4章 第6話 「対、機兵」
対宇宙人(兵器用)兵器として投入される筈だった新兵器が、その情報源確保の為に使われている時点で、既に当初の作戦予定から大きく逸脱している。だがそれは、情報源自体が非常な脅威であると見た現場の指揮官の判断だった。
だが、判断が甘かったと言わざるを得ない。いや、人間の認識では当然の事だった。
戦闘用強化外骨格。
重力環境下では精製できない合金による複層特殊鋼の装甲。
小型高トルクのモーターと昇華ガスを応用した圧力シリンダーを組み合わせた大パワーのアクチュエイター。
胴体と四肢の各部に設けた噴射ノズルと背面ブースターが、飛ぶが如く機動力を600キログラムオーバーの機体に与える。
装甲は対地ミサイルの爆破殺傷圏内にあってもビクともせず、生身の人間では扱いきれない兵器の携行と運用を可能にする。
「02、脚を攻撃しろ! 脚を止めてから囲んで潰す!」
「03は離れろ! こちらと連携して十字砲――――――!」
「どらっしゃあああああ!!」
そんな最強の兵器が3機がかりで、生身の人間を捕えるどころか一方的に振り回されているとは。
◇
強引すぎる強化外骨格兵の突入により、走行中のバンは枯れ葉のように吹き飛んだ。
バンは商店の集まるビルの屋外立体駐車場へ転がり込む。
平日だがヒトはそこそこ多く、駐車場と百貨店が騒然とした空気に包まれた。
バンは駐車していた車にぶつかり跳ねた挙句、立体駐車場の支柱を凹ませて止まった。
鉄の塊が真横から飛んできたおかげで、横転するバンの中は縦型洗濯ドラム状態だった。勇御は見事にその鉄の塊の下敷きになっている。
うつ伏せのまま横を見ると、気功使いの男女が折り重なるように倒れていた。出血が見られるが、どうやら生きているようだ。
叢瀬勇御を下敷きにしている物体は、人間大(ただし超大柄)のロボットという感じだが。
「……んだこの……マシンヘッド―――にしては小さいな……?」
最近では完全2足歩行のAI制御歩行車も目立ってきたが、それにしては小さすぎる。中に人間が入っているのは間違いないのだから、これは『乗る』というより『着ている』のだろう。
そして鬼のように重い。勇御の肉体でなければ潰れている。
(まさか〝フォースフレーム〟……なワケないか)
何にしても上に乗られて邪魔臭いモノである事に変わりは無く、勇御はそれを体の上から退かそうとした。が、
「……お?」
横に退かそうとしたら、相手が床に手を突いて対抗した。意識がある。
「おブッ!!?」
逆に頭を床へ押さえつけられた勇御に、中身の人間の通信する声が聞こえて来た。
「03より指揮車へ。目標を拘束。回収してくれ」
こいつも目的は自分か。まったく子供一人攫うのに好き勝手やってくれる。
「はっ……ハハッ……アハハハハハッ!」
「うッ? なんだと!?」
まったくクソったればかりで嬉しくなる。力尽くで事を済ませようとする輩には、力で踏み潰す事に躊躇い無し。何に触れたかを思い知れ。
背中に鉄の塊を乗せたままで勇御は立ち上がる。
乗っていた方は慌てたように四肢を動かすが、直後、下から勇御に頭を掴まれて車外へと投げ捨てられた。
◇
重量600キロ超の人型兵器が空を飛ぶ。設計上10メートル以上の跳躍を可能にしているが、その様子は『飛ぶ』と言うより明らかに『ブッ飛ばされ』ている。
指揮官の状況判断と攻撃命令は早かった。
