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第2章 Restaurant で Rest


 殺人家系《無々篠》。

 聞く人が聞けば、たちまち総毛立ち、全身が泡立ち、一目散に逃走を始めるような、異形の徒。

 異常が繁茂し、暴力が横行し、殺人が蔓延し、倫理が崩壊を来している《裏の世界》においてさえ忌み嫌われる、生粋の純血の殺人一族。

 世代交代の度に、子孫がより凶悪な殺人鬼になる為の、特殊で特別で、なにより異常な能力を授けてきた、殺人血族。

 きっと、私たちの身体を解剖してみれば、普通の人間とはまったく違う構造をしているだろう。仮に臓器の数や形、機能に至るまで同じだったとしても、それを構成している細胞や遺伝子は、これまでに例を見ないものであるに違いない。

 そんな家系に生まれた、生まれ堕ちた私も、当然ながら人にあるまじき能力を有している。

 有して、しまっている。

 その能力の所為で、今日もまた一人、人を殺してしまった。

 彼にも、将来があったろうに。

 家族があったろうに。

 希望があったろうに。

 未来が、あっただろうに。

『……美味しそうですよねぇ~』

 じゅるり。

 ごっくん。

 幽霊の喉からもそんな音がするのだなぁ、なんて、どうでもよいことに軽く感心などしてしまいながら、私はフォークに刺したハンバーグの欠片を口に放り込む。肉汁が口内で弾け、柔らかな肉が噛み砕かれ、口の中が美味しさという極上の宝石で一杯になった。

『いいなぁ~、李ちゃん、いぃ~いなぁ~。わたしも食べたいなぁ~。ハ~ンバ~グ~』

「食べたいなぁ~、って、食べられないでしょうが。幽霊なんだから」

『それを分かっている癖に、わざわざわたしの大好物のハンバーグを注文するっていうのは、本っ当に意地悪だと思うんですけどー。李ちゃん、何気に酷いですよねー』

「私だってハンバーグは好きなのよ」

『朝っぱらから食べるくらいにー?』

「朝っぱらから食べるくらいに」

 勿論、これは嘘だ。

 朝っぱらからこんな重いものを食べるくらいに丈夫で欲張りな胃袋を、私は有していない。いつもなら朝はコーヒー一杯で済ませるところだ。ごく稀にトーストとジャムがつく程度。昔は、『朝飯はちゃんと食え!』と二人の兄に叱責されたが、今じゃちゃんと食っているのにストーカーの幽霊に文句を言われる有り様だ。人生は分からない。

 まあ、私みたいな存在を、果たして『人』として定義してよいものなのか、甚だ疑問ではあるが。

 閑話休題。では何故私はハンバーグを食べているのか。

 無論、嫌がらせである。

『大体、なんで時間潰しに入る場所が、よりにもよってファミレスなんですかー? その時点で既に、わたしに対するイジメですよー』

 ようやく幽霊らしい、悲しそうな、恨めしげな涙目で訴えてきた霧罪。唇を、きっ、と真一文字に結び、大きな目の端に涙の粒を溜めている。手は二重の意味で薄い胸の前で、レトロな幽霊の如くふらふらと揺れていた。

 …………いや、幽霊らしいっていうか、どっちかっていうと子どもっぽいか。

 あと、顔近い。

 こっちは食事中。

「だって、私お腹空いてたし」

『家で朝ごはん食べてくればよかったじゃないですかー!』

「そんな暇もないくらいに急かしてきたのは、どこのどなたさんだったかしら?」

 うっ。

 たった一言でたじろいでしまったのか、そこから霧罪は不満そうな顔をしながらもなにも言わず、私の前で形の上でだけ椅子に腰かけていた。

 そうだ。私たちはなにも、ファミリーレストランで食事をする為に、わざわざ人を殺す危険をも冒して池梟にやってきた訳ではない。まあ、実際に人を殺してしまったのは、私としても本当に申し訳ないのだが、それをいつまでも言っていたって始まりはしない。精々地獄に行く際の罪状を一つ増やしてしまった程度に考えておかないと、私のような殺人鬼は耐え切れない。

