4章 第5話 「対、気功」
かつて対戦車ライフルという兵器が存在し、戦車との進化競争に敗れて兵器の歴史に消えた。
だが時代が移り、戦闘がより小規模に、局地的に、速度重視になったことで戦車程の堅さを持たない軽装甲の車両が台頭してくると、対戦車ライフルは対軽装甲目標狙撃の対物ライフルとして復活。
時にハイジャック犯の狙撃に飛行機を撃ち抜き、時に立て篭もり犯の狙撃に建物の壁を撃ち抜く等、その有用性から現在まで発展を続けている。
勇御がこめかみに喰らったのがそんな兵器の弾。14.5ミリなり。
「おごおおおおお―――――――!!?」
いや見事なもんだ、と頭の片隅(撃たれた辺り)で考えながら、勇御は痛みで路上のエビ、さもなくば熱した鉄板上の鰹節と化していた。
不意を打つ完璧なタイミングに、10円玉を撃ち抜くようなピンポイントスナイプ。勇御でなければ頭がスイカ割りのようになっていただろう。つまり無傷。
「―――――んどこのどいつだぁ! ちょっとした装甲車撃ち抜くような弾で中学生のドたま射的のマトにしやがったのは!?」
無傷であるなら痛みが無いか、ということは別問題だ。
痛い。物凄く痛い。泣きそうだ。むしろちょっと泣いている。
海に向かって咆える傷心の少年(脳に損傷無し)は、頭に血を昇らせて一撃くれた敵を全力で走査する。
姉と違って撃たれた角度や弾丸速度、銃声から着弾の時間で距離を割り出し発射位置を特定する、何て器用な芸当は出来ないが。
(発射熱の跡と弾道くらいはわかるか!?)
弾薬はガスに昇華する際に高熱を発するし、銃身も燃焼ガスで加熱される。弾丸が切り裂いた大気は歪みを生じさせる。〝波動〟は比較的読みやすい筈だ。
痛む頭を押さえながら勇御は、物質の奥、現象の構造、量子の双子、波動を読む。
「……いたぁ……」
やはり射線と熱を読むことは簡単だった。
狙撃地点と思われる水路の対岸には、未だに数名の人間がウロウロしていた。何やら混乱の中にある様子。
相手もまさか、大口径ライフル弾の直撃で死なない人間が存在するとは思わなかったのだろう。恐らく、行くか逃げるかで揉めているのだろう、と勇御は考えた。ならば逃がさん。
「てめぇらのド頭にオレの20ミリ砲弾(適当)ブッ込んだらぁ!!」
轟、と咆えているのが〝タイラントソード〟だと知っていればとっくに裸足で逃げ出しているのだろうが、残念なことに時間をかけ過ぎた。
年若い暴君はその剣を振り上げ、水路に向かって走り出したと思ったら、柵を踏み切り水路へと跳躍する。
狙撃者達は目を剥いた。何故なら、30メートルはありそうな距離を人の身ひとつで飛び越えたのだから。
「沒變成的這個妖怪(なんなんだこの化物は)!?」
「别介意! 去! 去(行け)!!」
アスファルトを砕いて着地した少年を前に、日本語とは違う言葉で怒鳴る怪しい男達。
どうやらアジア系らしいが、勇御には中国か台湾かの区別はつかなかった。
狙撃者達は6人。慌てていたように見えたが、リーダー格の男が何か言うと一瞬で黒いバンに乗り込み急発進させる。
「ん逃がすかぁ!!」
勇御は地面を蹴り飛ばし、バンの後部扉を殴りつける。その剛腕は紙のように鉄製の扉を突き破った。
腕に刺さった扉を力任せに引き剥がし、勇御は車内へと殴り込む。
◇
今日一日の事件は、昨日のエイリアンロボット襲撃事件に端を発し、勇御が重要な情報を持っている、と思われている為に起こっている。実際には情報どころの騒ぎではなかったが。
昨日の事件は経済的損失と犠牲者の人数から、大惨事、と言って良い事態だった。だが同時に、無数の異星人の兵器の残骸、つまり宝の山が生まれたのも事実だ。