同時にバンを倒した他2機も目標捕縛を命令されて勇御に挑んで行ったが、思うような戦果が上がらない。
勇御はこれまでに異星人の機動兵器を10機以上潰しているのだ。今更地球の兵器が相手になる筈がなかったが、そんな事実は知らない指揮官は任務を果たす為に作戦を継続する。
「ハンドチームと入れ替えろ。ヘッド01と03はハンドチームを援護。02は一旦戻せ!」
命令している間にも、一機が勇御に腕を取られて振り回される。
最初はアームで力尽く。次はテイザー(電器銃)。散弾で脚を撃ち、鉄鋼弾を直撃させてもダメージを確認出来ない。
「――――ォォォらッ!!」
自動販売機に叩きつけられ、跳ね返って道路上に落ちた戦闘用外骨格はその直後に走って来たコンビニのトラックに激突された。
「クソっ―――――!!?」
「01! 状況は!?」
「ヘッド03、背部右バーニア応答無し! 01、左腕肘部パワーシリンダー破断! 腱部モーター過負荷、ブレーカーが落ちます!」
「01、ワグナー曹長、意識レベル低下!」
「こちらでコントロールしろ! 帰還させろ!」
トレーラーの中では坊主頭の壮年の男がオペレーターに怒鳴っている。
入れ替わりで勇御の確保にあたるチームは大火力の支援火器を携行する重装備チームだ。
「構わん射殺するつもりでやれ! 死体からでも情報は得られる!」
「ハンドチーム発砲許可!」
勇御へ6連装多砲身の機関銃が向けられた。毎分3000発の連射力で7.62ミリ弾を叩きつける。
「てッ―――!? 痛でででで――――――!!!」
「どうなってんだこの化物は!!?」
服は見る間に引き裂かれていくが、腕を交差して正面から弾を受ける勇御は死ぬどころか倒れもしない。
「―――ぃッたいだろうがこのボケェ!!!」
逆に機関銃を踏み潰すような蹴りで微塵に破壊し、射手を駐車場のフェンスへ突き飛ばした。
「ハンド02、腹部にダメージ!」
「03に近接装備の使用を許可! 他は目標への接近を支援しろ!!」
圧倒的な力を見せつける勇御ではあるが、こちらも決して楽な戦いでは無い。何せこのテロリストども、周囲に流れ弾が派手に飛んで行ってもお構いなしだ。
「って言った傍から―――――!?」
戦場は立体駐車場から百貨店の中に流れていた。これも勇御に拙い展開。周辺に人が多過ぎる。
案の定、危機感の薄い逃げてもいない野次馬が、危機を察するも遅きに失して棒立ちになっていた。
(クソッッ!!)
外からガラスをブチ割って突っ込んで来た敵機は、一般人だろうが非戦闘員だろうがお構い無しに重機関砲を掃射する。
勇御は石張りの床を引っ剥がし、津波のように敵兵器へ叩きつける事で一般人への流れ弾が行く喰い止めた。
真正面を塞がれて銃弾は威力を殺されたが、強固な装甲を持つ戦闘用強化外骨格はコンクリート片などでは傷も付かなかった。
◇
「……うむ?」
トレーラー内部で戦場になっている百貨店内部をモニターしていた指揮官は、その時始めて違和感に気がついた。
常識外れの相手に冷静な状況分析能力を一時失っていたが、良く見ればこの餓鬼、致命的な弱点が。
「ハッ……ヒーローシンドローム(英雄症候群)か! 各機に通達! 攻撃を一般人へ散らせ! ヤツが気を取られた所で脇腹を蹴っ飛ばしてやれ!!」
それまで勇御に対して集中砲火をしていた鋼鉄の兵士達の動きが変わった。これ見よがしに砲口を一般人に向け、
(やっぱりそう来るか下衆野郎どもが―――――!)
