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HART/BEAT Experience -T-  作者: 赤川
第5章
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5章 第1話 「本番の朝」



 日曜日。お子様たちの朝は早い。


「「「「「行くぞ! 機甲戦隊! ウェザレンジャー!!」」」」」

 全身を赤青黄に紫と黒の戦隊スーツに身を包んだ5人。美しいシンメトリーのポーズを決める彼らの背後を爆炎が彩り、同時に番組のタイトルテロップが雄々しく画面に出現した。

 午前八時。

 叢瀬家二階居間のテレビ画面には二人の子供が噛り付いていた。

 ペタンと、正座を崩した所謂いわゆる女の子座りで目を輝かせているのが、異星からやって来た少女、イファだ。

 背中を覆う赤味のある金色の髪の下で、小さな身体がピクピク動いている。どんな顔をしているかは見なくとも分かる。

 もう一人はイファの横で、何故か体育座りをしていた。

 常はうなじで縛っている黒髪を、寝起きで跳ね上がったままにしている。

 これまで観察して来た所を見ると昼夜問わず眠そうな顔をしていたが、今はどうだろうか。後頭部しか見えないが、やはりいつも通りだろう。

 裏の世界の何でも屋。ウィリアム・ブレイクの娘。唯理・ブレイク。

 保護されてからは怪しい動きどころか、何ら主体的な行動を起こしていない。

 保護した少年は、この少女に危険は無い、と判断している。

 しかし、この二人が何かにつけて共に行動しているのは、保護した少年としても想定外。

 何も言わなくても食事は隣同士。おやつは共有。先日は二人でテレビゲームの協力プレイまで。言葉も通じないのに。

 心配した保護者のお姉さん、ディナは「気を許さないようにしてください」とそれと無くイファを窘めてはみたが。

「大丈夫。いい子ですよ?」

 と、何の邪気も無い笑顔で言われてしまっては、保護者にして従僕の身としては何も言えない。

 世話になっている家主も、

「注意はしておくけど問題は無いと思う」

 と、妙に自信ありげに言っていた。根拠の方も聞いては見たが要領を得なかった。

 イファが懐いている上に、最近何かと自分達に絡んで面倒をかけている家主の少年。叢瀬勇御むらせゆうご

 得体が知れないと言うか計り知れないというか、自分達とコミュニケーションをとる手段含めて良く分からない所が多いが、少年=勇御=家主がそう言う以上は承服するしかない。どうせ行く所も当ても無いのだから。

 地球に落ちて来て、まだ一週間も経っていない。

 長く先の見えない宇宙の放浪は思い返せば一瞬。しかし地球での生活は故郷のそれと比べても新鮮さに溢れ、短い時間がとても長く濃く感じる。

 イファとこのままこの星で暮らせれば、とも思うが、故郷を捨てるにはディナには思い出が重すぎた。

 自分の命よりも大切なイファ。そして故郷の彼女をボンヤリと思い出していたその時、ディナのポケットから懐かしさを覚える音色が微かに響き出す。


                               ◇


 白亜の丘。

 地球における最大国家の中枢では、緊急の国家安全保障会議が招集されていた。

「―――物体群Aアルファは土星軌道上に現出後、地球への最短コースを移動。現在は月と地球の重力均衡点で静止。36時間、動きを見せておりません」

物体群Bブラボーは」

「木星付近で反応をロストしました。現在捜査中です」

 非常事態に用いられる地下会議室兼司令部では、中央卓や壁面のモニターに太陽系の観測図が表示されている。太陽を中心とする銀河辺縁の恒星系。水星、金星、地球、その衛星の月。

「諸君。今最も重要なのはこの物体が我々人類の脅威であるか否かだ。既に一部マスコミが探りを入れて来ていると言ったな、ジョン」

「タイムズの記者です。ソースは明かしませんでしたがメキシコの天文台にツテがあります。天文マニアの掲示板から―――――」

「民間の天文台へは情報規制をかけています。インターネットの情報も検閲を開始」

「例の記者は」

「収容施設にて保護してあります」

「情報保全に問題は無いのかな、情報局長官」

「はい大統領。マスコミ、インターネットの抑えは万全です」

 マスコミの『知る権利』など国家安全保障の前には鼻紙のようなものだが、マスコミの方も話題性と数字獲得の為には手段を選ばぬ問答無用っぷりだから、どっちもどっちだろう。