事件直後から現場は警察、自衛隊、その他良く分からない始めて聞くような組織部署が、手段を選ばずお宝を確保しようと、ちょっとした内紛状態。
唯一公的に遺留品を押さえている警察だったが、一口に警察と言っても、親米派親露派親中派に国粋派、長尾のような警察官の本分全う派と入り乱れ、これが他の組織でも似たような内情だと言うのだから手に負えない。
おまけに一時、米軍が協力を申し出たと言うのだからもう狙いが露骨過ぎて誰も突っ込まない。誰と誰が味方で、一体誰が敵なのか。
一番収穫を得たのはやはり日本だったが、その収穫がこれからどう世界に分配(毟り取り)されるのかは誰にも把握できていない。何せ外交的には弱過ぎる日本であるからして、簡単に持っていかれるだろう。
そして、何処の誰もが独り占めを狙っているという事だけが共通点だ。
既に政治的な取引も裏で始まっているが、次に重要になるのがこのテクノロジーの知識を持つ者。または兵器を持ちこんだ当事者である異星人だ。
その居場所を知っているらしい人物の情報を得る事が出来たのは、日本、中国、そしてアメリカ。特にアメリカは早い段階から標的(勇御)の存在を掴んでいたし、日本の〝対策室〟の動きも中国の工作員の動きも掴んでいた。
にも拘らず、今の今まで動かなかったのにはワケがある。
一つは対象の情報に不審な部分があった事。15年の生涯で、情報的に追えない部分が多過ぎるのだ。
もう一つが、昨日の事件の報告における勇御の位置付けが謎だった事。どのような理由でこの件に関わったのか、どうして昨日は現場にいたのか、
そしてどうやって生き延びたのか。
日本と中国の工作員のおかげでその答えが出た。
本来は、保険として持ってきていた対異星人用装備が役に立つ程の相手。
対象はただの人間ではない。人間の範疇を超えた化物だった。
「予定は変更だ。スーツはエイリアンではなくモンスターに使う。相手を人間だと思うな。速やかに制圧する。殺す気でかかれ。リック、アリソン!」
「〝フィギュア〟、各機スタンバイ中。01、02、03に問題無し。ヘッドチーム、スタンバイ」
「01、02、03オールグリーン。ハンドチーム、スタンバイ」
特殊作戦軍、特殊部隊実験装備作戦グループ。強化外骨格兵器の運用実験部隊。
そして、専用に運用されるトレーラーに格納されている将来の主力兵器。現代に蘇る戦士の鎧だ。
「目標は」
「依然〝安全部〟のバンで移動中。間もなく市街地へ入ります。地元警察に動きありません」
「目標の確保はこの作戦の最優先事項だ。他国の手に渡る前に何としても奪取せよ。出撃」
調整台に固定された駆動機と電装の塊が、起動音と共に立ち上がる。
栄光ある合衆国の騎士を搭載したトレーラーは、勇御の乗ったバンを追い走りだした。
◇
小さな島国日本に似つかわしくない巨大トレーラーが工業団地を爆走していたその頃、走行中のバンに殴りこみをかけた勇御は想像だにしない反撃を受けていた。
「どぉらッ!!」
剛腕、と言う言葉では収まらない打撃は、拳圧だけでも容易にバンの側面を内側から弾き飛ばす。爆発する台風を内に抱えるようなものだ。
並どころか、身体能力的に割と上位に位置する人間すら一溜まりもなく、既に3人が車外に放り出されてアスファルトに沈んでいる。
だが信じ難い事に二人、〝タイラントソード〟勇御に、素手で対抗する人間が。若い男女だ。
「シェン、手を封じる。隙を突いて!!」
「応!」
他の人間同様、特殊工作を専門にする人種が着るような黒い服装。身に着けている各種装備は同じく黒塗りで、それほど多くない。身軽が信条である事が覗える。
連携も良い。狭い車内で入れ替わり立ち替わり、距離で勇御を巧く翻弄している。
だが何よりも特筆するべき事は、
(気功!? 気功拳か……!?)
