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HART/BEAT Experience -T-  作者: 赤川
第1章
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序章 第8話 「interval」


 子供がお腹がいっぱいになれば、あとは寝るだけである。

 よほど飢えていたのだろう。あるいはソレが宇宙の常識なのか、もう行儀も作法も体面も無く詰め込んでいた。

 作った身としては複雑である。味わうも何もない有様で腹だけ満たすならば、水でも飲んでいればよいのだろうが。

「まあ……気に入っていただけたのでしたらようございました」

「ん~…もう食べられないでしゅよぅう……」

「何言ってるかわからねーけど胃薬とか効くのかこれ? 食ったもので死んだりしたら、トラウマで一生料理とか出来んぞ」

 ソースやら何やらで口元どころか手や胸元まで汚して卓に突っ伏す子犬のような少女。

 将来は美人間違い無しの愛らしい貌の中に、幼さを残したふっくらとした頬が今は1.5倍増し。

 満足しているんだか食べ過ぎで苦しんでいるんだかワケが分からない表情になっているのがやや残念。

 このまま死にやしないだろうな、と料理を作った張本人、叢瀬勇御むらせゆうごは不安でしょうがない。

「イファさま、そんなに耐えていらしたのですね……。申し訳ありませんでした……」

 涙を浮かべて女の子へ憐憫の眼差しを向けるのは、常に少女につき従っている金髪ショートカットの美女。何を言っているのかは相変わらず分からないが、口元にはパスタのソースときざみ海苔が付いている。

 こちらも腹が張って苦しいのか、脚を崩して卓に寄りかかった姿勢になっていた。

 ふと、今まで少女の方しか見ていなかった金髪の女性が初めて勇御の方を見た。ただ視界に収めるという意味ではない。

「………」

「………ん?」

 やや居心地が良くない。自分の家なのに。

 所は勇御の自宅。宇宙船墜落地点から数キロの所。ごく普通の住宅地の中に有る、故あって一人暮らしの一戸建てである。

 時刻は午後10時39分。周辺からは生活音の一つも聞こえない静かな春の夜であった。

「あの……ありがとう、ございます。助けていただいた上に食料まで……」

「そんな顔されるとスゲー悪い事をしている気にさせられるんだけど……」

 当然、言葉は通じていない。ものすごく申し訳なさそうな顔を見た目年上の金髪麗人、ディナがするもんだから。食事を用意したのは余計なことだったのか、と勇御が見当違いの心配をする。

 モノ申したくとも言語のフォーマットが合わない。なれば筆談、文字はどうだろう、とノートとペンを持ってくる。

 案外どこかの古代文字とかと一緒で実は彼らは太古の地球に文明をもたらした種族だったのだー、とか期待したがそんな事なかったぜ。

「やっぱダメか……」

「リモデーチェがいればパターン解析とかも出来るのだけど……」

 地球と異星の言語を書きなぐったノートを前に二人して首を捻るばかり。ペンの持ち方は同じだった。

 言語、文字共に勇御には全然分からないが、地球文明初期の文字や文法とに類似性の見出せる物がある事が分かったのは、大分後になってからの事である。

 後から地球製でも暗号解読ソフトウェアにかければ読めるんじゃないのだろうか、そんな事を勇御は心のメモ帳に記し残した。

 しかし、見れば見るほど地球人と同じに見える。しかも姉に負けない美女だ。いやあの人とはまた方向性が違うが。

 瞳に強い意志が見え、短い金髪と合わせて活発な印象を受けるが、同時に物腰からは落ち着いた女性のモノも感じ取れる。さりとて未だ大人には至らない少女、といった所だろうか。

 勇御の姉も相当の美女と言えるが、彼女はまだ年齢的に『美少女』の範疇に入る。あまり見目が大人っぽいとか言うと、後で本人がこっそり泣くので注意。

「な、なにか?」

「……あ? いや、ごめんなさい」

 別に言葉が通じたワケではない。金髪の女性の顔をマジマジと見つめてしまった為、訝しげな顔をされてしまったから謝っただけだ。

「あー……この娘、寝たのを起こすのも可哀想だけど、このままにするってのもなぁ……」

 勇御が女性の口元を指して、意図を察した女性が少女のソースを拭ったが、何か釈然としないモノを感じた女性の方は変な目で勇御を見ていた。

「ウェットティッシュがどっかあったけど……シャワーなんかは入るのか? 先進のオーバーテクノロジーで水無し入浴とかがデフォルトになっているから直でカラダにH2Oを浴びたりしないとか? 身体溶けたり酸化したりしねぇだろうな……」