 ついでに人権も二の次。社会に混乱をもたらす事実を知る人間は、現在進行形で逮捕拘束されている。

 司法長官曰く、問題無い、との事だった。

「よろしい。では……こちらへはどう対処するべきか意見を聞こう」

 観測映像に表示させている月と地球の中間には、数える事も出来ないほど大量の赤い光点が表示されている。

 そして地上にある天文台からの光学映像には、横倒しの巨大なビルのような人工物が月を背景にして無数に漂っている姿が映っていた。無論、これが自然物である筈がない。

 太陽系外からの訪問者。人類以外の知的生命体。

「彼らは何者で目的は何か。誰かこの疑問に答えられる者は?」

 国務長官、国防長官、統合参謀議長、安全保障担当補佐官、首脳部の誰もが答えられない。当然だ。

 公式には初の地球外生命体との遭遇。予備知識のようなモノは何もない。

 少なくとも、今地球のすぐそこまで来ている存在への対応について、アドバイスが出来る人物はここにはいない。

 と、思われたが。

「大統領」

 僅かな沈黙と間を置いて、黒髪をオールバックにした男が会議の注目を集めた。

 国家情報長官。この国の情報機関を一手に仕切る男である。

「なにかなメイスン」

「先日より日本で起こっているテロですが――――――」

 日本で大規模テロが起こっている、と大統領は報告を受けていたが、その詳細まではまだ知らされていない。

 情報長官から語られる事の発端。地球に落ちて来た異星人の船。法人に偽装された日本の情報機関への襲撃。

 そして、これらの事件と今回の件との予測される関連性まで聞いた所で、

「どうしてそんな重要な情報が私の耳に入って来ていないのだね!?」

 この国の最高意思決定者が怒鳴り声を上げた。

「未確認飛行物体の墜落から各情報機関が情報収集を続けていましたが一部機関が同盟国内で暴走し、収集した情報に祖語と混乱が見られた為にご報告が遅れました」

「これは国家の安全保障に関わる非常に重要な情報です。致命的な遅れだとは思いませんか、情報長官!」

「ですが現在、その甲斐あって中央情報局はあの艦隊の関係者を発見しました」

 厳めしい表情のオールバックの科白に、責任を問おうとした国務長官も言葉を詰まらせた。

 会議室全体が隠しきれない驚きにどよめく。

 あの艦隊。壁面のモニターに映る巨大な横倒しのビルのような人工物群。

 全く未知の存在であり、どうコミュニケーションを取って良いかも分からなかった存在に対応する大きな手掛かりを得たと言うのだから。

「それで、その関係者と言うのは?」

「CIA、司法省からも依頼実績のあるPMCが確保しております」

「PMC?」

 自国の政府機関ではなく、民間の組織が重要人物を押さえていると聞いて怪訝な顔をする閣僚。

 世界でも珍しく、政府が公に非合法活動を行っているこの国なら、とっくに拉致誘拐していても良さそうなものなのに。

「カナダに本拠地がある民間軍事会社です。PMC〝NEXASネクサス〟」

「あの会社か……」

 だがその社名を聞いて、納得したように大統領が唸った。

 半分の閣僚は、その名の意味する所を知らなかったようだが。

「……いいだろう。私からもPMCのCEOには話を通す。何時報告を受けられるかね?」

「1時間以内に一次報告を。対象は24時間以内にこちらに到着します」

「わかった。ではその間に講じられる対策は。参謀議長」

「はい閣下。現在3軍と海兵隊、沿岸警備隊は非常動員体制に――――――」


                                ◇


 昨日の事である。

 異星人のテロリストをしょっ引いたが故にエライ目に遭った知り合いの公安外事3課の捜査官を見舞った病院の帰り。

 日本政府の非合法活動組織に追い立てられ中国政府の非合法活動組織にヘッドショットを喰らいアメリカ政府の非合法作戦部隊のガラクタにしこたまぶん殴られる、と散々な目に在った叢瀬勇御。全て返り討ちにはしたが、勇御の被ったダメージも小さくなかった。