内なる生命力、外なる宇宙。あらゆるモノに存在するエネルギー。気功を修めた者は、生命力を高め、肉体を強靭にし、寿命さえ伸ばす。
それをより戦闘に特化させたのが〝気功拳〟だ。
「チェ亜ッッ!」
「憤ッッ!!」
女から繰り出される掌底は面の攻撃と見せかけて斬撃に近い連打。四象拳にある竜爪だ。
後退する勇御にダメージは無いが、顔面を狙ってくるのは視界を狭める意味も重ねている。
「ヒョウッッ!!」
怪鳥音と同時に女は飛びあがり、バンの天井に手を突いてつま先を振り下ろしてくる。今度は虎の爪。恐ろしく鋭く、重い。
だが反応出来ない速度ではない。いなして直撃を回避した後、
「どラァッ!!」
「断ッッン!!?」
勇御の繰り出す、狭い車内で逃げ場を潰すラリアット気味フルスイングの一撃。
どれほど気功の巧者でも、まともに食らえば体が砕ける一撃を、女と入れ替わりに飛び込んで来た男の蹴りが迎え撃った。
気功使いの、人間離れした堅さと重さの一撃に舌を巻く。
「見事なもんだ。流石は中国4000年!」
「――――――!!?」
しかし勇御は、相打ったその蹴りごと拳を振り抜き、男を助手席に叩きつける。
最初は思いがけぬ手練との遭遇に面食らったが、やはり人間の身で勇御とやり合うのは分が悪すぎた。
「シェン!? おのれ!!」
「ぬ!?」
激突の瞬間に手応えが変に減速するのを感じたので、とことん硬気功に優れる男なのだろう。そして女も硬気功と四象拳に優れている。
だが、それだけだ。
勇御が床を踏み鳴らすと、バンは簡単に跳ね上がってバランスを崩した。
車体後部が大きく浮き上がり、運よく生き延びていた一人がまた車外に放り出された。
成す術無く勇御の方に跳ねて来た女は胸倉を掴まれ、もう一人の男の方へ投げ付けられる。
軽い動作だったが、決して軽くはない体重の女は、結構な勢いで男に激突した。
強烈な衝撃が立て続けに女を襲い、いくら気功の使い手とは言え生身の人間では流石に耐えかねる。もう身動きが取れなかった。
その眼前に、獲物を喰い殺そうと牙を晒してT-レックスが迫って来る。
「リィィィベンジッッ! オレの25ミリマグナム(適当)でそのオツムを豆板醤にしてや――――――」
しかし、勇御に復讐の機会は訪れなかった。
突如外側から車体を揺らす振動。多く穴の空いた側壁の向こうには、アルミ色をした大型トレーラーが並走しているのが見える。勇御が今乗っているバンと比べると4倍強もサイズが違った。
「グッ……なんだ!?」
驚愕する女の前で、トレーラーの横にある大扉が上へとスライドしていく。
暗いトレーラー内に光が差し込み、そして日の下に晒された。そこに整然と並ぶのは鋼鉄の兵士達。
ガンメタルグレーの分厚い装甲と強力な駆動系を備え、各部に口を開けたブースターは重鈍なボディーに爆発的な機動力を与える。
生身の歩兵では扱いかねる強力な大型火器を携行し、複数のセンサーと連動する制御システムは友軍との高度な連携を可能にした。
戦闘用強化外骨格、BG ARM-P02(ボーグマン アーマープロトタイプ)〝フィギュア〟。
「なんだ!? 何なんだアレは!!?」
文字通り(鉄)筋骨が隆々で、お国の兵馬俑のお株を奪いそうな鉄象が現れた事で女が目を剥く。
目前で並走を続けるトレーラーの中、鋼鉄の兵士の3機の目が赤く輝きだした。
台座から開放された機体は自重で沈み込むように直立し、
爆発したかのような勢いで、バンに体当たりして来た。
「バッ―――早―――!!?」
誰が発した声だったかは勇御には分からなかった。確かめる暇も無い。
たいして大きくもない、走行中のクズ鉄寸前のバンに全長3メートル近い鉄の塊が3機も取り付いたのだ。
バランスを崩したバンはコントロールを失い、進行方向にある立体駐車場へと突っ込んで行った。




