序章 第3話 「その小さな手を離さないで」
艦内を進攻する敵、〝ニーコッド〟と呼ばれる勢力の兵達は搭乗員のいる艦の制御区画へ真っすぐ、迷いなく向かっている。
脱出路は抑えられている。自爆機構が動いていることは敵の兵士にも分かっているのだろうが、それでも艦から逃げ出さない、ということは。
(バレてる……! やっぱりわたし一人で脱出するなんて無謀です、司令……)
追うには理由があり、また逃げるにも理由がある。
国家と種の存亡を賭け、故郷から脱出した艦隊。そして今、脱出艦隊旗艦〝カイエン〟を離れた軽巡洋艦〝リモデーチェ〟は使命を秘して敵の追撃を躱し、銀河の最果てまでやって来た。
(というか躱せてないから落ちてきたんだけど……)
母星から艦隊へ、艦隊から旗艦へ、旗艦からたった一隻の巡洋艦へ。そして、その先は。
「ディナ……?」
「イファ様! 脱出艇の方にいてくださいと……」
弱気になるわけにはいかない。少なくとも、この少女の前では。
「イファさま……ニーコッドの手の者が近づいています。船を捨てなければなりません」
「フネをすてて…それから、どこにいくの?」
「それは……とにかく外へ。このままでは艦の自爆に巻き込まれます」
その先はたった一人、彼女を守らねばならない。ディナ・イデウス・ルミウスただ一人で、イファ・アニューナク・トレイダムを守り抜かねばならない。
彼女こそが、故郷の惑星そのものであり種の記憶すべてを引き次ぐ存在。神にも等しい人造の少女である。
「わたしたちの星から逃げてきて、それからどうするというのですか? マザーシステムからはなれればわたしなど、そんざいする価値もないというのに」
「いずれ私たちは故郷を取り戻します。その時、イファ様が絶対に必要なのです。その為に――――――!?」
『船体崩壊まで500カウント。艦員は即刻――――――』
少女、イファは何者にも優先する存在だ。だが今目の前に居るのは、自分よりもはるかに幼い少女でしかない。落ち着いているように見えても大人びて見えても、不安の色を隠しきれない小さな女の子だ。
だからディナは心から想わずにはいられない。こんな所で、誰よりも重荷を背負うこの少女を死なせるわけにはいかない。
彼女らの種族の希望であり、ニーコッドの最大の脅威であろうが関係ない。
何が何でもこの少女を守り抜くと誓ったのだ。
故に。
「イファさま、私の後ろに。決して離れないでください」
「ディナ…?」
「イファさまは、絶対に私が守りますから!」
状況は絶望的でも、命を捨てる気になれば彼女一人くらい逃がすことが出来るかも。後は仲間か艦隊の誰かがイファを助けてくれれば良い。
やや他力本願でも投げやりでも捨て鉢と言われても、彼女は開き直ることが出来た。
船体の崩壊とは異なる振動が近づく。敵兵が艦の隔壁を突き破ってくる振動だろう。
ニーコッドは破壊や戦闘に関してはディナ達の種族よりはるかに優れている。
彼らは、そういう風に作られているのだから。
『コントロールセクション外周エリアを制圧されました』
警告音がうるさい。
小さな手の平が、ディナの制服の裾をつかんでいる。震えが伝わる。武装はあるが、あくまでも艦内装備の最低限のものだ。
〝マスキーモジュール〟、分子構造を崩壊させる護身用としては強力すぎる武器ではあるが、武装した兵士達の防御を貫け抜く事は出来ないだろう。
それでも、戦わざるを得ないのだ。
腰のホルスターから銃に似た武器、マスキーモジュールを引き出す。
怖いのはディナも同じ。構える武器も震えていた。