5章 第3話 「コンタクト」
重力制御を実現し、宇宙と地上を自由に行き来する彼らからすれば、それはさぞかし原始的な乗り物に見えるだろう。とは勇御の想像。
実際の所、故郷の星でも生まれてから追い立てられて逃げ出すまで完全に引き籠り生活を送っていた少女、イファにとっては見る物聞くもの全てが珍しく、地球に落ちて来てからは終ぞ『飽き』を言うモノを経験したことがない。
「なんか……スゴイです……」
「………」
ちびっ子二人が巨大なガラスに張り付き、轟音を上げて空へと泳ぎ出す巨大な旅客機を見送った。イファの口はポカンと半開きだ。
保護者(?)に付いて世界中を渡り歩く唯理・ブレイクにしてみれば、今更飛行機など珍しくも無いだろう、とは思うだが、ここでもイファに寄り添って飛行機を見ている。手まで繋いでいる。
「ねえねえディナ! アレにもヒトがのっているんですか?」
「…………」
「……ディナ?」
「あ……はいイファさま……」
相変わらずこっちの保護者、ディナは心ここに在らず。
そして、勇御達が乗る筈の特別機も未だ成田に在らず。
「って、一体どうなってんだよ?」
発着ロビーの椅子の群れの一角に陣取り、勇御もまた幼女二人とディナの様子を見守りながら、誰に言うでもなく愚痴を零した。
勇御達が乗る機体はハワイからここ成田空港に着陸し、給油を行ってからまたハワイ方面で空中給油を受ける予定になっている。だが肝心な飛行機が無くては予定も何もない。
周囲を警戒しているPMC〝NEXAS〟の兵士、スヴェンソン、アンク、トゥルーを含む8名も、勇御の疑問に応えられる者はいなかった。だが、
「ユーゴ、スヴェン!」
それまでただ一人、床を見つめるかのように視線を落として微動だにしなかった電子義眼の男、アンクが緊張感を滲ませた声を上げた。
何事かと振り向く勇御と金髪オールバックの巨漢、スヴェンソンへ、アンクは耳を指すゼスチャーを見せる。内緒話の合図だ。
勇御とスヴェンソン、そしてディナ、イファ、由理を除く全員がイヤホン通信機を装着する。
「……で?」
「国連軍の〝セントラルサーヴィランス〟からウチのボスに警告が来てる」
声の音量は当然極小。無声音を機械が翻訳、増幅するので仲間内にしか聞こえない。
それよりも問題は、話の内容だ。
国連軍とは言わずと知れた地球国際連合の保有する戦力。〝セントラルサーヴィランス〟はその情報中枢であり、実質的な司令部だ。
PMCの経営者がどこかしらの軍と繋がりを持つ事は珍しくない。今回もその関係で、普通では流れない情報がもたらされたのだろう。
この場合の『普通で無い』は、イコール『ヤバい』という可能性が濃厚。
そしてその可能性は実現する。
「太平洋上で米第七艦隊が宇宙人の先遣隊と接触、交戦して壊滅したって」
「うわぁ、マジか……」
声を出したのは短い黒髪を逆立てた長身の男だけだったが、驚愕は全員のモノだった。
その報を勇御達が受け取るのとほぼ同時に、ロビーの発着機案内掲示板が一斉に『未定』に変わる。
「あとハワイから出た機が行方不明だって」
「………らしいね」
「おいおい……」
勇御達としては昇る前の梯子を外された格好だ。昇る途中や後で無かった事を幸運に思うべきか。
「それじゃあ、どうするね、隊長殿?」
同じく梯子を無くした境遇のスヴェンソンが、気楽な様子で勇御に話を振った。
どうにもイヤな状況で『隊長』とか言われて勇御としても腰の座りが悪くなるが。
「……アンク、通信は確保出来てる?」
「軍用民間問わずトラフィックがメチャクチャ増えだしている。ボスに連絡するんなら今しかないよ」
アンクの言う通り、既に個人端末(携帯電話)レベルで繋がり難くなっているのが周囲の一般人の様子からも見て取れた。
「スヴェン、ボスに連絡取った方がいい」
「ああ、アンク頼む」
今回の護衛隊のリーダーはスヴェンソンだ。そしてアンクは通信情報担当。PMCの傭兵集団も、元軍隊経験者が主なだけあって構成も軍の部隊構成に準ずる場合がほとんど。
勇御は面倒臭い事は目上の人間にお任せだ。
「ディナ、イファは? 朝飯食ってないし、なんか買ってくるか」
「あ……うん、イファさま、どうされますか?」
「ユーゴ! みてみてスゴイですよ! スゴイおおきくて……おしりの方がユラユラしてます!」
子供が乗り物に夢中になるのは宇宙共通なのだろうか。溢れんばかりに光に溢れる瞳が直視し辛い。ちなみに『おしりがユラユラ』とはジェットの排気熱で景色が歪んでいる事を指す。
少なくともここにいる間は、お子達の心はあちらに引かれっ放しだろうなぁ、と判断した勇御は一人で売店へ向かう。
大量のサンドイッチやらドリンク類を買い込んで来た勇御へ、スヴェンソンが内緒話のジェスチャー。
「はい」
『ユーゴ、第七艦隊の話は聞いたわね?』
通信の相手はPMC〝NEXAS〟CEO。今だけはシリアスなレベッカ・C・エヴァ―グリーン。
「聞きました。連中の兵器と真っ向からぶつかれば当然っすね。オレらのルート上ってのが最悪だけど。次の行動は?」
『丘の上のお偉い方々は真っ赤になって焦っているわ。当然よね』
事が事だけに今回はこの女もおちゃらける様子はない。それが、どれほど切羽詰まった状況かを物語っている。
