5章 第5話 「マクロファージ」
『おい今何かヘンなモノに当たらなかったか!?』
『知らん! とにかく1ダウン! グッドキル!!』
異星人の兵器を撃墜した2機編隊の戦闘機が超高速でターミナルビル上空をパスしていく。
「イーグル!? どこのだ!!?」
「わああああ!? ユーゴ!!?」
猛然と敵へと突っ込んでいった少年は、戦闘機の発射した空対空ミサイルのとばっちりを喰らってターミナル向かいの立体駐車場へまで飛んで行ってしまった。
勇御に一発くれた2機の戦闘機は左右にブレイク。その後方を別の敵が追うが、更に後方から飛来する光が追撃機の尻を蹴飛ばし爆砕する。
遥かに技術力で勝る筈の異星人の戦闘兵器を撃墜して見せる地球の兵器。外見は先進改修型F-15IFCSだが、カラーリングはホワイトをベースとして翼にはブルーのラインマーク。
尾翼の所属を示すスコードロンマークにはUNの二文字が。
「UNF!?」
国連平和維持派遣軍(UNPKDF)。
20世紀末から組織再編と戦力強化、国連内部での権限強化を推し進めて来た国際連合の軍組織。
今や大国の拒否権すら撥ねつける、真に地球人類を守護する衛兵達。
その中核となる主力部隊は、一国の抱える軍隊と比べて決して大規模ではない。しかし間違いなく地球最強の戦闘群団。
「〝センチネル〟が来たか……」
極低空から戦場に侵入してきた大型輸送機が〝何か〟を滑走路上へ投下した。
戦車や装甲車、歩行車よりも小さい人間とほぼ変わらないサイズの物体。それは戦車や戦闘機のような飾り気のない装甲で全身を固めながら曲線で構成されたシルエットを持ち、人間特有の有機的な動きを見せる白い機械化兵。
この日、切り札として開発中だった次世代歩兵統合戦術兵装システムを初めて実戦投入した、
国連平和維持派遣軍、還太平洋方面艦隊所属第一強襲偵察大隊。
通称〝センチネル〟。
◇
「せんちねる……って、隊長は休暇中だろ……。〝ジェネレイトフレーム〟はもう使えるのか……?」
既存の戦闘機に搭載されたタダの空対空ミサイルが宇宙人の機動兵器を破壊できる筈もなく、通常の兵器が勇御にダメージを与えられるワケもない。
国連軍とセンチネルが絡んだ兵器に不運にも直撃を喰らい、此処に来て勇御は初めてダメージらしいダメージを被っていた。どういう仕組みか知らないが、流石はAWG製。
勇御は若干やさぐれた目で自分が空けた天井の穴を睨んでいた。戦場の空でも素晴らしく青い。
勇御がメリ込むように下敷きにしてしまった車は5千万円以上するイタリア製の高級車。色は深紅。完全に潰れて影もない。悪い事をした。
立体駐車場から見るターミナルビルの向こうでは、百体はいる宇宙人の兵器とセンチネルが戦闘状態に入っている。各科各隊の連携は他の軍隊の追随を許さず、兵器の質、兵士の錬度も遥かに高い。
投入された国連軍の戦力は航空支援に航空戦隊が2機編隊の2小隊。そして、主力となる第一強襲偵察大隊。しかもただの歩兵部隊ではない。
〝ジェネレイトフレーム〟。
局地での3次元踏破能力と兵士の生存能力を飛躍的に高める為に開発された個人用の機動装甲兵器システム。と、言う事になっている。
真の開発意図はともかく、ジェネレイトフレームの装甲防御力は戦車砲の至近直撃に耐える耐弾性能と耐衝撃性能、耐熱、耐寒、耐圧性能を有し装備者の肉体を保護する。オプションによっては海中や宇宙空間での活動も可能とする。
背面部、大腿部に内蔵されるレーザーイグニッションのロケットモーター推進システムは、小型かつ高い爆発力で兵士にミサイル並みの機動力を与える。つまり、単体での飛行も可能。
そして、未だ隠された攻撃兵器とシステム全体を支える動力とエネルギー。それらを混然一体として小さいフレームに納める事を可能とするインターフェイス。
アメリカの〝アイアンマン計画〟の産物、戦闘用強化外骨格も似たようなコンセプトで開発されてはいるが、ジェネレイトフレームは性能が違いすぎた。
ジェネレイトフレームは、間違いなく今の地球の持てる最高の兵器だ。だがそれでもまだ未完成。
故あってその存在と開発経緯を知っている勇御は、遠目に見える白い騎士の姿を睨んで眉を顰める。
(……やっぱり完成してねーじゃんか!! 大丈夫かセンチネル!!?)