 私たちの真の目的は――――アニメショップである。

 いや、本当は同人ショップや中古アニメショップにも行きたいのだけど、しかし一番の目的はアニメショップである。何回でも繰り返すが、目的地はアニメショップである。

 今日は待ちに待った、ライトノベルの発売日だ。

 1ヶ月に1回、ライトノベルの新刊をまとめ買いする。それが、この殺人鬼・無々篠李の、唯一といって過言ではない、趣味らしい趣味なのだ。どの作者でもどのイラストレーターでもどのタイトルでも、必ず1冊ずつ。

 その為の軍資金も充分過ぎるほどに準備してきたし、エコバッグも持ってきた。ポケットに入るような小さなものだが、広げれば文庫本の10冊や20冊は容易に収まる便利グッズである。

 だが……目的のアニメショップが開店するのは、午前10時。

 現在、午前9時15分。

『……………………』

 小火辻霧罪。

 この幽霊もこの幽霊で、私と同じようにライトノベル愛好者である。

 今日本日この日が私のラノベ購入日だと知っていて、興奮でもしていたのだろう。彼女は朝日が昇り始めてすらいない時分から忙しなく動き回り、キャーキャー騒ぎまくり、私に早く起きるようにと急かしまくってきたのだ。そんなに慌てなくたって新刊は売り切れないよ、仕入れた数も多いんだから――――そう声をかけたのだが、聞く耳を持ってはくれなかった。都合の悪い時には、現世の声は聞こえなくなるらしい。

 で、急かされ怒鳴られ怒られて、私は普段生活しているボロアパートから、この副都心・池梟に、こんな早い時間から来ることになったのである。

 勿論、こんな時間ではアニメショップどころか、店の大半が閉まっている。ゲームセンターやカラオケもやってはいない。

 必然的に、暇を潰せる施設は、このファミレスくらいしかなかったのだ。

 だから、他の誰に文句を言われようと、この幽霊にだけは不平不満を言われたくはない。

『…………静か、ですねー』

「……そうね」

 相当暇なのか、テーブルの上にスライムみたいに垂れてしまった霧罪が、ボソリと呟いた。

 静かって、そりゃそうだ。この時間帯、まだ池梟は賑わいを見せてはいない。時折スーツを着込んだサラリーマンや、制服に身を包んだ学生などを見かけはするが、昼間の盛況ぶりとは比べるべくもない。このレストランの中にだって、私たちを含めて客は10人いるかいないか(しかも内1人は幽霊)程度しかいない。これで賑やかだったら、日本中に静かな場所など皆無だろう。田舎の寒村だって賑やかなことになってしまう。

『はぁ~…………暇ですねぇ~』

「そうね。誰の所為かしら」

『うあー。嫌味攻撃はやめてくださいよー。それだって立派な呪いなんですからねー? 人を呪わば穴2つ、ですよー?』

「生憎、2つ程度の穴で済むような人生は送ってないわ。今更、新たな穴の開きようがないのよ、私の身体には」

『なんかー…………えろっちぃですねー』

「真面目な話よ、茶化さないでちょうだい」

 あと、そのエロのセンスが私にはさっぱり分からん。

 あんた、本当に享年いくつだ? 何歳で死んだんだ一体。

『まー、李ちゃんがそう言うならお巫山戯はやめますけどー』

 珍しく素直に霧罪が私の要求に応じた。だが、まだ不満そうな顔をしたままなので、言いたいことは残っているらしい。

「…………なに?」

『いえ、ほら、李ちゃんの殺人体質、でしたっけ? それのことなんですけど…………』

 視線を宙に泳がせて、言葉を選んでいる霧罪。私は残り少なくなったハンバーグを、胃凭れ覚悟で強引に口の中に捻じ込んだ。それをそのまま、水で食道へと流し込む。胃袋が一気に満たされた感じがして、軽い眩暈と吐き気を覚えた頃、霧罪がようやく口を開いた。

