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HART/BEAT Experience -T-  作者: 赤川
第4章
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4章 第4話 「新島埋立地釣り堀」



 新島埋立地は現在も工事中だった。

 海沿いの道路を歩く勇御の横で、工事用歩行車両が土木作業を続けている。

 〝歩行車〟とはここ20年で普及、発展を続けている脚の付いた作業機械だ。有体に言うと、ロボット、と言う事になる。

 車輪タイヤ履帯キャタピラの重機が入れない山肌の斜面や、災害に遭って路面状況が悪い場所で活動すべく開発されたのが事の始まり。

 開発初期は、操縦席を中央に八方に脚を生やしたクモのような乗り物だった。

 以降、その汎用性が認められて脚付きクレーン車や脚付きトラック、脚が付いて自力で軌道変更可能な列車など、様々な車種で脚付きが生まれた。

 当初は安定性が求められたことから必然的に4本脚、8本脚の脚付き車両しか存在しなかったが、技術の発展や接地面積の縮小を求める現場の要求等から、終には2脚車両が登場する。

 建築物の間を縫っての作業や、大型建築物の内部での作業、そして生身の人間では危険な環境における作業で、これら脚付き工事車両は絶大な作業効率を発揮して見せた。

 いつしか脚付き工事車両は〝歩行車〟という一般的認識名と市民権を獲得し、個人が趣味で所有する事を法律が認める所まで来ている。

 当然、このような有効な道具を軍事産業が放って置く筈もなく、その発展の歴史と並行して、軍事用歩行戦車の歴史もまた紡がれてきたのだった。

 バリケードの燃えるクルマを踏み潰して侵攻する4脚重歩行戦車がテレビで報道されたのは記憶に新しい。

 今現在に至り、歩行車は戦闘用含めてAIによる制御補助が不可欠となり、システム中枢の主役となった事で〝歩行者〟=〝マシンヘッド〟とも呼ばれていた。


 国益優先の超法規組織、〝対策室〟は工事が行われている先にある森林公園で勇御を拉致する算段でいる。

 勇御の動きが変化した事から、既に追尾に気が付いている可能性が高いと判断し、橋を封鎖し人工島を孤立させた。

 工事関係者はまだ残っているが、仮に何かを見られたとしても後でどうとでも出来る。彼らは目的の為にいくらでも他人を犠牲に出来る集団だった。

 既に、追跡中の少年、勇御に対して姿を隠す必要を感じない。それどころか、姿をちらつかせてプレッシャーをかけ、勇御を人気ひとけの無い方に追い込んでいく。

『2班、森林公園出入り口を封鎖。1班は公園中心部で対象を確保。3班は援護』

 無線が飛び、公園入り口に着けたバンから作業着姿の男達が降りて来た。

 揃いも揃って屈強な身体付きをしている。薄汚れたツナギ姿だが、全員が大なり小なりの火器を装備していた。

「対象は武装していないが格闘戦の心得があると思われる。接近時は注意。速やかに無力化しろ」

 指揮官と思しき角刈りの男が銃に目を落としたまま周囲に言った。応える者はおらず、銃に弾を装填する音と安全装置を外す音だけが小さく響いている。

「よし前進。状況開始」

 号令一下、一斉に動き出す〝対策室〟の男達は、4方向から勇御に接近する。

 一応、銃は見えない位置に納めているが、少し角度を変えれば簡単に黒い塊を見てとれる。あまり隠す気は無いようだ。

 見られたら『処分』すれば良い。障害は排除すれば良い。必要ならどんな手段でも取れば良い。

 森が切れ、少し開けた広場のような場所に勇御が出る。

 静かに追い立てる獣達は完全に獲物の前に姿を晒し、間を詰めながら銃を向けた。

 虚を突かれたように、目を丸くする勇御が歩みを止める。

「抵抗するな。動けば発砲する」

 声が届く距離に来て、銃口を向けたまま男の一人が命令した。勇御の背後から別の男が素早く近づき、腕を背に捻り上げる。

 だが、無表情に勇御を拘束する作業を進めていた男が、ここで僅かに怪訝な顔をした。

 一方、特に慌てた様子も無く勇御が言う。

「あんたら何者?」

 腕の関節を極められている事を気にした様子も見せず、勇御は周囲を見回して眉を顰めた。背後にいた男が、いよいよ決定的に焦り出す。

「錠で拘束しろ。少しでも抵抗したら撃て」

 指示を出している角刈りの男も、最初こそ相手が子供だと思って油断があったが、経験のもたらす勘がその違和感に警鐘を鳴らし出し、

「指揮官はあんた? どこが命令出しているか教えてくれない?」

 相手が中学生の少年であるという考えは、その質問をされた瞬間吹き飛んだ。

 対象、敵の肉体から噴き出る気配は、紛れも無く捕食者のモノ。


 誘い込まれたのは、我々だ。


「発砲許可! 撃て―――――――」


 淡々とした面は剥がれ、発砲命令は考えるより先に出た。ところが、サイレンサーを装着した銃は一発も弾を吐き出さない。

「あんたら――――――」

