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HART/BEAT Experience -T-  作者: 赤川
第5章
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5章 第2話 「大海を知る」



 ごく普通の住宅街の一角。ある一般住宅前に黒塗りのSUV2台が静かに停車した。

 フルスモークのウィンドウからは車内を見る事が出来なかったが、ほどなくして搭乗していた人間が降りてくる。

 一見して一般人とは異なる空気を纏った男達だった。助手席のドアから覗いた運転席には女性も一人。

 車に乗っていたのは全員外国人だった。全員が高身長で、カジュアルな服装だったがその布地の上からでも鍛えられた体躯を観察できる。

 ジャケットやブルゾンの下には黒や茶色のガンホルスターが見える。サングラスの下では鋭い双眸が周囲を警戒していた。

「……何と言うか、普通だな」

「うん……あの姉弟の事だからバカ広い洋館か研究施設みたいな所にでも住んでいるかと思ったが」

 ブロンドをオールバックにした40代程の巨漢と、濡れたような短い黒髪を逆立てた長躯の男が一見平凡な2階建家屋を見上げている。

「日本の家屋にしちゃ大きいですよコレ。あと普通なのは見てくれだけで……何だコリャ? 強迫観念とか被害妄想患者の家ですね」

「こりゃ弾痕か。こういうのはらしいが……ここは日本だろう」

 2台目の車から降りて来た男は勇御と同じ程の歳に見えるが、前の二人に比べて大振りなサングラスを着けていた。

 サングラスの下は、サイボーグ手術によるカメラとセンサーの眼になっている。生まれついて目を患っていた彼は、ある事件を契機に自分の目を機械に換装し、普通の人間よりも遥かに遠く、大きく、精細に物を捉える事が出来るようになった。

 その目で見てみると、この家はまるで光の城だ。対空レーダー波を始め、対物レーダー波、対光学フィールド、電波遮断フィールド、動体追跡不可視光レーザー、その他。アクティブ(能動)センサーだけでこれだ。パッシブ(受動)センサーになるとどれほどの数が仕掛けられているか分かったものではない。

「迂闊にセンサー向けるなよ、アンク。対センサー防御に引っ掛かるかもしれん」

「スヴェンこそその先に触れないでください。セントリーガンくらいなら出てきかねませんよ、ここ」

「……トゥルー。あいつに連絡は?」

 スヴェンと呼ばれたオールバックの巨感が後続の車へ声をかける。トゥルーと呼ばれたのは、2台目を運転していた長く美しいブロンドの女だ。

「言われなくても呼び出してるわ」

 しかし携帯の前に、逆立てた黒髪の男が鳴らした家の呼鈴の方に反応あり。

 インターフォン越しに二言三言言葉を交わし、そう時も経たないうちに電動の門扉が来客を迎え入れるべく開かれていった。


                             ◇


 玄関から家の中へと足を踏み入れた屈強な男達は、比して豆粒と言って良い程の存在に目を見張る事になる。

「よーお疲れさん。こんな所まで本当にご苦労さんな事だな、スヴェン」

 片手をあげて出迎えたのは、この男達とはまた異なり、外側にではなく内側に肉の詰まっている尻尾付きの細マッチョ。

 暴帝タイラントこと叢瀬勇御。

 そして豆粒と言うのはこの少年の事ではない。その前で、目を真ん丸にして山脈のように連なる男達を見上げている異星の幼女、イファと、最近は何をやるのも一緒の裏何でも屋の娘、唯理ユリ・ブレイクだった。

「なんだこのカワイイのは……」

「どこで拾って来たんだユーゴ。犬猫じゃねーんだぞ」

「年上好きじゃなかったのかユーゴ」

「最近はネットですら児童系ロリはアウトなのにユーゴ……」

「黙れバカ野郎ども」

 割と本気の口調で好き勝手言う大男(+金髪美人)へ口の端を吊り上げ、ガルルルと牙を見せて威嚇する勇御。

 無論、男達も本気で言っているのではなく単に勇御をからかっているだけだった。

「それで、〝来賓〟は?」

「今連れて来る」

 一端勇御は奥に引っ込み、何分もしないうちに二人の女性を伴って来た。

 一人は金髪のショートヘア。凛々しい面立ちで、少女以上、オンナ未満と言った所。

 そして、もう一人は。

「そっちが〝ミドリさん〟、か?」

「ああ」

 天然では(地球の常識では)有り得ない、長い緑翆の髪を持つ女。ディナ達の天敵種、〝ニーコッド〟の〝ミドリさん〟だ。

 ネイス・オルタナという本名はまだ勇御も知らない。

「ルートは? こっからだと入間か浜松?」

「いや、NRT」

「『NRT』……って成田空港か?」

「特別便だ。ハワイ上空で空中給油。直接ダレスかアンドリューズに着ける」

 勇御のボス、PMC〝NEXAS〟のCEO(最高経営責任者)から下った指令は、ニーコッドのミドリさんを最優先で北米はワシントンD.C.。ホワイトハウスにエスコートする事。

