第7章 Friend
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「あの、失礼します…………」
最初に沈黙を破ったのは――――意外なことに、血里だった。
『え? あれ?』
「へ?」
何度も繰り返すようだが、霧罪は幽霊だ。
霊体だ。
普通の人には触れることもできなければ、見ることすら儘ならない。
それなのに、血里は霧罪の首の辺りを掴んで、私から無理矢理に引き剥がしたのだ。
私にだって触れない、霧罪の身体を、直接掴んで。
「な、なんで……?」
私は思わず呟いていた。掴まれた霧罪の方は、驚き過ぎてなにも言えなくなっている。口をぽかーんと開けて、目をまん丸くしていて…………あれ? なんだか、どこか可愛げのある顔だな。
いつもストーカー幽霊と、本当に同一人物?
「姉さん、驚いているようでいてなんだかにやけているような、変な顔になっているよ」
「ちょ、いやいや葡萄。あり得ないことが起こっているけど…………何? あれって、一体どうやって、なんで霧罪を、血里ちゃんが…………?」
「まあマあ落ち着いテ下さイよ、李さン。アれはね、一応あなタの弟さンの――――葡萄さンの功績の一ツ、なんでスよ?」
「いや、氷雨は黙っててややこしくなるから。葡萄、一体あれは……?」
残念そうに肩を竦める氷雨の横で、薄く笑っている葡萄に向かって、私は訊ねる。
あんなこと、霊媒家系《小火辻》本家の人間だって、できるかどうか怪しい所業だ。人ならぬ霊体、生者ならぬ亡者に触れるなんて、最早人間業じゃない。
「まあ、功績と言えば功績、なのかな? ほら、僕って一応、刀鍛冶って言われているけどさ、本業の方は技術屋なんだよね。姉さんは十把一絡げに人殺しの道具だっていうかも知れないけど、日本刀だってナイフだってピストルだってなんだって、既存の武器には全て改良の余地があるんだよ。少し工夫すれば、人を殺す武器だって、人を生かす道具に変えることもできる。人を救うことだってできるのさ。あれは、その一環だよ」
言って、葡萄は霧罪たちの方を指差した。
首を強引に動かして見てみると、霧罪の首根っこを掴む血里の指先は、人間では考えられないくらいの銀色に煌めいていた。
「あ、あれって……」
「まだ試作品なんだけどね。霊体を掴むための装置――――それが、血里の指には組み込まれている。いや、指だけじゃないか」照れたように笑いながら、葡萄は続けた。「刃渡血里は、僕の弟子にして実験体さ。身体中に僕の作った武器や器具が埋め込まれている。…………ああ、勘違いしないでよ。僕だって好きでやっているんじゃないさ、こうでもしないと、彼女は生きられないんだよ。事故で身体の大半を失っているからね」
「事、故……?」
「姉さん、彼女を見た時思ったでしょ? 内臓が揃っているのか? ってさ。その疑問、大当たりだよ。血里には内臓なんて半分も残っちゃいない。全部僕の作った武器たちで賄われているんだ。心臓も肺も半分ほど吹き飛んでいるし、肝臓は3分の1も残っていない、消化器官に至っては全滅に等しい。氷雨は、まあ彼女の主治医ってところかな。そんな身体だから、色々メンテナンスも必要だしさ」
「そ、そう…………」
そう聞かされれば納得できなくもないが……しかしやっぱり不思議だよなぁ。
昔っから、なにやら意味の分からない機械類を弄るのが好きな子だなぁ、とは思っていたけど。
まさか幽霊を掴む為の装置まで創ってしまうとは…………。
「じゃ、近況報告も、あの装置を見せたことで済んだようなものだし、僕たちは行くよ」
「へ? 行くって、どこに?」
「僕が根無し草なのは知っているでしょうに。ああ、いくら僕たちが殺人鬼で、身体の構造だって人とは違うからって、姉さんはそう簡単に動けるようにはならないから。少なくとも一ヶ月は、ここで絶対安静。その間の食糧は、さっき氷雨と血里、それに霧罪ちゃんに買ってきてもらったから、ここに置いておくよ。麻酔が切れれば、右腕くらいは自由に動かせる筈だし」
「…………そんなことまで、してくれなくていいのに……」
「たまには世話焼かせてよ。この世でたった7人しかいない兄弟なんだし、姉さんは世界にたった1人しかいない、僕の姉なんだしさ」
「…………でも」
「ああ、それと」
言って、葡萄は人差し指をピンと立て、私に示してきた。
「もう1回、今度は怒鳴り合いにならないようにして、霧罪ちゃんとよく話し合うこと。生まれて初めての、兄弟以外の友達――――こんな喧嘩別れなんて、したくないでしょ?」
「……………………」
「それと、相手の話をちゃんと聞くこと。2週間後くらいに経過を見に来るから、その時までの宿題ね」
「…………あんた、どんどん年寄り臭くなってくわね」
「世話が焼ける兄弟を持つとね、大変だよ。…………そういう訳だから、帰るよ、血里」
は、はいっ――――と慌てた声が聞こえたと思ったら、直後に血里は葡萄の横まで駆けつけていた。どうやら足には加速装置も付けてあるらしい。
ニヤニヤ笑いの氷雨も交えた3人は、そのまま廃ビルの階段をつかつかと下りていった。残されたのは、まだ唖然としている霧罪と、しばらくは身動きできそうにない私の、2人だけだ。
「……………………」
『……………………』
視線を一瞬だけ交わし合って、照れたように顔を背ける。
なにをすればいいのか分からない、それでもどこか温かい沈黙の中で、そんなことを2、3回も繰り返す。
「…………その、ごめんね、霧罪」
結局、最初に切り出したのは、私の方だった。
「えと、酷いこと、言っちゃって…………ごめん」
『いえ、わたしこそ……李ちゃんの気持ちも考えずに、その、ごめんなさいでした……』
顔を背け合ったまま、熱くなってくる頬をひんやりとした床に押し付けながら、私たちはなんとはなしに和解した。それは表面上だけかも知れないけど、それでも、なんとなく心地良かった。
許し合える友達がいるっていうのは、結構、いいものかも知れない。
「…………でも、本当にいいの?」
『? なにがですー?』
「いや、私って本当に、なんの比喩もなしに、生きているだけで人が死ぬわよ? 私の周りにいるってことは、私の傍で、私の所為で死んでいく人たちを見ていくってことなのよ? それで、本当にいいのかなー、って…………」
『…………李ちゃん、これだけはハッキリと言っておきますよー』
呆れたように溜め息を吐きながら、霧罪は言う。
私に言い聞かせるように、こちらを向いて、私の真正面まで来て。
一言一言、噛み含めるように。
『わたしは、李ちゃんのことが好きだから、李ちゃんの傍にいるんです。損得勘定なんて抜きにして、ただ一緒にいたいから傍にいる――――そういうのを、友達って、そう言うんですよー?』
「…………そっか」
そうか。
それが、本当の友達、か。
「……そう言えば今朝、電車の中でなにか訊こうとしてたけど、あれってなに?」
『ああ、今となってはどうでもいいんですけどねー。ほらー、今日買う新刊のタイトル、訊きたかったんですよー。友達と一緒のお買いものなんですしー』
「…………友達、かぁ」
『はい! …………だから、そんなに一杯、死のうとなんかしないでくださいよー? 李ちゃんに死なれたら、他の誰も泣かなくっても、わたしは泣きますからねー?』
分かったわよ。
そう言って、私は微笑んだ。
生まれて初めての友達と一緒に、笑い合った。
なんだか――――初めて、この世に生れてきたような、そんな気がして、幸せだった。




