序章 第6話 「嵐のあとさき」
星空を眺め、少年は少し途方に暮れる。
強靭な筋肉の詰った細身の身体をだらりと弛緩させ、地面に刺さった乗り物に腰を落としている少年、叢瀬勇御は端正な貌を空に向けていた。
ひとまず嵐は越えたが、大抵面倒になるのは騒ぎの後始末の方。
「どうしようかな、これ……」
足元には地球上に存在しない空飛ぶ乗り物。中には異星からの訪問者が2名在中。
先ほどまで戦場になっていた謎の飛翔体改め宇宙船は、遠くでキノコ雲と化していた。
「あ……流れた」
見ている前でまた星が流れる。まさかアレも宇宙船ではあるまいな。
流れ星に願いを。と思ったが、状況をまるで把握できていない少年には、願うべき願いがいまいち纏まらなかった。
◇
30分前。
流れ星となって落ちて来た物体。分かりやすい表現するならば、それは未確認飛行物体(U・F・O)という奴だった。
市街地の上空を横切り、ピンポイントで高速道路を寸断して墜落したその物体を、勇御は断崖と化した道路上から唖然と見下ろす。
その時点での人的被害は不明。車両は大小合わせて5~6台が、爆発に飛ばされて爆心地から遠くに転がっていた。
勇御の得意分野は真っ向からの殴り合い。姉と違って災害救助や応急処置は全く出来ない。
と言って捨て置く事も出来ない。なので、自分はどうするべきかを考えてみる。
現場が市街地に、そしてインターチェンジに近い事もあって、既に救急や消防、警察が駆けつけて来ていた。日本の機関はこういう時の仕事が早いなぁ、と勇御は本心から尊敬している。
なので、自分は警察や消防の方々が手を出せない部分で働こうと考えた。すなわち、未確認飛行物体の方である。
ところが、いざ高速道路の破壊された部分から飛び降りて墜落した物体の方へ行こうとした矢先、突如として現れる新たなもう一機の未確認飛行物体。
ただでさえ緊急事態なのに、2機目の飛行物体から落雷のように落とされる光線が生み出す爆風によって更に被害が拡大。勇御の自転車もフッ飛ばされてフレームが歪んだ。チクショウ(泣)。
爆風に吹き飛ばされて何十回転もさせられ、粉塵で埃塗れにされた挙句、鞄まで無くした。この時点でテンションゲージが通常値いっぱいまで跳ね上がる。
先に墜落したのが二等辺三角形であるのに対し、次に来たのはひし形だった。それは、先に墜落した未確認飛行物体に覆いかぶさるような空中のポジションを取って静止する。
星と文化が違えど、こういうやり方は万国(?)共通なのか。勇御は腹立ち紛れに埃やアスファル片を振り払いつつ、これまでの流れを推測する。
つまりこういうことか。
2機の未確認飛行物体は追っかけっこの最中で、1機がどういうワケか地球に墜落。それを追っかけて来たもう1機が追い打ち気味に墜落した機体を攻撃。現在は強制接舷の上、強行突入の真っ最中だと。
「っ~~……てか、追われて撃たれて落とされた、のか? どうでもいいか……」
だとすると、単に墜落して来た船の救助、と往くには少々慎重にならざるを得ないかもしれない。事情も分からないのに2者の争いに首を突っ込むのはあまり良くない。以前にも勢いとノリでとある争いに首を突っ込む羽目になり、付く陣営を間違えて酷い目にあっているのだ。
1機が墜落しただけなら、それが助けても問題無さそうな生き物なら助け、ヤバそうなら即効で封鎖するだけでいい。
だが、もし片一方が仮に銀河連邦政府の治安維持部隊とかで、もう一方があらゆる知的生命体を滅ぼそうとするテロ宇宙人とかだったらどうしよう。とか考えてしまう。
こちとら最近ようやく土星の衛星に手が届いたばっかりの地球人である。宇宙の事情など知りはしないのだ。
「……こりゃ、やっぱり姉ちゃんの方の管轄かな……?」