躊躇無い掃射を行った兵士達は、直後に暴帝の怒りに触れる事になる。
◇
広域に弾をバラ撒かれ、捕獲対象である餓鬼は床を引っ剥がしたりディスプレイ台を投げつけて射撃を妨害したりと無駄な努力を続けている。
指揮官の男はほくそ笑む。これならいくらでも付け入る余地があるだろう。
戦闘用強化外骨格の一体へ通信を繋がせる。標的を屈服させ、勝利宣言を行う為だ。
「見事な戦いぶりとその力は賞賛しよう。だが無駄だ、降伏しろ!」
銃の照準はもはや勇御に向いていない。
「我々に従え! 拒否すれば無関係の人間が死ぬ事になる。その責任は我々では無く抵抗した貴様にある!」
「キャアアアアア――――――!!?」
ガアア! と6連装銃身が咆え、逃げ遅れていた人間の間近に着弾した。
「刃向かえば貴様以外の誰かが死ぬぞ。これは命令だ、拒否は許さん! 大人しく――――」
その瞬間、戦闘用外骨格からの映像が一斉に途絶えた。
最後に一瞬だけ写っていた、俯いた勇御の奥から覗く剥き出しの牙に気がついた者はおらず、指揮車両のトレーラー内が沈黙で満たされた。
「ど、どうした各機! 目標の抵抗を確認したら速やかに無差別攻撃を実施しろ!」
「へ、ヘッドチーム、ハンドチーム共にダメージ値が稼働可能範囲を超えました! パイロットのダメージが致命的なレベルに―――――意識レベル低下! 戦闘行動可能域を下回ります! 行動不能!!」
映像モニターは何も映さなかったが、各戦闘用強化外骨格の状態を示すモニターは、異常を示す赤い表示でいっぱいに。
状況を把握しようとする指揮官の男は、冷静さを保とうとしながらも不吉な予感に冷や汗を垂らし。
「な、何が起こって―――――」
何が起こっているかは、すぐに指揮官は我が身をもって知る事となった。
「――――――ゴアアアアアアアア!!!」
何か恐ろしい獣の叫びが聞こえたと思ったら、殴りつけるような衝撃がトレーラー内を襲い天地がひっくり返る。
薄暗い密閉空間に罅が入り、そこを鬼の形相をした男が割開いた。
暴帝。タイラントソードと呼ばれる戦場の絶対者。
その男が全身から怒気を垂れ流し、顎を晒して不様に転がる愚者達を圧倒する。
「テメェらか、肉片にして欲しいクズどもは―――――!!」
傲慢そのままの指揮官すら、その凶眼に見据えられた瞬間には死を覚悟した。
地獄のような殺気にあてられ、オペレーターが泡を吹いて失神する。
任務と祖国の為には外国人などいくら利用し殺してもかまわない。全ての人間は星条旗に頭を垂れ、その栄光の為に死ぬべきであり逆らうこと自体大きな罪である。自分達は一方的に相手を押さえつける側であり、間違っても逆らわれた挙句に命を握られる事など理としてあってはならない。
そう固く、頑迷に己の正義を信じる指揮官をして、死を受け入れざるを得ない程の憤怒だった。
だがこの指揮官、悪運だけはあったようで。
「―――ぬゥ!!?」
憤怒の暴帝の側面から、帰還していた戦闘用外骨格の一機が奥の手のパイルバンカーで勇御を攻撃。
迂闊にも怒りで視野が狭まっていた勇御はモロに攻撃を喰らい、踏ん張りも効かせられずに道路の向こう側にまで吹き飛ばされた。
「大佐、脱出を!」
「う、うむ!」
性根が腐っていても軍人である。
素早く強化外骨格に掴り、脱出直前に証拠隠滅処理までしていく手際を見せる戦闘指揮官。
「30秒で自爆させる! 全力で離脱したまえ曹長!」
「イエッサー!」
「―――っ待ちやがらゴアッッ!!」
飛ばされた拍子に街路樹をへし折った勇御が起き上がって路面に飛び出し、走って来た軽トラックに跳ね飛ばされたのと、強化外骨格が空に飛び上がったのはほぼ同時だった。
そして、アスファルトに転がる勇御が復帰したのと、残された戦闘用強化外骨格と指揮車両のトレーラーが自爆して火の玉となったのがこれまた同時。中の人達は見殺しである。
ロケットかミサイルのような勢いで飛んで逃げた敵は既に空の遥か彼方。追えないでもないが、この場を放置していくのも拙い。見捨てられた人間の中には、まだ生きている者もいる。
