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HART/BEAT Experience -T-  作者: 赤川
第2章
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2章 第1話 「スターライフ 」



 朝です。おはようございます。


 4月の朝はまだ寒い。

 春眠が暁を覚えないので、布団から出るのは著しく困難だ。

 本筋には全く関係ない話ではあるが、叢瀬勇御むらせゆうごの姉は寝覚めが絶望的に悪い。どうしようもなく悪い。絶望的に悪い。なので、仕舞には起きてからの習慣的動作を無意識状態下に刷り込み自動化してしまうほど。だからって朝のトレーニングまで自動化してしまうのはやり過ぎ、というかそれ意味あるのか? と一度小一時間問い詰めたい(古)弟である。敵に襲われれば全自動で反撃、撤退、援護、追撃、と完璧にやってのける人だから、自分ごときが意見する必要もないのだろう。とは思うのだが。

 姉と違って寝覚めには比較的強い勇御もまた、起きてまず行うのは日課のトレーニングだったりする。これをやらないと、身体に血が巡る気がしないのだ。でなければ、その後一日をどこかボーっとして過ごす羽目になる。

 時刻は6時ちょうど。あと30分もすれば目覚ましが鳴って―――――――

「キャー冷たー!!?」

「わあああ!? い、イファさまー!!?」

 ――――――その前に、ド派手な目ざましに叩き起こされた。本日は、トレーニング無しのようだ。

「…………ぬう?」

 昨夜は異星から来た美女と美少女(危険な言い方をすれば美幼女)にベッドを明け渡した為、居間のソファーに寝ていた勇御だが、迂闊にも悲鳴なんかに驚いて、そこから落ちてしまった。まだまだ胆力の修行が足りない。

 悲鳴が反響している事からして、出所はバスルームのようだ。やっぱり昨夜の説明じゃアカンかったか………と、バスルームの有様を想像しながら脱ぎ捨ててあったTシャツに首を通す。

 ジーパンを履いたところで、フと思いついてポケットに入れてあった携帯電話を確認。

「バカ姉貴め……返信しやがれ」

 着信が無い事を確かめ、居間を出てバスルームへ向かう。


                            ◇


 甘いような、酸っぱいような、何とも言えない匂いで目を覚ました。

 自然睡眠など本当に久しぶりで、自力で目を覚ますのが非常に辛い。

「ん……ん……む~~~~」

 見た目にはわからないかもしれないけど本人的にはこれでも気合を入れているの図。だがどうしても枕から顔が離せない。

 そもそも何だろうこの寝心地の良さは。木枠の土台に布を引いただけのような超古代の寝具にしてこの拘束力。やはりあの少年に罠に嵌められたのだろうか。

 だとしたらヤバい、と半分寝ている脳ミソで無意味な緊張感が上昇中。

「お、起きない……と」

 最悪、取って食われる、くらいの危機意識を持ってなんとか片目だけ開け。

 そして異星からやって来た金髪の麗人、ディナは気が付いた。自分がそれまで枕にしていたのは、自分が命に代えても守らなくてはならない小さな女の子、イファである事を。

「い……イファさまああああああああ!!?」(小声)

 複雑な匂いの正体は、女の子の汗や服についた食べ物の汁(ソース、汁、他)が混ざったものだった。

 思い出した。昨夜は疲れ切っていた為、二人して汚れた格好のまま眠ってしまっていたのだ。

 酷い有様だ。血で汚れるよりは10倍マシ(当社比)だろうが、貴人のしていい恰好じゃねぇ。

 自分のような下っ端はともかく小さな子供、イファをこのままにはしておけなかった。

(え~と……あの男の子が言うには―――――――)