『……よく分かんないんですけど』

「……………………」

『そのバカを見るような視線はやめてくれません? 可哀想に見られる視線よりも、下手をすると辛いですよ? しょうがないでしょー。李ちゃんの説明って、どうにも抽象的で曖昧で、よく分かんなかったんですもん』

「……あなた、私に取り憑いてもう何ヶ月?」

『取り憑いてなんかいませんよー。李ちゃんの周りをふわふわと漂っているだけです。言うなれば、李ちゃんを活動の中心と定めた浮遊霊ですー』

「それは取り憑いているのとどう違うのかしら…………」

『大分違いますよー。霊媒家系《小火辻》のわたしが言うんですから、間違いありませーん』

「……あっそ」

 ちなみに、この幽霊が私に取り憑き始めたのは『だから取り憑いてませんってば!』…………付きまとい始めたのは、今から4ヶ月ほど前だ。

 私が、通算174回目の自殺の失敗をした、その日から。

『なんでしたっけ。「私は他人に殺意をばら撒く病原菌」とか「死んだ方がいい殺人鬼」とか言ってましたけど、うん、やっぱりよく分かんないです。だから、懇切丁寧簡潔明瞭に教えちゃってください!』

「…………ああ、この前四字熟語がいっぱい出てくるラノベ、読んでいたものね。それでハマっている訳」

『話を逸らさないでくださいよ! 折角一緒に暮らして寝食を共にしている水魚之交とも言うべき間柄なのに、李ちゃんのことで知らないことがあるなんて、わたし我慢できないんですー! ですから教えてくださーい!』

「あんたは…………本当、考え方がどんどんストーカー染みてきているわね」

『このままじゃ気になって気になって、夜も眠れません!』

「寝るの? 幽霊なのに?」

『教えてくれないと、寝ている李ちゃんにちゅーしまくりますよ! おでことかほっぺとか口とかおっぱいとかおへそとかお尻とか足の裏とかに!』

「どことなくマニアックな香りが…………霧罪、もしかしてあなた、フェチ?」

『いいから早く教えてくださ――――――――――――――――――――――――いっ!』

 あーもーうるっさい。

 この子が幽霊じゃない、普通の人間だったなら、店員さんに店の外に追放されることうけあいの姦しさよね。実際問題彼女が幽霊である以上、それはなんの意味もない仮定だけど。

 ……まあ、別に説明するくらいならいいか。

「分かったわよ。説明してあげる。だから大人しく席に着きなさい」

『おっしゃやったー! はいはーい、ちゃくせーき!』

「……………………」

 見ているだけでどこか胸が痛む娘よね、本当。

「…………要するにさ、私は他人に『死にたい』って思わせる殺人鬼なのよ」

 水をぐいと飲み干しながら、正面で座った姿勢をキープする霧罪に向かって言う。なるべく端的に、私という殺人鬼の特性を最も分かりやすく説明する言葉を選んで告げたつもりだったが、それでも霧罪は得心がいかないらしく、首を捻っている。流石は幽霊、と言うべきか、関節などの人体の機能を根こそぎ無視して、顔を180度回転させてしまっている。

 殺人鬼の話だって、食卓でするような話ではあり得ないけれど、これはこれで、食事時には見たくない光景だった。

 捩れた首の、そのリアルな肉の有り様が、正直かなり気持ち悪い。

『…………要するに?』

「今さぁ、大分要点だけを言ったんだけど。脚色なしに、超直截的に」

『分っかんないですよー。「『死にたい』と思わせる」ってなんですか、意味不明ですよー。李ちゃんの周りでは、李ちゃんの「殺したくない」っていう意思に反して、勝手にバタバタ人が死ぬじゃないですかー。あれってどういうことですー?』