 腕を押さえていた男は逆に腕を掴まれ、身体ごと振り回されて他の男に叩きつけられた。

 目の前で銃を突き付けていた男は銃を手の平ごと握り潰され、悲鳴を上げる前に顎を蹴り上げられ宙を舞った。

 背後にいた別の男は〝弁慶の泣き所〟を蹴り折られて泣くどころでは無くのたうちまわり、更に別の男は胸元を掴まれたと認識する前に木に全身を叩きつけられた。

 一瞬で5人が殴られ、地面で体を摩り下ろす。

 攻撃に要した時間は約0.5秒。ただ一人、角刈りの男だけが無傷だった。

 「――――未成年者略取とか殺人未遂とか知ってるか、クソどもが」

 羊の皮を被っていた猛獣が牙を剥き出して唸る。

 一瞬、理解が現実に追いつかない角刈りの男だったが、身体に染み付いた経験が次の行動に移させた。

「3班、射殺許可! 2班は援護!!」

 本来、1班を長距離から援護射撃する筈だった3班の狙撃手、観測手もこの命令で現実に戻った。同時に対象の逃亡を防ぐ為に待機させておいた2班も呼び出す。

 射線を阻害しないよう、角刈りがその場から飛び退った直後、勇御を狙撃の凶弾が襲う。が、これが命中しない。

 射手が目を剥く。標的までの距離は50メートル弱。3方向からの同時射撃だったのに、まるで弾の方が弾道を歪めたように標的を外れた。

「ガキ相手でも頭をブチ抜きにくるかよ、おい。話も聞けやしないな……」

 標的の狂暴な笑みを観測手のスコープが捉えた。だが次の瞬間には視界から消え、直後に意識が無くなる。観測手は、信じられない跳躍と移動速度を見せた勇御の着地台にされていた。100メートル以上離れていたのに。

 そして、すぐ横にいた狙撃手も軽く蹴り上げられただけで空中3回転を見せる。他の狙撃チームの末路も似たようなものだった。


                            ◇


 公園から少し離れた海沿いの道路に、黒いSUVが停車していた。

 後部座席に身を預けていたのは、〝対策室〟の実行班とは違い仕立ての良いスーツに身を包む壮年の男。恰幅が良いとも、少し肥満気味とも言える。

「……情報不足だったな」

「止むを得ないかと。あの身体能力、普通でない事は確かです。あるいはアレこそが、宇宙人のテクノロジーである可能性も……」

「あの様子だと正面からでは〝特務〟でも〝零班〟でも難しいか……。搦め手で行くしかないようだな」

 たった今蹂躙されている対策室の実行部隊には一言も言及せず、顎をしゃくって運転席の男に発射を促した。 

 実行班の二つや三つ潰されても変わりはいる。〝対策室〟は小揺るぎもしない。戻ったらすぐに『搦め手』、つまり人質を盾に取った脅迫や命令を行えば良い。手はいくらでもあるのだから。

 だがそれは、戻ることが出来ればの話。

「面倒をかけおって」

 呆れたように鼻を鳴らす男。運転席の男は応えなかった。いや、答えられなかった。

 唐突に生まれた緊張と困惑の気配。後部座席の男は訝しげに、

「おいどうし――――――バカな……!?」

 車の天井からフロントウィンドウに視線を移し、運転席の男同様に凍りつく。

 そこには角刈りの男――――の首根っこをぶら下げた少年、叢瀬勇御が車の中を見下していたのだから。

「……こっちが頭か……?」

 車外の声は男達には聞こえなかったが、その凶暴な微笑が親愛のモノで無い事は分かる。

 対岸の火事を見ていたつもりが、いつの間にか自分が火に囲まれていたとしたらこんな心理状況か。だがこの恰幅の良い男も伊達に権謀術数渦巻く世界で生きていない。即座に判断力を取り戻し。

「出せ! 跳ね飛ばせ!!」

「………!」

 怒声に叩かれ、運転席の男がアクセルを踏み込んだ。

 馬力のあるエンジンが唸りを上げ、前に立つ少年を踏みつぶそうと襲いかかるが、

「ぉオらあッ―――――!!!」

 逆に正面から蹴っ飛ばされた。

 まるで大型ダンプカーか何かに正面衝突したかのような衝撃が車内の人間に叩きつけられ、車は真後ろにひっくり返る。

 爆発に等しい衝撃はただの人間に耐えられたものではなく、車内の人間の意識をも蹴っ飛ばした。

 勇御の手元には現場の指揮官らしき男がぶら下がっており、目の前には高みの見物を決め込んでいた黒幕っぽい男が車と一緒に転がっている。

 公園の中では20人以上が倒れていた。勇御のセンサーが捉えた限りまだ他にもいたが、これだけの戦闘力の差を見せつけられた為だろうか、動きは無い。 

「……まあ、これだけ喋る口があればちっとはマシな話が聞ける、かな?」

 それとも倒した連中を餌にして、もうちょっと釣ってみるか。そんなこと考えながら勇御は、ぶら下げた釣果、白目を剥いた角刈りを目線の高さに持ってきた、その時。


 視線。そして衝撃。


「ッ――――ごッ!!?」

 側頭部を直撃する完璧な一撃で、今度は勇御が吹き飛ばされる番だった。



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