 確かお湯が出る場所があった。水を自分で出して溜め置かねばならない大昔にあったような浴場だ。実際にどう使うかも見せてもらった。

 着替えもあったはずだ。少年は自分の服を引っ張って何かを強調していたが、何のことかは分からなかった。

「イファさま……イファさま」

「んにゅ~……それ……おいしいの……」

「イファさま、すごくわかりますが起きてください。そのままのお姿ではいけません」

 半分寝ている女の子の手を引き、先ずお手洗いへ。これまた彼女たちの基準からしてかなり旧式だったが、実際に使ってみるとこれでも十分だな、と思える。なにより、なにも無い荒野で用を足すよりは遥かにマシと思えた。

「ふひゃん……!?」

 下から水が飛び出してくるのには多少驚いたが。

 紙で拭くのはもっと驚いた。

 そして、わざわざ絵で使用マニュアルを張り出しておいてくれた少年の意外なマメさにも驚いた。先日の暴れっぷりなど見て、もっと野蛮で短慮で粗野な人物を想像したのだが。

「で……でぃ、ディナ~~」

「この星にはまだわたし達の持つような清拭設備が普及して無いのです。多少不潔かもしれませんが、慣れるしかありませんね」

「この星の人はびょうきにならないのでしょうか……?」

 ディナに続いてビデで強制的に目を覚まさせられたイファが情けない声を上げた。

 お手洗いのどこを見回しても滅菌装置のようなモノは無い。この星ではそこまで気を使わないのだろう。

 だが、この程度の文明レベルなら我慢するべきだろう。繰り返すが、全くの未開惑星で過ごすよりはずっといい。こうして身繕いも出来るのだから。

 そしてバスルームへ。

「ここからお湯が出ます。身体にかけて身体を洗うようですね」

「お湯を……あそこからですか?」

「そうです……多分」

「どこでそうさするんでしょう?」

「え~……たしかこの――――――――」

 シャワー口の真下に、素っ裸で屈みこみながら、無防備にも蛇口レバーを引き倒す金髪女性。

 この直後、勇御が二人の乙女の間延びした悲鳴を聞きつける事になる。


                              ◇


 何となく、こんな事になるんじゃないかな、とは思っていた。

 今は亡き彼女たちの宇宙船の内装をチラッと見ただけで、フルオートメーションの世界で生きている人だということが容易に想像出来た。

 その彼女らが、ノブを捻るというアナログかつファジーなやり方で上手いことやれるのか。

(だからってオレが一緒に風呂入るわけにもいかんからなぁ……)

 ちょっとその光景を想像して勇御は軽く頭を振るが、フと、重要な事に気がついた。

 今まであの二人を人間、そして女性と想定していたが、はたしてそいう区別が当てはまるのだろうか。雌雄同体とか、それ以前に性別の概念すらなかったりはしないだろうか。

 その疑問は、ドバンッ! とバスルームの扉が開かれると同時に解消された。

「うわーん! あついよ~つめたいよ~!!」

「だ、ダメですイファさま! せめて何か着てから――――――」

 泣きながら飛び出してくる小さな女の子と、着替えに置いておいた服を抱えた金髪の麗人。二人とも濡れ鼠で、一糸纏わぬ素っ裸。

「うおおおおい! 流石宇宙世紀、肌の露出もここまで来たのか!?」

「あ! お、おはようございま――――――!?」

「み、見るんじゃねええええええ!!!」

 鬼の形相の金髪に、勇御は顔面に衣服を投げつけられ、その上から容赦なくフルパワーで突き刺さる打撃。なかなか良い連続攻撃だ、と直撃を喰らって吹っ飛びながら勇御は思った。 