そもそもプロトタイプでさえ完成の目処が立ったばかりの代物だったはず。実戦投入が速すぎると思ったら。
「丸投げってワケにゃいかねーなこれは! ブルーやゲイルらはまだ生きてんだろうな!?」
それに、仲間に預けたままの心配な女の子達もいる。
勇御は立体駐車場5階から外に向かって飛び降りると、コンクリートを蹴り砕いて再びターミナルビルへと突っ込んでゆく。
◇
空港一帯は人類史の例に見ない戦場となっていた。
円盤や尾のある人型兵器が空を舞い、国連軍がこれに対抗する。
先行してきた〝ジェネレイトフレーム〟部隊は最新鋭の試作レーザー砲、レールガン、プラズマライフルでニーコッドの機動兵器を攻撃。これまでとは一桁違う威力の兵器はシールドの上からでもニーコッドを押しまくる。
更に国連軍は続けて戦力を投入。後方から投下された重装備のマシンヘッド部隊。こちらも地球最先端のエネルギー兵器を装備し、ニーコッドへ掃射を開始。
しかし、一発でニーコッドの機動兵器が持つエネルギーシールドを撃ち抜き撃墜する事は出来ず、決定打にはならない。
戦術連携と速力で勝る地球国連軍と、火力防御力にアドバンテージを持つニーコッド――――ウル恒星系エリドゥ帝国軍――――は互いに決め手を欠き、持久戦の様相を呈してくる。
だがニーコッドの目的は国連軍と戦う事でも空港を制圧する事でも無い。大海の鮫のような動きでニーコッド部隊の一部が超低空を飛び、標的たる少女、イファを囲む一団を強襲する。敵はオナグルタイプ2機を先行に2等辺三角形型円盤が1機。歴戦の護衛達も生身では成す術が無い。
だが襲われる直前で、上空から覆い被さるようにして新たな巨像がニーコッドの部隊を強襲する。
「〝脚長〟がもう一機!?」
勇御が中破させたのとは別の機体。今までは勇御を観察していた、ウル脱出艦隊からイファを回収すべく派遣された小隊の隊長機だ。
「ローナ、オナグルとソリスタは抑える。今すぐ鍵を回収しろ!」
「り、了解しました!」
ガデス隊長機の腕から勢い良く砲身が展開され、オナグルの真上から雨のように光の粒子が降り注ぐ。オナグルが耐えられたのは僅かに1秒弱。次の瞬間には雪を溶かすように装甲が浸食され、耐えきれずに爆発した。
新手の敵を脅威と認識したもう一機のオナグルは尾を翻して円盤ともども上空へ。そして胴体から砲口を覗かせ味方機を落とした敵機へ光弾を見舞う。ガデス隊長機は宙で転がるようにこれを回避。逆に頭部の目に当たる部分から光線を発射しオナグルを攻撃。オナグルには当たらず回避される、と思いきや、光線はその後方の円盤をなぞる様に直撃。円盤は真っ二つになって爆散した。
一撃でニーコッドの兵器を落とす威力もそうだが、この機体のパイロットは戦いに慣れている。一瞬感心するスヴェンだったが、感心してばかりもいられない。
「イファ様、回収します! 動かないでください!!」
「や―――――ちょっと待てローナ!」
「いい加減にしろディナ! これ以上は待てない!!」
頭部を砕かれ片腕を無くした巨像が身を震わせて立ち上がり、同胞の少女達を文字通り手中にしようとした。
ドンドンドンッ! とスヴェンらPMC〝NEXAS〟の人間がこれに発砲。わかっていた事だが巨像の動きは僅かにも緩まない。
「邪魔をするな野蛮人ども!!」
それでも余裕を無くしたパイロット、ローナをイラつかせるには十分だったようで。
怯えるイファを背に庇うディナとPMCの女性兵士、トゥルーを目障りだと言わんばかりに巨腕が薙ぎ払おうとする。
そこに上空から飛来する超音速の砲弾。放ったのは急行してきた国連軍〝センチネル〟のジェネレイトフレーム小隊だった。
直撃を受け中破したガデスの動きが止まる。
「グァッ!? クッ……この星の軍隊か……!!?」
白い装甲兵器を纏う兵士達は風を巻き上げながらスヴェンらの前に降りる。揃いも揃って身の丈を超える大型火器のフル装備だ。
「おいお前スヴェン……スヴェンソンにトゥルーか!? お前らこんな所で何している!!?」
しかも知り合いだった。
「いいタイミングだブルー! こっちのお譲ちゃん達が連中の狙いだ! 手を貸せ国際公務員!!」
「ユーゴはどうした!? 接触するよう命令を受けている!」
「ユーゴはこの娘らのエスコート役だ! とにかく連中を迎撃しろ!!」
のんびり話をしている暇も無く、言っている間にも新手のニーコッド部隊が接近中。ブルーと呼ばれた白い装甲兵器を纏う兵士は目の前で悪足掻きする巨像に再びレールガンを発砲。それだけに留まらず、他の小隊員から撃ち込まれたレールガン、レーザー砲、ミサイルがガデスを吹っ飛ばす。だが撃破までには至らず。
「堅いな。異星人の兵器、これほどか」