姉が聞けば泣いて否定しそうだが、どうせ泣きながら首を突っ込まざるを得ないのがあの女。だが連絡している時間はなさそうだ。
首を突っ込んでも厄介なことになる可能性があるが、放置してもそれが最良の選択肢である保証は無い。下手をしたら、ここで何かしなかったから手おくれ時間切れでデッドエンド、という可能性も。
どう転んでも気分が悪い事になりそうだ。
「……気は乗らないけど、一応見に行ってみるか……」
様子を見るだけ。
大抵こう言っておいて面倒な事態に突撃することになるんだよなぁ、と内心で怯えながら、勇御は今度こそ未確認飛行物体へと飛び降りていった。
プロペラやロケットエンジンと言った何かしらの反動で浮力を得ているわけではないようで、後から現れた飛行物体は天蓋のように上空で静止している。
「おー……」
見上げてみると、なかなか壮観な眺めだった。が、のんびり見ている時間も無い。
下の船体には攻撃を受けた痕か、裂けたような穴が穿たれ、その縁は赤熱していた。人一人どころか装甲車くらいなら入りそうな程の穴だ。
傷ついた船体は半分以上大地に埋もれているようだった。いや、地面を抉って小山を作っていた。
事も無く、船体上部の亀裂から中に入る。入る前は、おどろおどろしく有機的な内部を想像したが、実際の内部は無機質でシャープな構造をしていた。
印象としては海底や地下に建造される施設に近い。壁面や床、天井は灰色がかった乳白色で、表面に透明感がある素材で構成されている。目を凝らすと細かく6角形の溝が走っているのが見える。ハニカム構造体なのかもしれない。
内部に破壊の痕はそれほど見られなかったが、そう遠くない場所から激しい衝突音や炸裂音がする。勇御には耳慣れた音。戦場音楽だ。
「……派手にやってるな」
様子を見に行くことが目的だから、うっかり誰か(何か)に出くわして戦闘に巻き込まれるのは上手くない。あくまで様子見。
「姉ちゃんの領分だよなぁ、こういうのは……」
そりゃそうかもしれないけど姉ちゃんだって好き好んで修羅場への出席日数稼いでいるワケじゃないですよ、と姉の声が聞こえてきそうだ。
自分には苦手な分野だなぁ、と思いながら可能な限り身を潜めながら先に進む。
幸運な事に何とも誰とも接触すること無く、宇宙人と思しき集団の後方に潜むことに成功した。
全員が人間程の大きさで、人間と同じ四肢を持つ2足歩行形態。個体毎に多少細部の違いはあるが、昆虫の外骨格に似た装甲を纏っている。
手にしている武装は銃やライフルに似ている。人間と同じ形状だから、使う道具の特徴も似てくるのだろうか。
ただ破壊力はさすがに銃とは比べ物にならないようで、ライフルのような武器から光が照射されると、固く閉ざされた扉の表面が風化したかのように崩れていく。
生身に直撃したらどうなるか、など考えたくもない。アレを耐久力とか装甲力で止めるのは無理だろう。
連中のお目当てはどうやらその扉の先にあるらしく、勇御には分からない言語で扉の奥について話し合っているようだ。身振りでわかる。
(つまりあの中が目当てでド派手に人んち(地球)に乗り込んで来たワケだ……)
外はどうなっているだろうか。警察や消防救急が要救助者の救出に当たっているだろうか。
人死にはどうか知らないが、怪我人は相当数出ているだろう。昨今警察だって車での被疑者追跡には気を使う。追跡にあたって周囲への被害を考慮するためだ。
だがこの昆虫もどき共は周辺被害など一切考慮せず、まだ周囲に多数のヒトが居るにも拘わらず墜落した未確認飛行物体へ向かって攻撃を仕掛けて来たのだ。勇御(と自転車)も巻き添えを喰った。
故に素直に言って、この連中は非常に気に入らない。
もうちょっと自分が子供だったら様子見などせず、今頃全速力で殴りかかっていただろうなぁ、と自分を宥めつつも割とギリギリの堪忍袋。