 どうやらどれだけ文明が進化しても、そこまでファッションも突拍子もない方向(素っ裸)へは進化しないらしかった。

 ていうか全裸だしね。


 1時間後、居間のテーブルを挟んで、勇御と二人の女性(一人は幼女)は向かい合っていた。

 金髪女性、ディナは勇御の顔をチラチラと窺いながら、時折思い出したかのように顔を赤くしている。

 星と文化が違っても、こういうところは変わらないんだなぁと、妙に感心した。

 どうやら性別の違いも地球と変わらないようだが、その辺は例え言葉が通じたとしてもこのお姉さんには言わないでおこうと思う勇御だった。

「しかし……分かっちゃいたがやっぱり無理があるよなぁ……。特にお子様には可哀想だな、オレの服は」

 牛乳だと腹を壊す可能性がある。そう考えて勇御はスポーツ飲料をガラスのコップで持ってきて二人の前に差し出す。ナトリウムやマグネシウムまでダメとか言われるとどうしようもないが、食事が出来たのなら大丈夫だろう、と思う事にした。

 何か一言発し、少し躊躇う様子を見せて金髪の女性、ディナから口を付ける。口の中で転がし、確かめてからはグイグイいった。

 小さな女の子、イファも両手でコップを持ち、やや苦戦しながらスポーツ飲料を飲んでいる間、ディナはイファの長い髪を丁寧に、丁寧にタオルで拭いている。

 見るとタオルが大分水を吸ってしまっているようだったので、別に乾いたタオルを渡した。

 こうして見ると親子か姉妹か。若い母親とも、年の離れた姉妹とも見える。関係は不明だが、親愛の情は伝わった。

 勇御は先日、自分を盾にこの少女を守っていた女性の姿を忘れてはいない。


                            ◇


 テレビでは、昨夜の高速道路での爆発事故について、主要放送局がこぞって報道を行っている。

 関東と中部を繋ぐ大動脈を寸断した爆発事故。被害多数。

 だが、事実を伝えている局は一つもない。

 報道はテレビ、新聞、週刊誌、全てがタンクローリーの爆発と伝えている。事実の隠蔽を指示する者がいるのだ。

 とはいえ、事実を知らしめたところでどれだけの人が信じるだろう。昨夜、ここには二隻の宇宙船があったなどと。

 そして、ここはその現場。

 高速道路は巨大なクレーターで分断されている。更にその周辺は、警察によって封鎖されていた。

 更に更に周囲の山中からは、この国の者ではない、国籍を異にする人間達が潜み、遠巻きに現場を観察していた。

「ったく……玄人プロどもが団体で観光か? UFO見学ツアーなら場所が違うだろうが」

 堂々と、この現場で活動できるのはこの国の機関員だけである。

長尾ながおさん。残留物の回収、終了したそうです」

「めんどくせぇが付いてかにゃ危ねぇだろうなぁ……大のオトナが雁首並べて血眼になりやがって。連中、科警研にまで乗り込んで調査結果ごと分捕りかねねぇ」

「まさか……そこまでしないでしょう? バレたら政府を巻き込んでの大事に……大体、信じてるんですか、長尾さんは?」

 長尾と呼ばれた男は煙草を銜えたまま沈黙する。

 昨夜の爆発事故。いや、その直前から、日本の入国管理局はお祭り騒ぎの様相だった。なにせ、公安部外事課の要注意人物ファイルに載っている大物が次から次へと入国して来たからだ。

