2009:トナエ
長崎は眼鏡橋から程近いとある喫茶店、そこのテーブルに少女は座っていた。
歳は十四、十五くらいだろうか。この近辺では見ないセーラー服をきちんと着て生クリームの浮かんだホットココアを飲みながら思い詰めた顔をしている。
その対面には赤いジャケットを着て赤茶の長い髪を軽く巻いた、異様に赤が目立つ以外は最近の流行に乗ったスタイルの女性がスマートフォンを片手に座っている。
少女が口を開こうとすると同時に赤い女が手で制し、喋り始める。
「話は大体分かったよ。唱ちゃん……でよかったかな、相当無理してたんだね。あたしのところに来たのも納得だ」
「あ、あの……わたし、どうしたらいいのか……」
おどおどと今にも泣きだしそうに少女……唱が肩を震わせると赤い女は彼女の願いを汲んだように微笑み一枚の紙とブレスレットを卓上に出した。
「あなたの願い、確かに聞き届けたよ。この紙にはあなたの願いとあたしの約束が書かれてる。所謂契約書ってやつだ。
――まぁ、契約とは言ってるけど、あたしはあなたから何も頂かないし頂くことはない。
ただ、あなたの願いを叶える為に色々と手は打たせてもらうけど……それはすべて、その書面に書いてある。それ以外のことはあたしからは出来ないようになってるから、安心して。
契約書を読んで、それで大丈夫ならサインをして。そうしたら、あたしがあなたの願いを叶えられるようになる。」
説明を受けながら一つ一つの項目を熟読し、すべて読み終えると唱はその契約書にサインをした。
「これで、わたしたちは……大丈夫、なんですよね……?」
震える声ではあるものの、しっかりとした意志を持った声で唱は最後に確認する。
その問いに、赤い女はしっかりと頷き返す。
「ああ、大丈夫。あたしの魔女の名に懸けて、『宇田川小町』の名に誓って、あなたたちの願いを叶えるよ。
あぁ、それとね……そのブレスレットは常に身に着けていてもらえるかな。」
そう言って卓上に置いた赤い石のブレスレットを指差す。言われるままにそれを左手首に着けると彼女の手元がほんの少しだけ鮮やかに輝いたように見えた。
「それがあなたへの契約の証になるの。それを着けていればあたしの加護を受けていられるけど、外したらその効果が途絶えてしまうから、それだけ気を付けて。
――とりあえず、以上かな。何か気になることがあったら、気軽に電話してね。」
ほっと安心した顔をして唱は軽く一礼するとテーブルに千円を一枚出すが、逆にそれを握らされてしまった。
「え、ココアのお代とか払わないと……」
「いいよ、こんなかわいこちゃんに払わせるなんて個人的に許せないからね。……それにここ
、あたしの店だし。サービスだよ。」
「……ありがとう、ございます!」
深々とお辞儀をして、唱は店を後にした。
その後ろ姿に手を振り、見えなくなると漸く赤い女――宇田川小町も一息吐いて店内に戻った。軽くテーブルの片付けを済ませ書面を改めて確認すると、店内に備え付けのヴィンテージものの黒電話を手に取り電話をする。
そうして一仕事を終え、小町は紅茶を淹れた。
2009年の、初夏のことだった。