えが浮かぶ。



それは結子へのご褒美だった。



本当は引き離すつもりでいた代理母に、子供を育てさせること。


心の中では博士との子供を欲しがる結子の望みを叶えてやることだった。



その上……

望月一馬の興した有事対策頭脳集団の内部事情にも精通して結子は、まさに打ってつけの人物だったのだ。



だから結子は、博士の内縁の妻だとして家族に紹介されたのだ。





 胎児を守るために、帝王切開による出産となる。



それは元々第二のマリアとなるために、博士によって決められていたことだった。



そう……

あの日を誕生日とするための工夫だったのだ。





 スキャンダルを恐れて、隠れて出産させることにした。



確かに……

博士の子供には違いない。



それでも結子はそれが物凄く嬉しかったのだった。


教団関係者には、病気療養のためとして休暇願いを提出した。



誰にも気付かれず母となった結子は、養子と言う形で俺を育て始めたのだった。





 だったら何故普通に夫婦にならなかったのだろう?



いくら……

第二のマリアのためとはいえ……



母は未だに……



乙女のままだった……



(親父……可哀想だとは思わなかったのか? それとも……それ程までに小松成美を愛していたのか? 俺の元……俺の遺伝子……小松成美のために)





 何故、俺が放ったらかしだったのかを母が話してくれた。



それは博士の持論を試すためだった。



天才芸術家は自然に生まれる。



小松成美がそうだったように……




何も無い所からでも……


そのため、遊び場は真っ白な部屋だったのだ。



いくら汚しても叱られたないわけだ。



勉強しろなんて五月蝿く言わないわけだ。



俺はただ自由に育てられたのではない。



全て、実験のためだったのだ。





 母は心を鬼にして、氷室博士教授の意のまましたと言う。



だからせめて……

心の負担を取り除く手段として映像に夢中になっている時に仕事へ出掛けたのだった。



俺の本当の母……


小松成美の映像を流しながら。



もし俺が本当のことを知った時……



小松成美に事情を話しても良いと母は思ったそうだ。



出来ることなら……

一生そのままで……

母はそう思っていた。



母は確かに、俺を愛して慈しんでくれいたのだった。





 代理母は俺には仕事だと称して、毎朝眞樹の世話をしに行っていた。


本当の愛を知らない孤独な眞樹に、産みの母の優しさを届ける為に。


例え代理母だとしても、十月十日自分の子宮で子供を育てれば情も涌くし母性本能も目覚める。


代理母は母なりの愛情で、二人の子供を立派に育て上げたのだった。


自分の分身でもない体外受精卵。

幾ら愛する人の子供を育てる為だとしても、抵抗はあっただろう。


それでも母の役割を立派に果たし俺を愛してくれた。


感謝こそすれ、恨む筋合いではない。



俺は母に甘え過ぎていた日々を反省していた。






悲しい母

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