 入国してきたのは各国政府の情報機関に属するその道の『玄人プロども』だ。その大半が、アメリカの情報局員の動きに呼応してのものだった。

「……俺ぁ宇宙人は居ると思ってるよ。こんなだだっ広い宇宙で地球にだけ生き物がいるなんざ理屈有りやしねぇ」

 こうは言うが半信半疑であるのもまた、この男の正直な意見。

 だが嘘か真か、いの一番に乗り込んできたアメリカの諜報員は、UFOを追いかけて入国したともっぱらの噂。

「まぁどっち道俺達の今の仕事は観光客が人んちでおイタしないよう見張っとく事だけだ。宇宙人が居ようが居まいが知らんね、今のところは……」

 携帯灰皿に吸殻を納める黒スーツの男、長尾。

 サングラスが陽光を跳ね返し、その奥の瞳は再び木々の隙間に向けられる。

 周囲の警察官は現場を調べながら、ダークスーツに身を包む二人の男女を遠巻きに見ていた。

 二人が警視庁公安部に属する捜査官だという事は、噂としてのみ伝わり現場の人間へ表立った通達は無い。

「……本当にいるんですか?」

相麻そうまは宇宙人は信じないか」

「違います。国家の諜報組織がそんな事で人を送り込んで来るというのが……」

「だがあの国は大真面目なようだが? しかも聞いた話だと……てめぇんちの以外にもフリーランスでめんどくせぇのを送り込みやがって」

 40年の人生が刻まれた顔に苦いものが浮かぶ。この百戦錬磨、叩き上げの捜査官をして出会いたくないと言わしめる某国の雇われ諜報員。

 だが、いるのだろう。この山間のどこか。木々に混じって現場を、こちらを窺っているのだ。

 恐らく、以前と同じように二人で。

「『めんどくさい』……ですか?」

「ああ、気をつけろよ新入り。この世界は映画のようなもんだ。どいつもこいつも妄想と現実の区別がついてないような奴ばかりだからな。こっちも同じようにバカにならなきゃやってられんのよ」

「だから宇宙人ですか?」

「おまいさん、いい大学出たってのになぁ。仕事変えるなら早い方がいいぞ」

「そんな勿体無い事しませんよ」

 同僚の物言いに長尾は『フンっ』と、どこか面白そうに鼻を鳴らす。

 一介の警察官から公安の捜査官となった長尾と異なり、相馬夏生そうまなつおは現役T大卒のキャリアだ。

 希望して公安部外事3課に移っており、その動機は刺激を求めてというのだから不純極まりない。

 だが有能だ。古参兵の長尾をして相方と認めさせる女である。

「これからどうします?」

「『どうします』、じゃねえ。お客さんがどう出るか、だ。先ずは警察官のセオリー通りだな」

「警察官の……?」

「証拠、現場、容疑者だ。おまえ何年警官やってる?」

「6年になります」

「ああそうですかぃ。連中は遠巻きに見ているだけだ。現場も証拠もこっちが押さえてる。宇宙人は置いといて此処で何があったか調べるぞ。常に俺らが先を取ってりゃ、団体さんは何もしないでお帰りだ」

「向こうの動きはどうします?」

「調べが進めば嫌でも動く。お楽しみはその後だ」

 周囲の透明人間達に睨みを効かせる公安捜査官、長尾圭滋。

 そんなベテランと違って他国の諜報員の気配なんて分からない相麻夏生は、改めて現場となるクレーターを観察する。

 クレーターの周囲に散らばるのは高速道路を形作っていたアスファルト、コンクリート、そして爆発に巻き込まれた車の破片や自転車。

「ん? 自転車??」

 二人の鑑識員が壊れた自転車を運んでいた。

 ここは高速道路以外に自転車が走るような道路どころか小道すらない。そんな所に、なぜ自転車。

「長尾さん―――――」

「どれ、ぼちぼち行くぞ」

「あ、はい……」

 あらかた現場検証と遺留品の回収が終わり、公安の二人も引き上げに入る。

 ならばここにはもう何もないな。と、身を隠して現場を覗いていた者達も動き始めた。


                             ◇


 テレビによる昨夜の事件の扱われ方は、勇御の予想の範囲内だった。

(もうスパイどもが動き出したか……けっこう早いな。ってもNASA(航空宇宙局)なりNORAD(北米防空司令部)なりは真っ先に宇宙船を捉まえてた可能性は高いし、当然ッちゃ当然か……)

 チラッと金髪の女性の方を窺うと、画面に映る昨夜の現場を見て表情を強張らせている。

(いきなりここを嗅ぎ付けられる事はあるまいが……料金所の監視カメラと自転車……腕のいい人間ならオレを嗅ぎ付けるのは時間の問題。この二人を見ていきなり宇宙人、とは繋げ辛いだろうが、しゃべれるのを見られたり聞かれたら割と一発かもなぁ……)