 特に最後のガラクタ部隊の指揮官がかなり胸糞の悪くなる男で、しかも取り逃がしたもんだから戦闘後の勇御の熱も醒めやらず、その鬱憤を夕飯の材料にぶつけて献立が大変な事になったという。

 結局、出来た料理の半分以上を冷蔵する事に。

 姉は呆れ、幼女は喜び、保護者は体重に致命傷を負ったとか。たった3日で3キロ増えるでも天然素材うめー。

 冷蔵庫に大量の作り置き料理を収め、その有様を見た所で頭に昇っていた血液が腹に落ちて来て、ようやく落ち着きを取り戻す多感な年頃の少年。まだ義務教育期間中。

 例によって返り討ちにした連中は、エライ目に遇った捜査官こと長尾圭滋に連絡して引っ張ってもらった。

 退院したばかりの捜査官の方も勇御が病院を出た後にひと騒動あったらしいが、外国人のテロとなればむしろ彼らの範疇である。勇御としてもこれ以上の面倒事は処理しきれない。

 事後処理の結果だけ長尾に聞き、就寝したのがピッタリ深夜0時。身体的ダメージは無いが、多少の精神的消耗もありスポンッと夢の中に。案の定悪夢に魘された。

 そして、午前7時50分。

 ノンレム睡眠中だったというのに携帯の電子音に叩き起こされ、夢見の悪さも手伝ってかなりボケボケの頭で電話に出た。

「……ぅあい……」

 姉と違って寝覚めは悪くない筈だが、タイミングが悪すぎた。脳みそはほとんどまだ寝ている。

 しかし電話口の相手はそんな勇御の状況など知った事ではない。早朝でも遠慮はしない。

『あらユーゴ君ったらお寝坊さん? 油断していると襲っちゃうぞ?』

「………」

 相変わらずフロリダの太陽のように明るく溌剌とした声だった。

 勇御のバイト先。カナダに本社のあるPMC〝NEXAS〟社長。

 レベッカ・C・エヴァ―グリーン。

 年齢は不詳である。

『で、寝てたってことはもしや両脇には例の二人が? ダメよ! 姉妹丼とか親子丼とか昨日は寝かせて貰えなかったとかそんな羨ま――――』

 プチっと。

 頭は働いていなかったが、いやむしろ働いていなかったからこそこの会話の情報処理を脳が拒否した。

 無言のまま勇御は通話を切断。携帯の電源を切って再びベッドに顔からダイブする。

 プライベートの携帯(壊した代替え)から着信音が鳴り響いたのがその10秒後。一瞬握り潰してやりたい衝動にかられるが、また機種変更扱いで携帯電話を買い替えるのもどうかと頭の片隅で自制心を働かせ、半分無我の境地で再び通話に出てみれば、予想通り先ほどと同じ人物だった。

「また変なこと言い出したら切りますから……」

『ゴメンなさい許してくださいユーゴ君……今日は本当に真面目な話だから切らないで……』

 似合わない哀れっぽい喋りで泣き真似などして見せているが、今更騙されてなどやるものか。

 今まで散々騙されて、まさに今更ではあったが。

『実は最近ユーゴがまた美人のお姉さんを囲ったって聞いてこの年上好きが―――いや真面目な話よ真面目な話!』

 またしても無言で通話を切られる気配を察知した、空気を読みながら空気を無視する女、レベッカ・C。

 どの辺が真面目なのか、寝起きでなければ小一時間問い詰めたいところだが。

「じゃお休みなさい」

『だ、だって居るでしょもう一人、物騒なのが!?』

「……?」

 人生で9割は適当な発言をしている(と思われる)勇御のボスであるからして、また何を戯けた事を言ってやがるこの年増魔法少女が―――と言うのは飲み込んで三度みたび安らかな眠りにつこうと通話ボタンに指をかけたその時、フと瞼の裏に引っ掛かる翠の髪の女の姿が。