 ティッシュを渡せば何に使うかくらいはすぐに察してくれるようで。

 しかし、ティッシュくらいならともかく家中の物の使い方を伝えるのは骨が折れようなぁ……と結局意思疎通の問題に回帰して、勇御もちょっとうんざりした。

「明日にしよう……今日はもう加減疲れたし」

「……?」

 とりあえずは、とシャワーの使い方と着替えについて、そして寝床についてだけは伝えなければならないだろう。

 女性にレクチャーするには、少年にはあまりにも難易度が高い。溜息が出る。

 思えばここまでたった数時間、色々あった。

 異星からの訪問者とその敵との遭遇、戦闘、そして離脱。

 そして今、異星人とのコミュニケーションに四苦八苦しているのだが、いつぞやのように凶暴かつ獰猛な地球外生命体と地球人類の存亡をかけて戦うよりは100倍良かった。

「『美人相手なら』、とあの野郎どもは言う……。姉ちゃんなら何て言うかねぇ……?」

「何か? と言っても何て言ってるか分からないのよね……お互い。どうすればいいかしら、これから」

 小さな子供を間に項垂れる美女と天を仰ぐ勇御。そこに、

「んに~…む~…」

「……ハッ」

「……フフッ」

 小さな子供、イファのあまりにも可愛らしい寝言に噴き出す両人。汚れっ放しなのが少々可哀想な気もするが、起こしてシャワーを浴びさせるのは断念する。

 ついでに意思疎通に腐心するのもあきらめた。なるようになれ。

「まあ今夜はもう休んでください。今後の事は明日相談しましょう。コミュニケーションの方は姉ちゃんに聞けばどうにかなるだろうし」

 女の子を抱きかかえ、勇御の行動に少々慌てた様子の女性を伴い勇御の寝室へ。そのまま女の子をベッドへ横たえた。

 少女にかけたのとは別の、もう一枚のブランケットを金髪女性に押し付ける。

 ついでにトイレの位置と使い方もどうにかこうにか伝えておいた。伝わっているかは微妙だが、分からないと悲惨な事になる。

 もっとも、彼女らがトイレを必要とするならば、だが。

「スゲー進化してるから排泄の必要無し……まさかな……」

「何かしら、今までで一番怪しまれているような視線が……」

 嫌な想像(失礼)を振り払う多感期な少年。

 問題は相変わらず山積み。でも全部明日に回す。

 今はただ安らかに。

「それじゃ、お休みなさい。また明日」

 金髪女性と女の子を残して、勇御は部屋を後にする。そして携帯電話からダイヤル。

 呼び出し音を聞きながら、勇御はフと思い出した。

「ヤバ……(仕事先に)顔出すの忘れてた」

   

                           ◇


 ここ数時間の事を反芻する。

 未開の惑星への墜落。敵に追いつかれもう終わりだと思ったその時に現れた――――――表現に困る。

 見た目は少年。一見少女と見紛う容貌。

 頭に『美』をつけてもいいが、いかせん表情が、特に目つきが鋭過ぎる。

 落ち着いてから改めて見て思ったが、一見細身な肉体の発達は目を見張るものがある。それもただ増やした筋肉ではない。何気ない動きにもしなやかさがあり、天然(自然)の肉食獣を思わせる。

 なにせ文明の程度が低いということは、利器に頼らず肉体を駆使しなければならない場面が多いということだ。それにしたって戦闘用の種族であるニーコッドを膂力だけで瞬殺する程とは思わなかったが。

(この星の第一位生物はみんなそうなのかしら?)

 異星人の方に大分誤った認識を与えてしまい地球上の生物の皆様、申し訳ございませんでした。

 もちろん地球上の人間全てが勇御のように無双なのではない。

(それにしても、この星の食べ物はあんなに……なんて芳醇で多彩で美味な数々。合成じゃない食材は流石に違うわね)

 基本的に彼女たちの種族は分子合成素材によって衣食住から全ての物を賄っている。資源の制約から限定的に解き放たれているが、その恩恵と引き換えにして切り捨てている部分も少なくはないということだ。

 特に『食』に関しては量以外では色々と貧しくなってしまい、社会的な問題になっているのだがその辺は閑話休題。

(これからどうしよう……司令官、ロナ、今頃どうしているの?)

 ニーコッドに追い詰められた仲間たちの事も気になる。

 自分達を逃がす為に敵を引き付けてくれた仲間の1人。艦隊の軍人と避難民約3000万人。そして故郷、ウル恒星系の同胞、約450億人。

 彼らを救うカギは、ここにある。

 自らが作り出した〝神〟ともいえるシステムを取り戻す鍵。

 イファ・アニューナク・トレイダムをなんとしても守り通さねばならない。

 文字通り、彼女を守るのが自分、最後の一人となっても。

 あるいは世界の全てを敵に回しても、ディナはこの少女を守りぬく。それが、誰に命じられたでもない、己に課した使命である。

「……ん~…ぉねいちゃん――――ですよ~」

「フフ……イファさまったら」

 彼女にも分かっている。この小さすぎる少女にも、己の背負う重すぎる宿命が分かっている。

 ディナが少女の顔にかかっている前髪をそっと除けた。お腹が膨れたせいか、幸せそうな寝顔だ。この子がこれほど安らいでいるのはいつぶりだろうか。

 その寝顔を見ていたら、ディナにも強烈な睡魔が襲ってきた。自覚は無かったが、ディナ自身も長いことまともな睡眠は取っていない。薬剤でごまかしていた。

 あの少年、は悪い人間ではないと思う。だが油断はできない。

 ディナはこの星の事をほとんど何も知らないのだから。

(―――だから、熟睡とかは………)

 しかし、ここには身体を休ませる薬も、体調を整えてくれる設備も無い。

 そうしてディナとイファは、幸運にも地球最強の守護神の自宅でひと時の安らぎを得ることとなった。


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