 勇御は、そして姉は大抵の相手は正体を看破できる。相手が宇宙人だろうが幽霊だろうが関係なく、だ。だが、特殊な知覚能力無しにこの二人の正体を見破る事は難しいだろう。それくらい、外見上は地球人と大差無い見てくれをしている。

(……内蔵とか……レントゲンだと違いとかどうだろう……? あ、病院とか命にかかわるところは早めに解決しとかんとな。でも何決めるにも本人達の意見を聞けないとなぁ……)

 結局問題がコミュニケーションというフリダシに戻ってきて、どうしたもんだろう、と。

 そして、こんがりキツネ色&若干焦げ目に焼けたトーストに対してこれでもか!というほどチョコレートクリームを搭載し、昨夜と同じように口元を汚しまくる女の子をどうしたものか、と。

 朝ごはんの席。ダイニング、キッチンが一緒になっているようなリビングのテーブルには、トーストにベーコンエッグ。そしてスープにサラダとシンプルな朝食が並んでいる。

 金髪麗人女子の保護者はニュースに釘付けで、朝食にもちっちゃな女の子の惨状に気が付いていない。

 迂闊に子供の方に手を伸ばそうものなら驚かせたり怖がらせたりするだろうなぁ、と考えると、変に世話を焼く事も躊躇われた。

 保護者に知らせればいいのだろうが、勇御はまだ二人の名前も知らない。名前って概念が無かったらどうしよう。種族全体が意識を共有していて何も言わなくても意思が伝わるとかだったらお手上げだ。