 大抵のPMC経営者は軍や政治家と繋がりを持ち、越境時の輸送に便宜を図ってもらう事も珍しくない。ましてや今回はホワイトハウスの旗振り。最速最優先ルートが確保される事は当然としても、民間の空港を使うとは勇御もビックリだ。

「てかそんなアドリブ塗れの所で対象を保護しろってか。どうして誰も止めないんだよ」

「速度優先だとさ。身軽に突っ走るんでオレ達以外にバックアップも増援も無し」

 安全性をかなぐり捨てるヤケクソな行動予定。と言うか予定ですらないが、とにかく来い、と言う事らしい。

 これだけでもかなり切羽詰まっているという事はわかる。

 ニーコッドのモノと思しき艦隊は、月と地球の中間で滞留中。

 どの程度の戦闘力があるのか。先日の日本の有様を見れば兵器一つ取っても地球との力の差は明らかだろう。焦りもする。

 最悪のケースとして、人類初の地球外知的生命体との戦争が始まるかもしれないのだ。

 その結果を思えば、現在の地球の覇者が青くなる事は致し方ないという所。

 勇御は、お出かけ前なのに疲れたお父さんのような溜息をつき。

「それじゃ、テンパッたあの国が核とかぶっ放す前に急ぐとしようか」

 勇御、ディナ、イファ、そしてミドリさんと唯理。5人は2台のSUVに分乗し、護衛に守られ一路空港へと向かう。

 ミドリさんを護送するにあたり、ディナとイファの身柄もNEXAS本部で守る事になった。

 しかし、故郷の艦隊が自分達を迎えに来ている事を、ディナは未だ誰にも言い出せずにいた。


                            ◇


 勇御達が空港へ向かって出発したその頃、北米防空司令部が月と地球の間に滞留する艦隊の新たな動きを感知。艦隊から複数の物体が別れ、真っすぐ地球へ向かうルートに入ったのだ。

 アメリカ政府は空軍に緊急の対応を指示。空軍はあらゆる周波数帯で向かってくる物体に停止を呼びかけ、同時に成層圏上層の軌道プラットフォームに待機中だった迎撃機(緊急にUAVを宇宙用にでっち上げた)を発進させた。

 地球側からの先制攻撃が本格的な星間戦争の引き金になる事を恐れた政府だったが、そのような心配をする必要も無く、10機の迎撃機は目標に到達する遥か手前で一瞬のうちに撃墜された。

 これにより対象を敵性と判断せざるを得なくなった政府は全軍に迎撃を指示。

 1時間後、第七艦隊と地球へと降下して来た敵性物体が太平洋上で交戦。艦隊は異星人と思しき兵器群からの一方的な攻撃によって、僅か5分で壊滅的な損害を受けることになる。

 一方、降下して来た敵性物体には交戦によるダメージは無く、第七艦隊を撫で切りにした後に西へ。日本へと向かって行った。

 ちなみに、迎撃から艦隊の壊滅に至り、敵性物体が日本に向かうまでアメリカ側から日本政府へ一切の説明は無く、結果として日本の沿岸警備隊と航空自衛隊にも大きな損害を与えることになる。


                            ◇


 会話が出来るのが勇御だけで、更に馴れていない人間が一緒だとディナもイファも不安だろう、という事で勇御とディナ、イファは同じ車に。スペースの問題でミドリさんと唯理が別の車に搭乗した。

 空港までの道、イファはひたすら車外の光景を食い入るように見つめ、何か物珍しい物を見つける度に勇御とディナを呼び、その様子を見て運転席のトゥルーがソワソワする。安全運転でお願いしたい。

 だが勇御が気にしていたのはイファのはしゃぎっぷりよりも、常にイファを気にかけていた筈のディナの様子だった。

 家を出る時も、その前に移動の理由を説明している時にもまるで上の空。勇御の感想としては、宿題を忘れる事が教師に露見する直前の学友に似ている。さもなければ仕事前にトイレに行き損ねたトゥルー。

 思えばこの時、ディナに懸念の事を問うておけばよかったと、勇御はこの先長く後悔することになるが、一行は空港に到着し、勇御もまたその機会を失う。


                            ◇


 動きを見せなかったニーコッドの艦隊が突如動き出したのには理由がある。

 その『理由』達は巧妙にニーコッド艦隊の索敵を掻い潜り、地球を挟んで艦隊の反対側へ回り込んだ上で地球へと降下した。

 しかし、そこはかつて星系の防衛戦力を一手に担っていた戦闘種族。にわか仕込みの新兵器では彼らの眼を誤魔化しきれず、その行動から目的も知れた事でニーコッドを焦らす事になってしまう。

 ニーコッドが動く『理由』達。

 ニーコッドの目を盗んで動き出すウル恒星系連合脱出艦隊。目的は、カギたる少女の奪還にあった。



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