『正直連中が何をするにしても、もう少し準備する時間があると思ったのよね。主要都市部や軍事拠点を先制して制圧するとか、軌道上に艦隊を分けるとか』
「先発して来た連中にしてみれば路上の小石を蹴飛ばしたってだけなのかもしれんね」
小石扱いされる艦隊は堪らんだろうが、実際にニーコッドの機動兵器と殴り合った勇御としては現実の力の差はそれほどあると思っている。
脚の無いサソリを引っ繰り返したような機動兵器。勇御が相手にした10機だけでも対抗できる兵器は地球上に――――――
「そういや社長、国連軍―――〝センチネル〟は動いてないんですか?」
『まさか。あの第一強襲から何から再編成時以来の総力戦の構えよ。ただ生まれ変わってから間もない若い組織だし、支柱になっていたエースが不在の時期だからやっぱり動きはちょっと鈍いわね』
『エース』と聞いて、勇御がやや苦い顔を作った。
かつては張子の虎だった国連軍を本物の虎へと再編成させる契機を作った人物にして、今現在世界最強と謳われる兵士、〝ダーククラウド〟。
「まぁ……一人くらい居なくたってあそこは化物揃いだから……。マシンヘッドも規格外のが揃ってるし、〝フォースフレーム〟の量産型だって―――――って……」
『ユーゴ?』
尻すぼみになる勇御のセリフに、レベッカは通信の異常かと声をかける。
しかし、PMCの持つ独自の衛星通信ラインは正常な通信強度を保持していた。
「………?」
通信を聞いていた仲間達も急に言葉を無くした勇御を怪訝な目で見る。
勇御はと言うと、野性動物のように頭を上げて明後日の方向へ遠く視線を投げている。
この少年がどんな時にこんな姿を見せるのか、仲間は今まで幾度となく見て来た。
「ユーゴ、敵か?」
「いや………よくわかんね……」
何かがこちらに接近している。ニーコッドの機動兵器かとも思ったが、以前の奴とは〝波動〟が違う。
「……スヴェン、すぐに移動した方がいい。社長、足が用意出来ないなら北回りで勝手に向かうぞ」
『ってことはシベリア、アラスカ、カナダ? それはいいけどユーゴ、ロシア通過するのはどうするの?』
「去年FSBのオッサンと携帯番号交換したからそっちを頼るわ」
ロシア連邦保安庁(FSB)の上級捜査官、その他にも多くの国家諜報員やらフリーのエージェントやらとユーラシア大陸横断生物兵器争奪レースを繰り広げたのが去年の夏の事。ウラジオストクで乱戦になった所で漏れ出した細菌のせいでちょっと世界が滅びかけた。
事が終わった後、貧乏くじを引いた者同士で携帯番号を交換したのだが、そんなワケで今の勇御の携帯メモリーには色々と物騒な機関員の名前が連なっている。
「移動するぞ。トゥルー、主賓を忘れるなよ。アンク、ルートを検索しろ。ダラス、ゲストを。他は周囲を固めろ。警戒、警戒。ユーゴ」
「先ずは網走からウラジオだな……。チョッパー手に入れて―――――」
「いやユーゴ待て!」
ロビー内のざわめきが大きくなった。
広大なガラス張りの空間の端から、さざ波のように人の動揺が押し寄せてくる。
人々が注目するのはガラスの外。
「チィッ! こっちも早いか……!」
「ユーゴ、アレは!!?」
そこを高速で何かが通り過ぎて行った。
視界の端でそれを捉えた勇御は、一瞬はニーコッドの機動兵器だと思った。だが、再び眼前に舞い戻る物体は以前に交戦したモノとは明らかに違う形状をしている。
先ず、〝脚〟が在る。人間と同じ四肢と五体がある形状。しかしその脚は全身に比して3分の2を占めていた。大きく、多数の排気口を有する推進機そのものの脚。
胴体と頭部、腕部は人間と同じ比率。とは言えその全長は20メートル近くある。
昆虫のような印象を受けるニーコッドの兵器とは異なり、こちらは地球の戦車や戦闘機に近い印象の装甲を纏っていた。
一瞬、地球の兵器かと見紛うセンス。
「ありゃ……まさか〝センチネル〟の〝量産型〟か!?」
スヴェンがサングラスの奥の目を見開いた。
現在、センチネルが有する地球で最強の機動兵器〝フォースフレーム〟。その量産試作機、先行量産機がトライアル中なのでは?、とは業界注目の噂である。
が、
「……〝ジェネレイトフレーム〟はデカくてもせいぜい3メートル……オリジナルの〝フォースフレーム〟なんて2メートル一寸しかね(無)ー……」
おまけに『動力源の代替えがさっぱり目途立たねー』とどこかの姉が頭を抱えていた。実戦配備は当分先だろう。あの姉が絡むとどんな無茶をし出すか分からないが。
「とにかくアレは違うぞ。ニーコッドの新型か……前とは違う用途の兵器だ」
「少なくとも地球のモノじゃないか……どうするユーゴ?」
問う声にも少し焦りが混じっていた。
自分達だけならどうとでも逃げられるが、ここには山ほど一般人がいる。
しかも、突然現れた巨大兵器を前に、人々はパニック寸前だ。一端決壊すれば、ロビーは阿鼻叫喚の地獄絵図と化ける。
プロフェッショナル達の決断は早かった。
「空港を出るぞ。コッソリ出てってバレたらオレが奴を抑える。ミドリさんにディナ達は頼めるよな、スヴェン?」
「ただの人間にあの手合いは荷が重いよ。任せる、ユーゴ」
トゥルーを先頭に、ミドリさん、ディナ、イファ、唯理、を囲んで一団が移動を開始。
しかし、事態はまたも勇御達の予想を超えて推移する。