「ッええい!!」
一般人を人質に取って自業自得とはいえ、手加減無しで勇御にブッ飛ばされたのだ。外装はもちろん、衝撃だけで中の人間は瀕死の重傷だろう。苛立ち紛れに吐き捨てながら勇御は助けに走る。
見捨ててやりたいし、仮に助かったとしても五体満足ではありえない。巻き添えを喰った人間も沢山いるし、肝心の主犯は逃げた。
吐き気がするほどに力不足と己の未熟、不手際を痛感する。
『貴様の責任だ』
あの傲慢な声が頭に響く。この事態はお前が招いたのだ、と。
だが、
「ッ……ンなワケあるかこのヤン○ー豚ディ○○ッ○ー! 今度会ったら初手からブッ殺ーす!!!」
もちろん勇御の責任なワケが無い。手前の勝手な理屈を他人に当然のように押しつけ、その不条理を疑いもしないクソ野郎が悪いのだ。
だが、自責の念はまた別問題だった。
◇
「あのケツの穴野郎! 実験機をやってくれた借りは返す……我が合衆国に楯突いた事を墓穴の下で歯ぎしりさせてやるぞマザー○ァッカー!!」
怒りに顔を染めて支離滅裂に辺り構わず辺り散らしているのは〝アイアンマン計画〟の戦闘用強化外骨格の実験運用を行い、異星人のテクノロジーのカギとなる存在を手にする為に勇御を襲った揚句、その怒りに触れてたことで部下を見捨てて命辛々逃げ出した指揮官である。
成果を上げるどころか貴重な実験機は兵員ごと失い、人的にも経済的にも大損失を国家に与えた苛立ちで、怒りのままに隠密性が命の戦略潜水艦の中で当たり散らしていた。
騒音で周囲に存在を宣伝しているようなものである。艦長以下クルーには良い迷惑であった。
だが真の愛国者(と自認している)である自分は断じて敗北していない。今回は退いたが最終的に勝利を収めるのは己であり合衆国である、と。
つまり、全く己の蛮行を顧みないで逆恨み的に、勇御への国家の利益を建前にした復讐を誓っていた、その時。
艦の発令所から、傲慢な指揮官を呼び出す声が。
「……申し訳ありません閣下、兵器をほぼ失ったのは全て私に責任が――――ですが目標が重要な情報を持っているのは間違いありません! どうか今一度の作戦の実行を! 部隊を再編成して臨めば必ず……は?」
発令所に着いて、勢い込んで通信相手に捲し立てた指揮官の男は、一瞬その意味が理解出来なかった。
「な、なんと言われました!? 私は貴方の命令で―――――」
『もう少し君には良識というモノがあると思ったのだがね、大佐。同盟国内での一般市民へ向けての発砲。施設の破壊。それも開発中の兵器を用いて未成年を襲うとは………』
「な、ならばなぜ我々を動かしたのです!? 属国で何人死のうと止むを得ない犠牲だと……合衆国の為に必要だと判断しからこそ我々が派遣されたのでしょう! ならば何故―――――!?」
『すぐにでもワシントンに戻りたまえ。なに、軍事法廷にかけられたりはしないさ』
それは裁かれないという意味ではない。非合法の特殊任務に関わる者の末路は、処刑よりも残酷な存在の抹消である。
そして、それを拒むことも逃げる事も出来ない事を、この国の裏を良く知るこの男には良く分かってしまった。
「――――私に詰め腹を切らせる気か……デッカード中将!?」
『ワザと名を出すとは……そこまで良識を無くしたのかね? 安心したまえ、君の育てた部隊と装備は100%有効に活用される。それに――――――』
通信相手の男、デッカード中将は何か気が抜けたように鼻で笑い、
『―――あるいは明日、君の愛する合衆国は……いや、地球の文明が消えて無くなってしまうのかもしれないからね』
それっきり通信は切れた。
傲慢な指揮官に知れたのは、自分が全ての地位と権限を失ったという事だけ。
この裏に、そもそもこの作戦を指示した人間と、合衆国に直接関わりの無い第三者の秘密の取引があった事は、現時点では知る由も無かった。
そして、地球に向かう異星人の大艦隊の存在も、まだ極一部の人間しか知らなかった。
 