「……考えすぎか……」

 フッと、己の行き過ぎた憶測を鼻で笑う勇御。その視線に気が付いた少女、イファと勇御の目が合った。

「む……」

「…………」

 ピタッと、トーストを持ったままの少女が動きを止めた。

 そのままゆっくりトーストを皿に下ろし始める。

「いや食べていい、食べていいんだよ!」

「ご、ごめんさない。食べちゃダメですか?」

 お願いだからそんなに悲しそうな顔をしないでくれ。

 勇御は意を決して、手を伸ばして濡らした布巾でイファの口元を拭う。僅かにビクッと震えるイファだがそれだけで、後は勇御にされるがままになっていた。

 次に勇御は皿に下ろされたチョコレートトーストをナイフで小さく切り分ける。これならどんなに不器用でも(失礼)口元を汚さずに食べられるだろう。

「……ありがとうございます」

「どういたしまして」

 言葉なんて通じなくても、行動は言葉よりも意思を伝える。勇御の気持ちを読み取ったイファは、何とも愛らしい笑みを浮かべた。

 気がつけば保護者、金髪の麗人ディナもイファと勇御を見て微笑んでいた。

 先ほどまでとは違う、珈琲を啜る勇御にも、知らず知らず我知らず自然な微笑が浮かんでいた。


 朝食が済み、落ち付いたところでいよいよ本気で異星人との意思疎通に挑戦。

「よっしゃ、かかってこんかい!」

 ヒエログリフからバイナリーコードまで、とりあえずソフトウェアとコンピューターの全力を絞り出す総力戦の構え。

 といっても大半が某国際機関サーバーのクラウドソフトウェアで、勇御が持っているのはただの端末PCである。

 ただでさえ学校への出席日数が少ないこの状況でのサボりである。絶対にコミュニケーションをとれるようになってやる、と意気込む。

 そんなやや後ろ向きの気合が入る勇御だったが、後ろめたい義務教育中の少年の心など知らないディナとイファの興味は、勇御の持ってきたノートパソコンに移っていた。

「ディナ、これ、〝あくせすのーど〟ではありませんか?」

「はいイファさま、この星の情報処理端末のようです。わたし達のマザーシステムのようなものは無いと思いますが……」

 一方の勇御は事を始める前に、念の為、と姉に連絡を取ろうとする。こういう面倒なのはあんたの領分だろうが。

 しかし結局は姉には繋がらず、代わりに留守番音声。仕方なく『すぐに折り返せ』とメッセージを残して二人の方に向き直った。

「というワケで先ずは全銀河共通のご挨拶から行きますよ。オレの名は叢瀬勇御むらせゆうごだ。ユーゴって呼んでください」

 とりあえず気合だけは伝わる。その勢いに女の子達が若干引いたりはしていない。

 ここまで様子を見ていて〝勇御〟が危険の無い生き物である事は分かっていたので、二人とも理解に努めてはいるが。

「何かを……伝えようとしているのは分かるのですが」

「ええと……『ウーゴ』……?」

「そう、オレの名前、ユーゴ」

「イファさま?」

「この方のお名前だと思います。ウーゴ……イウーゴ……『ユーゴ』さまでしょうか?」

「すごいですイファさま! この星の生物との第一歩ですよ!」

 流石に物心付いた頃から特別な教育を受けて来たお子様は違う。正味な話、この少女はディナよりも頭が良い。

 だがイファに言わせると、これは決して難易度が高いコンタクトではない。だからそんな小さな子供を誉めるようには言って欲しくないと思う。大人びた幼女だった。

 因みに、今だからこそこの小さな女の子に献身的なお姉さん、ディナだが、もうちょっと若い頃はやんちゃだったりする。勉強? そんなものクソ喰らえでしたよ。

 とにかく、最初に伝えるのは名前。そうと分かれば話は早い。

「わたしの名前は、イファ・アニューナク・トレイダムです。わかりますか?」

「んん……『ファ……ニューが○だむ』? まさかの宇宙世紀」

 流石は宇宙人、といらん所で勇御は感心した。

 だがこの子犬のような少女は、どう見ても連邦の開発した人型兵器ではない。西暦だって今なお継続中だ。

「ユーゴ……。こちらはイファ・アニューナク・トレイダムさまです」

「イファとお呼びください。イファです。イファですよユーゴさま」

「えいふぁ……『イファ』かな……? さっきのはミドルネームとかも含め、だったのか? こっちのねーさんも良く聞きゃ『イファ』って何度か言ってるし……」

「通じたようですよイファさま」

「ええ……えへへ」

 名前を呼んだくらいでこの笑顔は反則すぎる。

 まるでくすぐられたように身をよじって感情を表す少女、イファの姿についついニヤけそうになる表情筋を引き締めた。そんな勇御はロリコンに非ず。若干年上好き。

「良かったですねイファさま。わたしはディナ・イデウス・ルミウスです。ディナと呼んでください。わかりますか?」

「ねーさんは『ディナ』だな。よし、これならいけそうかも」


 だがコミュニケーションの足掛かりが出来たと思ったところで、この先に全く進まなかった。

 何処から来たのか、と問い、その意図を読み取ってはくれたが、地球人は未だ太陽系の惑星や衛星の配置を把握したに過ぎず、星座や銀河系の予想図を異星人に見せても困った顔をされてしまった。

 どうしてここに来たのか、などの複雑な質問はそのアプローチ方法から良く分からない。

 イファとディナを襲った敵についても、『ニーコッド』という単語を引き出すに終わった。これが固有名詞なのか、敵という意味のそのものなのかは勇御には分からない。

 後は幾つか、ディナとイファに身近な物の単語を覚えてもらったが、逆に彼女達の単語は勇御には意味不明だった。あまりにも、ここにある物は彼女達の文化とはかけ離れてているらしい。