「…………はいはい。懇切丁寧に説明しないと分かんないってことね」

『そーいうことですー。わたしってば昔っからそうなんですよねー、頭悪いー、って、よくお兄ちゃんやお姉ちゃんにバカにされてましたしー』

「……………………」

 ツッコまない。

 ツッコまないよ、そういうところには。

「まあ、本当にきっかけそのものから話すとさ――――ほら、私って、殺人鬼じゃない?」

『そりゃそうでしょ。なにを今更なことを言っているんですか?』

「でも、私自身は殺人が嫌いなのよ。人が死ぬのは、あまり気分のいいものじゃないし。…………他人の殺人を、とやかく言う気はないけど」

『実はその時点で大分人でなしの思考なんですけどねー』

「でも私は殺人鬼、人を殺すことが存在理由の、人外魔境…………自然、生きるのに嫌気が差す訳よ」

『幽霊の前でよく言えますよね、そんな言葉』

「んでもって、それが長じての自殺志願、自殺願望、自殺熱望――――つまり、死にたくなってくる」

『あー、最初に会ったのも、自殺しているところでしたもんねー。懐かしいなー。あの時は確か、ビルの屋上から飛び降りようとしていた李ちゃんを、思いっ切り怒鳴り付けて止めたんでしたっけ』

「そうね。その所為で、今日また1人、私の犠牲者が増えたわ」

『………………そういう物言いは、酷いと思います』

「酷い? あらそう。ごめんね」

『わたしはいいんですけど…………その言葉は、李ちゃん、あなた自身をあまりにも酷く傷つけています』

「…………話、続けるわよ」

 この幽霊、若い癖に矢鱈と説教したがるというやけに年寄り臭い性格をしているので、実際のところ、面倒臭いのだ。

 自分のことを、酷く傷つけている。

 そんなことは、言われなくても分かっている。

「厄介っていうか、最悪なことに、と言うべきなんだけども、私が抱いた自殺願望は、私の意思とは無関係に、絶えず外に向かって放出されているらしいのよね。私の兄弟とか、あんたみたいな幽霊、《裏の世界》に巣食う魑魅魍魎たちにはあんまり効果がないけど、平和ボケした一般人程度なら、さっきみたく肩が触れ合ったくらいのことで充分なのよ。私の自殺願望が全身を駆け巡り、脳髄を侵し、自殺へと追いやる――――私が《術師》なんて呼ばれている理由が、なんとなく分かるでしょ?」

『んー…………つまり、李ちゃんが死にたいと思っているから、それが他の人にも伝染(うつ)っちゃう、っていうことですかー?』

「……概ね、そんなとこよ」

『それだったら簡単ですよー。李ちゃんが、生きたい、って思えばいいんです。そうすれば、他人が死にたくなることもないですよ』

「そんな簡単にいく訳がないでしょうが。私の殺人履歴は、自殺願望を持つようになる以前にもあるのよ」

『ほぇ? なんでですー?』

「《無々篠》の殺人鬼たる所以は、その異常なまでの殺人に対する渇望。…………私はね、霧罪、自殺願望だけじゃなくて、殺人願望まで外に駄々漏れなのよ。私の殺人願望は、触れ合った人に影響を及ぼし、その人を一時的に快楽殺人鬼に変えてしまうの。だから、私の周りでは、殺人と自殺が絶えることがないのよ。少なくとも、私が生きている間はね。死んだらどうなるのかまでは、流石に分からないけど」

 もしかすると、死んでもしぶとく墓の下から殺意と害意を、病原菌のように撒き散らすかも知れない。

 そういった意味では、私は殺人鬼の1つの到達点だ。

 殺意も害意も悪意も敵意もなく、ただいるだけで自動的に人が殺せる。

 刀鍛冶の弟には、まるで日本刀のようだと揶揄されたっけ。

『刀鍛冶…………確か、葡萄(ぶどう)さんとかいいましたっけ? 無々篠葡萄さん』

「えぇ。今はどこでなにをしているやら。あの子、兄弟内でも根なし草で有名だったから。工房一式持ち歩いてんのよね。変な医者と変な弟子と一緒だって聞いたけど…………」

『どれだけ変な人に縁があるんですか…………。それはそうと、日本刀みたいって、どういうことです?』

「ああ、それは――――」

 弟の名前や境遇に思いを馳せ、懐かしさに浸りながら質問に答えようとした、その時。

 隣の席で、なにかが爆ぜ飛んだような轟音が響いた。


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