ところが、その緒は次の瞬間、呆気なくプチっとキレる事となる。
昆虫もどきの連中が突入路を確保し、次々と突入を開始する。そこはこの船のコントロール中枢であったらしく、中はそれほど広そうでもない。
奥に行くにつれて窄まるようになっており、上下左右が外を映すスクリーンになっているようだった。
窄まり始めの所には座席のようなものが見える。
その両側、部屋の側面にはコンソールのようなモノがあった。が、そこまで確認したところで突然、勇御の上下感覚がひっくり返った。
「ん―――いぃッ!!?」
文字通りひっくり返る天地。だが勇御も只者ではない。腕力だけで天井へ落下した己が身を支える。
本物の重力制御だ、と現在起こっている現象を看破する。さすがは宇宙人のテクノロジーだ。恐れ入った。
「すっげ……! やっぱり宇宙出るのならグラビティーコントロールくらいは――――――!?」
そして天井にまで『落とされた』おかげで、その先を見ることが出来た。
自分たち地球人とそう変わらなく見えるブロンドショートヘアの女性と、彼女に抱きしめらるようにして守られている小さな子供。今脅かされている二つの命だった。
寄ってたかって、蟻が群がるような光景。昆虫もどきどもが武器を剝ける。狙いはあの二人の命か。
わざわざ地球まで来て、あれだけの被害を出した理由がこの二人を殺すためか。小さな命とそれを守る女性を殺すためか。そのために御大層なテクノロジーを引っ張ってきて集団で追い詰めてなぶり殺しにするのか。
勇御の思考は融点どころか軽く沸点にまで達し、怒りで肉体が爆発する。
◇
そうして、昆虫もどきの兵隊アリをしこたま殴り倒し、船を脱出して(放り出されて?)今に至る。
鏃型の脱出ポッドから外に出ると、爆発四散した飛行物体の上げるキノコ雲が、炎と共に吹き上がるところだった。
さて、最初に予感していた通り案の定大変なことになった。これからどうしよう。
当事者達に事情を聴きたいところだが、一緒に脱出してきたお姉さんとお譲ちゃんは二人共お休み(気絶)中。疲れたのか、安心して気が抜けたのか、とにかく目覚めるのを待たねばなるまい。
とりあえずそれまではここで待機。
姉なり仲間になり知らせる必要は。彼女らの身体に異常はないのか。地球の医者に診せていいのか。さっきの昆虫もどきの追撃は。その他、懸念すべき事項は多数。
「……どうしよう」
めんどくさいのは苦手だ。こちとら分かりやすいパワーキャラである。
途方に暮れて空を見上げる。流れ星を発見。
困った時の神頼みで、流れ星に願いでも掛けたくなるが。
「なんか……変な動きするな、あの星……」
右に左にフラフラと、どうにも頼りにならない流れ星だった。
◇
ニーコッドの追撃を振り切った『ローナ』と呼ばれた女性は、〝リモデーチェ〟の墜落地点へ向かうべく地球の大気圏を掠める高度を飛行していた。
ところが、リモデーチェに連絡を取ろうとしたのと同時に、ここまでの状況報告とメッセージが転送されてくる。
情報に目を走らせていると、記録の最後に『本艦は敵艦からの攻撃により轟沈』と。地上に向けていたセンサーがリモデーチェらしき船体の消滅を捉えたがほぼ同時であった。
「そんな……ディナ! リモデーチェ! 応答を――――――」
動揺を抑えきれずに全ての通信チャンネルで仲間に呼び掛ける。そんなことをすれば当然、こちらの位置はバレバレなワケで、当然のように一度は撒いた敵がこちらに喰い付いてくる。
「ッ! あんたらの相手なんかしているヒマないんだよ!!」
自分が敵に捕捉されるよりも星に落ちた仲間が優先。近くにはもう、自分しか味方はいないのだから。
既に消耗し切った機体で再び戦闘機動を取るローナ。
しかし戦闘は僅か数分で終了し、彼女の機体が大気の情操を掠り、尾を引くのを勇御が目撃することになる。