「あ……もしかしてディナ達の敵性宇宙人……」

『そうそれ! 捕まえてからユーゴが肉奴隷にしてい―――――」

 そのまま通話を切った。

 とはいえ思い出してしまった以上は無視する事も出来ない。今まで半分忘れていたディナ達の敵、ニーコッドの女の存在。

 拘束に関しては姉にまかせっきりだったが、今どうしているだろう。この家には居る筈だが。

 そして再び着信アリ。

「……こちら番号案内。ご用は?」

『ゴメンなさいもうフザケませんから電話を切らないでください』

 平坦な声で通話に出ると、相手は割と切実な感じでへりくだって来た。

 こんなのでも無駄な事はしない(と思う)ヒトである。何かしら用があってかけて来ているのだろうが。

「今度ふざけたら姉ちゃんに言って通信にジャミングかけます……」

『サー、イエッサー!』

 いつの日かこの人の悪ふざけのせいで何か事態に致命的な遅延を引き起こさなければいいのになぁ、とは思うが多分心配するだけ無駄だろう。ようやく本題である。

「でディナ達の天敵、〝ミドリさん〟がどうしました? 一応日本の警察に引き渡すまでこっち預かりになっているんですけど」

 正直な所はどうなるか分からないが。結局、公安外事3課の方でも持て余した末に拘留施設がご覧の有様だよ、と言った感じである。今に思うと、初めから素直にこの人に引き渡しておけばよかった、と思わなくもない。

『そっちの方は話を付けるから、ユーゴは今すぐに彼女達を連れて来て頂戴』

「『来い』って……本社の方にですか? 市ヶ谷の〝窓口〟の方じゃなくて?」

『〝スヴェン〟達がそっちに迎えに行ってる。詳しいルートはそっちで聞きなさい。だから彼女達の準備を。大至急で』

「あー……了解。じゃ仕事っすね。オレも?」

『当然。護衛ガードとして彼女をD.C.まで連れてきなさい』

「でぃーしー……ってワシントンD.C.? まぁ、いいですけど。連れていったらどうするつもりです? まさか解剖させるに売り渡すってんじゃないですよねぇ?」

『情報を引き出す為なら何でもするでしょうけど、とりあえずこっちの主導よ。だから急いで」


                            ◇


 眠り続けていた通信機能が唐突に起き出した。1週間にも満たない筈なのに、まるで1年ぶりくらいに聞いたように感じられる。

 そして聞こえてくるのは懐かしいヒトの声。だが、それに感慨を覚えているような暇など無く。

『旗艦もその星のすぐ近くまで来ているわ。絶対にニーコッド共より先に回収して見せるから、待っててね!』

「ま、待ってローナ……奴らの艦隊が来ているのなら貴女達……旗艦まで危険に――――――」

『何言ってるの、イファ様を殺されたらどの道わたし達もお終いよ! 大丈夫。イファ様さえ戻れば勝ち目があるって艦長達も言ってたもの。みんなで帰ろう、アヌへ!』

「……帰りたい……帰りたいけど……」

『大丈夫。必ず迎えに行くから!!』

 ニーコッド側に傍受されるのを恐れてか、結局ディナが何か言う前に通信は切れてしまった。

 そりゃディナだって故郷の星〝アヌ〟へ帰りたい。ニーコッドが反乱を起こす以前から小さな問題は多々あったが、概ね人々は幸せに暮らしていた。

 故郷の星系は遠く、募る想いはそれよりも遥かに長い。帰れるのなら、とは思う。

 だがイファは。

 故郷ではクリスタルの彫像の如く静謐にあった小さな少女は、この星に来て始めて生身の少女らしく振舞っている。そして今は子供らしく特撮ヒーロー番組に熱を上げている。世話になっている少年、勇御にも懐いている。

(……ユーゴ……)

 突然『帰る』と言ったら、あの少年は何と言うだろう。

 勇御はディナとイファをただの逃亡者だと思っている。ディナも、それ以上は知る必要無いとも思う。

 ある日落ちて来た厄介者を、敵と戦い、衣食住を助けてくれた若い庇護者だ。イファの事を含め、この上ない恩を感じている。

 そして、勇御は強い。それはわかっている。

 しかしニーコッドの艦隊が地球を焦土にしようとしたその時、勇御に抗えるのか。いや、そんな仮定は無意味だ。そんな事はさせられない。

(迎えも来た。敵も来た。……もう、ここにはいられない……)

「イファさ―――――」

 この後どうするにしても、イファには事実を告げなくてはならなかった。

 だがその機会は、躊躇いの内に時が尽き、永遠に失われる事になる。



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