「大尉! サソリ型3、円盤型2、北東11時から近づく!!」
「ブルーよりセントラルサーヴィランスへ。パッケージ確保! 支援要請!!」
「北9時からも敵多数! ヤバいブルー、連中もパッケージに気が付いた!!」
「ターミナル内で応戦するぞ!」
スヴェンらディナとイファを守る兵士を先に、センチネルがそれを守る陣系が自然と形作られた。一団は戦闘状況を限定するため再びターミナルビル内へ。そして彼らを追い新たな敵機がビル入り口へと舞い降り、その直後に国連軍の集中砲火を受けて大破した。しかし敵は止まらず、新たに2機、3機と舞い降りターミナル内へ侵入を試みる。その度に内部のセンチネル、ジェネレイトフレーム部隊からの集中砲火を受けたが。
「クソッ、シールドウゼぇ!!」
「うるせぇいいから撃て!!」
今の国連軍センチネルの火力を以てしてもニーコッドの兵器一機落とすのも難しい。しかも敵の数は一機や二機ではない。
「ヤヌス5、6は前面に! 後退しつつ連中の足を遅らせろ! スヴェン、滑走路からユーゴと合流しろ! 連中は我々が抑える!!」
「あのガキお宅のとこのミサイル喰らって明後日の方向に飛んで行っちまったよ!」
「ミサイルなんかであいつが死ぬなら少佐も苦労しない! 早くしないと砂糖菓子みたいにアリに集られるぞ!」
上手い事言ったもので、今まさに四方八方から異星人の兵器にターミナルビルは喰い荒らされていた。国連軍とPMCはビル内を移動しながらこれを迎撃。先行する装甲兵器がニーコッドの鼻っ柱を叩き、2機の重装マシンヘッドが大火力で敵を牽制する。だがそれも撃破が容易で無い以上はモグラ叩きだ。
「クッソ……せめてプロトンカノンが間に合っていれば」
「10分で後続が来る! それまで持たせろ。スヴェン、お前はさっさと行け!」
スヴェンは無言でグレネードを投擲。爆発の衝撃で一瞬動きを止めたクモのような多脚の兵器へ、国連軍の火砲が集中する。
「この状況で何処行けってんだ。こちとら生身だぞ。女子供連れて強行突破なんかできんぞ」
「…………」
人型サソリのような兵器から光線が放たれ建物内の支柱を一本切断する。直前にプラズマライフルが当たって砲口が逸れてなければ国連とPMCの一団を薙ぎ払っていただろう。
マシンヘッドの携行するレーザー機関砲がクモ型や円盤型をシールド諸共纏めて貫き煙を吹かせる。しかし行動不能にまでは追い込めず、反撃を受けてマシンヘッドは装甲を削られた。
装甲兵器を纏う兵士は狭い空間内を高速で飛び回り、無数の攻撃角度から敵機を撃つ。性能では負けていない。負けてはいなが、国連軍は初の宇宙人との戦闘でジェネレイトフレームを初の実戦投入。しかも未完成。分が悪い。いずれは遮蔽物も全て破壊され、全方向から火達磨にされる。
そして状況は大きく傾く。傷だらけになり、壁となって敵の猛攻に耐えていたマシンヘッドの一機が片腕と片脚を破壊されて行動不能となった。
「ヤヌス5、機体を捨てろ! ヤヌス6はカバー!!」
部隊の指揮官、ブルーの命令が飛ぶのともう一機のマシンヘッドが倒れるのが同時だった。
「ヤヌス6ー!?」
「ブルー、ターミナル内南5時、4脚羽付きのデカブツ!!」
「アックス、ガーランドはオレとデカイのをやる! べック、アイネ、シェンはパッケージを連れて全力離脱! 第二中隊と合流!」
渾身の一斉射が一度に4機を撃墜する。だが既に大勢は押し返しようが無い。
地面を滑るように近づいたジェネレイトフレームの2機がディナとイファを抱え込む。一斉射でこじ開けた包囲の穴を突破し、この場から少女達を離そうとするが。
「クソッ! ブルー、後方から新手! 数6、訂正9!」
包囲の穴を埋めるように、ターミナルビルを削りながら新しい敵機が。更に一機だけ明らかに毛色の違う4本脚の羽付き。スフィンクスのような威容の機動兵器が接近する。
指揮官は即座に決断した。
「パッケージを中央に強行突破するぞ! 悪いなスヴェン。どうにか生きのびろよ!」
優先度の一番は自分。次が仲間。その次が任務。その他は後回し。彼らの隊長の言葉だ。つまりPMC〝NEXAS〟の人間は切り捨てざるを得ない。
「構わんさ。こっちは間に合ったようだ……」
だが、状況は更に動く。
白い装甲の兵士たちは少女達を中心に密集陣形を取る。相手の意思を感じ取った4脚の羽付きは、翼を翻すように光を振り撒きつつディナとイファへ襲いかかろうとし、
「遅いぞユーゴ」
「お前ら姉弟どうしていつもギリギリなんだ……」
「―――――――――――ッだらああああああああ!!!」
真上から降って来た勇御に、真っ赤な散水車を叩きつけられる事になった。