 暗号解析ソフトなど各種ソフトウェアも、こうなると役に立ちそうも無かった。どんな優れた道具も使い方次第である。

「地球の科学力、頼りねぇ……」

 と、自分の力量を棚上げする少年。頭は悪くないのだが、時々考える事を放棄しがちだ。

 苦悩の勇御とは対称的に、ディナとイファには勇御が端末の操作に指を駆使するのが職人芸か何かに見えるらしく、少し前からパソコンのキーボードを操る勇御の手を凝視している。

 先進文明な彼女達の端末は、基本的に誰でも使えて習熟を必要としない仕様になっている。例えば音声入力。ユニバーサル仕様を周知徹底された入力装置。しかも人工知能による補助が当たり前だった。

 たった数時間で文明と距離の差は埋まらない。


 朝食終了後から、星と星の距離を埋めようと足掻き始めて4時間経っていた。

 時刻は12時。さっき朝飯を喰ったと思ったらもう昼飯時である。

 頭を駆使したイファにも疲れが見えて来たので、休憩にして昼飯でも用意しようと冷蔵庫を開けるが、

「……今朝のも大分無理したからな。兵站へいたんが維持出来ねぇよ、これじゃ」

 というか既に破綻している。見事に空っぽだった。

 昨夜、晩飯を作った時点で空っぽだったので、今朝のトーストやスクランブルエッグの材料は音速(比喩無し)でコンビニに買いに行ったのだ。

 一食分用意するだけならその手でいける。だが今後の見通しが立たない事には、食料は多い方が良い。

「となると、買い物に行くしかない、ワケ、だ……」

 量が多いと音速(比喩ではない)で突っ走るわけにもいかない。震動やら衝撃やらで卵とか割れる。

(……ついでに服も買って来たいな。いつまでもオレの服じゃかわいそうだし、下着なんか履いてないだろうしな……。そういやあの人らの着てたのって丸洗いしていいのか?)

 勇御の体格が一番大きかった為、服が小さいという事は無い。だがそもそも男物だし、ディナには『少し大きい』で済むがイファには大き過ぎる。下着が無いのも切ない。

 余談ではあるが、ディナは現在勇御のワイシャツとTシャツにジーパンという格好だ。凛とした美しさのディナには良く似合う恰好だと勇御は密かに思っている。チョイスしたのも勇御だが、下心は無い。

 イファはTシャツを着せた上であちこちを縛って絞るという強引さ。その上からトレーナーを着させてはいるが、やはり無理があり過ぎる。

 元々彼女らはウェットスーツの様な物の上から、ボディーラインに合わせた軽いアーマーの様なモノを肩や胴に着け、更にその上に短いローブやスカート、またはキルト(パレオ)に似た衣を着けていた。今は洗面所の洗濯機の上に放置してある。

「というわけで諸々調達してこようと思います。分かる?」

 分かるわきゃない。ないので、冷蔵庫の中身と汚れきった彼女達の服と現在の着衣を以って理解してもらう。理解してくれたと思う。

「つまり食べるもの、着るものが問題なようですね」

「このつめたい空気が出ているのはごうせいきとは違うのですか?」

「この星の科学レベルで有機合成や資材合成の装置は作れないと思われます。となると恐らく……」

「おそらく?」

「タンパク質は原生生物を狩りで! 炭水化物やビタミンは植物の自然栽培によるものじゃないかと……!!」

「わあ……すごーい!」

 何故か微妙にエキサイティングしている女性陣に、地球の少年はこれ以上何と言って説明していいのか分からなかった。ただ大人しく留守番しておいてほしいだけなのだが、

「黙って行ってくるか……? なんか楽しそうだし」

 もう何も言わずに行ってしまおうか、とも思うが、心細い思いもさせたくない。そして勇御も心細い思いをしたくない。出かけている間中気が気ではない。

 年端も往かない子供に留守番を任せる親の心境はこんな感じか。


 そうやって、単身異星人とのコミュニケーションに悪戦苦闘する少年の背後に、新たな面倒の使者が迫って来ている。

 予知能力なんか無い少年、勇御には、まだそれは捉え得なかった。



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